第二話 俺の祖先は勇者だったらしい
――それは、まるで幻想的な光景だった。
長い白髪の、美しい少女だった。
人間離れした整った顔立ちに、尖った耳が見えた。
瞳はエメラルド色に、月光を受けて光っている。
少女は何か緑色のバリアーの様なものを貼って、俺を怪物から守っていた。
しかし、それも楽ではないらしく、少女の頬には玉のような汗が滲み出ていた。
「勇者様っっっ!! 剣を、剣をお持ちしました!!」
「……は、剣?」
勇者――誰のことを言っているのか分からないが、少なくともこの場には彼女と怪物以外に、俺しかいなかった。
少女は、右腕に抱えていた謎の長い布を投げ渡す。
それが俺の前にカランと転がった。
これが、剣だろうか?
「勇者様っ!! 私ももう持たないのですっっっ!!」
急かす様な少女の声に、俺は恐る恐る布を掴んだ。
ずっしりと重たい。
布を解いてみると、中には剣の柄の様なものが見えた。
――訳が分からない。
俺は数秒前まで、あそこに立って死のうとしていたハズだ。
それなのに、なぜこんな状況になっているのか?
分からない。分からないが――、
俺は、産まれて始めて『必要』とされている。
そう、感じた。
眩い光。
体中に未知のエネルギーが満ちるような感覚。
剣を掴んだ瞬間、俺を襲ったのは、全能感だった。
「勇者様……」
少女の、感動したような声が聞こえる。
俺は、剣を引き抜いた。
それは、俺の身体の半分以上もある長剣だった。
何か文字が刻まれた刀身を、俺は少女が対峙する怪物へと向けた。
『グギギギギギギ』
怪物は、そんな俺を見て、一歩後退りをした。
一閃。
直後、俺は怪物を斬り殺していた。
常人離れしたスピードで怪物に接近し、首を跳ねたのだった。
やろうと思ってやった訳では無い。
ただ、戦おうと思ったら、まるで体が覚えていたかのように動いていたのだ。
剣を降った先の雲が、剣筋にそって割れていた。
『グギャァァァァァァ!!!!!』
怪物は、黒い霧となって空へ消えて行った。
俺は、それを唖然として見ていた。
「す、凄いのです勇者様! あの上級悪魔を一撃だなんて!」
「えっ?」
――と、その視界に、さっきの少女が飛び込んできた。
エメラルドの目をキラキラ輝かせて、俺を見ていた。
そんな目で見られたのは初めてだった。
◇◇
「……で、誰? 君」
「はっ! 申し遅れたのです! 私、エルフ族のナタリーと申します!
以後お見知り置きをお願い申し上げるのです、勇者様!」
戦闘のあと、状況を理解するために屋上に座り込んで話していた俺は、目眩がするのを感じた。
エルフ? エルフって、あのエルフか?
耳がとがっていて、ファンタジーによく出てくるやつ?
確かに、ナタリーの耳は、綺麗に尖っていた。
「じゃあ、なんで俺の事勇者って呼ぶの?」
「それは、勇者様が勇者様だからなのです」
「悪い、意味わかんねぇ」
ナタリーはうーん、と悩んだ。
今の説明で、俺が理解出来ると思ったのだろうか?
「えーっと、じゃあクドウ マサトシ様ってご存知ですよね?」
「……俺のひいじいちゃんだ」
もう、俺が物心着く前に亡くなっている。
「そのマサトシ様が、かつて私たちの世界を救った、勇者様なのです!」
「……えっ、マジ?」
「大マジなのです」
知らなかった……。
まさか身内に勇者が居たとは。
あんまり急展開なもので、正直ついていけない。
「だから、マサトシ様の子孫である貴方様も、勇者なのです!」
「……そっかー」
バタッと床に倒れて、空を見上げた。
街の灯りのせいか、星はほとんど見えない。
「お願いするのです勇者様! 今再び、世界に危機が訪れて居るのです!
マサトシ様が討伐したハズの魔王が、再び復活しようとしているのです!」
まあ、なんかそんな感じのことを頼まれる気はしていた。
どうしようか、と、悩む。
さっきまで死のうとしていた身としては、今突然新たな冒険の道を開かれても、あまりいい未来は見えないのだ。
この世界がどうなったって、正直どうでもいい。
苦しみ。悲しみ。憎しみ。
この頼みをひきうけるという事は、そういう生きる苦しみを継続する事になる。
――でも、初めて俺は、人に頼み事をされた。
人に本当に必要とされている。
それが本当に、何より嬉しかった。
それに、どうせ死のうとしてたんだ。
もし戦って死んだとしても、それでいいじゃないか。
「うん、じゃあやるよ。勇者」
「そう言ってくださると思っていたのです! 勇者様、私が全力でサポートしますので、一緒にがんばりましょう!」
俺は、剣を鞘に収めて、布で再びくるんだ。
「……所で、ナタリー、だよね。これからどうすればいい?」
「とりあえず、勇者様の拠点に連れて行って欲しいのです」
「……その格好で、街を歩くの?」
ナタリーは、緑色の、妖精が来ていそうな服を着ていた。
それに、背中から小さな四枚の羽が見えているし、どうやっても目立つ。
俺はナタリーに、着ていたパーカーを渡した。
「とりあえず、それ着てよ」
「……ゆ、勇者様からの贈り物なのですー!!」
ナタリーは大袈裟に喜んで、パーカーを抱きしめた。
「これは家宝にして、ずっと家に飾っておくのです」
「いや、それは辞めてくれよ……」
俺はナタリーの存在に少し困惑しながらも、久しぶりに人とまともに話したので、ちょっとたのしかった。
妹以外の人と言葉を交わしたのは、本当に久しぶりだ。
ナタリーとビルを降りる時に、なにか顔に違和感があるのに気づいた。
「……アザが」
俺の身体中にあった、殴られたあとの傷が、完全に消えていた。
近くにあった窓に反射した俺の顔は、殴られ続けてボコボコになる前の、傷一つない状態のものだった。




