第十話 決戦
もう少しで冬に入るからだろうか。
放課後になる頃には、外は肌寒く、空気は乾燥していた。
空は灰色の雲に覆われている。
俺は、旧校舎と呼ばれる、ボロボロな建物の門の前に立っていた。
錆び付いた門を押すと、ギギギと嫌な音を立てて開く。
後ろをチラ見すると、遠くの木の影にナタリーが隠れているのが見えた。
俺は頷いて、校舎へ入った。
靴箱が並んでいる入口には、割れたガラスの破片やら、壊れた木片やらが散乱していた。
そこらじゅうに落書きがあるのは、現校舎ともかわらないが……。
「……クドウだな?」
奥の通路から、声がした。
暗がりの中から、不良の一人がニヤニヤ笑いながら現れた。
キジマの一味の一人だ。
俺はその不良について行く。
どうやら、体育館に向かっているらしい。
ボロボロの廊下をほんの少し歩くと、直ぐに大きな両開きの扉が見えてきた。
その横で、不良は止まる。
どうやら、『自分で開けて入れ』という事らしい。
……恐らくこのあと、この不良が扉を塞ぎ、俺は完全に囲まれる。
しかし、それも覚悟の上だった。
ガコン、と音を立てて体育館の中に入った。
直ぐに背後の扉は閉じられ、そして体育館の中が明らかになった。
体育館には、やはりキジマのグループのメンバーが居た。
案の定俺をぐるりと取り囲み、絶対に逃がす気は無いと、奴らの視線が語っていた。
「……おぅ、やっと来たかぁ」
――とても聞き覚えのある、憎らしい声が聞こえた。
キジマだ。
キジマはステージの上に立って、囲まれる俺を見下ろす。
いつも、ゴミを見るような目を俺に向けていたキジマだったが、最早そんな感じは微塵もなかった。
――あるのは、ただ『殺意』である。
絶対に殺す。苦しめて殺す。
血走った目は、そんなことを語っていた。
……ふざけんな。
お前らにそんな目をする権利があるのか。
俺は歯を食いしばって、自分を抑えた。
まだだ、まだサツキを助けていない。
奴らをどうにかするのはそれからだ。
「あーんまり遅せぇもんだからよォ……。暇つぶしに遊んでやったら、ちょっと壊れちまったぜ? お前のせいだぞお前のせい」
「……サツキに、何をした」
キジマは、ステージの奥が俺にも見えるように、横に避けた。
奥には――サツキが座り込んでいた。
その姿は――ついこの前見た姿とは、まるで違っていた。
服は乱暴に乱れ、全身に生傷があった。周りには吐瀉物のような液体が散乱している。
サツキの瞳に、最早光はなかった。
口は微かに動いており、『ごめんなさい』と繰り返しているようだった。
「――どういう事だ。サツキに一体……」
「いや、だから暇だったから、アイツらにちょっと遊ばせてやっただけだって。二回も言わせんなよゴミ」
キジマが顎で刺したのは、俺を取り囲む奴らだった。
……意味が分からない。
キジマは、サツキと付き合っていたのではなかったのか。
サツキが理由で俺を攻撃するほど、好意を抱いていたのではなかったのか?
