第十八話 出会い
準備よし……、服よし、髪よし、忘れ物なし、財布持った、スマホ持った、ペンダントも持った……。
……この服で本当に大丈夫かな……。
姿鏡の前で、私はくるりと回った。
と言っても、外はオシャレなんか出来るレベルの寒さでは無いので、結局いつものコートとマフラーだ。
下はスカートにしようかと思ったが、さすがに寒いので辞めた。
「……なに、アンタ。デートにでも行く気?」
そんな感じで玄関で準備をしていると、親が話しかけてきた。
「別に違うけど。ちょっと用事あるだけ」
「用事って……アンタ今日風邪で学校休んだんじゃない」
「もう治ったからいいの」
私はブーツを履いて、ぶっきらぼうに返した。
「ちょ、それどう言う――」
「じゃあ行ってくるから」
何か言われる前に、私は外へ出て扉を閉めた。
今日は譲る訳には行かない。
この為に、わざわざ仮病など使って学校を休んだのだ。
私は大きく息を吸い込んで、親が追って来る前に駅に走り出した。
◇◇
例の駅で降車した私は、桜田高校の位置をスマホで確認し、深呼吸して歩き出した。
商店街を通り過ぎ、通りにそって歩いていく。
しばらく行くと、白い校舎が見えてきた。
あれが、桜田高校――。
あの人が通っている学校、の筈だ。
私は時刻を確認した。
――恐らく、そろそろ下校時間。
もし彼が部活も、委員活動もやっていないのなら、すぐに出てくるはずだ。
そうでなくとも、校門前で待っていればいつかは来る。
私は、校舎に近づく前に、ふぅーと息を吐いた。
桜田高校――、あまり、いい噂は聞かない学校だった。
不良が多くて治安が悪いらしいし、退学者も多いとか。
そんな学校の前で一人で立っているのは、正直嫌だった。
だけど、これが多分唯一の手がかり。なりふり構っていられない。
私は、校門の横に立った。
風が冷たい。手袋してくればよかった……。
そんなこんなで、ボーッと立って居ると、校舎の方からチャイムの音が聞こえてきた。
その後、続々と生徒達が校舎から出ては、私の横の門から外へ出て行った。
出てくる生徒は、大体分けて二種類だった。
一つは、厳つい、不良みたいな人達だ。この寒いのに前のボタンを前回にして、なんだか改造しすぎて良く分からない格好をしている。
もう一つは、その人達とは対象的な、暗そうな生徒だ。
こっちの種の生徒は、下を向いて、猫背で自信がなさそうに歩いて帰って行った。
私はその人混みの中に、一生懸命探したが、彼は見当たらない。
桜田高校の生徒達は、物珍しそうに私を見ては、帰ってゆく。
不良たちが、何やらニヤニヤしている気がしたが、なるべく目を合わせないようにした。
――しかし、
「ねーえ、君! なにしてんのこんな所で。ここの生徒じゃないっしょ?」
人混みが大分落ち着いた頃、とうとうその不良達が話しかけてきた。
覚悟はしていたが、やっぱりいざ囲まれると、少し緊張する。
不良は、全部で四人だ。
全員髪を染めていて、背も高いしガタイも良い。
私は目を逸らして、なるべく私への興味を削ぐような事を言おうとした。
「別に。人待ってるだけだから」
「えぇー、マジィ? 彼氏ぃ? ぜってー俺らの方がいいって! 今から遊びに行くんだけど、ちょっと来てみ?」
ギリ、と歯を噛んだ。
こうしている間にも、何人かそそくさと校門を出て行ってしまった。
その中に彼がもし居たら、今日の全てが無駄になる。
「だーかーら、人待ってんの。邪魔だからどっか行ってよ」
「……は?」
私がイライラしてそう言うと、不良たちの表情が変わった。
――しまった、言葉を間違えた。
不良の中の一人が、私を壁へ抑え付ける。
そして、髪を掴んできた。
「痛っ」
「ちょっと顔がいいからって、調子乗ってんじゃねぇぞ? お前、今の状況わかってんの?」
そいつの顔が、ニヤリ、と下品に歪んだ。
不良たちの視線が、私の身体を舐め回すように動く。
「無事に帰れると思うなよ」
私の髪を引っ張ってそいつは囁き、私の胸へと手を伸ばした――。
「……っ、このっ」
バシンッ、――と、自分でも驚くくらいいい音がした。
殴られた男は、ポカンと、赤くなった自分の頬を呆気に取られてさすった。
やばっ、と、思った時にはもう遅かった。
またやってしまった――。
「――この、アマがァ……、随分乱暴なのをご所望みたいだなァ」
そうして、そいつは私へと拳を振り上げ――、
「……何してんの?」
――その、声が聞こえた。
「……んだぁ? 誰だてめぇ」
不良達が振り向く。
そこには、――あの人が居た。
不良でもない。
猫背で自信が無さげな訳でも無い。
