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第一話 虐げられし少年

 俺の人生に、今まで一度でも楽しかった事があっただろうか。


 俺はそんなことを、自分の机を眺めながら考えていた。

 机には、ペンやナイフで悪口やら罵詈雑言が無茶苦茶に書かれている。

 どれも言われのない様な事ばかりだった。


 俺は椅子に座って、罵詈雑言の上に突っ伏した。

 視界が塞がると、聴覚がハッキリと働く。聴きたくもないくすくす笑いがよく聞こえてくる。


 ――気にするな。いつも通りだ、こんなの。


 そう、いつも通りだった。

 机の落書きも、上靴が無くなるのも、昼休みに教室に戻ると弁当箱が机の上で逆さになっているのも、放課後に呼び出されてサンドバッグの如く殴られるのも――、全部いつも通りだ。


 これが俺の日常。

 これが俺の青春。


 今日も今日とて、俺の頬に拳が飛んでくる。


「おい見ろよ。俺昨日ボクシング見てさァ、アッパー研究してきたわ」

「ハッハッハッマジィ? じゃあそれでやってみろよ」

「本気でやれよ本気でーッ!」


 放課後、校舎裏。

 多数の男子生徒が、そこに集まっていた。

 生徒は皆柄が悪く、当たり前のようにタバコを吸っているものや、酒を飲んでいる者、怪しい注射を打って、呆然と空を見上げている生徒なんかも居た。


 壁際で座り込んでいた俺は、フラフラ足でまた立ちあがった。立ち上がったら殴られるが、立たないともっと酷い目にあう。

 この前は、便器を舐めさせられた。


 ぐらぐら揺れる視界で前を見ると、金髪の男子生徒が、俺の前でアッパーの素振りをしていた。


 キジマ ケンジ。

 この高校を取り仕切る、リーダーみたいなやつだ。

 俺に対する度を超えた虐めも、こいつが仕切っている。


「おら、さっさと立てよゴミ。いつでもお前はノロマだなァー」



 ――顔の下から、拳が飛んでくる。

 俺はせめて、舌を噛まないように気をつけることにした。



 ◇◇



 家に帰って来る頃には、もう暗くなっていた。

 ボロ切れのような格好をした俺を、道行く人は顔をしかめて通り過ぎてゆく。


 そう言えば、朝考えていた疑問に答えを出していなかった。

 まあ、考えるまでもない。

 俺が今まで楽しかった事なんて一度もない。


「ワンワンワンッ」


 俺が家に入ると、首輪に繋がれた大型犬の飼い犬――ジャッキーが尻尾を振りながら抱きついてきた。


 動物は好きだ。

 理由もなく俺を虐めたり、蔑んだりしない。

 ジャッキーをいつも通り撫で回して、俺は家に入った。



 家の中は、シーンとしていた。

 妹は塾へ行っているので、まだ帰ってきてないはずだから、当たり前だった。


 玄関から上がってリビングへ入ると、母親が居た。

 ソファーに座って、虚ろな目で天井を眺めていた。


「……ただいま」


 返事は無い。

 母は、父親が出て行ってからずっとこうだった。

 家事もせず、子供の面倒も見ず、何もしない。飯も最低限しか食べないし、トイレなんかたまに垂れ流しにしている。


 俺は二階の自分の部屋に入って、ベッドに寝転んだ。


 生きていれば、いつかきっといい事がある!

 ……とは、誰が言ったセリフだっただろうか。

 もしそのセリフを俺の前で言えたのなら、そいつはただのとち狂った精神異常者だろう。


 俺は自分の部屋を見回した。

 特に特筆することも無い、俺の人生を象徴したかのような部屋だった。


 身の回りの整理はしなくて済みそうだ。


「――俺、もう死んでいんじゃね?」



 ◇◇



 遺書


 もう疲れたので、死にます


 クドウ シンヤ



「はぁー、遺書までつまんねーな、俺」


 俺はその手紙を持って、街の中を歩いていた。

 ちゃんとジーンズとパーカーと、普段着に着替えたので、下校時よりは通行人の視線が痛くない。


 しかし顔に出来た多数の腫れとアザは、やはり隠すことは出来ない。


 もう空は真っ暗で、帰宅ラッシュ。

 街はサラリーマンで溢れかえっていて、飲み会でもするらしい集団が沢山いた。


「気楽だなぁ。あともう少しで、ここに上から人が降ってくるのに」


 俺は、目の前のビルを見上げた。

 ずっと前から事前に調べておいた、屋上に上がれるビルだった。




 思い残すことは――無いことも無い。

 例えば妹のサヤカ。

 彼女は、いつも優しかった。俺が唯一ちゃんと話せる、人間だった。

 彼女は、一人でやっていけるだろうか?

 そう考えると、少し心配だ。


 例えばジャッキー。

 アイツを残して行くのも、少し不安。

 サヤカはちゃんとエサを上げるだろうか。面倒くさがったりしないだろうか。



 まあ、でももういいよな。

 俺、頑張ったよな。



 その内、屋上についていた。

 飛び降り防止の為か、柵が付いていたが、俺はらくらく乗りこえた。

 本当に死ぬ気があったら、こんなの簡単に乗り越えれてしまう。


 俺はそこから、下の街を見下した。

 汚らしい、汚れに満ちた世界。

 俺を必要としない世界。


 生きていても、いい事なんてなかった。

 死んでも、いい事なんてないかもしれない。

 けど――、俺は、ここから飛び立ちたかった。



 俺は、夜の街の空へ、一歩を踏み出した――。




「――勇者様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 その瞬間……急に正面から現れた少女が、俺に突っ込んできた。


 あまりの勢いに、俺は少女と共に吹っ飛ぶ。

 背後の柵は、いとも簡単に外れ、俺は屋上にゴロゴロと転がった。


 頭を打ったらしく、視界がぐわんぐわんする。


 しかし、その揺れ動く視界の中で、何か二つの物体が激しい火花を散らしているのが見えた。


 ――それは、突っ込んできた少女と、異形の怪物だった。


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