第三十話 邂逅
「ねぇ、もうすぐクリスマスじゃない?」
カオルがそんな事を言い出したのは、いつもの様に家に集まっている時だった。
俺はカレンダーをチラ見する。
……確かに、もう少しだ。きっと今頃は、川城駅前にクリスマスツリーでも飾られている事だろう。
「クリスマス……って、なんなのです?」
「あっ、そっか。ナタリーは異世界人だもんね。――えっと、クリスマスって言うのはね……この世界のとある宗教の神様の……誕生日……でしょ?」
首をかしげてこっちを見るカオル。
いや、知らないし……。サンタさんが来てプレゼントくれる日じゃないの?
ちなみに俺のところにサンタなど来たことは無い。
ナタリーは紅茶をズズズと呑んで、ほえーと息をついた。
「私の世界にも宗教はあるのですが、誕生日を祝う習慣は無いのです」
「まあ、正確には神様って訳じゃなくて、その宗教の創始者の誕生日なんだけど」
ほう、異世界にも宗教があるのか。
確かに教会とかありそうだもんな。そんで死んだ仲間をそこで復活させる。
「で、そこで提案なんだけど、クリスマスパーティーでも皆でやらない?」
「クリスマス……パーティー?」
何だそれは……。
俺は不思議そうな顔をした。
「……もしかして、やった事ない?」
「……俺、仏教徒だから」
嘘である。仏教関連の物なんて、手塚治のブッダくらいしか読んだことがない。
あと南無阿弥陀仏くらいしか知らない。ちなみにどんな意味かも知らない。
「え、えーっとカオル様……、私も一応異世界の宗教の教徒なのですが、異教徒でも参加して良いのですか?」
ナタリーがおそるおそると言った感じで言った。
「あー、いいのいいの。ただパーティーするだけだし。本気でキリストの誕生日祝う人なんて、この国にはあんまりいないんじゃない?」
神様の誕生日とは一体……。
「じゃ、じゃあ私もやりたいのですっ!」
「シンヤもいいでしょ?」
「お、おう勿論」
カオルはその返事に満足したらしく、腕時計をちらっとみた。
「じゃあパーティーも決まった事だし、どうせならイルミネーションでも見に行かない? 川城って毎年力を入れてるから、大通りなんか凄いよ」
「川城っ!! 行きたいのですっ!!」
「イルミネーションか……、そう言えば昨日からだったか」
川城のイルミネーションは、一度だけ見た事があったが、割とすごい。
「じゃあ行くか。どうせ夜までやることも無いしな」
「さすが勇者様! 話しが分かるのです〜」
「……ちなみに、シンヤ、勉強ってちゃんとやってる?」
「………………」
カオルさん? 今何か言いましたか?
俺がニコォ……とひくついた笑顔で返すと、カオルはうわぁ、って感じの顔をした。
◇◇
そんなこんなやでやって参りました川城大通り。
前ナタリーと来た時よりも装飾作業が大幅に進んだようで、そこら中がクリスマス色だった。
赤と緑と白の、クリスマスカラーが多く目に付く。
しかしそれよりも俺たちの目を奪ったのは、駅前広場の中心に腰を据えている巨大なクリスマスツリーだった。
わぁ……と、女子二人は感嘆し、そのキラキラした光景を眺めていた。
俺は少し微笑んで、さらにあたりを見回した。
皆が皆、笑っていた。
――いやまあ、笑ってない人もいるけど。例えばスーツ着て時計をしきりに気にしながら駅に入ってゆくサラリーマンとか。
大体大まか笑っていた。
大通りの方から、クリスマスっぽいBGMも流れてくる。
「……で、どうする?」
「うーん、このまま大通り歩くだけで楽しそうじゃない?」
「行きましょう! 行きましょう勇者様っ!!」
大興奮のナタリーを落ち着けて、俺達は大通りへおりた。
どこからともなく美味しそうな匂いが、香ってくる。
ゆく店店のショーケースには、プレゼントのように放送されたオブジェクトが積まれている。
「これ、これなんなのですっ!?」
「あー、それはプレゼントだ。クリスマスの前夜に、サンタさんって言うのが置いていってくれるんだよ」
「ほ、本当なのですーっ!? 私にも来るのですかっ!?」
「ごめんな、ウチには来ないみたいなんだ。俺に来たことないし」
「あら、そうなの? じゃあ私から二人にあげるよ」
ナタリーはカオルのその言葉に、目をキラキラさせた。
「私アレ欲しいのです……ゆ、油田っ!!」
「ちょ、ちょっと厳しいわねぇ」
石油王にでもなるつもりかお前は。
ナタリーははしゃぎながらえへへっ、と笑って、右手を俺、左手をカオルに繋いだ。
俺は少し躊躇したが――、幸い大通りの歩道はかなり幅が広いので、三人で並んでも特別問題なかった。
「よろしくお願いしまーす」
サンタの格好をした人が、俺にティッシュを配ってきた。
……めっちゃ寒そう。
「いまのっ、いまのサンタなのですっ!?」
「ああ。ほら、サンタさんからのプレゼントだぞ」
ナタリーにティッシュを渡した。
ナタリーはそれを受け取って大喜びし、大事そうにポケットにしまった。
――ああ、なんかいいなぁ。
「――あれぇ? カオルちゃんじゃんか」
バシッ、と、カオルが偶然通り掛かった男に腕を掴まれた。
――、カオルの友人か?