ただ、普通の男の子。電車で見た時と同じ、そんな印象の人だった。
「誰に許可得て話しかけてきてんだ? あぁ?」
不良の一人が、その人に突っかかろうとする。
しかし、別の不良がそれを抑えた。
「っ、なんで止めんだ!」
「こ、こいつクドウだよ……、クドウシンヤ! キジマさんたち病院送りにしたヤツ!」
「はぁ、こいつが……、マジ?」
急に、不良達の顔が真っ青になった。
彼らが、後退りを始める。
その人は、まるで無感情な声色で、また言った。
「何してんの?」
「……っ、別になんもしてねぇよ。おい、もう行くぞ」
不良達は、その場から逃げ去るように立ち去ってゆく。
私はそれを、呆然と眺めていた。
「……」
――その人は、そのまま私に小さく礼をして、私の目の前を通り過ぎて歩き出した。
待って――。
言葉が、出ない。
心臓がまるで爆発するみたいに、バクバク鳴った。
胸を抑えても、それは止まらない。
彼の背中はどんどん離れてゆく。
言わなきゃ、何か言わなきゃ――。
彼を止めて、何か話さなければ――。
「ちょ、ちょっと待って!」
――、言ってしまった。
あの人が、不思議そうに振り返る。
私は、顔が真っ赤に熱くなるのを感じた。
どうしよう、どうしよう、なんて言おう、変なやつだって思われたらどうしよう……。
「えーっと、助けてくれて……ありがと」
「いや、別になんもしてないんで」
「そ、そうじゃなくてえーっと……うーん……、ちょ、ちょっと一緒にお茶でもしてかない?」
ナンパかっ!! 下手なナンパかっ!!
馬鹿じゃないの私、そんな事急に言われて行く人なんていないでしょ!
「……え、あの、すいません。ちょっと用事あるんで」
向こうも困惑しているのが痛いくらいに伝わった。
――まるで、告白を断られた様な気分だ。
告白したことないけど、何となくそんな心境だった。
あの人は、今度こそ礼をして、帰ろうとしてしまう。
――、も、もう最後の手段っ!!
「これっ!あなた、これに見覚えない!?」
私が取り出したのは、例のペンダントだ。
もし彼が勇者なら、これについて何か知っているかもしれない。
彼は振り向いて、そのペンダントを訝しげに見た。
私は目をつぶって、下を向く。
お願い――。どうか、そうでありますように――。
「……いや、特に見覚えないです」
◇◇
「何だったんだろ、アレ」
「ふぇ? 何がですか〜勇者様?」
ナタリーがアイスをぺろぺろ舐めながら言った。
どうしてもと言うから買って来たのだ。
買っといてなんだけど、今は冬だぞナタリー。
まあ、そんな事は置いておいて、本当になんだったんだろうか。
校門前で、なんだか見覚えのある子が絡まれていたので、柄にもなく助けてしまったまでは良かったのだが、その後よく分からない誘いを受けたあと、よく分からない宝石を見せられた。
まあ締めて言うと、よく分からなかった。
でも、やっぱりあの女の子には見覚えがあった。確かナタリーと川城に行くために電車に乗った時に、偶然見た子だ。
目立つ子だったので印象に残っていた。
何故、ウチの校門前に居たのか……。
全く謎である。
あんな容姿の子がウチの校門前なんかに居たら、絡まれるに決まっているのに、わざわざあそこに居なければならない理由があったのだろうか?
そんなことをナタリーに言うと、ナタリーは目を輝やかせながらズズズイッと近づいてきて言った。
「それはもしかして……勇者様に愛の告白をするために、校門で待ち伏せしていたのではっ!?」
アイスの棒をモゴモゴ言わせながら、ナタリーは言う。
俺はまさか、と言って笑った。
「無いな。接点無いし……、もしあったとしても、あんな子が俺なんかのこと好きになるなんて、万が一にも無い」
「むぅー、卑屈な考えなのです……。愛に理屈は必要ないのですよ?」
「あーいう子には、イケメンで人気者の彼氏が似合ってるんだよ。それより、アイス早く食べないと溶けちゃうぞ」
ナタリーは慌ててアイスを舐め始めた。
俺はその様子を微笑みながら見て、
「そう言えば、赤い宝石みたいなの見せられたな。あれはなんだったんだろ」
「……赤い宝石?」
ナタリーがピクリと反応した。
しかし、うーん、と頭を抱えてから動かなくなってしまった。
「うーん、何か思い出しそうなのですが……忘れちゃったのです」
俺は、ふと時計を見た。
そろそろ晩御飯でも作ろう。俺は立ち上がって、台所へ向かう。
それに、ナタリーも着いてきた。
この世界の料理に興味があるらしく、最近は毎回手伝いをしてくれた。
――そして、食事が終わって、夜の巡回に出る頃には、俺は昼の事をもう忘れかけていた。




