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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
最終話 ずっと家族でいる方法
31/38

はじめての家族会議

「――ル、リル」


 ぼんやり遠くのほうで、シャル先生の声が聞こえる。過去に飛んだときと同じだ。薄く目を開けるけれど、白っぽく霞がかった視界はなかなか焦点が合わない。


「リル、大丈夫?」


 だんだん、シャル先生の声が近くなって、身体の感覚もはっきりしてきた。またシャル先生の膝の上だったらどうしようかと思ったが、背中に感じるふわふわした感触はどうやらベッドのものらしい。


「……シャル、先生」


 声がかすれて、咳き込んでしまった。シャル先生が背中に手を回して、水を飲ませてくれる。


「ありがとう、ございます」


 やっとはっきりした目で周囲を見回すと、自分の部屋だった。シャル先生がここまで運んでくれたのだろうか。


「良かった……。疲れちゃったみたいで、しばらく目を覚まさなかったんだよ」

「そうなんですか?」


 窓の外はとっぷりと日が暮れていた。過去に飛んでいた時間がこちらではどのくらい経っていたのか分からないが、シャル先生の心配そうな表情からすると、少なくとも数時間は眠っていたのだと思う。


「もう夕飯の時間だけど、食べられそう? まだ動くのがつらいようだったら、ここに運んでくるけど」

「大丈夫です、動けます」

「そう……? 無理しないようにね」


 居間に行くと、席についてじっと待っているリオと、人間の姿のままのアーク、そしてなぜかオーガスト先生がいた。


「お、お、オーガスト先生? どうしてここに?」


 三人とも苦いものを食べたように眉間に皺を寄せていて、オーガストに至っては腕まで組んでいる。シャル先生の声はひっくり返って、少しずつ後ずさりしている。


「俺が呼んだ」

「アークが?」

「シャル先生が、何やら重大な話があるようだってな。リオにもそう話してある」


 三人が深刻な顔をしていた理由が分かった。でもこんな雰囲気で待ち構えていると、シャル先生はかえって話しにくいのではないか。


「ちょ、ちょっと、なんでそんなことを」

「そうでもしないと、心の準備ができていないとか言って、どんどん後回しにするだろう? シャル先生は」

「そんなこと」

「――あるだろう。シャルル、観念して席につきなさい」


 アークの意見にはおおむね同意だが、過去の記憶を見てきたばかりのリルには、シャル先生が少し気の毒に思えた。


「シャル先生、頑張ってください。わたしも、お話しするの手伝いますから」

「……リル」


 黙って話を聞いていたリオが、はーっと大きくため息をついた。


「ていうか、その話は置いておいて、まずは夕飯を食べない? 今日のポトフけっこう自信作なんだけど、そんな顔で食事しても味わからないでしょ」


 いつもより芝居がかった口調も、わざわざ注目を浴びたのも、シャル先生のためだと思った。


「……そうだね、リオ。ありがとう」

「べつに、せっかく作ったんだから、食事くらいはおいしく食べたいだけだし」


 リオの気持ちが嬉しくてじっと見つめたら、赤い顔でぷいっと目を逸らされてしまった。



 夕食のあと、シャル先生は長い記憶の旅をみんなに語った。時に声をつまらせ、時にリルが言葉を引き継ぎながら。オーガスト先生は何回も眉毛を動かしていたし、リオは顔色を失くして、アークは何か言いたそうにしていたけれど、誰も口を挟むことなく静かにシャル先生の話を聞いていた。


「……それで、その、さっきリルと一緒に過去の記憶に飛んで、今話したことを全部見せてきました。そして、今に至ります……」


 シャル先生がすべてを話し終えて長い息を吐いても、みんなは黙りこくったままだった。


「あ、あの。シャル先生は……」

「――ばかもん!」


 沈黙に耐えかねてリルが口を開くと、それを遮るようにオーガスト先生の怒声が響いた。シャル先生だけでなく、全員の身体がびくりと跳ねる。


「なんですぐに私に言わなかったんだ。最初に時計を使ったときに、なんで言わなかった!」

「だって、その魔法戦争でオーガスト先生も亡くなっていたんですよ? そんなこと本人に言えな……」

「お前は私を舐めているな? 私はお前を引き取った頃からずっと、自分が死んだあとのことくらい考えている! 遺言書だって書いてあるのに、今さら自分が死んだ話くらいで驚かぬわ! ほんとにお前は、どこまで馬鹿な息子なんだ……」


 オーガスト先生の目には、涙がにじんでいた。それを隠すように顔の前で手を組んだけれど、ローブの袖で涙をぬぐっているのが分かってしまった。


「オーガスト先生……」

「シャル先生、さ。僕に言いたくなかったのって、戦争の話を聞かせたくなかったから? それとも、僕が植物状態になった話を、しなくちゃいけないから?」


 リオに言われて、シャル先生の表情が翳る。話をしているときも、シャル先生はずっとリオの様子を気にしていた。


「……両方、かな」

「そりゃあさ、人がたくさん死んだ話もさ、自分が悲惨な目にあった話もさ、聞いてて怖かったよ。だけどさ、シャル先生はそれを、一人で何回も見たわけじゃん……。僕だって、あの日シャル先生の弟子になってからずっと、何があってもついていく覚悟はしてきたんだよ?」

