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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第八話 隠された真実
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はじめての部屋

「リル、シャル先生の部屋はどうするんだ?」


 家の中の掃除もだいぶ片付き、お茶を淹れて休憩しようとすると、アークが尋ねてきた。


「えっ。だって、入らないように言われているし……。それに、シャル先生の部屋には鍵がかかっているでしょう?」


 シャル先生は最近留守のことが多いし、本当は一緒に掃除をしてしまいたい。埃がたまっていたら、身体にも良くないだろうから。


「それなら問題ない。ほらよ。」


 アークが投げた物体を、あわててキャッチする。かちゃ、と硬質な音をたてて手のひらにおさまったのは、ちいさな鍵。


「これって」

「シャル先生の部屋の鍵だ。家にいない、掃除も手伝わない奴の言うことを聞く義理はないよなあ?」

「……でも」

「今のうちに綺麗にしてやって、驚かせてやろうぜ。最近シャル先生も忙しいみたいだし、部屋がさっぱりしたほうがよく眠れるだろ?」

「……そっか。うん、そうだよね」


 物がどこにあるか分からなくなるから掃除しなくていい、と言われていたけれど、大事そうな物の場所は移動しなければいい。


「でもアークさん、この鍵どうしたの? シャル先生から預かったの?」

「いや。実は今シャル先生が使っているのは予備の鍵で、それがもともとの鍵だ。以前シャル先生がなくしたときに棚の隙間から見つけてやったんだが、返すのも面白くなかったんでこっそり隠しておいたんだ。役に立つときがあって良かったぜ」

「どこに隠しておいたの?」

「巣だ。屋根の下にあるだろう」


 鳥がいるのを見たことがなかったけれど、渡り鳥の巣かなと思って壊さないでおいたものだ。まさか、アークのものだったとは。


「あそこで寝たりするの?」

「いや、完全に物の隠し場所だな。知ってるか? 知性の高い鳥にはキラキラしたものを集める習性がある」


 そういえば、たまに銀製のスプーンやフォークの数が減っていることがあった。この鍵も真鍮製だし、この家での失くし物は、もしかしてほとんどアークが。


「……アークさん、食器はほどほどにしておいてね」

「ばれたか。まあ、これからは控えるようにしておく」


 悪びれた様子もなく笑うアークに、肩をすくめた。家中の光り物がなくなっても困るけれど、今回はアークに助けられたのだから、鳥の習性くらい見逃してあげよう。


 リルが鍵を差し込むと、重たい音を立てながら扉が開いた。シャル先生の私室に入ると思うとドキドキしてしまうが、「掃除に来たのだから」と言い聞かせて冷静を装う。


「お、お邪魔します……」


 一歩中に入ると、床に積み上げられた本や羊皮紙の束がいくつも山を作っていて、早くもやる気がしぼんでいくのを感じた。これはとても、重労働になりそう。

 立ちはだかる本の塔をかき分けて、奥に進む。ベッドまわりは割と片付いているけれど、机の上は魔法の森のようになっていた。

 羽ペンは、いくつ散らばっているのだろう。手はひとつしかないのに、どうして何本も必要なのだろうか。微妙な色の違いのインク壺が並んでいるのは、どうしてだろうか。実はそれぞれに違う魔法がかかっているということも、あるかもしれない。

 散らかってはいるけれど、この部屋のあらゆるものからシャル先生の息づかいを感じられて、とても落ち着く。使っている家具や、雑貨の趣味。どんな本が好きなのかさえ、はじめて知ることだった。


 まずは、ベッドリネンから替えよう。そう思ってベッドに近付くと、枕元に懐中時計が置いてあることに気付いた。

 どうして、こんなところに時計があるのだろう。もしかして、持って行くのを忘れたのだろうか。そう思って、手に取る。ずっしりした、大きな金色の懐中時計。秒針に星の飾りがついていてとても可愛いが、時間が合っていなかった。もしかしたら、時間を合わせるのが面倒で置いていったのかもしれない。

 余計なお節介かもしれないけれど、シャル先生の役に立てるなら、ちいさなことでも手伝いたい。時計の横のつまみを回すと、急に視界がぐわんと回転した。


「えっ……」


 耳元で、カチコチカチコチと時計の音がする。宙に投げ出されたように、立っている感覚がない。


「なに、これ……」


 ベッドも、積み上がった本も、扉も、溶けて引き伸ばされたようにぐにゃりと歪んでいる。


(――こわい。気持ち悪い)


