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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
最終話 ずっと家族でいる方法
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はじめての告白

 それからの平和な時間は瞬く間に過ぎ、気付いたら雪解けが始まっていた。森の木々たちは白い帽子を脱ぎ、冬眠からさめたカエルたちが畑で元気に遊んでいる。

 リルがこの家に来てから二度目の春。一年がたち、季節がひとめぐりしたことを、あの日と変わらないやわらかな風が教えてくれた。


「リオくん、魔法学校に行っても頑張ってね」

「ここを第二の家だと思って、いつでも帰ってくるんだよ」

「一人減るっていうのは、けっこう心にくるものなんだな」


 リオは魔法学校の入学試験に合格し、来月から三年時に編入することが決まっていた。寮に入らなければいけないから、この家は出て行かなければいけなくなる。明日には引っ越しの準備で実家に戻るということで、今日はみんなでリオの送別会をしている。オーガスト先生も誘ったのだが、この時期は新学期の準備で忙しいらしく、あとから来ると言っていた。


「今生の別れっていうわけじゃないんだから、そんなに大げさにしないでよ。休暇には帰ってくるからさ」

「でも……」

「リルがさびしがってくれるのは嬉しいけどね。なんなら、リルも魔法学校に入学しちゃえばいいのに」


 リオの言葉に「ううん」と首を振る。


「わたしはだいじょうぶ。もっとたくさん魔法道具を作りたいし、この家でやりたいことがあるから」

「そっか。残念」


 今までの思い出や、これからのことを話していたら時間はあっという間に過ぎていた。昨夜から準備したたくさんのごちそうたちも、オーガスト先生に取り分けたぶんを残して、ほとんどみんなのお腹に消えてしまった。


「リオくん、そろそろデザートを運ばない?」


 テーブルの上がさびしくなってきたので、そろそろ頃合いだろう。リオの好きな苺タルトを、特大サイズで焼いたのだ。


「そうだね、お茶は僕が淹れるよ」


 もうリオの淹れたお茶も当たり前のように飲めないのだと思うと切ない。まだ教えてもらっていない料理もたくさんあったし、話したいことだってたくさんあった。


「やっぱり、さびしいな……」


 しんみりしないで見送ると決めたのに、明日が来なければいいのにと思ってしまう。


「リル、お茶の準備はできたけど、デザートはまだ?」

「あっうん、今持って行くね」


 苺タルトにナイフを入れたあと、大きなお皿ごと持っていく。リオがわあ、と歓声をあげた。


「手伝わせてくれないから何を作ったのかと思ったけれど、こんな大きい苺タルト、僕、はじめてだよ」

「喜んでもらえてよかった」

「デザートに関しては、もうリルのほうが僕より上手いんじゃない? これなら僕がいなくても安心だね」

「……そんなことないよ」


 思ったよりも湿っぽい声が出てしまい、空気がしん、となる。


「やだなあ、みんな顔が暗いよ。笑って見送って欲しいって言ったじゃん」

「ごめんね、思わず」

「私もごめん」

「俺もすまなかった」

「いいけどさ……。そうそう、シャル先生とリルにさ、置き土産があるんだよね。だから元気出してよ」


 思い出したようにリオが言う。そんな準備をしてくれていたなんて知らなかった。


「えっ、リオくんから?」

「なんだろう」

「まあまあ、とりあえずお茶を飲んで苺タルトを食べようよ。はい、ふたりのぶんの紅茶」


 リオがカップを目の前に置いてくれる。なんだか紅茶がやけになみなみと入っていた。


「ああ、ありがとう」

「いただきます」


 リルが紅茶に口をつけるのを、リオがじっと見ている。なんだか様子がおかしい。今日は人間の姿に戻っているアークを見ると、こちらも真剣な目でシャル先生を見ていた。


「うん、リオの淹れたお茶もリルの焼いた苺タルトもおいしいよ」


 先生は何も気づかずお茶を飲み干しているけれど、変わった様子はない。リルの考えすぎだったのだろうか。


「そう? ありがと。それでさ、リル。ずっと聞きたかったんだけど、シャル先生のこと、どう思っているの?」

「……!? ごほっ、ごほっ!」


 突然すぎるリオの発言に驚いて、むせてしまった。紅茶が器官に入ってしまったらしく、咳がおさまらない。


「リル、大丈夫?」


 シャル先生が背中をさすってくれたのでだんだん呼吸が落ち着いてきた。


「リ、リオくん、急にどうしたの?」

「前から気になっていたんだよね。リルには好きな人がいるんじゃないかって。ねえ、リルが好きなのってシャル先生なんじゃないの? あ、好きっていうのは異性としてって意味だよ、もちろん」


