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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
最終話 ずっと家族でいる方法
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はじめての故郷

 マナが、髪の毛に宿っていた魔力が、あふれる。指先までみずみずしい力で満たされていくのがわかる。


「あ、あの神は何をしているんだ?」

「さあ……、よく見えないな」


 意識を街の人たちに向けると、彼らの心が声を聞くように胸の中に入ってきた。王様も、老中も。ここにいる人たち全員の心がリルに吸い込まれてゆく。

 胸がくるしい。いつも笑顔を欠かさないのに、悲しみを隠して生きている人もいる。穏やかな顔の裏に、行き場のない怒りをずっと抱えている人も。人に必要とされていないと思い込んでいる人のさびしさは、氷を直接心臓に入れられるくらい冷たかった。


(人の心って、こんなに重かったんだ)


 言葉では説明できない複雑な感情でさえ、自分が経験したようにわかってしまう。


「おい、リル。大丈夫か?」


 胸を押さえて浅い呼吸を繰り返していると、アークが心配そうに声をかけてくれた。


「うん、平気。ありがとう、アークさん」


 今のリルは、たくさんの人の心でいっぱいになった受け皿のようなものだ。それでも立って

いられるのは、そこに知りたかったものを見つけられたから。

 家族のしあわせを守りたいと願う心。たいせつな人が隣にいてくれる喜び。大好きな人の笑顔を見たいから頑張れる。

 ずっと、街の人の会話を聞いていた。幽閉されても、自分の死ぬところを見ても、この国の人を嫌いになんてなれなかった。あったかい気持ちを毎日もらっていたから。

 やっぱり、変わらなかった。リルたちとおんなじだった。信じていたものを、やっと見つけることができた。

 背筋をしゃんと伸ばして、地上を見下ろす。最後の仕上げが待っている。


「――今、ここにいるお前たちの心を読んだ」


 人々が一斉に「えっ」という顔をした。さっきみたいに秘密を暴露されると思って焦っている人もいる。


「ここにいる全員が、戦争をこわがっていた。みんな、そんなことしたくないと思っているのに口にしないだけだ。だったら、やめればいい。みんながやりたくないことなんて、やらなければいい」


 みんな、おそるおそる隣の人の顔色をうかがっている。まだ疑っている様子だが、自分だけじゃなかった、みんな同じだったことに安堵しているようにも見えた。


「魔法使いを罪人と言っておきながら、実際魔法使いにひどい目にあわされた者は一人もいなかった。ただ理解できないものをこわがっているだけだ。同じ人間だと知らないだけだ」


 作者がわからない昔話のように、いつからはじまったのかわからない法律(ルール)。始めることよりも終わらせることのほうが難しいから、誰も疑問を口にしなかった。


「王よ。お前の心も、理解した」


 王様がびくっと身体を震わせる。顔色はすでに真っ青になっていた。


「優秀だった兄たちが流行り病で亡くなり、末っ子の自分が王座についたことを、お前はずっと気にしていた。元老院の言いなりになっている気の弱い自分が嫌だった。今回の戦争は、まわりを見返すためにお前が決めたことだな? そんなのはただの反抗期だ。自信がないくせに、自分のことは認めてほしいと駄々をこねている子どもと同じだ」


 台本にない台詞なのに、言葉がすらすらと出てきた。それは全部、王様本人が思っていることだったから。


「魔法も、魔法使いもこわいものではない。最初からこの世界にあるもので、水や空気と同じなのだ。魔法使いは罪人ではなく、ただそれを扱うことのできる人たちというだけだ。生まれる前からそこにあるものを、どうしてこわがる必要がある?」


 うわーん、という子どもの泣き声が響き、みんなの視線がそちらに集まる。人の波に押された子どもが転んだらしい。


(リオくん、お願い)


 建物の陰で待機していたリオに目配せを送る。気付いたリオは人々にぶつからないよう子どもに近付いて、治癒魔法をかけた。痛みが急におさまったことで、子どもは泣きやんで目をぱちぱちさせている。


