第三十二話 戦争前
『……ゼノンが殺られました、魔王様』
魔王と呼ばれた少年――、ニシキ ユウキは、ポチポチとスマホを弄りながらベッドに横になっていた。
その横に、アルベラが跪いている。
「お、ウルトラレアじゃん。やった」
『魔王様、そろそろ後がありません。いずれ勇者は、あなたを倒しにやってきます』
「……あー、はいはい」
ニシキは、面倒くさそうにうーん、と伸びをした。
「あのクソ陰キャだろ? あんなやつに負ける方がゴミだったんだろ。ゼノン、だっけ? アイツ、デカいだけでトロそうだったしな」
『……ゼノンは、単純な戦力なら我々四天王の中でも最高峰でした』
「だから、お前ら全員ゴミって言ってんだよ。唯一役立つのはお前だけだな、アルベラ。――性処理役としては優秀じゃん」
『……お褒めに預かり光栄でございます』
アルベラは、全く表情を変えない。
ニシキはそれを面白そうに見下ろした後、立ち上がった。
「でもまあ、アイツには痛い目にあってもらわなきゃな。アルベラ、お前アイツらの居場所わかるんだろ? 明日倒しく行くよ」
『とうとう、戦う気になってくださったのですか?』
「いや、別に。魔王とかどーでもいいし」
――でも、と、ニシキは口を歪めた。
「俺が魔王で、アイツが勇者ってのが最高に気に食わねぇ。つまり、俺がラスボスでアイツが主人公って事だろ? ――あんな奴と同格なんて、俺まで格が落ちちまう」
『ごもっともでございます』
「だから、取り敢えずあいつボコボコにすれば、カオルとかあの白い子も目ぇ覚めるだろ。勇者は本当は唯の地味な根暗だって」
その時、ニシキの部屋の扉がコンコンとノックされた。
「お兄ちゃーん、ご飯だよ!!」
「ああはいはい、今行くよ。……じゃ、お前帰れ」
『……では明日、お迎えにあがります』
――アルベラが消えたあと、ニシキは部屋の外へ出た。
リビングへ降りると、まず目に入るのはまだ一才にもならないニシキの妹を抱いた母親だ。
それと、さっき部屋まで呼びに来た中二の妹のサクラ。
そして、会社の重役の父親が、コーヒーを飲みながらゆったりしている。その父親の膝には、飼い猫のキャーシーが乗っていた。
「お兄ちゃん遅ーい、もうご飯冷めちゃうじゃん」
「悪かったって。勉強してたんだよ」
「えー、勉強なんか辞めて一緒にゲームやろうよ。クリア出来ないステージあるんだけど」
「こらっサクラ、お兄ちゃんを堕落の道に誘い込むんじゃないの。お兄ちゃんアメリカの大学行くために今から頑張ってるんだよ?」
サクラにべしっとチョップを入れる母親に、ニシキは少し微笑んだ。
それに反応したのか、まだ幼い妹がキャッキャと笑い出す。
――そして、賑やかにニシキ家の食事は、進んでゆく。
◇◇
「……ゆ、勇者様っ!!」
家になんとか戻ると、玄関先でナタリーが出迎えてくれた。
どうやら、ずっと此処で待っていたらしい。
「……おう、倒したぞ、アイツ」
身体がガクガクと震えた。全身が酷くダルい。
体内に宿っている全部のエネルギーが、すっからかんになっている気がした。
――、ガクン、と視界が一瞬ブラックアウトした。
その直後回復し、またブラックアウトを繰り返す。
「勇者様っ、べ、ベッドへ――」
身体が、まるで沼に沈んでいるような感覚だった。
――そして、急に俺の意識は
「――それで、その後倒れちゃったの?」
「はいなのです。でも、順調に力は回復しているみたいなので、一先ず安心なのです……」
ボヤけた水中の中で、グラグラとグラデーションのかかった声が聞こえる。
それを認知した瞬間、俺の意識は急速に覚醒へと向かっていった。
「……カオル?」
「あ、起きた。大丈夫? 病院行こうか?」
「大丈夫だ」
起き上がろうと、手に力を入れた。
――なんとか起きれたが、少しフラフラする。
ナタリーがすぐさま寄ってきて、俺の体を支えてくれた。
「ナタリー、今何時だ?」
「昼の一時なのです。勇者様、あれからずっと眠ってらっしゃったのです」
「……そうか、ま、もう治ったよ。心配かけて悪いな」
ナタリーとカオルは、心配そうに俺を見た。
――確かに、少し力が入らないが、だんだんと戻ってきている実感もあるし、夜には治っているだろう。
そう思っていると、カオルが立ち上がった。
「シンヤ、お腹すいてるでしょ? 実は、ここに来る前急いで買ってきたんだ」
「あ、ナタリーもお料理手伝うのですっ!!」
「いや、俺も手伝――」
「ダメ」「ダメなのですっ!!」
――そんなに声を合わせられると、言うことを聞かざるを得ない。
「悪いな。じゃあ、頼む」
「任せてって。じゃ、行こっナタリー」
「勇者様、安静にしてるんですよー!」
バタン、と扉が閉められた。
俺は言われた通り、大人しく布団をもう一度被った。
――こんなふうに、誰かに看病されるなんてのは初めてだった。
ホント、勇者に成ってから、俺を取り巻く全てが変わった。
まるで世界が手のひらを返したように、今までの事を贖罪するように、世界が逆転してしまった。
――でも、俺自身はやっぱり変わってない。
ゼノンの、あの言葉を思い出す。
何のために戦っているのか。
――ナタリーに、頼まれたからだ。
――俺はナタリーに頼まれたから、生きている。
自分の意思では生きていない。
魔王を倒したあと、俺は何をすればいいんだろう。
将来の夢なんてない。
やりたいことも無い。
今更手のひらを返されても、この世界に未練がない事には変わりない。
――って、何考えてるんだ、俺。
どうやら、身体が弱っているので心まで弱っているらしい。
俺は、余計なことは考えず、寝る事に専念する事にした。
◇◇
「……本当に、大丈夫なのですか? 勇者様」
ナタリーが不安そうに俺を見た。
俺はぐいーっと伸びをして、聖剣を握る。そして、精一杯大丈夫そうに笑った。
「大丈夫だって。二人の料理のおかげでこの通りだ」
「……あんまり体調良さそうには見えないけど?」
先に靴を履いていたカオルが言った。
俺は、気にしない風に靴を履いた。
「あんま心配すんなよ、本当に大丈夫なんだって」
――そう、本当に大丈夫だ。
力はほぼ取り戻しているし、ゼノン程でなければ十分に戦える。
俺は、これ以上心配される前に、家を出た。
家にいると、余計なことを考えてしまうので嫌だった。