 吐き気がして口を手で抑えると、視界はもとにもどっていた。唾を飲みこんで、大きく息をする。

治って良かった。急な立ちくらみだったのだろうか。それにしては感覚がおかしかったし、もしかしたら大きな病気かもしれない。

 不安になって部屋を飛び出すと、アークに鉢合わせた。


「アークさんっ……」

「おわっ、リル、どうしてシャル先生の部屋から出て来たんだ? どうやって入った?」

「えっ? だってさっき、アークさんが」

「今からリルにシャル先生の部屋の鍵を渡そうと思っていたのに。ほら」


 アークが手を開くと、さっき受け取ったはずの鍵があった。


「嘘。だって……」


 エプロンのポケットを探ってみる。そこに入れたはずの鍵はなかった。


「……どうして」


 何が起こったのだろう。足の力が抜けて、倒れそうになる。


「おい、リル、どうした。顔が真っ青だぞ」


 アークが慌てて支えてくれるが、声が耳を素通りしていく。ひとつ、ありえない考えが浮かんだ。そんなはずがないと打ち消してみたけれど、唇は勝手に言葉を紡いでいた。


「――アークさん。鍵は巣の中に隠してあったんだよね?」

「なっ、どうしてリルがそれを知ってるんだ?」


 心底驚いた顔で見下ろしてくるアーク。嘘をついている様子はない。だとすれば。


「時間が、戻ってる……」

「おい、リル、大丈夫か?」


 こみあげてくる吐き気を必死でおさえながら、リルは気が遠くなるのを感じていた。



 アークに支えられて、リルはリビングのソファに横になった。


「大丈夫か? 脂汗かいてるぞ。今、水持ってくる」

「ありがとう、アークさん……」


 頭がくらくらする。考えをまとめようとしても、さっきの光景がぐるぐると巡るばかりでうまくいかない。

 落ち着かないと。まず、あの懐中時計は時間を戻すためのもの。それは間違いない。

 やっと、ポケットが重いことに気付き、はっとする。おそるおそる上から触れてみると、丸くて硬い感触と、鎖がしゃらりと動く音がした。あわてていて、時計を持ってきてしまったらしい。

 きっとシャル先生が、魔法道具として発明したもの。でも、過去に戻る魔法なんて教科書にも出てこないし、シャル先生に聞いたこともない。時計を魔法の媒体にすることで初めてできたことなのだろう。とてもすごい発明かもしれないのに、シャル先生は時計のことを秘密にしている。

 それはどうしてか。きっと――。


「リル。水を持ってきたぞ。飲め」


 アークが背中を支えてくれたので、少しずつ水を飲む。飲みほす頃には、気分の悪さも、頭が揺れるような感覚も、少しおさまった。


「どうしたんだ? いきなり具合が悪くなったのか?」

「……うん」

「さっき、おかしなことを言ってたよな。それと関係あるのか」

「……それは」


 アークの瞳がまっすぐに見つめてくるから、受け止めきれずに目を逸らしてしまった。


「俺には言えないことか?」

「わからないの、まだ……。ごめんなさい」

「謝ることはないさ。どうせ、シャル先生関係なんだろ?」


 頷くと、アークは苦笑しながらため息をついた。


「やっぱりな。そもそもあのシャル先生がこそこそ一人でやっているのが悪い。使い魔なんだから、使ってくれればいいのにな」

「うん。私だって弟子なんだから、もっと便利に使ってくれていいのに」

「まあ、そういうことができないシャル先生だから一人でなんとかしちまうんだろうな」


 巻き込んでくれたほうがずっとずっと楽なのに。アークだってこんなに寂しそうな顔、しなくてすむのに。どうしてシャル先生は、一人でぜんぶを背負いこもうとするんだろう。


「リルはここでしばらく休んでろ。掃除の残りなら俺がやっておくし、夕飯の支度はリオの勉強が終わってから頼めば大丈夫だろ」

「ありがとう、そうするね。シャル先生は、今日も遅いのかな」

「雪が大振りになってきたから、もしかしたら早いかもしれないな」


 白一色になった窓の外を眺めると、玄関の扉が開いた。


「ただいま。すっかり雪まみれになっちゃったよ」


 頭やら、肩やらに雪が積もったシャル先生が、それらを払いながら入ってくる。


「あ……。えっと、おか……」


 おかえりなさい、と言いたかったのに、途中で言葉に詰まってしまった。心臓がずっと、嫌な音を立てているせいだ。アークも、シャル先生を睨みつけるようにして黙っている。


「リオは部屋で勉強しているのかな。リルは……」


 ソファに横になるリルをみとめたシャル先生が、驚いた声を出した。


「リル、どうしたの? 具合が悪いの? アークも、何だか様子がおかしいけれど」

「シャル先生はちょっと、自分の行動を反省しろ。俺は店のほうに行ってるから、リルと二人でじっくり話すといい」


 まだ雪の残ったコートを着たまま、シャル先生は呆然としている。


「え。何か怒ってる……?」

「それはリルに聞きな」


 目を合わせないようにしてシャル先生の前を通りすぎたあと、アークが開けた渡り廊下の扉がばたんと閉まった。


「……リル」


 戸惑いに瞳を揺らしながら、シャル先生がソファの前にひざまずいた。


「どうしたの? 具合は大丈夫?」


 強制的に二人きりにされて、こんなに距離も近くて。久しぶりに話せたと思ったら、優しい声で心配されて。どうしたらいいのかわからない。優しくしてもらうだけで、泣きそうになるのに。


「大丈夫、です」

「何かあったの? 顔色も悪いけれど」


 おでこに手を当てられそうになって、反射的に身をよじってしまう。


「リル……?」


 シャル先生は、手を伸ばしたまま傷ついた顔をしていた。


「あ……っ」


 どうしよう、誤解させてしまった。嫌だったわけじゃなくて、意識してしまっただけなのに。

あわてて立ち上がろうとすると、エプロンのポケットから時計が落ちた。星がぶつかったような、かしゃん、という音が居間に響く。


「……えっ、これは」


 シャル先生が目をみはる。時計を拾い上げたあと、信じられないというような顔でリルを見つめてくる。


「リル、もしかして」


 おそるおそる頷くと、シャル先生の瞳の色が変わった。何かを決意するように目を閉じると、ゆっくりと目を開ける。


「そうか。知ってしまったんだね」


 シャル先生は、泣きそうなのを我慢しているような顔で、静かに微笑んだ。翡翠色の瞳は、今まででいちばん、透明な色をしていた。


「リルの気分が良くなったら、私の部屋に行こう。リルに話すよ。――全部」

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