第三十四話 始まり
「……ぐっ――、くそっ、くそっ、なんでだ、おい、アルベラ!! 俺は魔王なんだろ!? なんでこんなに簡単にっ――」
ニシキは、肩を支えてきたアルベラを払い除け、がたん、と壁に寄りかかって倒れ込んだ。
周囲に人は全く無い。
二人は勇者との接触後、アルベラの特殊能力により遠く離れた街へ移動していた。
ニシキは、座り込んだ場所に落ちてあった拳ほどの大きさの石を、徐ろに握り、グッと力を込めた。
バリン、と、みかんを握りつぶしたみたいに石が破片を飛ばしながら砕ける。
――魔王に覚醒してから、身体能力は飛躍的に上がった。ニシキの運動神経は元から抜群だったが、それを通り越して超人的なパワーを手に入れた、ハズだった。
なのに、アイツ――、勇者、クドウ シンヤには、まるで歯が立たなかった。
戦うことすら出来なかった。ただ、奴は剣を一振しただけ。
たったそれだけでニシキは、バットで打たれた野球ボールのようにすっ飛ばされた。
腹部には、聖剣が残した大きな傷が残っている。
そんなニシキを、アルベラはなんの感情も込めずに見下ろした。
「魔王様、貴方様はまだ完全ではないのです」
「じゃあ完全にしろよッ!! アイツを殺せばいいんだろ!? 殺ってやるからさぁ!!」
ニシキの目は血走り、完全にキレていた。
無理もない――、と、アルベラは思った。
この少年は、今までずっと高みにいた。容姿、成績、運動神経、家柄、家族――全てにおいて、この少年は完璧だったのだ。
だからか、ニシキは魔王に目覚めた時も、その力に興味が無いようだった。
そんな力などなくても、ニシキは十分高みに居たのだ。
――しかし、それを、自分の見下している人種にひっくり返された。
クドウ シンヤは、彼が忌み嫌う人種の一つの、典型例だったのだ。
アルベラは目をぎらりと輝かせた。
――計画通りだ。
勇者討伐に興味のなかったニシキを振り返させることに成功した。
そして――、あとは魔王としての道を伝えるだけだ。
「それは勿論――血でございます、魔王様」
魔王――、勇者が天からの力ならば、魔王は地獄の底からの力だ。
ニシキは、ずりずりと、体重を壁に預けながら立ち上がった。
「人殺せば強くなれんのか?」
「はい、魔王様。生命の死こそ、魔王様の力の源でございます」
「じゃあ、行くぞ――」
ニシキは、フラフラと歩き出した。
アルベラはそれを後ろから追って、「どこへ行かれるのですか」と聞いた。
ニシキはギョロり、と目を見開いて、アルベラに振り向いた。
「決まってんだろ……、死んでも誰も困らない奴が沢山いるとこだよ……」
◇◇
パチリ、と目が覚めると、カーテンの隙間から入り込んだ朝日が部屋を細長く照らしているのが見えた。
身体は軽い――、あの鉛のようなダルさは無くなっていた。
あの後帰ってからの、記憶が無い。
俺はチラリ、と横の、ナタリーがいつも寝ている布団が無いのを確認した。
もう既に起きておるのだろうか――、俺はうん、と背伸びして部屋を出た。
廊下は冷えていて、裸足で歩くには少し冷たかった。
ぺたぺたとフローリングの廊下を渡って、階段を降りる。
――すると、ジュウジュウと何かのやける音が聞こえてきた。
ガチャりとドアノブを回して、居間への扉を開いた。
その奥のキッチンには――、ナタリーとカオルがエプロン姿で立っていた。
「勇者様!! おはようございますなのですっ!!」
ナタリーがぴょんぴょん跳ねながら俺へと抱きついてきた。
俺はナタリーの頭を撫で、落ち着けさせた。
――もしや、誰もいないかも知れないと思ったが、気の所為だったらしい。
その奥から、オタマを持ったカオルが微笑みながら顔を出した。
「ふふ、そうしてるとなんか親子みたいだね」
「……そうか?」
全然そんなことは無いと思うのだが、確かに、俺に撫でられてほへー、と胸に顔を押し付けてくるナタリーを見ると、父性を感じざるを得ない。
ナタリーはその後離れて、張り切って朝食作りの手伝いに戻って行った。
俺は二人が仲良く料理する姿を微笑ましく思いながら、何となくテレビのリモコンに手を伸ばし、着けた。
『……死者五十九名――』
――すると、ニュース番組が写ったのだが、なんだか慌ただしい。
眼鏡をかけたくたびれたニュースキャスターが、次々と原稿を読み上げる。
『繰り返し、放送致します。今日早朝一時頃、何者かが老人ホーム【あかり】に侵入し、中に居た職員、入居者を全て殺害した模様です』
――なんとも悲惨な事件だ。
ニュースキャスターがこれほど慌てるのも、無理はない。
しかし、俺の予想に反して、ニュースはそこで終わらなかった。
『続いて、老人ホーム【みらい】にも何者かが侵入し、職員、入居者を全て殺害――』
その後、老人ホームの殺害ニュースは、さらに新しい老人ホームを三件追加して、また最初に戻った。
犯人は未だ捕まっておらず、監視カメラに写っていたのはパーカーを着た少年……。
「うわ、なにこれ〜、酷っ」
カオルがいつの間にか、横に立っていた。その横にナタリーも並んでいる。
ナタリーは、俺を緊迫した、怯えた小動物のような目で見ていた。
「どうした?」という俺の問いに、ナタリーは言いにくそうに少し口を閉じて、そして開いた。
