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文の鳥  作者: Suzugranpa
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第11話 ピイ脱走

 文の通う市立高校では実験的に教科書をタブレット化し、読み上げ機能を付加しているので中学時代のように点字教科書ではない。高校の方針として、ハンディのある生徒にも同じ教育環境を与えようと数々の先進的な試みを行っていて、それもあって中学時代の補助教員 美方先生は市立高校を薦めてくれたのだ。重い教科書や参考書をリュックに詰め込んで通学するクラスメイトに較べ、文はタブレットと、その周辺機器を持ってゆくだけで済んだので却ってラッキーだったかも知れない。


 但しINDEXだけは点字訳してもらっていた。音声認識の正確さは、周囲のノイズの除去精度にもよるし、一人だけ大声でタブレットに話しかけるのは憚られたため、見たいページを点字で知ってキーボード入力し、表示の上でそのページを読上げさせるようにしていた。一般の教科書とは異なり、単元や章で改ページされるので、いきなり段落の途中から読上げられることもなく、使い勝手は思いがけず良かった。  

 しかし授業中には先生の話も聞かねばならない。文は授業をすべて録音させてもらっていたが、授業中は先生や他の生徒の声を聞きながら教科書読上げを聞くというアクロバットなことになっていた。


 試験問題もデジタル化されている。問題は読上げられ、解答はキーボードからの入力になる。今後は読み上げは別にしても、一般生徒も同様の形態に移行してゆく可能性がある。ICTの進化は文の勉強に大いに役に立っていた。

 従って文の試験勉強はヘッドフォンが離せず、ピイがやたらバタバタと飛び回り、たまたま少し開けられていた窓から飛び出したのに文は全く気付かなかった。期末試験の勉強中の出来事だ。


 二階にある文の部屋がノックされ、母が入って来た。


「文、コーヒーゼリー作ったから食べない?そろそろ3時だし」


 母は文の肩を叩いて促した。タブレットをPAUSEにし、ヘッドフォンを外しながら文は振り返った。


「うん、有難う」

「昼から冷やしただけだからちょっと緩いかもだけど」

「大丈夫だよ」

「ん?、あれ文、ピイは?いつも騒ぐのに」

「え、そう言えば静かだね。カゴに戻った?」


 ピイのカゴの扉は開けっ放しになっている。しかしその中にピイは見えない。


 あ、文は立ち上がって窓の外の方を向いた。


「お母さん、ピイ外だ。声聞こえた」

「ええ?わ、窓が少し開いてるわ」

「そうだ。虫の音がブンブン聞こえたから逃がそうと思って少し開けたんだ。忘れてた」


 母は窓から庭を見渡した。トネリコの枝にピイが止まっていた。


「文、いるよ、ピイ。お庭の木だ」

「下行く!」


 文と母は慌てて階下に降りて、テラスに出た。文は耳を澄ます。聞こえなくなった、ピイの声。


 母が庭の木々を見上げて歩く。庭には米国でよく見かける一本足の郵便箱が立っていた。文の父が〇急ハンズで衝動買いしてきたものだが、実用性に欠けることから庭に立て、郵便を入れる口と出す口を開けっ放しにして巣箱代わりにしていた。素材の問題なのかこれまで小鳥が入居したことはなく、文の父はがっかりしている。母はその郵便箱の中も確かめたが空っぽ。ここに居たら親孝行なんだけどね。


 文がピイーと呼んでいる。どこ行ったんだろ、あの子。母が文の元に戻って来た。


「文鳥はそんなに遠くへは飛べないって書いてあったけどねえ。どこに隠れたのかな。ちょっと外も見て来るね」


 母は近所を見回りに行った。文がピイーと呼び続けて30分経った。文は思いついた。そうだ、ピッコロを吹こう。ピイはピッコロの音が好きなんだ。ピッコロ聞くと安心して戻って来るかも。


 文はピッコロを持ってきて吹き始めた。最近練習している7月末のレストランリサイタルで吹く曲だ。暫くして近所でカラスの声が騒がしくなった。バタバタカーカーやっている。何だろ。気になりながら文はピッコロを吹き続けた。カラスが文の家の庭に飛んで来た。同時に母も帰って来た。息が荒い。


「文!カラスの前にさ、ピイいない?追っかけられてるんじゃないかな。一回だけピイの声聞こえたんだ」


 次の瞬間、ピイがヤマボウシの木から飛び出し、庭に立っている郵便箱に飛び込んだ。続いてカラスが郵便箱に頭を突っ込む。その瞬間ピイは後ろの口から飛び出して文の肩に留まった。カラスは郵便箱に突っ込んだ頭がなかなか抜けず、焦ってバタバタした挙句、大量の羽根を撒き散らして逃げて行った。 

 

 文はそっとピイを掌で包むと一目散に家の中に戻った。ピイは怖かったのか震えている。


「あー、良かった!危機一髪よねえピイ」


 母も安堵して大きなため息をつく。全くその通りだピイ。私には見えなかったけど、あの音と声からカラスの本気がよく解かった。


「お母さん、カラスはピイを追いかけてたの?」


 文はピイをカゴに戻しながら母に聞いた。ピイはいそいそと水を飲む。


「そうよ。ピイはお父さんの郵便箱をうまく利用してね、中を潜り抜けてカラスの追跡を振り切ったのよ。カラスは入れなかったの。頭入れたら抜けなくなっちゃって、ちょっと可哀想なくらい焦ってたわ」

「へえ、抜けられたの?カラス」

「うん。何とかね。羽根を郵便箱にバサバサやってようやく。お父さんの郵便箱、初めて役に立ったわね」

「そっかあ。ピイ、もう逃げちゃ駄目よ。怖い目に合うよ、また」


 文は鳥カゴに向かって言った。鳥カゴからは、小さく「ピイ」という声が聞こえた。


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