男は背の高く、随分とイケメンな奴だった。都会風な空気を纏った、まるでアイドルのような空気感を持っている。
男は黒髪を掻き分けて、カオルと、その横のナタリーを見た。
「うわっ、めっちゃ可愛い子いるじゃん! 外人さん?」
「――ニシキくん」
ニシキ、と言うらしい。
何にせよ、俺とは全く違う人種――、いや、真逆の人種だとひと目でわかる。
ニシキはニコッと優しい笑みを浮かべ、カオルの肩に手をまわそうとした。
「名前覚えててくれたんだ。超嬉しい」
「ちょっと、なにっ?」
バッとカオルが手を払った。
ニシキは驚いた顔で、カオル、そしてナタリーをもう一度見た。俺の事は眼中にすら入ってないらしい。
「今俺バイト帰りなんだけど、良かったら二人とも一緒に飯でもどう? 奢るよ?」
「はぁ? 何言ってんのアンタ。私達が三人で歩いてるの見えないの?」
「三人……?」
そこで初めて、ニシキは俺を認識した。
俺をジロっと見て、そして直ぐに興味を失う。
「……なに、コイツ?」
「別にニシキくんには関係ないでしょ。二人とも、行こ」
カオルはナタリーの手を握り直して、歩き出したが――、その前にニシキが立ちはだかった。
「はいちょっと待って〜。ねぇ、ちょっと君いい?」
そして、今度は俺の方に来てガタッと肩に腕を掛けてきた。そして俺を道の反対側に強引に連れてゆく。
「なぁ、お前今日はもう帰れよ。あの二人はオレと来るからさ」
その言葉には、まるでキジマが出す声のような――、しかし、洗練された圧迫感が込められていた。
嫌とは言わせない――、そんな口調のニシキが、「いいな?」と言って、ポンポンと肩を叩いき、俺から離れようとする。
「――待てよ」
しかし、俺は肩にかけられている腕を掴んだ。
ニシキは強引に振りほどこうとしたが、俺は掴んで離さなかった。
ニシキは舌打ちをした。
「……なんだよ、文句でもあるのか?」
「ある。今日はこっちが先約だ。二人を誘うなら後日にしてもらおう」
「言うねぇ――、イキってんじゃねぇぞ?」
ニシキは腕を離して、俺の胸ぐらを今度は掴んできた。
「ゆ、勇者様っ!?」「シンヤっ!!」
「――――勇者ァ?」
ニシキが、訝しげな声を上げる。
だから外で呼ぶなって、ナタリー……。
ギリギリギリ、と、俺はニシキの腕を引き剥がした。
ニシキは驚いたように、剥がされ俺に掴まれている腕を見る。
「もう帰れよ、お前。ホストクラブの勧誘じゃあるまいし」
「んだと、てめぇ」
――ニシキが、拳を振りあげようとした。
――しかし、すんでのところで気づいた。
周囲に居た人間が、ヒソヒソと話し、スマホを密かにこっちに向けていることに。
今にも殴る場面をカメラに収めようと、待ち構えていることに。
「……チッ」
ニシキは、俺から離れ、駅へと大通を歩いていった。
周りに居た野次馬共は、残念そうにしながらまた大通りを歩き始める。
「大丈夫っ?」
「勇者様っ、アイツなんなのですかっ!?」
二人が俺に駆け寄ってきたが、俺は片手で制した。
「まあ、ああ言うのも居るって。殴ってこないだけ、キジマよりはマシだ」
「……ごめん、私のせいで」
「カオルは悪くないだろ。悪いのはニシキとか言うアイツだ」
「……なんだか凄い嫌な感じの奴だったのです」
――ナタリーの顔が、少し強ばっていた。
カオルは少し怒ったような顔で、行こっ、と言って、ニシキが行った方とは反対側に歩き出した。
俺は一度、振り向く。
――ニシキは既に人混みに紛れて居なくなっていた。
「勇者様ー?」
「シンヤ、置いてっちゃうよ?」
「あ、ああ、悪い」
俺はすぐさま、二人の元へ向かった。
◆◆
「……チッ」
人気のない裏道に、舌打ちが響く。
――ここは、大通りの裏路地。
表の賑やかさや、鮮やかさとはまるで真逆の、気味の悪い暗い、錆びた色の場所だ。
その場を臆すること無く歩くニシキ ユウキは、イラついたように道に転がっていた酒瓶を蹴っ飛ばした。
「……居るんだろ? 出てこいよ」
ニシキが突然声を荒らげた。
――そして、それに呼応するかのようにニシキの背後に、少女が出現し、跪いた。
金色の髪をした、赤い瞳の少女だった。
「……アレが本当にそうなのか?」
「はい……魔王様。あの少年、クドウ シンヤが勇者であり、カシワギ カオルが魔法使いでございます」
「――はっ、あんなのが勇者ァ? 笑わせんなよ」
「全くその通りでございます」
ニシキははぁー、とため息をついた。
「この後、ゼノンに襲わせます。魔王様の手は煩わせないでしょう」
「あーはいはい、さっさと殺せよあんなクズ。あんなのが勇者とか、マジ気色わりーし」
ニシキは、そのまま歩いていった。
アルベラは、立ち上がり、ニシキを見送った。
「……これは本格的に、私も動かねばな」
――そして、ゆっくり消えていった。




