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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
最終話 ずっと家族でいる方法
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はじめての罪

「本当に、うまくいくのかね」


 リオの部屋にいた三人に作戦を打ち明けると、オーガスト先生は赤くなった顔を不安そうにゆがませた。ワインがほとんど空になっていることといい、リオとアークが疲弊していることといい、どうやら愚痴をこぼしながら浴びるように飲んでいたようだ。


「私は反対だぞ。特にリル、君が危険な目にあうのはな。そういうのは、年寄りにまかせておけばいい」

「でもよ、大先生。リルの作戦を聞く限りじゃあ、この役目はリルじゃないと駄目なんじゃないか?」

「それは、わかっておる。けどな」

「シャル先生とリルがやるって決めたんだから、反対しても無駄なんじゃないの。このふたり、おとなしいふりして実はいちばん人の話聞かないから」

「え、そうかな」


 リオの言葉に、シャル先生とリルは顔を見合わせる。


「そうだよっ、自分で気付いてないのが余計に性質(たち)悪いよ。だいたい、この中でいちばん子どもの僕がいちばん常識人なのって、どうなのさ。大人なんだからもっとしっかりしてよ!」

「――ごめんなさい」


 全員に心当たりがあったので、なんとなく声がそろってしまった。リオは、大人たちの素直な反応に一瞬引いていた。


「とにかくだ。他に方法もないし、俺はリルの案に乗るぜ。リオもだろ? 大先生はどうするんだ、びびって抜けても、誰も責めたりしないぜ」

「私を誰だと思っているのかね!」

「じゃあ、決まりだな。全員参加だ」


 遠足のように軽い口調で言うアークに、この場の誰もが救われていたと思う。本当はみんな、不安でたまらないから。


「決行は、いつだ?」

「前回の様子から見ても、年明けにはすぐ、実行したほうがいいと思う」

「あと一週間か……。ならば決行日までに、作戦会議を重ねたほうが良かろう」

「そうだな。なんだかゆっくり新年を祝う暇もなさそうだが、リルはそれでいいんだろ?」

「うん。みんながいてくれるだけで嬉しい」


 新しい年なんて、気にしたことがなかった。年明けは家で過ごす人が多くて街に人が少なくなるから、会話が聞けなくてつまらないなって思っていた。新年をどういうふうに祝うのかも知らない、何をしていいのかもわからない。でも、家族みんなが揃って家にいられるのなら、それだけでじゅうぶんお祝いになると思った。


「魔法学校は冬季休暇に入ったから、私は今日からここに泊まらせてもらうことにしよう」

「え、でも、部屋が」

「シャルルの部屋を使う。もう秘密はなくなったんだから、部屋に入っても問題ないのだろう?」

「それはそうですけど……。じゃあ、私はリオの部屋で一緒に」

「ああー、駄目だ。リオの部屋は俺で手一杯だ。シャル先生はリルの部屋に行ってくれ」

「アークが鳥に戻ればいいじゃん」

「いや、今日は朝まで戻らないことにする」

「はあ? なんで! そしたらシャル先生とリルがもごっ」


 アークは急にリオを羽交い締めにして口元を押さえた。


「ははは、そうか。リオは俺と遊びたいんだな。じゅうぶん可愛がってやろう」


 リオはもごもご何かを訴えながら暴れていたが、やがて観念したように動かなくなった。


「よし、今日は解散しよう。俺はずっと人間の姿でいたから眠いんだ。あんたらもみんな、風呂に入ってさっさと寝ろ」


 シャル先生、オーガスト先生、リルが、リオの部屋から閉め出される。


「アークは、どうしたんだろう? いつもだったらすぐに鳥の姿に戻りたがるのに」


 シャル先生が首をかしげると、なぜかオーガスト先生がそわそわしだした。


「あ、あー。きっと鳥の姿だと寒いんじゃないかね。服が着られないから」

「羽毛があるのにですか?」


 リルには、アークの意図がなんとなくわかってしまった。シャル先生と二人きりになる時間を作ってくれていること。きっと、リルの不安な気持ちに気付いているからだと思う。


「どうでもいいだろう! とっとと部屋に戻ったらどうかね!」

「でもリルは女の子ですし、師といえども自分が同衾するのはどうかと思うんです。私とオーガスト先生が一緒に寝るのはどうですか?」

「そんなことをするくらいなら、私は自分の家に帰る!」

「そんな……。わがまま言わないでくださいよ、いい歳なんですから」


 シャル先生とオーガスト先生が押し問答している。オーガスト先生が駄々をこねてくれているのも、リルのためかもしれない。さっきシャル先生のことで泣いてしまったから、気を遣ってくれているのだろう。


