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文の鳥  作者: Suzugranpa
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第6話 公民館リサイタル

 公民館でのリサイタルは翌週土曜日の夕方にあった。時間は1時間。文は茜たちの特別ゲストの位置づけで、最後の曲の直前に舞台に上がり茜とデュオで演奏する手筈になっている。勿論メロディは文で、茜は伴奏の位置づけだ。曲は迷った結果『翼をください』にした。制服で演奏するので高校生らしくと思ったのだ。茜には『その時にならないと伴奏は判らないから文ちゃんは惑わされずメロディを吹いて』と言われていた。


 進行係の市の職員がリサイタルの半ばで文を呼びに来た。文は母に連れられて楽屋に回る。舞台からは先週も練習で聞いた曲が次々に聴こえてくる。MCを務める茜の軽妙な喋りは聴衆の笑いも誘い、穏やかな流れだ。聴いているうちに、いよいよ文の出番がやって来た。


「さて、最後の曲の前にー、スペシャルゲストをご紹介します。と言ってもヨーロッパから巨匠を呼んできたわけではありません。なんと近所の公園で私が出会った高校生のピッコロ奏者なんです。皆さん、ピッコロはご存知ですか?この、私が持っているフルートの半分位の管楽器で、フルートより高音を演奏できます。では!と言いたい所ですが、私がお迎えに行って参ります。Just moment please!」


 茜が舞台袖にやって来た。


「文ちゃん、行くよ!私につかまってね。足元はクリアだから心配しないで」

「はいっ」

「緊張してる?」

「いえ、茜さんMC上手ってびっくりしてました」

「はは、口から生まれたってよく言われるからね。さ、行こう」


 文が舞台に登場した途端、一瞬会場は静寂に包まれた。予想と全然違ったからだろう。疎らに拍手が鳴り始め、そして会場は少々遠慮がちの拍手に包まれた。茜が紹介する。


「ちょっと面食らった方、多いですね。ご紹介します。高校1年生、若浦 文さんです!」


 今度の拍手は大きかった。茜は会場を見渡して言った。


「前列の方は見えるかも知れません。若浦さん、ええーっと私たちは文ちゃんと呼んでいますが、文ちゃんの瞳はブルーです。目が見えないので義眼なんです。大変っていうのは簡単ですし、実際しなくていい苦労をしています。でもね、彼女の音を聴いて下さい。ちゃんとした演奏技術の訓練を受けた訳でなく、自己流だそうですが、それでも健常な私たちは何やってるんだと思わせるいい音色なんです。じゃあ、お聴きください。私が伴奏を務めます。青い瞳の美少女アーティスト若浦 文ちゃんの『翼をください』です」


 茜は小さな声で


「じゃやるよ。文ちゃんのペースで始めて。私がついてゆくから」


頷いた文はピッコロを構えた。目の前が明るい。きっとスポットが当たってるんだな。でも私はいつもと一緒、公園で吹いている、そう言う気持ちで吹こう。


♪ 文は静かに吹き始めた。少し遅れて茜のフルートがハモってくる。


気持ちいい・・・。本当に翼があれば、飛んでゆきたい気分だ。メロディは静かに進行した。そして『♪ この大空に・・・』から一気に音量を増やす。


 飛べフミ!♪♪


 最後は茜が短いアウトロを入れた。ピッコロを離し、お辞儀をする。会場からは大きな拍手が沸いた。袖から係の人が迎えに来てくれて、文はそのまま退場した。会場では茜の声が続く。


「えー、ファイナルみたいな盛り上がりですけど、あと1曲ありますのでね、すみませんがお付き合い下さいね」


 会場はまた爆笑に包まれている。文の母は待っていてくれた。


「文、良かったよ。お母さん、涙でちゃうよ」


 リサイタル終了後、文は会場から花束を貰った。代わりに母が受け取り御礼を言っている。いい香りだ。文も言われるままにお辞儀をした。たくさんの人に声を掛けられ、茜にも「文ちゃん GoodJob!」と言われた。茜から来週の練習時間を聞いて、文は母とともに公民館を後にした。


 茜たちは自由解散だ。茜は来てくれた友人たちと飲みに行くという。陸と美鶴は一緒に公民館を出た。陸が言う。


「いい出来栄えだったねえ」


 美鶴が答える。


「うん、まずまずだった。茜さん相変わらずMC上手いし」

「だよねえ、真似できないや。文ちゃんも堂々としてたし」

「まあ茜さん全面プロデュースだし。また来るのかなあ」

「来るんじゃないの。メンバー入りって茜さん言ってたし。スコアが何とかなれば大丈夫そうだし」

「まあね」


 何だか前方が騒がしい。大きな歩道橋の上で路上ライブでもやってるようだ。見るとインディーズのバンドが演奏中だった。時々ここでやっているイケメンバンドだ。


「美鶴さん、イケメンばっかですよ。ほら若いし」


 陸が言ったが美鶴は聞いていない。美鶴の目は歩道橋の反対側を散歩中のボーダーコリーに釘付けだった。


「へえ、あの尻尾どうなってんのかな」


 思わず陸もそっちへ目をやる。美鶴が続けた。


「尻尾がほら、ボーダーって普通真っ直ぐだよね。あの子、なんで巻いてるの?」

「は?そっち?この辺じゃ滅多に見ないイケメンバンドなんですけどお」

「興味ないよ。うるさいだけー」

「はあ…」


 陸は思った。美鶴さんは本当に男に興味示さんなあ。ま、どうでもいいけどさ。


 一方で美鶴も考えていた。ちょっと茜さんベタベタし過ぎじゃない?確かに文は若いし目も見えないし、それであれだけの音を出せるんだから相当努力している。それはよく解る。偉いと思う。だけどグループに入れる必要ある?客観的に見るといい話だと解るだけに、美鶴は辛かった。


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