第二十三話 カオル
「……これは確かに、『賢者の石』に間違い無いのです」
ナタリーが、赤い宝石を光にかざしながら言った。
じゃあ、と俺は、ソファーに寝かせた少女に視線を移した。
少女は、移動中に気を失ってしまって、そのままだった。
「この子がその、かつて勇者と一緒に旅をした『魔法使い』の末裔なのか?」
「多分間違いないのです。さっき彼女の体内魔力を調べて見たのですが、人間……いや、エルフの限界値すら軽くオーバーしていたのです」
成程――狙われたのはそのせいか。
ナタリーは、その宝石のペンダントを、少女の手に握らせた。
「賢者の石は、異世界の方で行方不明になっていたのですが、多分向こうで見つかったので、こっちに送ったのだと思うのです。――多分」
まあ、そこら辺はこの子が起きてから聞くしかない。
「……どこ、ここ」
――ふと見ると、少女が目を覚ましていた。
「ここは俺の家だ。えーっと、カシワギ カオルさん、でいいんだよな」
荷物を確認した時に発見した、生徒手帳をもう一度見る。
カシワギさんは、混乱したように顔に手をやった。
「……取り敢えず、君のことを話して欲しい」
「だいじょーぶ! 安心して欲しいのです魔法使い様!」
「ま、魔法使……?」
◇◇
――夢を見ていた。
遠い遠い昔、ずっと忘れていた記憶の奥底。
もう死んでしまった、ひいおばあちゃんの記憶だった。
ひいおばあちゃんの名は、カシワギ トモコ。
何だか不思議な魅力のある人で、いつもニコニコ笑っていた。
そんなひいおばあちゃんの家で、私は妙な絵本を見つけた。
古臭い、皮表紙の絵本らしくない表紙の本だった。
中を開いてみると、日本語ではない、なんだかよくわからない文字が書かれていた。
私はそれをひいおばあちゃんの所へ持って行って、読んでもらった。
――ひいおばあちゃんは、それをスラスラと、懐かしむように呼んでくれた。
勇者が、魔王を倒す物語――。
簡単に言えば、そんな内容だった。
別の世界から来た勇者が、魔法使いの女の子と一緒に度をし、最後には魔王を倒す――。
私は、この絵本が大好きだった。
特に、私はこの絵本の魔法使いに憧れた。
煌びやかな魔法を使い、勇者と親愛し合い、清純で、美しく、誰もが憧れる――。
――要は私は、ずっとそんな魔法使いに憧れていたのだ。
だから、普通の女の子になりたくなかった。
普通の男なんか好きになりたくなかった。
普通の人生なんか送りたくなかった。
自分でも笑ってしまう。――要は私は、今の今まで、お姫様に憧れる女児と同じだったのだ。
――また、夢を見ている。
その光景は、どこかで見たことがあった。
長剣を手に、振り向いて、座り込んだ私を見下ろすその人。
突然やってきて、ピンチの私を助けてくれた――、名前も知らない男の人。
怪物に変身したチカ。
それをやっつけて、私を持ち上げる男の人――。
ずっと、夢を見ていた。
こんな風に――この人に助けられる事を。
ああ、そうか。――また、助けてくれたんだ。
「……どこ、ここ」
◇◇
それから俺達は、カシワギさんから粗方の事情を聞いた。
悪魔に襲われ、蒼髪の少女に助けて貰ったこと。
その少女に『賢者の石』を渡されたこと。
その少女が、光になって消えてしまったこと。
勇者を探したこと。
そして――、友人や知り合いたちに、突然襲われたこと。
しばらくして、時計は正午を回っていた。
そろそろ昼食をとってもいい時間である。
「……何か食べる?」
俺は、真正面のソファーで、お茶を啜りながらじっとしているカシワギさんへ言った。
カシワギさんは、驚いてこっちを見て、ブンブン首を振った。
「あ、いえ、お構いなく……」
そう言って、また肩にかかった髪を弄りだしてしまう。
癖なのだろうか?
