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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
最終話 ずっと家族でいる方法
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はじめての作戦

 一週間は、あっという間に過ぎた。何度も話し合って作戦を立てて、実際に庭で予行練習もした。年明けの瞬間はみんなで起きていて、ワインと果物のジュースで乾杯した。リオに教わって少しだけ新年のごちそうを作ったり、オーガスト先生にお小遣いをもらったりもした。年長者が子どもにあげるのが決まりらしい。

 こんな時間がずっと続けばいいのにと思った。やっぱりやめよう、このまま見なかったことにして、リルたちはいつもと変わらない生活をすればいいじゃないかと思ったこともある。そのたびに、シャル先生が今までしてくれたことを思い出す。会ったことのない人たちの不幸でも自分のことのように悲しむ人だから、少しの後悔もシャル先生に落としたくないと思った。

 いちばんしあわせな結末を、シャル先生に。やさしくて綺麗な世界の姿を、見せたい。


(それが叶ったら、ひとつだけ、シャル先生とやりたいことがある)


 そして、決行の日になった。


「みんな、準備はできてる?」


 シャル先生の声をひそめたつぶやきに、みんなが静かにうなずいた。


「いつでもいいぜ」

「僕も」

「わたしもです」

「無論、私もだ」


 なぜこんなにこそこそしているのかというと、全員に透明魔法をかけているからだ。オーガスト先生は最後までしぶっていたが、緊急事態ということで納得してくれた。

 リルが育った国の城下町を、ふしぎな気分で見回す。小さいころは外れの街に住んでいたし、シャル先生たちの生まれた国の城下町とは、また違った雰囲気だ。魔法国家ではないからだろうか、筋肉質の労働者が目立ち、馬車の数も多い。


「それじゃ、行くぜ」


 シャル先生の肩から降りたアークが、大きな鳥の姿に戻る。これが本来の、ロック鳥の姿。大きくなったことで巻き起こった風と砂煙に周囲の人は首をかしげたが、特に気にするそぶりもなく通りすぎていく。


「……うまくいったようだな。じゃあリル、乗れ」


 よいしょ、とアークの身体をよじ登る。こうして大きくなったアークの背に乗ると、なんだかあの日のことを思い出す。すべてが始まった、あの日。


(そして今日、すべてが終わる)


 この日に向かって伸びていた運命の螺旋が、今日ここでひとつになる。


「リル。危険だと思ったらすぐにまた透明魔法をかけるからね。無茶しないで」

「はい、シャル先生」

「僕たちは下で魔法をかけているから、リルも頑張って」

「うん、リオくん」

「結界魔法は得意だから、君は何も心配せずに自分のことだけやり遂げるんだ」

「ありがとうございます、オーガスト先生」


 緊張した面持ちの三人を地上に残し、アークは大きく羽をはばたかせる。ばさばさという音と突風に、さっきよりも多くの人たちが不審そうな顔で空を見上げていた。

 充分な高さを取り、軽く上下に動く体勢をアークが維持すると、遥か下でシャル先生が合図をした。


(いち、に、さん……!)


 心の中でみっつ数え、アークの羽毛をぎゅっと握りしめる。ここからが本番だ。


「な、なんだあれは!」

「魔鳥か? 見たことのない大きさだぞ!」

「上に人が乗っていないか?」

「光っているぞ! それに、羽もある!」


 透明魔法を解かれたアークとリルに気付いて、城下町の人がざわざわし始めた。みな一様に空を眺め、呆然としている。城の近くで待機していた兵士たちが、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。


「――静まりたまえ!」


 リルが声を発すると、ざわめいていた人たちがぴたりと動きを止めた。


(耳がじんじんする。自分の声じゃないみたい)


 背中にせおった大きな羽はリオが夜なべして作ってくれた。今は地上で魔法をかけて、本物に見えるように動かしてくれている。発光魔法と拡声魔法をシャル先生が、結界魔法はオーガスト先生がかけ続けてくれている。丈の長い白いドレスは「三本の針」で一週間で仕上げてもらった特注品だ。リルだと気付く人はいないだろうけれど、顔は光の反射で見えないようにしてもらっている。


「誰なんだ、あんたは!」


 戸惑う人たちの中、若い男性が声を張り上げる。今日のための台本はみんなで作ってきた。何度も何度も練習をした。だからあとは、自分を信じてやり抜くだけだ。


「私は――、神だ」


 リルはたっぷり余韻をとったあと、不敵な笑みを浮かべた。何度も鏡の前で練習した表情なことは、世界で五人しか知らない秘密だ。


「神だって……?」

「嘘だろ」

「それが本当だとしたらなんで、こんなところに現れたんだ」


 予想通りの声が群衆からあがる。いい感じだ。


「私は、この国を救うために来た」


 ざわ、と波紋のように動揺が広がる。


「この国は今、戦争をしようとしている。魔法国家に攻め入ろうとしているのだ」


 なんだって、聞いてないぞ、という声があがる。やはりごく一部の人にしか知らされていなかったのだろう。


「その戦争でこの国は負けることになるだろう。たくさんの人が死に、街は炎で焼き尽くされるであろう」


 怯える人たちが大半だが、怒っている人たちもいた。自分たちが負けるなんて思ってもいない人たちなのだろう。


「貴様、覚悟しろ!」

「やれ!」


 辿りついた兵士たちが上空に矢を放つが、結界に弾き返される。


「私に攻撃しても無駄だ。お前たちが長年魔法使いにしてきた行いを、私は見てきた。今すぐそれを改めるのだ。私の忠告を無視するならば、今すぐこの国を塵にすることも可能だ」


