第十九話 友達
「……はい、ではここからここを掛けて……」
授業は、あんまり頭に入ってこなかった。
思い出しただけでも恥ずかしくなる、あの日の出来事。
やはり、違ったのだろうか。
彼は勇者などではなく、私のただの勘違いだったのだろうか。
私が彼に感じた何かも、ただの錯覚だったのだろうか。
そんなこんなでボーッとしている内に、授業終了のチャイムが鳴ってしまった。
「きりーつ」
私はため息をして立ち上がった。
これじゃあダメだ、と思うが、もう他に勇者の手がかりなんてない。
もう、どうしようもない。
なんだか、凄く疲れた。
もう暫く、あそこに行くのは辞めよう……。
「カーオルっ!」
どかっ、と抱きついてくるチカ。
どうやら彼女は人に話しかける時には、抱きつかないと気が済まないらしい。
そしてすぐさま胸に手を伸ばしてくるので、私はその手を払い除けた。
「もう、話しかけるなら普通にしてよ。で、何?」
「今日は暇でしょ?」
またか……と、私はこめかみを抑えた。チカにはどう言っても分かってもらえないのだろうか。
「また、どっかと合コン紛いのことでもすんの?」
「うんうん、今日は西高のひと〜」
西高……、私たちの高校と肩を並べる所だ。
まあどこの人かどうかはどうでもいい。
そんなのに参加するなんて、どうせ碌でもない奴らばっかりなんだろうし。
「悪いけど私は――」
「――参加しない、なんて言わないよね、カオル。……ねぇ、ホンットに付き合い悪いよねぇカオルってば」
――チカの口振りに、一瞬ゾッとする。
断ることは許さない、と、チカの目は告げていた。
「カオルッ、信じてるよ私!」
今度は、前から抱きついてくるチカ。
その力は、やたらと強い。
「……痛い、痛いってチカ。ちょっと離してってば」
「だーめっ! いいって言ってくれるまで離しませ〜んっ!」
傍から見れば、いつものじゃれあいかのように見えるだろう。
――だが、チカの様子は、明らかにいつもと違った。
まるで、今まで抑えていたものが爆発したかのように――。
「……分かったわよ、行けばいいんでしょ行けば」
「ほんとっ!? やったぁー!!」
チカが大袈裟に喜んで、私を離してくれる。
私は、冷や汗を拭った。
まさかチカが、こんなに怖いなんて思っていなかった。
周りの生徒からの視線が痛い。
私がそういうのに参加するのが、珍しいからかもしれない。
――しかし、その視線には、どこか攻撃的なものを感じる気がした。
◇◇
私とチカは、手を繋いで校舎を出た。
チカの手は、私を強く掴んで離さない。
私たちは、もう一人チカの友達の女生徒と合流して、三人で駅へ向かった。
チカが言うには、三対三で、カラオケに行く予定らしい。
正直行きたくなかったが、もし私がこれを断れば、きっとチカとはもう友達では居られないだろう。
それは、あまり取りたくない選択だった。
まあ、確かに最近私はチカに素っ気なかったかもしれない。
お詫びとして、参加して上げるのもいいだろう、と私は考え始めていた。
――正直、一人でいると例のことを思い出して頭が痛くなってくるので、まだ誰か他の人と一緒にいる方が良かった。
「ねーっ、マジ楽しみだよね! カオルさん居れば盛り上がること間違いナシだし!」
チカの友達の子が、目をキラキラさせて言った。
確か名前は……リンカさんだ。チカの友達らしく、元気で明るい子だった。
「カオルが乗ってくれんの、実は初めてなんだよ〜? ほーんと、男関係の誘いには強情に断るんだから……」
「えー以外〜、取っかえ引っ変えだと思ってたぁ〜」
……ちょっと失礼だと思う。
私はため息をついた。
「……私って、そんなふうに思われてんの?」
「だって、カオルさん目立つんですもん〜。うちのクラスでもみんなカオルさんの話してますし……」
「カオルは自分の事に疎いもんね〜」
チカがいたずらっぽく笑った。
別に、疎い訳では無い。
ただ、無闇に反応したら鼻に掛けていると思われかねないので、あえて無視しているのだ。
そんなこんなで、私達は駅に着いた。
ここに西高の人がやってくるらしい。
談笑しながらその電車を待っていると、それらしき電車がやってきた。
「あっ、今着いたって」
ピロリン、とチカのスマホが鳴る。
電車からたくさん人が降りてきて、その中に――よく目立つ、三人の男子高生が見えた。
彼らを見たその瞬間、私はうわっとなった。
三人のうち二人は、絶対押しが強いタイプだ。顔で分かる。
冬なのに少し焼けた肌に、爽やかな笑顔。
あの二人を相手するのは、少々疲れそうだ。
もう一人は――、よく分からない。
まあ少なくとも、他二人よりは落ち着いていそうだった。
「あっ、こっちこっちー!!」
チカがフリフリと手を振った。
リンカさんが、私へ耳打ちしてくる。
「うっわぁー、めっちゃかっこよくないですか!?」
「ああ……、まあ、顔はね」
「おっ、カオルさん公認?」
実際、三人とも顔はいい。
チカが選んだだけの事はあった。
三人はチカと挨拶みたいな、ちょっとした小話をしてから、私たちの方を見た。
「あ、それでそっちの二人が私の友達なんですぅ〜!」
チカが紹介すると、我先にとリンカさんが前に出た。
「私、ハセガワ リンカって言います! いやぁー、皆さんかっこいいですね!」
「へぇー、リンカちゃんか! よろしくね〜」
リンカさんの紹介中だが、西高の三人は明らかにチラチラと私の方を見ていた。
なんだか、やりにくい。
「それで、……カオルっ、自己紹介自己紹介っ!」
それに気づいたのか、チカが今度は私に振った。
面倒臭いが、仕方がない。
「ああ、どうも。カシワギ カオルです」
「へぇー! カオルちゃんか! てかめっちゃ可愛くね?」
「あ、それ俺も思ったわ! もしかしてアイドルとかやってる?」
「はぁ、やってないですけど」
「うっわ、マジクールじゃね?」
「よろしくね〜、カオルちゃん」
三人が盛り上がる。
やっぱり、二人は押しが強い。声もうるさいし。
残りの一人は、意外とまともそうだけど……。
「あのー、盛り上がってるところ悪いんですけどぉ、そろそろ行きません?」
チカがニコニコと笑いながら、三人に言った。
三人のうちの一人が、慌てた様に言い始めた。
「あっ、そうだね。てか俺らの紹介しねーと。俺がアカシ コウタで、そっちのがヤマシタ ハヤト。それでそこの奴がニシキ ユウキな。よろしく!」
うるさいやつがアカシとヤマシタで、比較的まともっぽいやつがニシキ。
よし、覚えた。