「リオ……」

「それにさ、リルだって自分が死ぬとこ、見ちゃったわけでしょ? 僕だけびびってるわけにいかないよね。一番弟子としてさ」

「リオ、お前のこと子どもだと思っていたけれど、いつの間にか立派な男になっていたんだな」


 アークが嬉しそうな顔で、リオの頭をわしゃわしゃとなでる。


「それ、褒めてるんだよね? アークが言うとからかわれているように感じるんだけどっ」

「そういうところは変わらないんだな。素直に喜べばいいのに」


 アークはシャル先生に向き直ると、ふっと笑った。「やっと話してくれたな」と言っているように見えた。


「アークは、気付いていたんだね? 私が過去を繰り返していること」

「ああ。……最初におかしいと思ったのは、リオを引き取ってきたときだな。国も、魔法学校も気付く前に助けにいけるなんてタイミングが良すぎると思った。それと、リルを塔から助け出すときに転移魔法を使ったろ? そのへんでもしや、と思い始めたな」

「そんなに前からだったんだ……。さすがだね……」

「知ってるか? 使い魔ってな、主の感情をある程度共有できるんだぜ」

「え、そうなの?」


 アークの言葉に、シャル先生が驚きの声をあげる。オーガスト先生ですら「初耳だな」と目を丸くしていた。


「魔力の高い使い魔に限るらしいけどな。俺はシャル先生が毎晩悪夢を見て苦しんでいるのも知っていたわけだ」

「なんでそれを早く教えてくれなかったんだ……」

「お互い様だろ。それに、使い魔界では常識だけど、面倒だから人間には教えないことになってるんだ。だから、シャル先生も大先生も今聞いたことは忘れてくれ」

「……教科書に載るくらいの重大な発見だと思うのだが、君がそういうなら黙っていることもやぶさかではない」

「ありがとな」


 オーガスト先生は悔しそうに「ううむ」と唸っていたが、約束は必ず守ってくれる人だと思う。


「まあ、これでシャル先生の心配事の半分はなくなったわけだ」

「そうだね……。残りは」

「リルの育った国のことだろう。お前がここ最近頻繁に出かけていたのは、その国に行っていたんだな?」

「――そうです」

「どうりで、私の耳に入ってこないわけだ」


 よっぽどこそこそしているか、他の国に出かけているかどちらかだ、というオーガスト先生の予想は当たっていたことになる。


「旅の吟遊詩人を装って、魔法国家に攻め入っても無駄だということを訴えてきたのですが、駄目でした。武装戦力が魔法軍なんかに負けるわけがない、の一点ばりで」

「正直、戦力の差は話にならんだろうな。こちらは傷一つつくことなく制圧できると思うが、問題はむこうの国だ。私たちがどれだけ手加減できるかにもよるが、少なからず犠牲は出そうだ」

「でも、シャル先生が助けたかったのは、幽閉されていたリルだったんだろ? 今リルは安全な場所にいるわけだし、これ以上その国を救う意味はあるのか?」

「それは……」


 それは、リルも少し不思議に思っていたことだった。シャル先生にとっては思い入れのない、過去には危険な目にあわされた国だ。最初の魔法戦争のときのように、手加減して制圧する、という考えにはならなかったのだろうか。

 もしかして戦争自体がトラウマなのだろうかと思ったが、先生が告げたのは思ってもみなかった理由だった。


「もし、リルのご家族が生きているとしたら、巻き込んでしまうかもしれない。それを知ったらリルは、心を痛めるだろうと思って……」


 どくん、と心臓が脈打った。自分の心はここにあるよ、と主張するみたいに。


「わたしのため、ですか……?」


 ――どうして。どうして、シャル先生は。こんなふうになっても人のためだけに動けるのだろう。優しさだけを揺るがない柱にして、苦しみ続けられるのだろう。救っても、助けても、誰も気付かない。誰からも何も返ってこないのにずっと、誰かのために自分を犠牲にできるのだろう。


「どうして、そんなに、優しいんですか」

「リル……?」


 目の奥が熱かった。ぎゅっと唇をかんでも、ぼろぼろと温度の高い涙がこぼれてゆく。リルは駄々をこねる子どもみたいに、シャル先生の胸を叩いていた。


「シャル先生はいつも、誰かのことばっかりで……、自分ばっかり我慢して……っ。なのにわたしはなにも、先生に返せてないっ……」


 シャル先生は、困惑した顔でリルを見下ろしていた。なだめたらいいのか、黙ってされるがままになったらいいのか、迷うように両手が宙をさまよっていた。

 ごほん、とオーガスト先生が咳払いする。


「あ、あー。女子を泣かせるのは感心しないな、シャルル。私たちは席を外すから、お前たちは二人でゆっくり話をしなさい」

「そうだな、俺もそれに賛成だ。行くぞ、リオ」

「え、ちょ、ちょっと。僕も? 僕はリルについていたいんだけどっ」

「いいから早く来い。リオの部屋で男三人、じっくり話し合おう、な?」

「なんで僕の部屋で……っ」


 わめくリオを、アークが首根っこをつかんでずるずると引き連れていく。オーガストはリオの部屋で晩酌する気まんまんで、ワインの瓶とグラスを持っていった。

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