第二十二話 ヒーロー
違和感を感じたのは、学校の支度をし終え、家を出ようとしたその時だった。
ビリ、と何か胸騒ぎのようなものが、俺の中に起こった。
――なにか、嫌な事が起こっている。
「……ナタリー、今何か」
「え? どうされました〜勇者様?」
ナタリーはキョトンとしていた。
どうやら彼女は感じていないらしい。
――でも、この焦燥感は気の所為ではない。
「……ナタリー、ちょっと俺行くから、後から追いかけて来てくれ」
「ふぇ? どういう意味なのです?」
俺は、部屋に立てかけてあった聖剣を持ち上げ、学校のカバンを床に放り投げた。
ポカンとしているナタリーにじゃ、と言って、俺は走り出した。
「えっ、ちょ、ちょっと勇者様っ!?」
後ろでナタリーが困惑している。
でも、説明している暇は無かった。
急いで靴を履き、家から飛び出し、ジャンプする。
そのまま、屋根から屋根へ、出来るだけ速度を上げて走った。
周囲の景色が、高速に過ぎてゆく。
ふと横を見ると、電車が俺と併走していた。
しかし、速度について来れずに、どんどんと俺が先行して、ついには電車は見えなくなった。
今、何キロ出てんだ俺――。
とか、ちょっと不安になりながらも、全力疾走を続ける。
前方に、学校のようなものが見えてきた。こっちが急速で近づいているせいで、物凄い勢いで迫ってくるように見える。
――俺が不穏に感じている何かが、あの校舎の中にある。
俺はそう確信した。
あ、でもなんにも無かったらどうしよう。俺は今完全に感覚で動いている。
もしこの感覚が全く当てにならないポンコツだったら、俺は突然他校に突入してきた不審者って事になる。
――よし、一回止まって考え……、
――止まれない。
あまりにも速度が早すぎて、止まろうにも止まり方がわからない。
あー、やべぇ。
目の前にはもう校舎が迫っている。
――と、止まって止まって、止まれええええええええええええっ!!
――で、止まれるはずもなく、俺は校舎のガラスを突き破って、盛大に校舎に突っ込んだのであった。
「ぐふっ」
――突っ込んだ拍子に、誰かを蹴飛ばしてしまった。
あ、ヤバい、人がいた。
俺は慌てて、着地の体制を取ろうと体を動かした。
――そのせいで、俺は何人か更に追加で蹴飛ばしてしまったのに気づいた。
ヤバいヤバいヤバい、――何をやってるんだ俺は。
……しっかりと着地は出来た。
しかし、顔を上げるのが怖い。俺がどんな惨状を引き起こしてしまったのか、見たくなかった。
――シーンとしている。
俺は、恐る恐ると顔を上げた。
周囲には、何故か生徒達が円状に、俺を囲むように立っていた。
床には数名、俺が蹴飛ばしてしまったと思われる男子生徒が転がっている。
――にしてもなんだ、この状況。みんな集まってかごめかごめでもやっていたのだろうか。
俺はふと、後ろに誰かいるのに気づいた。
振り向くと、俺の足元にへたり込むように女生徒が居た。
女生徒は、唖然として俺を見ていた。
――と言うか、この子、見覚えがある。
確か、校門前で不良に絡まれていた子だ。
何故かその子は、服が乱れていて、腕には引っかき傷みたいなのが出来ていた。
――いや、乱れているってレベルじゃない。
スカートなんか脱がされかけだし、制服はボタンが千切られて、そこから胸元が覗いていた。
もしや、虐めの現場に遭遇してしまったのか。
「……っな、な、何よアンタ……」
正面に立っていた、栗色の髪の女生徒が、目を見開いて言った。
何、か。
いやまあ、勢いで突っ込んできたただのバカなんだが。
――しかし、いじめは見逃せない。
「俺は――」
『ほう、勇者ではないか』
――俺は、その瞬間聖剣を抜いた。
栗色の髪の少女の背後に、フードの奴が浮いていた。
声からして、前に会ったイグナとか言うやつだ。
「……お前、なんでこんな所にいる?」
『何故とは、吾輩の疑問だな。何故お前ここにいる? 今回の目的はお前ではないのだが……』
イグナは、まあいいだろう、と言って身をひるがえした。
その瞬間、栗色の髪の子がビクリ、と震える。
『チカ……アレは、邪魔者だ……。アイツは憎きカシワギ カオルへの復讐を邪魔してくる。邪魔者はどうすればいいか、分かるな?』
