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文の鳥  作者: Suzugranpa
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第14話 文の指

 翌週の土曜日、陸がオケの練習を終えて駅の改札に入ろうとした時、改札を出てくる文と出くわした。勿論、文には見えていない。


「お帰り、文ちゃん」


 文は声が聞こえた方を向いた。


「陸さん、ですか? あっ」


 文はそう言った途端、持っていたパスケースを落としてしまった。


「あ、文ちゃんそのまま。僕が拾うから」

「有難うございます。落とすと結構大変なんで助かります」


 そう言った文にパスケースを渡した陸は、受け取った文の右手を見てギョッとした。え?傷だらけ。文の人差指には瘡蓋(かさぶた)や血が固まった跡、蚯蚓腫(みみずば)れが多数あり全体的に赤く少し腫れているように見える。


「文ちゃん、その手、どうしたの?」


 文はその瞬間右手を背後に隠した。


「駄目だよ隠しても。見えちゃったんだから」


 文は焦って早口になった。


「あの、えっと何でもないんです。ピッコロは吹けます。ちゃんとキイは押さえられますから、大丈夫なんです」

「いや、吹けるとかじゃなくて、何の怪我?どこかに指突っ込んじゃった?」

「いえ、そんなじゃないです。怪我じゃないです。それにもうならないですから」


 右手の人差指。陸は一つの可能性を思いついた。


「文ちゃん、それ、ピイが噛んだの?」

「いえ、あのピイはもう噛みません。噛んでも甘噛みなので怪我しません」

やっぱり・・・。きっと文は自分の指を突き付けてピイに噛んじゃ駄目って教えてるんだ。

「文ちゃん、きっとピイは解るよ。文ちゃんの気持ち、きっと届くよ」


 陸は文の頭を撫でた。よしよし・・・。多感な年頃のお嬢さんに辛い思いをさせちまった。


「ごめんよ文ちゃん。じゃ、気をつけて帰ってね。また一緒にやろうね」

「はい」


 陸は振り返らず改札を通った。文は見えない右手を見つめた。陸さんにも嫌な思いさせちゃった。でも、もうきっと大丈夫。文もパスケースをしまって家路を急いだ。


 あれ、茜さん?


 ホームを歩く陸は、今度はヘッドフォン姿で電車を待つ茜に出くわした。茜も陸に気がついた。


「茜さん、文ちゃんに会いました?」

「ううん。文、いたの?」

「はい。丁度帰りみたいで、改札で会いました」

「そうなんだ。近所なんだからそういうこともあるでしょ」

「あの、茜さん、文ちゃんの指、知ってました?」

「指?指がどうかしたの?」

「傷だらけなんです。ここら辺、引っ掻いた跡とか瘡蓋になってたりとかで指全体が赤く腫れてる感じで」


 陸は自分の人差指を突き出して説明した。


「え?そうなの?どうしたんだろ。ピッコロ持てるのかな」

「演奏には影響ないって言ってました。あれって、文ちゃん、ピイに人を噛んじゃ駄目って教えてるんじゃないですかね、実際に噛ませてみて」

「何それ。わざとピイに噛ませてるってこと?」

「そんな感じの傷に見えたから。多分、ですけど」

「ふうん」

「この前の美鶴さんの事があるからじゃないですか。ちょっと責任感じますよ。僕どうしたらいいかな」


 茜は少し宙を(にら)んでから言った。


「放っておくしかないよ。文とピイの間のことなんだから、他人が入るとおかしくなる」

「やっぱそうですか」

「そう。陸も忘れな。私は演奏に影響ないか考えないといけないから覚えとくけど、でも何も言わない。エスカレートしそうだったらまた教えて」

「はい」


 陸は一旦思考を停止させ、改めて茜を見た。


「茜さん、どこか行くんですか?」

「うん、ちょっとお買い物」

「へえ?」

「そんな珍しそうに言わないの。私だってアクセくらい見に行くよ。女子なんだから」

「いや、そんなつもりじゃないですけど、アクセサリですか?」

「何よ、陸、ケンカ売ってるの?」

「いやいや、そんなつもりはないですって」

「ほれ、ホールはちゃんとあるんだよ。向こうで開けたんだ」


 茜は頭を傾け、髪をちょっと掻き上げてみせた。


 その瞬間、陸の心臓回路はショートした。なんて仕草だ、かっわいいー!


「こないだのリサイタルで思ったんだけど、やっぱ、ああいう場所でもちゃんとしてなくちゃね。誰に会うか判んないし、私ファーストピアスしかないからさ」


 もう陸には茜の言葉は届いていなかった。女子が髪を掻き上げる仕草は、しばし男子の心を射るものだが、教科書通り、陸は100%射抜かれたのだ。


「おい、陸、佐藤サン、どしたの?」

「え?いやいやいや、茜さん素敵です・・・」

「はあ?大丈夫?陸、怖いよ。電車に飛び込まないでよー」


 超ドキドキだ。そうか、ピアス。茜さん、一人でそんなこと考えているんだ。これは僕が何とかしなきゃ。自然と力が入る。うん。


「おーい、陸、乗らないのー?」


 目の前の電車の中から茜が呼びかけた。


「うわ、はいっ」


 素に戻った陸だったが、文の指と茜の耳は(まぶた)の裏に焼き付いたままだった。


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