「魔法とは、こういうものだ。たいせつな人を守ってくれるもの。ちょっとだけ生活を便利にするもの。楽しみを生み出すもの。決して人を傷つけたり、苦しめるために生まれたものじゃない」


 さっきまで泣いていた子どもが、興奮した様子でまわりの大人たちに訴えている。


「ぼく、わかったよ。魔法ってすごくあったかかった! やさしかった!」


 はじめて魔法に触れた子どもの目は、きらきらしていた。計算のない純粋な言葉と感動は、大人たちの心を動かす。


「そっかあ、あったかかったかあ」

「この子の言うとおりかもしれないなあ」


 子どもを抱き上げた両親がぽつりとつぶやくと、穏やかな波紋がゆっくりと広がっていった。離れて散らばっているシャル先生も、リオも、オーガストも、ほんのりと笑顔を見せている。


「王よ。今ここで誓えば、この国に魔法の守護を授けよう。お前は賢明な判断をした王として人々に愛されるようになるだろう。逆に断れば、自分の見栄のために国を滅ぼした愚かな王として、未来永語り継がれるだろう。さあ、選ぶがよい」


 王様はがっくりと膝をついた。助け起こそうとする近衛隊長を手で払って、立ち上がる。


「誓おう。神の仰せのままに」


 背筋をしゃんと伸ばしてリルを見上げた王様ははじめて、この国を守ろうとする「王」の顔をしていた。


(――やっと、終わったんだ)


 わあ、と拍手があがる。街の人々は熱狂して、近衛兵長は涙ぐんで、老中はしぶしぶといった表情でそれぞれ王様を称えている。これですべてが終わった。あとは約束した「魔法の守護」だが、オーガスト先生にまかせて国同士で同盟を結んでもらうことになっている。


「では私は帰ることにしよう」


 アークが羽を大きく動かす。一応帰る姿を見せておかねばならないので、見えなくなるまではアークに飛んでもらう予定だった。

 ひとつはばたくごとに喧噪が遠ざかっていく。人気(ひとけ)のない城下町の端まで来たとき、リルを引き止める女性の声がした。


「待ってください! あ、あの、あなたは……!」


 はあはあと息を弾ませながら走ってくる人たちがいた。すごく懐かしい、夢の中で見覚えのある人たち。


「お母さん……、お父さん……」


 記憶の中の姿より十年ぶん歳をとった、リルのかつての家族。小さな弟はリオくらい大きくなっていて、おじいちゃんは杖をつきながら後を追ってきていた。


「あなたはもしかして、私たちの……!」


 娘ではないのか、とお母さんの瞳が訴えている。成長して姿も変わっているのに、どうしてわかったのだろう。


「……リル。どうするんだ。家族のもとに、帰りたいんじゃないのか」

「アークさん。……ううん」


 今の家族はシャル先生たちだから、この国に帰るつもりはない。でもいつか、シャル先生たちに紹介できる日がきたら。

 魔法道具店にやってくる、両親と弟、おじいちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。お父さんとシャル先生は、照れくさそうに自己紹介をしている。とても幸福な未来。本当に、こんな日がいつか来たら――。


「アークさん、ちょっとだけ高度を落としてもらってもいい?」

「おう」


 顔がはっきり分かる距離まで降りてもらうと、リルは魔法石のペンダントを外して、お母さんに向かって投げた。うまく受け止めてくれたそれを、不思議そうな顔で両親が見ている。


「持っていて! いつか会えるときまで!」


 声を張り上げたら、知らないうちに涙が頬を流れていた。約束の証に、心のかけらを持っていて欲しかった。他に渡せるものが思いつかなかった。


「……もう、行って。アークさん」

「いいのか?」

「うん、今はこれでいいの」


 飛び立ったリルたちに向かって、声が追ってくる。


「ずっと、ずっと待っているから!」

「お姉ちゃん、絶対だよ!」

「元気でいるんだよ!」


 噛み殺せなかった嗚咽と涙の粒が、後ろに向かって流れていく。振り返ると、遠くなる国の姿があった。今はじめて「故郷」ができたと、そう思った。

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