「うん、分かるよ」
チカと呼ばれた少女が、腕を振り上げた。
それが合図であったように、周りの生徒達が、ジリジリと俺に距離を詰めてくる。
「おい、また人間を悪魔にでもしたのか?」
『ククク……、吾輩と契約したのは、チカだけだ。お前の周りの生徒は、少し欲望を解放されただけの、無実の一般人だ。……この意味が分かるな?』
――なるほど、奴は俺が無実の一般人には攻撃できないと考えているらしい。
まあ、確かにそうだ。
そこら辺を歩いている一般人を急に殴ったりなんかしない。
――しかし、攻撃してくるのなら話は別だ。
生徒達が一斉に襲いかかってくる。
――俺は、その生徒の一人を引っ掴んで、襲い来る他の生徒へ投げ飛ばした。
ドシャン、と大きな音を立てて崩れ落ちる生徒達。
そして、反対側から来た生徒達は、もれなく蹴り飛ばしてやった。
吹き飛んだ生徒達が、壁に衝突する。
『なっ、――貴様、それでも勇者かっ!?』
「殺さなきゃいいんだろ、殺さなきゃ」
「――邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ばっかり」
――その時、チカと呼ばれた少女の体が、バキバキと変形し始めた。
キジマの時と同じだ。
悪魔に魂を売った者は、こんな風におぞましい怪物になる。
チカは、最終的に、何か巨大な虫のような形態に変化した。
後ろにいた少女が悲鳴をあげる。
あのグロテスクな変身を、直に見てしまったらしい。
――と言うか、この子は何故こいつらに狙われているのだろう。
そこら辺も、こいつらを倒した後で聞かなければ。
『カオルゥ……アンタはワタシが…………殺す。――殺殺殺す、殺す、コロスコロス』
殺す、殺すと呪文のように唱える虫。
さらに、周りの生徒達も体制を建て直し、襲いかかってくる。
『ここで終わりだ!! 勇者!!』
イグナの笑い声が響いた。
「――――で、これで終わりか」
――周囲を囲っていた生徒達が、一斉に倒れた。
『――は?』
イグナが笑いを止める。
その直後、虫の首が取れた。
ぼとり、と落下した虫の頭部を見下ろして、俺は聖剣を再び構える。
次の狙いは、イグナ本体だ。
『ば、バカな! 一撃で倒れるようなヤワな悪魔は渡していない――――』
イグナの言葉が途切れる。
俺が接近して、その身体に聖剣を突き刺したせいだった。
「……?」
しかし、手応えがない。
俺は、急いで後ろの、窓の方を振り向いた。
そこには、窓から逃げ出そうとするイグナの姿があった。
幻だったか――。
イグナの体が、闇に包まれようとしている。
――逃げられる。
そう思った直後、イグナの体が緑色の、丸い膜に覆われた。
「勇者様っ!! 捕えたのですっ!!」
この声は、ナタリーだ。
あの緑の膜は、確か一番最初にナタリーが俺を守ってくれた、バリアーに似ている。
成程、そう言う運用法もあるのか――。
――と、感心しながら、俺は聖剣を投擲した。
『フン、こんなヤワな結界など――』
今度こそ、イグナの喉元に聖剣が突き刺さる。
『――な、ふ、ふざけ――、ギャァァァァァァァ!!!!』
イグナの体が、真っ黒な瘴気となって消えてゆく。
危なかった、完全にナタリーに助けられてしまった。
――そして、イグナが完全に消えると、静寂が訪れた。
「……大丈夫か?」
俺は、足元に座り込んでいる少女に視線を向けた。
『……先生、この部屋からガラスの割れる音が……』
『コラっ!! 何やってる!! この扉を開けなさいっ!!』
ドンドンドン、と扉が叩かれる。
不味い、この現場にいるのを見られたら厄介だ。
「勇者様っ!」
聖剣を回収してきたナタリーが、俺に追突してきた。
四天王を倒した喜びを分かち合いたいのは俺もだが、ちょっと時間が無い。
なにやら、扉がガチャガチャとなっている。
鍵を持ってきたらしい。
「ナタリー、この子を連れて、一度家に戻るぞ。何で狙われたのか事情を聞かないと」
「はっ、了解なのですっ!」
「……え、えっ?」
困惑する少女を、俺は抱き抱えた。
そして、窓へ走る。
「え、ちょっと、ちょっと待って!!」
「口閉じてないと危ないぞ」
――そして俺は、校舎から飛び出した。
背後では、扉が開けられる音がしていた。