 リオが気付いていたのにも驚いたが、どうして急にそんなことを言い出したのか訳がわからなかった。本当のことなんて、言えるわけないのに。


(そんなの、もちろん――)


 家族として好きに決まってる、と言おうと思ったのに、唇が勝手に違う言葉を発していた。


「わたし、シャル先生のことが好きです」


 一瞬、どこから声が出たのかわからなかった。えっ、えっ、とあわてて口を押さえるけれど、自分の口から出たもので間違いなかった。


「あっあの、それは」

「ええと、リル、それは弟子として、って意味だよね?」


 頭が混乱したけれど、シャル先生は幸い勘違いしたままなので、うなずこうとする。


「ちがいます。異性として、シャル先生のことを愛しています」


 また、唇が勝手に動いた。


「えっ」


 シャル先生は真っ赤な顔で口元を押さえている。だめだ、もう何を言ってもごまかせない。


「シャル先生、あんたはどうなんだ。リルのこと、どう思っているんだ?」

「そ、それは――」


 シャル先生が口をぱくぱくさせている。


「……? ……! んん、あ、あー」


 不思議な顔で喉を押さえたあと、発声練習のように声を出しはじめた。


「おかしい、返事をしようとしたときだけ声が出ない」


 首をかしげるシャル先生を見て、リオとアークはがっかりしたように肩を落とした。


「あーあ、やっぱりシャル先生には中途半端にしか効かなかったか」

「リルにはばっちり効いていたんだけどなあ。やっぱり魔力がたりなかったのかな」


 何を言っているのか、意味がわからない。シャル先生は咳払いしたあと、二人をこわい顔でにらんだ。


「アーク、リオ。私たちの紅茶に何かしたね?」

「自白剤というか、嘘がつけなくなる魔法薬をちょっとな」

「アークと一緒に作ったんだ。僕からの置き土産だよ」


 やはり紅茶だったのか。リオの様子がおかしい時点で気付けばよかった。置き土産という言葉に、すっかりだまされてしまった。


「嘘がつけなくなる、って、それじゃあ……」

「ああ、リルは本当の気持ちを告白したんだ」


 先生が目を見開く。もう、泣きそうだった。口を開くと余計なことを言ってしまいそうだから、ぷるぷる耐えているしかない。こんなふうに打ち明けるつもりはなかったのに。最後にこんな爆弾を落としていくなんて、ひどすぎる。

 リオをきっと睨むと、なぜか不敵な笑みを浮かべられた。


「シャル先生さ、リルにだけ話させて自分は黙っているつもりなの? 大人としてっていうか、男として恥ずかしくないの?」


「黙っているって、何を」

「だから、リルへの気持ちだよ。自分で気付いているんでしょ?」

「わ、私は……んんっ」


 また言葉が出なくなったらしいシャル先生が、声にならない口の動きを繰り返していた。


「リル、もう、シャル先生の心を読んじまえ。いつまでたっても言いそうにないから」

「そんなこと、できないよ」

「いいから」


 アークが無理やり、シャル先生の手をリルに握らせる。読もうとしなければ心は読めないのに、と思った瞬間、シャル先生の声が頭の中に聞こえた。


(私は、リルのことが好きだ。リルと同じ意味で)


「えっ」


 シャル先生を見ると、きょとんとした顔をしている。これはシャル先生の心の声で間違いないのだろうか。だったらこれは、嘘なんかじゃなくて。


「いつから、ですか……?」


 胸が高鳴る。熱に浮かされたときのように、呼吸が速くなる。


「ちょっと待って、リル、本当に読めているの?」


 表情とも、言葉ともうらはらなシャル先生の感情が、静かな水のように流れこんでくる。


(最初はただ、リルが成長していくのをまぶしい気持ちで見ていた。女の子として意識し始めたのは、記憶の世界に行ったあと、リルが私のために泣いてくれたとき)


 穏やかで、透明な、シャル先生の心。夢に触れたときの苦しみとは違う、少しの揺らぎもない水面のような、きれいな気持ち。


(好きだという気持ちを確信したのは、リルが時計を壊そうと言ってくれたときだ。この子と一緒なら、生きていくのもこわくないと思えた)


 こんなふうに思ってくれていたなんて、気付きもしなかった。


(でも私は師としての立場があるし、リルにとっては親がわりだ。歳だって離れている。リルはこれからたくさんの人との出会いがあるのだから、私なんかに縛られてしまったらいけない。この気持ちはずっとしまっておこう。リルがいつかここから飛び立っていけるように。私には、その役目があるのだから)


 シャル先生の切なさが、さびしさが、愛しい想いが、リルの心を満たしていく。シャル先生はひたすら、何も求めずに与え続けてくれた。好きの気持ちが変化してからもずっと。

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