「……キジマ、お前はサツキと付き合っているんじゃ無かったのか?」
「あ? こんなイモくせぇ女、マジなわけねぇだろ。遊びだ遊び……それをこの女、本気にしてたからちょっと面白かったけどなァ」
笑う。キジマが。不良達が。
――ああ、そうか。
結局、サツキも同じだったのだ。
誰も味方なんていなかった。
少しの間自分と周りを騙せても、こうして直ぐにボロが出る。
――今のサツキの姿は、かつて校舎裏で殴られていた俺に、随分似ていた。
「……まあ、そんなことはどうでもいいんだよ」
――キジマの空気が変わる。
俺の胸の中で、何かゾワゾワするものが走った。
危険信号――。
今まで感じたこともなかった、命の危機を知らせるものだ。
「避けるなよ」
キジマは短く告げ、俺へ指を指した。
「なにを――」
する気だ。と、言うつもりだった。
――しかし、キジマの指がそのまま真っ直ぐに何メートルも伸び、俺の腹を突き刺そうとしたせいで、言葉は出なかった。
「……この、野郎」
俺は、間一髪でその指を手で受け止めていた。
驚いている内に、俺を囲んでいる不良たちと、キジマの姿が、大きく変化していった。
その姿は、まさに――狂気そのものだった。
最早人間の型は残っていない。俺を囲んでいるのは、触手を大量に生やした黒い肉塊のような怪物たちだった。
キジマは、身体全身が膨れ上がり、巨人のような風貌になっていた。
顔が怒りや憎しみに歪み、その姿は、まるで『鬼』だ。
「……どういう事だ。お前達は、悪魔だったのか?」
『くけけけけけけけけけけけけ、くけけくけけけけ』
キジマの口から発せられる音は、もはや言葉を成していない。
まるでケタケタと餓鬼が笑うような声だった。
触手が舞う。
躱すことは、容易い。反撃に聖剣を抜く事もできる。
――しかし、それはサツキを見殺しにするという事だ。
俺はその攻撃を、甘んじた。
ある触手は俺の四肢の自由を奪い、
ある触手は俺の全身へ突き刺さった。
『クケケケケ、くけけけけくきききき』
大合唱するように、怪物達が笑い立てる。
鋭い痛みが四肢に走る。
しかし――、大丈夫。耐えられる。
俺は毎日毎日、痛みに耐えてきた。
コイツらからの攻撃を、ずっとずっとずっと。
だからか、俺の頭は痛みの中でも酷く正常に働いた。
――あの夜、学校に強い悪魔の反応がでたあの夜。
こいつらはきっと、まだ校舎裏に居たのだ。
そして、その時現れた『ナニカ』に、悪魔の力を貰った。そう考えるのが自然だ。
全身が、キリキリと痛む。
しかし、右腕には布に包まれた聖剣をまだ握っていた。
『クキャキャキャキャ!!』
キジマが、飛んだ。
空中で拳を振り上げ、俺の方へ落ちてくる。
拳は変形し、まるで剣のようになっていた。
あれで俺を突き刺す気らしい。
こんな状況なのに、俺は笑っていた。
死への恐怖など無い。
しかし、だからこそ、状況を正確に見極めることが出来た。
――今だ。
今ステージには、サツキ以外に誰もいない。
「――ナタリー、今だっ!!」
「了解なのですっ!!」
その言葉と同時に、体育館の窓が割れた。
ガラス片と共に中へ飛び込んできたのは、銀髪をなびかせる少女――、ナタリーだ。
ナタリーは一直線にステージへ飛び込んだ。
きっとあとは、ナタリーがサツキを助けてくれる。
あとは、コイツらを倒すだけだ。
『死ネェェェェェェェェェェェェ』
キジマが咆哮した。
剣が、俺の顔へと迫る。
「……お前達は、ホンットに、どこまで行ってもクソだな」
俺はそれを、仰け反って躱した。
そのまま、キジマを蹴り上げる。
キジマの巨体は大きな音を上げ、天井へと吹っ飛んで衝突した。
そしてそのまま、俺は四肢を拘束していた触手達を力ずくで引きちぎり、そのまま触手を掴んで引き寄せた。
怪物たちは、俺の方へ引っ張られ、飛んでくる。
俺は聖剣を布から解き、構えてそれを待つ。