「……この事件、普通じゃないよな。いくら老人相手とはいえ、一晩で何百人も殺せる訳ない。中には職員だっていたんだし、普通の人間じゃ、ほぼ不可能……だよな、ナタリー」
ナタリーはやりにくそうに頷いた。カオルもそこまで聞けば、何が起こっているか理解出来たらしい。
「――じゃあ、ニシキが老人を殺し回っているって言うの? なんで?」
「魔王は、人が沢山死ぬことでより強くなって行くと、聞いたことがあるのです。もしかしたら魔王は力を蓄えるために――」
「嘘っ……、そんなこと普通やる!?」
俺はテレビに背を向けてテーブルへ向かい、置かれていたコーヒーに口をつけた。
「やっていようがやっていまいが、――早く魔王を見つけて、倒さなきゃな」
◇◇
ピチャリ、ピチャリ、ピチャリ……。
ニシキは、未だ流れ続ける鮮血を、アリの巣を観察するようにじっと見た。
血は流れ続け、いつしかその持ち主の顔は青紫になり、ぐったりと脱力していた。
「……おい、本当に強くなっているんだろうな?」
――死体の山の中で、ニシキは呟いた。
その背後に、霧のようにボヤけた黒い煙が現れる。
その煙が、形を為して、アルベラへと変化した。
「はい、魔王様は着々と強くなっておられます。実感が無いのは……、おそらくもう既に死の近い老人を相手になさっているからかと」
ニシキは舌打ちをした。
これでは、勇者を倒す前に自分が老人になってしまう。
――確かに、スライムをプチプチ潰しても、レベルアップには程遠いな、とニシキは思った。
床に転がった老人の死体を蹴飛ばして、ニシキはまた歩き出した。
「じゃあ、効率のいいやり方は何なんだよ。教えろ」
「魔王様が手に入れることの出来る力は、魔王様に関係の深い人間ほど大きくなります」
アルベラは、その質問を待っていたかのように綺麗に答えて見せた。
「……関係の深い人間って誰だ?」
「そうですね……例えば友達、例えば恋人」
アルベラは、ニヤリと笑った。
「例えば――、家族」
◇◇
「今朝のテレビ見たー!?」
「見た見た!! ヤバいよね!!」
騒がしい声が、教室中に響いている。ニシキはその中に、いつもの様に入っていった。
――冬休み講習、ニシキは本当は行く気がなかったのだが、今朝の話を聞いてから行かざるを得なくなった。
「おー、ニシキ!! お前ダルいから講習サボるんじゃなかった?」
「いや、暇だからやっぱ来たわ」
ニシキはドサッとカバンを机に置き、ふぅー、と身体を伸ばした。
周りには友人達が集まってくる。
そんなこんなで、くだらない会話を続ける内に、目的の人物二人が入ってきた。
アカシと、ヤマシタ――。ニシキの最も仲のいい友人である。
「あれっ、ニシキじゃん。結局来たのか?」
「ああ、まあな。それよりちょっとトイレ行かね?」
「ハハッ、俺ら来たばっかだっつーの」
――と、言いつつも、二人はニシキが何か話があって呼んでいるのだと悟っていた。
ニシキは二人が荷物を置くのを待って、そして二人を連れて便所へ向かった。
「で、なんだよ話って。聞かれちゃまずいことか?」
「おいニシキ、勿体ぶるなって! 俺らに任せろよ! 何相談するのか知らねーけど」
二人の優しさに、ニシキはつい頬を緩めた。
なんでも任せろ――、その言葉をニシキは聞きたかったのだ。
「じゃ、遠慮なく」
「えっ?」
バシッ、と、ニシキはアカシの頭をもぎ取った。ブチブチと首が取れて、脊髄やら何やらが魚の骨を抜くみたいに出てきた。
血が噴水のように迸る。ニシキその、かつての友人の頭部を一瞥して、そのまま横の個室の和式トイレの中に放り込んだ。
「……ぁ、あ?」
もう一人――、ヤマシタは未だ状況が掴めていないようであった。
ニシキはそんなヤマシタにフッと笑いかけ、アカシの胴体を踏み越えて、ヤマシタの額に人差し指を突き刺した。
ヤマシタの両目が、グリンと上を向いた。
そして、そのまま倒れ込む。
ニシキは、満足そうにふぅ、と息を着いた。
「……お、おおおお、力が……」
――その時、ニシキは確かに感じた。
体内に今までの比にならないパワーが宿っている。確かに、身近な人は効率がいいらしい。
コレなら、あの身の程知らずのゴミクズをスクラップに出来る――。
ニシキは喜びに打ち震えながら、トイレを出た。全身に生臭い血や、臓器の破片が付いていたが、全く気にせずに教室へと戻った。
教室へ戻ると、生徒達が訝しげな目でニシキを見、異臭に鼻をつまんだ。
「……おい、なにそれ? なんか汚れてんぞお前」
「ああ、アカシとヤマシタが撒き散らしやがってさ」
ニシキはニッと微笑んで、生徒の集団に歩いて行った。
そして、手を翳す。
「おいニシキ、一体何――」
バシッ――、と、妙な音が響いた。
◇◇
『たった今、新たにニュースが入りました。……川城南高等学校にて、殺人事件が発生した模様です。犯人は未だ逃亡中であり……』
テレビを眺めながら、俺は茶を飲んだ。横ではナタリーとカオルが、息を呑んでニュースキャスターを見守っている。
「ど、どうしよう……、アイツヤバいよ!! シンヤ、早く行かないと!」
「行くにも、居場所が分からんだろ」
俺は腕に手を当てて、どうしようかずっと考えていた。
今まで通り巡回方式で、ナタリーが感知してくれるのを待とうか?
なんにせよ、グズグズしてられないのは間違いない。




