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文の鳥  作者: Suzugranpa
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第8話 飛来

 天気予報が例年より3日早い梅雨入りを告げていた。空には灰色の雲がぎっしりで、遠慮のない雨が降っている。茜はリビングで、弟の三沢(みさわ) (りょう)と朝食中だった。テーブルにはコーンフレークの大きな箱が並んでいる。


「凉、よく食べるわねえ」

「だってコーンフレークなんてすぐに腹減るし」

「今日は練習あるの?」


 凉は高校2年生、野球部の5番バッターを務めるレギュラーだった。


「ううん。こんな天気だし、この頃雨が降ったら休みなんだ。ブラック対策だってさ」

「へえ、ガチガチのスポ根は最近生きづらいからねえ。ま、先生も骨休みになっていいんじゃない?」

「先生はさ、仕事捗って有難いって」

「どっちが気の毒なんだか・・・・」

「ごちそうさまー」


 凉は立上がりながら玄米フレークの袋を振っている。


「何してんの?」

「微妙に残ってるんだけどさ、細かく割れちゃってるからベランダに()いてみるよ。雀とか食べるかも知れないし」

「ふうん。カラスとか寄ってきたらやだけどなあ」

「それは保証しかねるよ」


 凉は玄米フレークの袋を持って二階へ上がって行った。茜もリサイタルが終わった所なので、今日は練習がなく、自宅でオケの練習に明け暮れるつもりだ。でもまあ、新聞でも読んでからにしよっと。


 茜は新聞を読んでいるつもりだったが、いつの間にかソファで二度寝していたようだ。二階から姉貴~と呼ぶ声が聞こえる。


 もぞもぞと茜は起き上がり、リビングを出て叫んだ。


「何よ、降りてきて喋りなよ」

「それがさあ、びしょびしょだからさあ、タオルとか持って来てえ」


 何やってんだよ朝から。茜は洗面所に掛かっているタオルを手に取ると、重い足取りで階段を登った。凉の部屋のドアが開いている。


「雨降ってんだから外に出たら濡れるに決まってるでしょ。あんたバカ?」


 茜が入口から叫ぶ。


「いや僕じゃないよ。コーンフレークに小鳥が来たんだけどびしょびしょで震えてるんだよ。元気ないみたい」


 茜が入ってゆくと、サッシドアのところで凉が両手に何やら抱えている。茜が(のぞ)くと小鳥が一羽、半分目を瞑って震えていた。


「あららら。可哀想だねえ」


 持っていたタオルに小鳥を包み、茜はそうっと階段を下りた。凉もついてくる。


「何だか草臥れてるみたいだよ」

「うーん、取り敢えずドライヤーで乾かしてあげよう。でお水とコーンフレークあげてみよっか」


 茜がタオルに小鳥を載せたたまま、ドライヤーの弱風を少し離れて当ててみる。小鳥は目を(つむ)ったままだが羽根は次第に乾いてゆき震えも治まってきた。凉が言った。


「さて、どうしたもんだか」

「鳥かごなんてあったっけ?」

「ないよ。虫かごならあるけど」

「取り敢えず、そこに入れようか」


 茜と凉は、虫かごの底にタオルを敷き、小さな陶器の容器に水を入れ、小皿に砕いたコーンフレークを入れてみた。小鳥をそうっと移す。


「ま、ちょっと様子見よう。元気になったら放せばいいよね」


 凉がびっくりして言った。


「いや、それは駄目でしょ。ネコとかに捕まったら可哀想だしさ、少なくともスズメやメジロじゃないからペットかも知れないじゃん」

「あー、そうか。探してる人いるかもだもんね」

「交番に持ってった方がよくね?飼い主が届けてるかも知れないし」

「うんうん、アンタよく気がつくねえ」

「普通っしょ?」


 虫かごの中の小鳥は暫くして動き始めた。まだ鳴く元気は出ないようだが、雨も上がったので茜と凉は虫かごを抱えて交番へ持っていった。


 警官は言った。


「ほう、届は来てないけど本署にも聞いてみますよ。ペットの場合、足に鑑札みたいなのをつけてることがあるんだけど、この子はつけてないねえ。手掛かりゼロだ。ここで預かれるとしても1週間だけど、誰も取りに来ない場合、保健所に行くけど、もし三沢さんが引き取るなら可能ですよ。どうします?」


 茜は驚いた。


「いきなり保健所なんですか?それってどうなるんです?」

「うーん、市役所の範囲だからこっちでは判らないんだけど、そのまま保健所で飼うって考えにくいよねえ」


 茜と凉は考え込んだ。最悪の事態が頭を横切る。それはあんまりだ・・・。


「姉貴、ウチで飼おうよ。これ文鳥だから賢いんじゃない?」

「え?これが文鳥なの?」


 茜は打ち上げの時に文から聞いた文鳥の話を思い出した。文はいつか文鳥と合奏したいって言ってたっけ。文と同じ名前で可愛いって言ってたっけ。でも目が見えないのにペットの飼育ってできるのかな。いや、でもペットじゃないけど盲導犬ってあるじゃない。聞くだけ聞いてみて駄目なら家で飼えばいいか。茜は一瞬にして考えをまとめた。


「あの、私が引き取ります」

「それは有難い。仕事でも殺生になることはしたくないからねえ」


 淡口巡査と名乗る警官は少しほっとしたようだった。必要な書類を書いて二人は交番を後にした。一週間後には連絡しますとの事だった。


「凉、ちょっといいことした気分だね」

「それより姉貴が文鳥を知らないことがびっくりだよ」

「知らないよ。鳥はスズメかカラスかハト位だよ、見て判るの」

「えー?トンビとか判んない?」

「ああいうのは、みんなワシって呼んでる」

「はあ、でももし飼うってなったら初めてだけど大丈夫かな。お母さん、鳥肌怖いって言ってるよね」

「あのね、引き取りそうな子を知ってるんだ。だから聞いてみる。多分大丈夫と思う」


 そして予想通り一週間後に交番から電話がかかって来た。茜が引き取りに行くと、文鳥は鳥かごに入っていた。ちゃんと止まり木に止まって鳴いている。


「あれ?お住まいがよくなりましたね」


 淡口巡査は笑った。


「狭くて可哀想だから僕が進呈したんですよ。自分は借家なのに小鳥に家を買ってあげることになるとは思わなかったけどね」


 巡査は自分のポケットマネーで鳥小屋と餌を用意したらしい。

 茜が「良かったねえ・・・」と覗き込むと文鳥は「ピイ」と鳴いた。


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