第二十六話 魔法訓練
電車は、一時間以上掛けて目的の駅へ到着した。
電車から降りると、それはもう清々しい空気が広がっていたのだった。
うーん、田舎!
紛うことなき田舎である。
駅付近なのにろくに大きな建物が見えない。
しかし山も近いし自然も豊か、空気もとても綺麗である。
「……さみぃ」
しかし寒い。家を出た時も寒かったが、何だかここはもっと寒い気がする。
「勇者様っ、がんばれなのです!」
「大丈夫? カイロあるけど」
「あ、貰いますありがとうございます」
流石カシワギさん用意が良い。
ナタリーは……、いつの間にやらモコモコの可愛らしい暖かそうな服に変身していた。本当に便利ですねそれ。
俺達は改札を抜け、どこか手頃な山がないか探し始めた。
歩けば歩くほど、周りから建物が消え、田んぼばかりが広がってゆく。
冬だからか何も植えられていない。
そしてついに、歩道がなくなってしまった。まあ車はまるで走ってないから、特に問題は無いのだが。
ちなみに道中は特に気まずくなることも無く、ナタリーとカシワギさんのガールズトークが進んで行った。
俺は、そんな会話の中でたまに求められる返事にうん、とかああ、とか返すだけだった。
……今なら何か頼まれてもうんって言っちゃいそう。
「……お、あそことかどうだ?」
そろそろ俺の存在感が空気になりそうだったので、適当に見つけた、小さな小道を指さした。
その道は細長く伸びていって、山の奥深くまで伸びている。
「私はここでいいよ」
「あ、じゃあちょっと私、聞いてみるのです」
……? 何を言っているんですかナタリーさん。
と、俺とカシワギさんが首を傾げると、ナタリーが突然変身を解き、エルフの姿に戻った。
そして、目の前に広がる木々に向かって浮かび上がった。
『――――――、――――』
そよ風のような音だった。
ナタリーは、そんな声とも言えないような音を、歌うように発した。
――それに反応するように、木々が揺れる。そして、葉が擦り合う音が、ガサガサと響いてきた。
「な、何してるの?」
「さぁ……?」
「……はい、勇者様〜、この道で大丈夫そうなのです〜!」
ナタリーが、フワッと降りてきて、直ぐにさっきの服装に戻った。
……いや、何してんねーん。
という気持ちを代弁するように、カシワギさんがナタリーの肩を叩いた。
「今のなんだったの? 会話……してるように見えたけど」
「はいなのです! ここら辺の木々は無口ですか、話しかけたらちゃんと答えてくれますよ?」
何に驚いているのですか?――とでも言うふうな顔をするナタリー。
……人間は木と会話できないってこと、ちゃんと分かってるよね?
◇◇
道を深く、深く進んでゆくと、木々がどんどん深くなり、坂道になって行った。
どうやら少しづつ、山を登っているらしい。
「あー、夏じゃなくてよかった。虫いないし」
「えー? カオル様、虫が嫌なのですか?」
「うーん、気持ち悪いのはダメだけど、蝶とかは大丈夫」
……というか適当に進んでるけど、どこで練習しようか。
少し開けた場所でもあればいいんだけど。もし入り組んだ場所で練習して、魔法が木を燃やしてしまったりすれば、この乾燥した空気の中、消化しきれるとは思えない。
――とか色々心配していたが、取り越し苦労だった。
山をある程度登ると、木々が開け、草原ばかりになった。
今はちょうど、山の中腹辺りである。
山から下を見下ろすと、小さく田んぼや民家が見えた。
「ここ、ベストポジションじゃない?」
カシワギさんが笑いかけてきた。
俺は頷く。確かに、練習には最適だ。
……下から住人に目撃される恐れもあるが、まあもし見られても都市伝説か怪談レベルで噂は終わるだろう。
「うぅーん、やっぱりキャンプセットを持ってくるべきだったのです……」
「……また今度な」
ナタリーが残念そうに項垂れるのを見送ると、カシワギさんが深呼吸をした。
「……じゃあ、始めるね」
ナタリーが、よっと立ち上がって、カシワギさんの後ろに着いた。
――うん、正直、魔法のことはてんでわからないのでナタリーに任せるしかない。
ナタリーは、カシワギさんの手を後ろから支えて、耳元で何かアドバイスを囁いていた。
「――、――ッ!!」
――と、衝撃波が辺りに広がった。
白い閃光が空に打ち上がる。
うーん、相変わらずすごい威力だ。
「――力を――抜いて――」
ナタリーが、カシワギさんに聞こえるように大声でアドバイスした。
バチバチバチ、と辺りに稲妻が散った。
あ、暖かい。
さっきまで寒かったのが嘘のようだ。
「こ、――こんな感じっ!?」
カシワギさんが答えると、閃光が心無しか、弱まった気がした。
……もうコツを掴んだのだろうか?
カシワギさんは、一旦光線を止め、肩で息をした。
「凄いな、もう少し弱まってた」
「ほ、本当っ?……やった!」
「うんうん、カオル様は飲み込みがとても早くて素晴らしいのです!」
「そ、そんな事ないわよ……」
照れたように笑うカシワギさん。
そして、気合を入れたように大きく呼吸をして、胸を張った。
――俺はその胸に目を取られないように気を付けなければならなかった。
ナタリーと違って結構大き……、これ以上は辞めておこう。
その後も、カシワギさんは根気強く練習を繰り返した。
最初は大きな衝撃波と音を纏っていた光線が、回を重ねる事に小さく、洗練されたものになって行くのは、見ていたとても楽しかった。
――思えば、俺はこんな感じで練習した事が無かったなぁと、念の為持ってきた聖剣を眺めた。
――そして、もう空が真っ暗になった時。
「……すげぇ」
カシワギさんの光線は、音も衝撃も纏わない、静かなものになっていた。
ヒュン、ヒュンとカシワギさんの周りを、青白い光球が旋回する。
そして、カシワギさんが一つ指示を出せば、その光球から音もなく光線が発射された。
カシワギさんは、さらに三つ光球を追加し、合計四本の光線を空に撃ち放った。
圧巻である。
「や、やった……」
「凄いのですカオル様っ!!」
魔法を終わらせたカシワギさんに、ナタリーが飛びつく。
俺も喜びを分かち合おうと飛びつき――はせず、カシワギさんの肩にポンと手を置いた。
「あっ、く、クドウくん」
「凄いな、まさか一日で終わるなんて」
俺とナタリーに絶賛されて、カシワギさんはかなり照れていた。
しかし、俺はその時、微妙に気づいていた。
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
――無情にも、こちらに背を向けて走り去っていってしまう終電。
「あちゃー……」
「キャンプやりましょうキャンプ!」
……テンションの高いナタリーとは対称的に、駅には冷たい風が吹いていた。
「ごめん、私の練習が長引いたせいで……」
「いや、なんもしてなかったのに時計見てなかった俺が悪いぞ、絶対」
はぁ、と俺はため息をついて、ダメ元でスマホを立ち上げた。
近くで、どこか泊まれる場所は……。
……って、あった。
「……あー、近くにホテルあるみたいだし、そこに今日だけ泊まろうか。お詫びに奢るからさ」
◆◆
『……キキキキ』
電柱の上。
黒い夜空に紛れて、大きな黒の物体が乗っていた。
――それは、人型のナニカだった。
ソレは気配を完全に消し、ホテルへと歩くシンヤ達を見詰めていた。