ナタリーは、賢者の石でなにやら色々やっていた。
一応本物かどうか確かめてみるんだとか。
俺は、カシワギさんの前に座った。
カシワギさんは驚いて、目を逸らしたり顔を背けたりソワソワしている。
まあ、今日は色々あったようだし、緊張してしまっているのだろう。
――しかし、それでも聞かなければいけないことがあった。
「カシワギさん、君は……普通の生活に戻りたい?」
俺は、ナタリーに目配せした。
ナタリーは、小さく頷く。
――さっき、ナタリーから聞いた事だった。
どうやら、カシワギさんの血に流れている魔法使いの才能は、取り除くことが出来るらしい。
俺の勇者の力は、神から与えられる者なので他者が干渉することは出来ないが、魔法使いは別なのだとか。
カシワギさんの魔法使いとしての才能は、その内に秘められた莫大な魔力にある。
ならば、その魔力さえ取り除いてしまえば、カシワギさんは普通の女の子に戻ることが出来る。
少なくとも、魔力目的で悪魔達に狙われる可能性は無くなる。
――選択の余地はないはずだ。
カシワギさんの目は、揺れ動いていた。
まあ、もう答えなど分かっている。
魔王退治なんて、危険でよくわからないことなど、やりたがる人間は居ないだろう。
ましてやカシワギさんのような人なら、現実の生活がとても大事なはずだ。
俺からしたらクソッタレな現実だったが。
だから、俺達の関係はここで終わりだ。
「……ナタリー、準備を」
「待ってッ!!」
――バンッと、カシワギさんが立ち上がった。
「私は……、私は……やりたい、私も、戦いたい」
「……正気か?」
彼女は、悪魔をもう何度も見たはずだ。
なら、戦いたいなんて言葉が出てくるはずがない。
――しかし、彼女は言った。
「私も、一緒に戦いたいの! お願いっ!!」
「……ナタリー、どうし」
「――――や、やったぁぁぁぁぁ!! ほ、ほんとに一緒なのです!? 勇者様! 新しいパーティーメンバーなのですっ!!」
ナタリーが飛び出してきて、カシワギさんに飛びつく。
カシワギさんはビックリして、ソファーに倒れ込んだ。
「勇者様だけでなく魔法使い様とも一緒にいられるなんて……ナタリーは幸せ者なのです……」
「ちょ、やめ、あっ、くすぐったい!」
スリスリとカシワギさんの胸に頬ずりするナタリー。
……うむ、美少女二人がこう戯れているのは、とても映えるのだが、俺の目のやり場がないのでとても困る。
散々じゃれあった後、カシワギさんは深々と俺とナタリーに礼をした。
「本当に……、本当に、助けてくれてありがとう。ずっと、ずっと言いたかった」
カシワギさんは、笑顔でそう言った。
その笑顔があんまりにも綺麗だったので、少し見惚れてしまうほどだった。
――ナタリーが感極まってカシワギさんに飛びかかるまでは。
◇◇
――数日後。
――朝だ。
私は、重たい身体を起こした。
自分の部屋。結局あの日の後、私は家に帰った。
その翌日、学校からしばらく私のクラスは休みだと電話が入った。
クラスメイトのほとんどが病院送りになったのだから、当たり前だった。
チカの容態は、分かっていない。
でもクドウくん達が言うには、知らない方がいいとの事だった。
――でも、やっぱりいつかお見舞いに行こうと思う。
私はうんと背伸びをして、カーテンを開けて外を覗いた。
うん――、いい天気。
そして枕元に置いていたスマホを掴んだ。
連絡先には――、『クドウ シンヤ』と言う名前が追加されている。
私はそれを見て、微笑んだ。
首元に下げていた、『賢者の石』を持ち上げて、朝日に晒す。
いつもと違う朝。
いつもと違う日常。
――私は、あの日から魔法使いになった。
クドウくん達とともに、魔王討伐に正式に参加することになったのだ。
あの日から、毎日がきらきらして、輝いている。
憧れていた、魔法使い。勇者。
――私はきっと、今、本当に生きている。
◾第二章 end