「――もう、これで終わらせてやる。この恨みも、憎しみも……」
怒りに心が支配させる。
今まで味合わされた痛み、屈辱、全てを聖剣に込め――、
――そして、斬り裂いた。
◇◇
辺りに触手が、散乱していた。
あれから、どれだけ戦ったのか。
あれだけ居た怪物達は、ほとんどが身体を削ぎ落とされ、地に伏していた。
がちん、がちんと手に衝撃が伝わる。
また、キジマと俺の聖剣が衝突し、火花が散った。
もう、向こうで戦えるのは、キジマのみだ。
キジマは雄叫びを何度も上げながら、俺へと向かってくる。
その攻撃はあまりに単調で、簡単に受け流すことができた。
それとは対照的に、聖剣は確実にキジマの肉体に深い傷を負わせている。
トドメをさそうと思えば刺せる。しかし、そんな甘い殺し方は、俺はしたくなかった。
「……勇者様」
ナタリーが、いつの間にか後ろに立っていた。
あんまりにも遅いから、様子を見に来たらしい。
「……分かった。そうだな。もう終わらせる」
俺は、キジマの剣を紙一重で避け、そのまま聖剣を深々と突き刺した。
キジマは、叫び声すら上げずに、ゆっくりと倒れた。
――それに呼応するかのように、周囲の触手たちが、黒い霧となって消えてゆく。
キジマの身体も、黒い霧に包まれたかと思うと、怪物と化す前の、人間の姿に戻っていた。
周りの不良達も、元通りに戻っていた。
「……ナタリー、コイツら、生きてるのか?」
「……」
ナタリーは何も言わない。
しばらくして、ポツリ、と呟く。
「悪魔に魂を売った人間は、その代償となる物を必ず払わさせられるのです。……だから、きっとこの人たちも……」
ナタリーが言い切る前に、キジマが悲鳴を上げた。
見ると、キジマの皮膚が、でこぼこのでき物だらけになっていた。
キジマは身体を掻きむしるが、いっそう酷くなり、皮膚が赤く肥大化してゆく。
周りの不良達も同じだった。
その異様な姿は、哀れな怪物のようだった。
「ぎぃゃぁぁぁぁああ、いたいいたいいたいい、助けて助けて痛い痛い痛い――」
吐き気を催す様な怪物と化したこの者たちは、痛みに悶えながら助けを求め始めた。
――一番近くにいた、俺に。
俺はそれを、無表情で見下ろす。
「じゃあ、殺すのは勘弁してやるよ」
そして、キジマの顔を覗き込んで、辛うじて見えている目を覗き込んだ。
「……その痛みを、一生味わい続けろ。死ぬまで後悔し続けろ」
キジマの目が、恐怖に染った――気がした。
キジマの目がすぐにでき物で潰れてしまったので、よく確認できなかった。
俺は立ち上がって、ナタリーと共に体育館を出た。
◇◇
外は、来た時よりもずっと寒かった。
今にでも雪が降り出しそうだ。
「……ナタリー、サツキは」
『――イヤハヤ、どうも思ったより力が強いようだな。勇者の小僧』
――突如響く、その声。
ナタリーは血相を変えて振り向いた。
旧校舎の屋根の上に、――誰か、人が立っていた。
黒いマントを着た、背の高い奴だった。
顔は暗くなって見えないが、その声には男とも女とも感じさせない不気味なものがあった。
俺は聖剣に手をかける。
そいつは、笑っているようだった。
『そう身構えるでない。吾輩は挨拶に来たのだ。勇者と言えば、魔王様の最大の敵。ならば、敬意を払うのも当たり前であろう?』
「魔王……、お前何者だ?」
くつくつと、そいつは笑ってお辞儀をして見せた。
『吾輩は魔王四天王の一人……イグナ。あの人間共に力を与えた者でもある』
「お前が――」
『おっともう時間のようだ。では、また会おう。勇者とエルフよ』
言うだけ言って、イグナは闇に溶けていった。
一言も喋らなかったナタリーが、ほう、と大きな息を吐き出した。
緊張で喋れなかったらしい。
とにかく、もう帰ろう。
四天王だかなんだか知らないが、こっちは色々あってもう疲れているんだ。
――俺達は、そうして旧校舎をあとにした。




