第十一話 雪の降る夜
――この光景を見るのは、多分二度目だ。
一度目は、母の時だった。
俺が小学校に上がるかどうかの時だったか……。父親が、突然家を出ていったのだ。
それから母は、抜け殻のようになってしまって、その後しばらく、精神病院へ入院していた。
でも、結局治らなかった。
――そして、今度はサツキが、その白いベッドで息を立てていた。
酷く痛めつけられていた傷は、旧校舎を出たあと直ぐに、ナタリーによって治療されている。
しかし、こればっかりはどうにも出来なかった。
サツキは、じっと目を見開いて、天井を見ていた。
まるで母のように。
横の椅子に座っている俺の事など、全く見えていない。
俺はその虚ろな顔を見ても、同情も、何も湧いてこなかった。
◇◇
病院を出ると、冷たい空気が肺に入ってきた。
空は既に暗くなり、凍えるような風が身体にぶつかってきた。
はぁ、と白い息を吐き出す。
もう秋も完全に終わったみたいだ。
そんな時、近くのコンビニへ行っていたナタリーが帰ってきた。
ナタリーは俺を遠慮がちに見る。
「……勇者様、もうよろしいのですか?」
「ああ、待たせてごめんな」
俺は笑って、ナタリーと歩き出した。
あれから、もう暫く夜の巡回を休んでしまっている。
サツキの手続きで色々あったからだ。
ナタリーは、手に持ったコンビニ袋を嬉しそうにブンブン振った。
「にしても、この世界はやっぱりすごいのです! ドアがうぃーんって、勝手に開くなんて、向こうじゃありえないのですっ!」
ナタリーは嬉しそうに袋の中身を見た。
中にはプリンやら、スナック菓子やら入っている。
どうやら、ちゃんと買えたらしい。
初めての買い物のはずだったが、ナタリーは見かけによらず物覚えがいい。
通貨も買い物の仕方も、俺の雑な説明で全て理解してしまった。
「それに、それに……」
――ナタリーは言葉に詰まる。
どうやら無理して、俺を元気づけようとしてくれていたらしい。
「ナタリー、本当に俺、別に落ち込んでないぞ。だから気にしなくていい」
ナタリーは、本当に優しい。
だから、余計にこっちが申し訳なくなってしまう。
――妹があんな状態なのに、俺の心は、全く動じていなかった。
「しばらく休んじゃったな、悪魔退治。明日からまた再開しようと思うんだけど、ナタリーはそれでいいか?」
「も、もちろん私は勇者様に従うのです!」
その言葉を聞いてから、俺は空を見上げた。
暗く、灰色の雲がかかった空。
――俺が気にしなければいけないのは、妹よりも、あの『イグナ』とか言う奴だ。
アイツがキジマ達に力を渡したと言っていた。
ただの人間を、あんな怪物にできるなんて、危険極まりない。
俺の思考は、既に切り替わっていた。
勇者として、成すべきことをしなければならない。
俺は、この世界では誰にも求められなかった。
家族にさえ、妹にさえ。
だが、ナタリー。この子だけは、俺を必要としてくれた。
だからその為に戦う。
そう、……勇者として。
「……あ! 雪なのですっ!」
その言葉で、空を見る。
白いフワフワしたものが、ゆっくりと降ってきていた。
もうそんな季節なのか。
ナタリーは、雪に似た銀髪を舞い上がらせながら、クルクルと回ってはしゃいでいる。
そんな美しい光景に、少し目を奪われた。
「こっちにも雪が降るのですねっ!」
「ああ、でもあんまり積もらないぞ」
ナタリーは嬉しそうに、雪を掴むように手を広げる。
雪は儚く、体温で直ぐに溶けてしまう。
異世界の雪は、どんな雪なのだろうか。
そこの雪も、ナタリーの様に美しいのだろうか。
そんなことをぼーっと考えていたが、あんまり外にいたら風邪をひく事を思い出した。
「……さ、帰るか」
「はいっ、なのです!」
◆◆
何処かの、古い廃ビルの一室に、その四人は集まっていた。
四人はフードを深くかぶっており、顔どころか性別すらわからない。
『……勇者の始末に失敗したようだな、イグナ』
四人の中で、一番大きな者が言った。
フードの一人が、くつくつと笑う。
『あんなの、実力を図るための道具に過ぎぬ。吾輩、もう勇者の実力は測れたのである。次で、仕留めるのである』
『勇者の実力が測れた? あれでか?』
マントの、一番背の低い者が馬鹿にするように言った。
イグナ、と呼ばれた者は、苛立ったように声を荒らげる。
『貴様らの出番は無いのである。黙って見ているのがいいのである』
イグナは、吐き捨てるように言って廃ビルを出ていった。
残ったのは、三人。
『……今回の勇者、我々が予想しているよりも強いかもしれん』
一番大きな者は、緊張した声色で言った。
『想像よりも強い、だけで済めばいいのだけどねぇ』
背の低い者が返す。
その内、残りの三人も廃ビルから消えていった。
◼第一章 end




