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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第三話 魔法道具店シャルル
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はじめての秘密

 アークに「支払いをすませるから外で待っていろ」と言われたので、玄関扉の横でぼうっと通りを見ていた。

 みんな素敵な服を着て、楽しそうに歩いている。リルと同じ年頃の女の子も見かけるけれど、大人と変わらない身体つきで、人によってはお化粧もしていた。

 今まではずっと一人だったから、比べる人がいなかった。シャル先生の家に来てからも、周りは男の人だけだったから、あまり気にせずにすんだ。でも、ここで普通の女の子たちを目の当たりにしてしまうと、どうしても――。

 朝と同じ自分のはずなのに、自分が急に貧相になったような気がして、身を縮こませた。この手のひらも、胸も、自分はあまりにもちっぽけだ。


 ふとその時、視界の端っこに金色の髪の毛が見えた気がした。


「シャル先生?」


 待っていろと言われたのに、駆け出してしまう足を止められなかった。大通りから伸びる路地裏に入っていった気がしたのだが、あとを追ってもシャル先生らしき人影は見当たらない。見間違いだったのだろうか。人気(ひとけ)のない薄暗い道に、ぽつんと一人。今までだって同じようなものだったのに、なぜだかとても心細く思えた。


「シャル先生……」


 どうしてだろう、こんなに泣きたくなることは今までなかった。塔の中、ひとりぼっちでいたときも悲しくなんてなかったし、シャル先生の家に来てからはずっと、幸せすぎて心がぐるぐると忙しかった。なのに、なんで今、涙が出そうになっているんだろう。まるで帰り道を見失った子どもみたいだ。こんな気持ちは知らない、わからない。

 うつむいたまま立ちすくんでいると、後ろからドンッと体当たりされたような衝撃があった。転びかけた体勢をすんでのところで立て直す。


「あーあー。酒が服にこぼれちまった」


 見ると、ぶつかったのは若い男の二人組だった。昼間からお酒を飲んでいたらしい。赤く染まった顔といい、酒くさい息といい、すでに出来上がってしまっているようだ。


「ご、ごめんなさい」


 二人の身体から発せられている熱気が良いものには思えなくて、無意識に後ずさってしまう。


「ええ? なんで逃げんの」

「被害者はこっちなのにそんなにビビられたら、気分悪いんだけど」

「だって」


 あなたたちの周りの色が黒っぽくて怖いんだもの、なんてとても言える雰囲気じゃない。


「なんだよ、よく見たらけっこう可愛い顔してるじゃん」

「お前、幼女趣味だったのかよ」

「いやいや、なんか服も仕立てのいいやつ着てるし、もしかしたらいいところのお嬢様かも」

「親が来るまで拘束して、金払わせる?」

「いいじゃん、それ」

「だ、だめっ」


 シャル先生たちに迷惑はかけたくない。それにこの子たちだって、ちゃんとした身なりをしている。大事(おおごと)にしたら悲しむ家族がいるはずだ。


「ぶつかったことはごめんなさい……。でもそんなことはしないほうがいいよ。あなたたちが悪者になっちゃう」

「な……っ」


 もともと赤かった二人組の顔が、ますます怒りに染まっていく。


「生意気な口きいてんじゃねえぞっ」


 唾を飛び散らせながら、獰猛な肉食獣のような瞳が眼前にせまってきた。掴みかかられる――と思った瞬間、ぱちんと大きな音がして、光る壁に弾き飛ばされたように二人の身体が宙を舞った。