「先生、わたしすみっこで小さくなって寝ますから、だいじょうぶです」

「そういうわけにはいかないよ。私は居間のソファで寝るから、リルはゆっくり休んで」

「だめです。今日は疲れているんですから、ちゃんとベッドで寝ないと」

「でも、リルのベッドは一人用だし、いろいろと問題が……」


 扉の前で言い合っていると、オーガスト先生があきれたようにぴしゃりと言った。


「お前は自分が魔法使いなのを忘れたのか? 魔法で大きくすればよかろう」


 思わず、シャル先生と顔を見合わせる。その手があったか、とお互い思っているのが分かった。



「シャル先生、お風呂上がりました」


 部屋に戻って声をかけると、ベッドの上で読書していたシャル先生がぱたんと本を閉じた。


「あ、うん。じゃあ寝ようか」


 アークは、人間の姿だと勝手がわからないと言って、リオと一緒にお風呂に入っていた。鳥のときは水浴びと毛づくろいですませていたらしい。

 お風呂あがりのほかほかした姿でベッドに座ると、隣でくつろいでいたシャル先生がびくっと動いた。


「ええと、リル。また何か寝言を言って起こしてしまうと困るから、私は強い睡眠魔法をかけてから眠ることにするよ」


 なんだか、シャル先生の様子がおかしい。さっきまでは用もなく部屋の中をうろうろしていたし、寝る時間になったら落ち着きなくそわそわしている。緊張というより怯えているように見えるけれど、どうしたのだろうか。


「えっ……。もし気を遣ってくださっているなら、わたしはだいじょうぶですけど……」

「いや、私がいろいろ大丈夫じゃないかもしれないんだ」

「いろいろって、なんですか?」

「それは……」


 シャル先生の顔が、ぼっと赤くなる。しゅわしゅわした湯気が出ているけれど、お風呂に入ったせいじゃなくて、たぶんリルの魔法で見えているもの。


「と、とにかく、朝まで絶対に起きないから、リルは心配しないでゆっくり休んで」


 早口で「じゃあおやすみ」と言うと、シャル先生はさっさとベッドにもぐりこんで寝てしまった。ためしに頬をつついてしまったが、規則正しい寝息は乱れることがない。


「ほんとに起きない……」


 睡眠魔法をかけると、悪夢は見ないのだろうか。悪夢を見ても、起きられないのだろうか。少し心配だったけれど、今日とても疲れているはずのシャル先生がぐっすり眠れるなら、いいことなのかもしれない。

 隣にもぐりこんで寝ようとするけれど、落ち着かなかった。身体さえ触れていないけれど、触れてしまいそうな距離に無防備なシャル先生がいるのだから当然だ。


(……どうしよう。眠れないかも)


 自分も睡眠魔法をかけてもらえば良かったかもしれない。横になったまま硬直していると、シャル先生が寝返りを打った。きれいな横顔が、リルのすぐ隣にある。動いたら、口づけてしまいそうな距離。

 自分は本当に、シャル先生を守れるのだろうか。もう二度と、シャル先生に時計を使って欲しくない。でももし、失敗したら? 自分が死んでしまったら? 考え出すと、こわくてたまらない。

 お守りが欲しかった。リルの勇気になるようなもの。それがあればどんなときでも、あきらめないでいられるような証。

ごめんなさい、と声に出さずにつぶやいて、シャル先生の顔に唇を近づける。


(ほんとうのキスは、シャル先生が好きになった人のためにとっておくから、家族としての愛情のキスだけ、わたしにください)


 リルはそっと、シャル先生の頬に口づけた。

 自分からした、はじめてのキス。夜にまぎれて犯してしまった、ちいさな罪。誰も知らない秘密の誓いを、降り積もる真っ白な雪だけが許してくれる気がした。

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