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第十二話 彼女の話

 私は、この世界に合ってないのかもしれない――。


 そんな意味不明な事を、私は窓の外に広がる、面白味のない街並みを眺めながら考えていた。


 ふと前を見ると、眼鏡をかけた中年の教師が、物理の授業をしているところだった。

 周りでは、カリカリと生徒達が真面目にシャーペンを走らせている。


 私は頬杖を付きながら、その光景を見てため息をついた。




 別に勉強が嫌いなわけじゃない。

 むしろ出来る方だし、進んでやる方だ。



 ――でも、なんだかいつも、何かズレているような違和感があった。

 なんだか、『本当に生きていない』……みたいな感覚。漠然としてるけど、一言で言えばそんな感じだった。



 このまま生きていても、将来は見え透いている。

 多分私は、このままそこそこの大学に進学して、良い会社に入って、――多分、まあまあいい男と結構する。

 そして子供を貰って、人並みに幸せな生活を送る……んだと思う。


 でも、その事を考えるとゾッとする。

 机に座って勉強しているのが嫌になってくる。


「……では、今日の所はテストに出るので、よく復習してくるように」


 先生のそのセリフを最後に、チャイムが鳴った。



 ◇◇



「カオル〜、今日みんなでテスト勉強しな〜い?」


 私の机の上で、栗色の髪がふりふりと動いた。

 授業が終わったあと直ぐ、私の所に来て机に顔を乗せているこの子は、スズキ チカ。

 背が小さいけど、元気でサイドテールが似合う可愛い子だ。


 勉強会か……。

 私はちょっと悩んだ。

 別に言ってもいいのだけど、ちょっと心配事がある。


「ねぇ、メンバーは?」

「えっ? いつものメンバーだけど?」


 チカは惚けたように言う。

 私はまたため息をついた。


「名前を言いなさい名前を。どうせ男が居るんでしょ?」

「うっ、バレたか……」

「バレるに決まってるでしょ。じゃ、私はそろそろ帰るから」

「えっ、参加しないのっ!?」


 私は呆れてチカを見た。


「男女で集まって、まともに勉強会なんて出来た試しが無いじゃないの。どうせ途中で王様ゲームとか始まっちゃうし、私まで参加させられるし……」

「それがいいんじゃーん……。カオルってば、それじゃあいつまで経っても彼氏出来ないよ?」

「別に私はいーし。チカだって今居ないんでしょ? 早く作れば?」


 私はそう言って、むくれるチカを置いて教室を出た。

 廊下は、教室と違ってとても寒い。

 私はコートのボタンを閉じて、マフラーをしっかりと巻いた。




「カシワギさんっ!!」

「え?」


 校舎を出て、駅へ向かおうとした時。

 急に後ろから呼び止められた。

 振り向くと、そこには男子生徒が立っている。


 その男子生徒が纏う雰囲気を感じて――、『ああ、またか』と私は思った。






 私は、人気のない校舎裏へと呼び出された。

 砂利道の上に立って、男子生徒と向かい合う。

 ――名前は、なんだっけ。

 確か違うクラスの人だ。


 悪いけど、同じクラス以外の人の名前は、関わりがある人以外は覚えていない。

 つまり、この男子生徒と私はほとんど関わった事がない。

 まあ、それも別に不思議な事じゃなかった。

 今まで何回もあったからだ。


 私はコートのポケットに手を突っ込んで、髪を弄りながら、こっちの様子を伺ってくる向こうをじっと見つめた。

 向こうは慌てて目を逸らす。


 早くしてくれないかなぁ。

 私はあくびが出そうになるのを抑えた。


「……カシワギ カオルさん、俺と、俺と付き合ってくださいっ!!」


 ほら来た。

 予想だけど、きっとこの子もチカの勉強会参加者だ。

 私に好意を抱いてる事を聞いたチカが、きっと要らない気を利かせて舞台を用意しようとしたのだろう。


 それなのに、私が参加しないって言うんで慌てて告ってきたワケだ。

 もうそんな経緯の時点で告白を受ける気など毛頭なくなったのだが、一応その男子を見回した。


 顔は――、まあまあイケメンだ。

 スポーツも多分上手い方だったはず。体育祭で目立ってたような気がするし。

 この手のタイプは頭も悪くないだろうし、きっとクラスでも目立つタイプの人間だろう。

 きっとファンも多い。



 ……でも、そんな判断基準は、私にとってはどうでもいい事だった。


「……私のどこを好きになったの?」

「え、何処って……」


 男子生徒はアタフタし始めた。

 何それ。考えてなかったっての?


「か、可愛いし……それに、スタイルもいいし」


 さんざん考えた後に出た答えがソレか、と、私は内心ため息をついた。

 要は、外見しか見てないってことじゃないの。

 こいつも、他の男共と同じだ。絶対ないけど、もし私がオーケーしたら二日後には家に誘ってくるに違いない。

 なるべく冷たい声が出ないように、一度咳払いをする。


「ごめんなさい。私、今恋愛とかする気無いの」


 そう言うと、男子生徒はしばらくした後身体を起こして、ニコッと笑いかけてきた。

 笑顔に見えるけれど、明らかにそれ以外の感情が混じっている。

 なるべく平静を保とうとしながら、男子生徒は口を開いた。


「……そっか。悪い、呼び出したりなんかして」

「うん、……それじゃあね」


 私は校舎裏から、そそくさと出た。変に居残ると勘違いさせてしまうかもしれない。



 ◇◇



 告白されることは、何回もあった。

 付き合ってみたことも、ちょっとだけある。

 でも、全部すぐにこっちから別れてしまった。結局私は人を好きになったことが無かったのだ。


 たとえ相手がどんなイケメンでも、優しくても、頭が良くても、お金持ちでも――。


 きっと、私が本当に彼らを好きになれるのは、全てを諦めた時だ。

 彼らを好きになる、という事は即ち、この世界に妥協する事だ。


『本当に生きていない』ような感覚を騙し、自分自身をこの世に適合させる――、きっとそれが、正しい生き方。

 だから、私はきっといつか、『普通の男の人』を好きになれる日が来る。


 ――そう、思っていた。




 でも、あの日――。

 図書館で夜遅くまで、勉強した帰りの事だった。

 もう外は暗く、家までの道のりは、街灯が遠い感覚で照らしているのみだった。


 空を見ると、綺麗な月が登っていた。



 そんな時、私は襲われた。

 ――おぞましい、悪魔のような怪物に。

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