第9話 ピイ引き取り
自宅に帰ってから茜は改めてカゴの中の文鳥を見た。首を傾げたり、キョロキョロしたり、めまぐるしく動く。茜と目が合うと(と勝手に茜は思っているのだが)小さな声でまた「ピイ」と鳴いた。後ろから凉ものぞき込む。
「名前とかどうするの?」
「うーん、普通どうやって決めるんだろ」
「初めて見たときの仕草とか色とか声からつけるみたいだよ。『今日のワ○コ』でよく言ってる」
「ほう。じゃ、決まりだ」
「何?」
「ピイ」
「ピイ?」
「うん。さっき交番でこの子に話しかけたら『ピイ』って鳴いた」
「ふうん、いいんじゃない?ファーストインプレッションは大事だよ」
「よし、じゃ早速聞いてみよ」
茜はスマホを取り出した。文にかけてみよう。文は今どきの高校生にしては珍しくガラケーを持っていたのだ。え?ガラケーなんだ。茜が驚いたら、文は恥ずかし気に言い訳をした。
『スマホも読み上げソフトとかで便利になってるみたいなんですけど、やっぱりボタンとかあった方が慣れてるんで。学校でも私位らしいです』
目が見えないのにガラケーでも使えるのはびっくりな話だが、街に公衆電話が減った現在、緊急連絡が必要なときに携帯がないと不安であることも事実だ。文は目の前で器用に電話をかけて見せ、茜も美鶴も陸も感心してしまった。茜のスマホにはその時の着歴が登録されている。
「もしもし、文ちゃん?」
「はい。茜さんですか?」
「うん。あのさ突然なんだけどさ、文ちゃん、文鳥飼わない?」
「え?文鳥?いるんですか?」
「そう。なんとウチに飛んできたんだ。逃げて来たみたいで交番に届けたんだけどさ、結局飼い主が判らなくて引き取ることにしたんだけど、文ちゃん、前に文鳥がどうのって言ってたじゃん。だから要らないかなって思って」
「勿論!勿論です!欲しいです!すぐに行きます!」
即答だった。文鳥ってどんな鳥だか知らないって言ってたけどいいのかな。実際問題飼えるのかな、とか疑問は湧いたが、心配する必要はなさそうだった。話し合った結果、茜が文の家に届けることにした。文の家は茜の家から歩いて10分の場所だった。少し丘になった住宅地の真ん中だ。
茜は淡口巡査が買ってくれたカゴを大きめの紙袋に入れ、一緒に貰った『小鳥の餌』も入れて文の家に向かった。えーっとここら辺の筈だがな。角を曲がると文が立っているのが見えた。お、あそこか。
「文ちゃーん!」
茜が声を掛けながら近づくと文が手を振った。門扉が開いているからこの家だな。庭の広い大きな家だ。文ってお嬢様なのか。
「文ちゃん、連れて来たよ」
「はい、有難うございます。すみませんがそのまま家の中に入って頂いていいですか」
「うん、一応ご対面を見届けなくちゃだからね。でもおっきい家だねえ」
「小さい頃の記憶しかないですけど、お父さんのお祖母ちゃんの家だったそうです」
文は慣れた足取りでどんどん歩いてゆく。見てて心配になる位だ。茜は広いリビングに案内された。和モダンな部屋で木の香りが漂っている。
文の母とも挨拶を終えた茜は、早速鳥かごを取り出した。文の母も興味津々だ。
「ほら、文ちゃん、ピイだよ」
茜に名付けられたピイは明るくなったカゴの中でそわそわし始めた。文にもカゴの中のカサコソ音が聞こえる。
「ピイって名前ですか?」
「うん。私がつけちゃったんだけど、初めて目が合った時にね、『ピイ』って鳴いたんだ。それでピイ」
「へえ、そっか、可愛い声で鳴くんだ。ピイ、文だよ。見えないけどよろしくね」
ピイは止まり木の上をトトトと移動した。
『ピイ』
「わ、ホントだ!」
ピイは一声鳴くと、不思議そうな顔で文を見た。
こうして文とピイとの生活がスタートした。と言っても初めから慣れるわけはない。元々別のところで育った鳥だ。しかも直前まではお巡りさんがお世話していたのだ。ピイが見えない文と、目まぐるしく環境が変わり落ち着かないピイとの攻防は始まったばかりだった。