第三十三話 短期決戦
「……なんか今日、静かだね」
巡回を開始して一時間ほど経過した頃、ポツリとカオルが言った。
確かに、今日は妙に悪魔が少ない。――というか、今日は一匹も遭遇していない。
街にも、人の気配がまるでない。
街全体の時が、急に止まってしまったかの様に、シンと静まり返っている。
「まあ、悪魔が居ないのはいい事だけどな」
「――勇者様、これはもしや、ひょっとすると」
ナタリーが、立ち止まって顎に手を当てた。
「……人払いの魔術、かもなのです。それも大規模の」
「人払い? なに、それ?」
カオルが不思議そうに聞いた。
ナタリーが、それに返そうと口を開き――、
『――人払いってのは、つまり一定の範囲から人間を遠ざける結界だ。だから今夜、この街には、お前達以外の人間はいない』
――そんな少女の声が、夜の街に響いた。
金色の髪に、赤い瞳。
美しく、優美な少女が、俺達の先に立ちはだかった。
見た目は幼い少女の様にも見えるのに、纏う雰囲気は老成した賢者の様だった。
俺は聖剣をすぐさま抜き、横ではカオルが両手を少女へ翳していた。
――その時、また、一つ声が響いた。
「アッハッハッハッハッ、オイオイ、余裕無さすぎだろ!! ビビりかってーの!!」
――少女が立っている、横の角から、背の高い一人の少年が現れる。
そいつには、見覚えがあった。
「……ニシキ、くん?」
カオルが、当惑したように呟いた。
――ああ、そうだ。昨日大通りで、ナタリーとカオルに絡んできた奴だ。
ニシキは、俺を心底バカにしたような視線を送りながら、金髪の少女の隣に立った。
「なんでお前がここに居る?」
「なんでだと思うよ、勇者……、ふ、ふはははっ!! やっぱ無理、笑うわ!!」
腹を抱えて笑い始めるニシキ。
どういうわけか分からない俺とカオルは、ただただ状況が掴めず、困惑しているだけだった。
――しかし、ナタリーだけは違った。
「……勇者、様……、あの男は――」
「何かわかるのか、ナタリー?」
「あの、あの男――」
「――魔王だ」
――ナタリーの言葉を、ニシキが繋いだ。
ニシキはふぁぁ、と欠伸をして、コツコツとこっちへ歩いてくる。
魔王――? コイツが?
「……どういう事? 魔王が人間の姿に変身してるって事?」
カオルが、魔力の光球を作り出しながら言った。
それに、ニシキはニヤつきながら答える。
「違うよ、カオルさん。俺は元から人間。ある日突然そこの金髪の女がやってきて、あなたは魔王に選ばれました――、なんて訳わかんねぇこも言われただけだ」
「――、あの男から感じる力、アレは魔王しか持っていない固有の力なのです!! 勇者様、アイツが、魔王なのです!!」
ナタリーが、確信を持って叫んだ。
俺は、剣を構えて、接近してくるニシキへ敵意を向ける。
「まあ待てよ、一応言っとくけど、俺はまだなんもやってねぇからな。四天王とかいう奴らに指示したわけでもねぇし」
ニシキは、おどけたような仕草をしてそう言った。
――しかし、その中に敵意を感じる。
戦う気だ。だが、今まで何もしていなかったのなら、今更何故――。
「いや、魔王とかどーでもいいんだけどさぁ。お前が勇者で俺が魔王ってのがちょっと納得いかねぇんだよ」
――ニシキの姿が、掻き消えた。
否、消えた訳では無い。
超高速で移動しているため、普通の人間では姿を追えないのだ。
「シンヤっ!!」
カオルの焦ったような声。
――ああ、分かってる。大丈夫だ、と俺は目配せした。
「お前が主人公で、俺が悪役!? 笑わせんなよ!! お前が勇者なわけねぇだろうが!! お前がその二人と並んで歩いていいわけねぇだろうが!! てめぇは分相応に、教室の端っこにいるブスとでも付き合ってりゃいいんだよ!!」
――ニシキが、こっちへ跳躍した。
ナタリーやカオルは狙われていない。
ヤツの狙いは、――俺一人だ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ニシキの右腕の爪が、ナイフのように尖った。
それを構え、正面から俺の心臓を突き刺そうと接近する。
俺は、その正面から迫る魔王に対し、聖剣を構え――、
――、バギィィィィィィィィィン、と、強烈な衝突音が響く。
その音の数秒後、ニシキは高速で吹っ飛び、元いた方向の壁を突き抜けて転がって行った。
降り抜いた聖剣を、俺はもう一度構え直す。
「……え、えっ?」
ナタリーが状況を理解できず、困惑したようにオロオロした。
カオルは光球を纏いながら、ぽかーんとその様子を眺めている。
――金髪の少女は、さして驚いた様子も見せず、壁を突破って吹き飛んだニシキの元へと向かった。
――追撃せねば。
そう強く思ったが、足が妙に重く、動けなかった。
まだダメージが残っていたらしい。まさか、こんな所で影響してくるとは。
それでもなんとか足を動かそうとするが――、フッ、と、なにか薄いフィルターのような物が剥がれた気がした。
ナタリーがそれを感じてすぐさま、俺の肩を叩く。
「勇者様、人払いが解けたようです! ……に、逃げられたのです」
「え、うそ!? た、倒しちゃったの!? って言うか魔王って――」
「……魔王が人間だなんて、知らなかったぞ」
カオルと一緒に、説明を求めようとナタリーの方を向いたが、ナタリーは焦ったようにぶんぶんぶんと首を振った。
「わ、私も知らなかったのです!! 魔王もこっちの世界の人間だったなんて!!」
……どうやら、ナタリーの言うことは本当らしい。
俺は、粉砕してしまった外壁の向こうを眺めた。
――結局、その後彼らは現れず、街には次第に車や、人影が現れるようになって行った。