 物騒な言葉に、とうとう子どもたちが泣き出した。心が痛むけれど、ここはぐっとこらえる。


「お前が神だという証拠がどこにあるんだ!」

「魔法使いは悪魔に魂を売った罪人だ!」

「それをかばうお前は神ではなく悪魔だな!」


 女性や子どもたちが怯えるのとは反対に、兵士や男たちの熱気は上がる。信じてもらえないのは想定内だった。むしろここからが、リルにしかできないこと、この作戦の要だ。

集中すると、地上で騒ぐ人たちの声がよく聞こえるようになった。その中に聞き覚えのある声を見つける。


「私が神だという証拠を見せよう。――そこにいる青い服のお前。あ、そっちじゃないです。屋台の前にいるお兄さんです」


 一瞬素に戻ってしまい、アークに「馬鹿」と怒られた。


「え、お、俺?」

「お、お前は実は恐妻家で、家では奥さんの尻に敷かれている! 毎日仕事仲間に愚痴をこぼしていることも、私は知っているぞ!」

「えっ、なんでそれを」

「あんた、今のは本当かい?」


 隣にいた奥さんと夫婦喧嘩が始まって、硬直した空気が少しほどけた。周りの人たちが「まあまあ」となだめている。


「そしてそこのお前! 街では頑固爺で通っているお前だが、実は飼い猫を溺愛している! 家では赤ちゃん言葉で猫に話しかけていることも、私は知っている! 神だから!」

「か、家族でも知らないことを、どうして」


 おじいさんは周りの人にじっとりした視線で見つめられて、冷や汗を流している。


「他にも、いくらでも知っているぞ。次はお前だ」


 ごめんなさい、と心の中で謝りながら、街の人たちの秘密を次々に暴露していく。

 塔にいたころに毎日聞いていた街の人たちの会話。それがこんなところで役に立つとは思わなかった。


「やめてくれ! し、信じるから!」


 一人が耐えきれずに叫ぶと、人々がどんどん追従していく。


「あなたを神だと信じよう! 私たちはどうしたらいいんだ」


 兵士の中でもひときわ豪華な鎧を着た男が叫ぶ。確か近衛隊長だったはずだ。


「戦争をしないこと、魔法使いへの待遇を改めることを誓ってもらう」

「それは、でも……。私の一存では……」


 そう言うと思っていた。この国で決定権があるのは王室と元老院だけなのだ。


「わかった。ではこうしよう」


 ぱちんと指を鳴らすと、シャル先生が広場の真ん中に魔法陣を発動させた。


「な、なんだこれは」

「あぶないぞ、離れろ」


 人々が場所をあけるのと同時に魔法陣が強く光り出し、ばうん! という音と共に王様と老中が召喚される。

 杖をついた老中はぽかんとした顔をしており、王様は座っているときに召喚されたものだから、思いっきり尻餅をついていた。


「陛下!」


 兵士たちが王様に駆け寄って助け起こす。


(これが、この国の王様)


 塔からお城までは遠すぎたので声を聞いたこともない。姿を見るのもはじめてだ。たっぷりとした髭とふくよかな身体は王様らしかったが、表情は弱々しく感じた。なんだか、存在感の薄さに違和感がある。きらびやかな格好も、王冠も、無理やりあつらえたように浮いている。


「王よ、さきほどの話は城まで聞こえていたであろう。今ここで誓ってもらおう」


 だらだらと汗を流した王様は、近衛隊長に耳打ちする。隊長は「そんな、でも」と困惑の声をあげるが、老中に睨まれてためらいながらリルを見上げる。


「無理、だそうです……」


 やっと恐怖から解放される、と信じていた群衆からざわめきが広がる。


「今ここで、国を焼き尽くしてもいいのか?」

「やれるものならやってみろ、と言っています……」


 広場がしん、と静まり返る。人々の顔には王様への不信感が浮かんでいた。当たり前だ、国と国民を見捨てるような発言をしたのだから。

 街の人々にとっては予想外の答えだったかもしれないが、リルにはわかっていた。ここで素直に了承してくれるような人が国の代表だったら、そもそも十年間も幽閉されていないだろうから。


「そうか。では遠慮なく」


 リルが手を掲げると、広場のあちこちに火柱があがった。シャル先生の魔法だ。火事にならない、怪我人も出ない場所をしっかり選んでくれているのがシャル先生らしい。


「ひいい」

「や、やめてくれ」


 威勢の良かった男たちも頭を抱えてうずくまっている。


「ま、待ってくれ。もう少し時間を……!」


 近衛隊長が、ほとんど土下座に近い恰好でひざまずいている。それを止めることも、叱ることもしない王様は異様に感じた。老中に至ってはずっとリルから目を逸らしている。


「さあ、どうしよう。私の使い魔は気が短いから」


 アークが「よく言うぜ」とちいさな声で笑う。この台詞はリルが考えたんじゃないのに。


「――わかった。もう一度チャンスをやろう」


 たっぷり考えた、ふりをして王様に言い放つ。


「王よ。よく見て、よく聞いておけ。これがお前が作った国の姿だ」


 太腿にくくり付けておいたベルトからナイフを取り出す。


「リル、本当にいいのか。大事にしていたんじゃないのか」

「だいじょうぶだよ、アークさん。ただ勇気がなかっただけなの」


 いつもより凝ったみつあみをしていた長い髪に、ナイフを当てる。記憶の世界で命を落とした自分の姿が脳裏によみがえった。


(こわい。けれど、今度はだいじょうぶ)


 ひとりじゃないから。何があっても助けてくれる家族がいるから。

 胸元に隠してあった魔法石のペンダントが熱くなる。ナイフを持った手にぐっと力を入れると、髪の毛の束がアークの背中に落ちた。

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