「い、痛え……」

「こいつ、何したんだ」


 壁に叩きつけられて悶絶している二人を呆然と見下ろす。何がなんだか分からなかったが、考えるより先に身体は動いていた。


「あっ、逃げるぞ!」

「待てよっ」


 もつれる足を叱咤激励しながら走る。大通りまでの数メートルが、とてつもなく遠く感じた。

 もうすぐ、路地裏を抜け出せる。頭上に光が射し、耳に音が戻ってきた瞬間、大通りを横切る影にまたしても思いきりぶつかってしまった。


「うぉっ?」

「ご、ごめんなさいっ」


 しかし、さきほどのような衝撃はない。身体全体で飛び込んでしまった恰好のリルを、その人物は意外にもしっかりと抱きとめてくれていた。


「リル? こんなところにいたのか」

「アークさん!」


 鳥の姿のときと同じ、なつかしい匂いと筋肉の感触にほっとして、ぎゅうっとしがみついてしまう。


「どうしたんだ、泣きそうな顔して……ん?」


 よろめきながら追ってくる二人組を、アークが目にとめる。


「……あんたら、うちの大事なお嬢ちゃんに何してくれたんだ?」


 アークの瞳の奥にちらちらと炎が宿っているように見えた。声色は冷静なのに、茶色い毛が逆立っているのを感じる。獰猛な肉食獣を捕食するほどの、大きな魔鳥――。陽炎のようにゆらめく真っ赤な怒りの色に、アークの本質を見た気がした。


「ひっ」

「こ、こいつ、普通の人間じゃねえよ」


 見えざる何かを感じたのか、二人組は振り返りもせずに走り去って行った。


「アークさん、ありがとう」

「バカ。だからあれほど動くなって言ったのに。このへんは人が多いぶん、ああいう柄の悪い連中も多いんだぞ。何かあったらどうするつもりだったんだ」

「ごめんなさい……」


 怒られているのに、胸の奥からアークに会えた嬉しさがこみあげる。小さいころ迷子になって、お父さんに見つけてもらえたときの気持ちに似ていた。


「まあ、リルが無事で良かったよ。シャル先生の守護魔法、効いたみたいだしな」

「えっ、魔法?」

「ああ、これだよ」


 アークが路地裏に足を踏み入れ、何かを拾いあげる。それは、みつあみの先に結んでいたはずの翡翠色のリボンだった。気付かないうちにみつあみもほどけ、波打った髪が頬にかかっていた。


「もしかして……」


 リボンはところどころ焦げてぼろぼろになっている。昨日リオが髪を結ってくれたあと、シャル先生がリボンに何か魔法をかけていたことを思い出す。


「こんなに早く使うことになるとはなあ。シャル先生には黙っておいたほうが良さそうだ」


 心配性だからな、あの先生、と言いながらアークは首に手を当ててぽきぽきと鳴らした。


「アークさん、そのリボン、もらっていい?」

「いいけど、もうこの状態じゃ使えないぞ?」

「うん、いいの」


 アークから手渡された、ぼろぼろのリボン。シャル先生が守ってくれた証。リルは手のひらの中で、リボンをそっと握りしめる。まだシャル先生の温もりが残っている気がした。



 黙っていようと言ったものの、シャル先生がリルのほどけた髪に気付かないはずもなく、家に帰ってから懇々とお説教をされた。リルとアークの話を聞きながら、青くなったり白くなったりしているシャル先生を見て泣きそうになった。心配してくれる家族がいること。叱ってくれる人がいること。そのことがすごくすごく嬉しくて、もう絶対にあぶないことはしないと心に誓った。


 そして、一週間後。「三本の針」に完成した服を取りに行ってもらった。リルは反省のためお留守番である。そのかわりお願いをして、マダムに届けものをしてもらった。よく眠れるお茶と、いい夢が見られるポプリ。もちろんあれからデザインを改良したもので、リルが提案した魔法道具一号だ。ちっぽけな自分が、だれかの役に立てること。それをこれからもたくさん見つけていきたいと思う。

 マダムの注文を受けた話をしたときシャル先生は、


「もうお客さんをつかまえるなんて、すごいな。これがリルの初仕事だね」


 と喜んでくれた。

 せっかくだからリルにもひとつ、とシャル先生は甘い香りのポプリをくれた。ボロボロになったリボンは、その中にしまってある。きっとはじめての、自分だけのひみつ。

 枕元に置いて眠ると、夢の中でもシャル先生に会えそうな気がする。毎晩、星に祈りを捧げるのがリルの日課になった。どうか今日も大好きな人たちが、幸せな夢を見られますように。

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