第16話 演奏依頼
それは8月も後半に入った時の事だ。美方先生が文に相談したい事があると家にやって来た。
「ごめんね、文ちゃんお休み中に」
「いいえ。退屈してたから丁度いいです」
文の母が、いつもすみませんと麦茶を持って来た。
「お母さんもよろしかったら一緒に聞いて頂けたらなんです」
「あらそう。じゃ、お邪魔しちゃう」
美方先生は改まって切り出した。
「先週、文ちゃんも通ってた特別支援クラスの先生から相談がありましてね、と言っても飲みに行っただけなんですけど、来月の後半に、また音大の学生が演奏会をしてくれるそうなんです」
文の母も乗り出した。
「ああ、文がピッコロ吹かせてもらったやつね」
「みたいですね。で、そこで文ちゃんもピッコロ吹いてくれないかって」
文は見えない目を輝かせた。
「私が吹くんですか?」
美方先生は文の手を触って
「そう。ちょっと前に文ちゃん公民館で吹いたじゃない。あれを聴いていた人がね、支援クラスの先生に言ったらしいのよ。あの子は支援クラスの卒業生じゃないのかって。吹いてもらえないのかって。それで支援クラスの先生が盛り上がっちゃって是非やって欲しいって。音大の学生さんも了解なんだって」
文は先生の手を握り返した。
「やります!絶対やります!」
文の母は微笑んでやりとりを聞いている。美方先生は文の手を撫でながら
「そう来ると思ったよ。支援クラスは今5人だけど視覚障害の子もいるって。まだ1年生の女の子なんだけど」
「歩先生も知ってる子ですか?」
「うーん、会ったことないから知らないんだけど、ディズニー大好きで、レリゴーレリゴー歌ってるんだって」
「じゃあ、それを吹けばきっと喜びますよね」
「そうなの。先生もそう思った。ピアノ伴奏は先生がつけるからね」
「はい、お願いします」
「楽譜なんだけど・・・」
「いえ要りません。耳コピで覚えます。聞いた事あるんです。フルートとピアノのアンサンブル」
「へえ」
高音中心なのでピッコロでも吹けそうだ。お手本はAIスピーカーを利用すると簡単に動画の音にアクセスできる。父に頼んでも喜んでやってくれそうだ。父がAIスピーカーを買ってきて以来、耳コピも随分やり易くなったものだ。
文は少し考えて、
「先生、その子にピッコロ教えられるかなあ」
「その子が興味示せばね。でも実際問題なかなかそれは難しそうねえ。文ちゃんも見えないし、その子も見えないし」
「そっかあ・・・」
文はちょっと残念そうだった。