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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第七話 恋に気付いた日
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はじめての決意

 後日、リルとリオの冬服が大量に届いた。厚手の生地の長袖ドレス、冬用のネグリジェ、ガウン。コートは深い緑色で、ケープとフードがついていた。若草色のドレスにもよく合いそうだ。


「アークさん、どうかな? コートの着方ってこれでいいのかな?」


 夜。ちょうどリルの部屋に遊びに来ていたアークの前で、届いたコートを羽織ってみる。新しい服をすぐに着てみたくなるのはどうしてだろう。最初に袖を通す瞬間は、心がとてもうきうきする。


「おお、色もデザインもいいじゃねえか。試着はいいけど、暑くないのか?」

「うん、まだちょっと着るのには暑いね。でも、冬になって着るのが楽しみ。このへんは寒いのかな?」

「リルがいた国とそう変わらないと思うけど、雪は多いかもな」

「雪……」


 塔にいた頃にも、たくさん降った年があった。空から降る白くてふわふわの、あたたかそうなのにつめたい、不思議なもの。手を伸ばしても触れられなくて、子どもたちが雪で遊ぶ声を聴いているだけだった。


「雪で遊んでみたいな。こんなに冬が楽しみなのって、はじめて」


 寒いし、お腹は減るし、ベッドの隅で震えているだけの季節だった。でも今は違う。あたたかい部屋も、食事も、いつだってそばにある。それに何より、あたたかい家族がいるから、寒い季節だってもうこわくない。


「そろそろ、暖炉も掃除するか。冬は薪割りがあるから人間になる時間が増えて大変だ」

「暖炉は魔法でつけられないの?」

「火はつけられるけれど、火を持続させるのには薪が必要だろ。それまで魔法でやっていたら、逆に面倒だからな」

「あ、そっか」

「リルはそのコート、シャル先生に見せなくていいのか?」

「う、うん。先生、まだリビングにいるかな? 行ってみるね」


 秋に入ってから、シャル先生は家を留守にすることが増えた。「オーガスト先生のところに行く」と言って出かけることもあるが、オーガストから定期的に届く手紙には何も書いていない。シャル先生の嘘に気付いてしまうと、どこで何をしているのか気になってしまうが、追及するつもりはなかった。

 こんなに好きで、近くにいても、リルにできることは少ない。せいぜい、疲れているシャル先生のためにおいしい食事を作ること、魔法道具店の店番を頑張ることくらいだ。

 もっと一人前の魔法使いになれたら、立派な大人になれたら、いつかシャル先生が本当のことを話して、頼ってくれるかもしれない。それを願って魔法の勉強を頑張ることが、今のリルの希望にもなっていた。


「シャル先生? いますか?」


 リビングに人の気配はするのに、姿がない。見ると、ソファにすっぽりと隠れるように、シャル先生が眠っていた。

 ローブの裾から見える、投げ出された手足。警戒なく閉じられたまぶた。普段目にすることのない寝姿に、ドキッとしてしまう。


(起こさないほうが、いいよね)


 しかし、このまま寝ていると風邪をひいてしまう。忍び足で部屋まで戻って、毛布をとってくる。シャル先生を起こさないように、そっと掛けた。自分も部屋に戻ろうか迷ったけれど、もう少し寝顔を見ていたくて、ソファの前におそるおそる座った。

 長い、まつげ。優しくカーブを描いた眉。長い金色の髪がひと房、顔にかかっている。除けてあげたいけれど、手が伸ばせない。起こしてしまいそうだからじゃなくて、シャル先生のすべてが愛しい気持ちになってしまって、触れてはいけないと思ってしまうから。

 触れたところから気持ちがあふれ出して、止められなくなる。たいせつだから、気持ちを伝えられない。悟られてもいけない。シャル先生はリルの聖域だから、どんなに大好きでも、心に触れてはいけない。


「う……ん……」


 シャル先生の唇からうめき声が漏れる。呼吸もあえぐように早くなって、苦しげに眉根を寄せている。


「シャル先生……?」


 悪い夢でも見ているのだろうか。起こしてあげたほうが、いいのかもしれない。


「リル……」

「えっ」


 名前を呼ばれ、何かを探すように手を伸ばされる。思わず、手を取ってしまった。 


「シャル先生、だいじょ……」

「ごめん……。許して……」


 苦しい。つらい。助けて。ごめんなさい。許してください。これは罰だ。

 心を読もうとしていないのに、先生の感情がリルの中に流れ込んできた。


「嘘、どうして」


 止めようと思っているのに、止められない。頭の中に、おぼろげな映像が映し出される。きっと、シャル先生が夢で見ているもの。そこには、見慣れた景色があった。


(塔……? そこにいるのは、シャル先生と、わたし……?)


 リルの姿は、この家に来た頃と変わらないように見える。やっぱり、先生とは以前会っていた。それはごく最近であるはずなのに、どうして覚えていないのだろう。

 夢の中の会話は聞き取れない。先生の感情だけが、声になって響いてくる。


 ――私には、何もできなかった――


 悲痛な叫びがこだまして、記憶は霧散するように消えてしまった。


「……リル?」


 握られていた手が緩み、シャル先生がゆっくりと目を開ける。


「先生……」

「寝ちゃっていたみたいだね。毛布、かけてくれてありが……。ど、どうして泣いているの?」

「え……?」


 頬に触れてはじめて、自分が涙を流していたことに気付いた。あとからあとから、決壊したようにあふれ出てくる涙を止められない。

 どうして、シャル先生が苦しまないといけないの。どうして、こんなに優しい人が、罰を受けなければならないの。どうして、自分は先生に何もしてあげられないの。


「リル、大丈夫? どこか痛いの?」


 あわてふためきながらリルを心配してくれる先生を見て、思う。先生がそれを望んでいなくても、自分が苦しむことになっても。


(――真実が、知りたい。わたしはこの人を、助けたい)

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