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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第七話 恋に気付いた日
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はじめての恋

「まあ、まあぁ……! リルちゃん、大きくなって……!」


 半年ぶりに顔を合わせた「三本の針」のマダムは、瞳をうるませてリルの成長を喜んでくれた。


「もう、どこからどう見ても立派なお嬢さんだよ! あたしの想像以上だよ」

「ありがとうございます」


 マダムがあんまり感激してくれるものだから、リルもつられて泣きそうになってしまった。


「なんだい、男どもはぽかーんとしちゃって。張り合いがないねえ。ちょっとは褒めてあげたらどうなんだい」


 店に入るなり感動の再会を始めたリルとマダムを、リオとアークはぼうっと眺めているだけだった。マダムの叱責に、リオがびくっと身体を揺らす。


「え。いや、僕らは毎日見てるから……」

「まあ、リルはずいぶん成長したよなあ。えらいえらい」

「ちょ、アーク! 自分だけずるい!」


 アークとリオの会話を聞いて、マダムが首を傾げる。視線を送ってこられたのでぎこちない笑顔を返すと、「はは~ん」と声に出さずにつぶやいてにやっと笑った。


「で、今日はリルちゃんとリオちゃんの冬服だって? じゃあまずはリルちゃんから採寸しようかね。こっちの部屋へおいで」


 ソファへ腰かけたアークとリオには、お針子さんがお茶を持ってきてくれた。リルはマダムと一緒に採寸用の小部屋へと進む。


「お茶もすすめないうちに急かしちゃって、悪かったねえ」

「いえ、お腹がたぽたぽだったのでちょうど良かったです」

「あらやだ、採寸の前なのにそんなに飲んだのかい?」

「あっ、そうですよね。すみません」

「大丈夫大丈夫、お腹がふくれた分も加味して測っておくから。ああ、あたしのこれは、食べなくてもこうだから」


 マダムがお腹をぽんぽん叩くので、悪いとは思いつつ吹き出してしまった。ふっ、と微笑んだあと、いつもとは違う神妙な口調でマダムが耳打ちする。


「いやね、リルちゃんを見た瞬間、おばさんピンときちゃって、早く話したくてたまらなくてねえ……」

「何をですか?」


 普通の声でしゃべっても部屋の外には聞こえないと思うのに、マダムは内緒話するみたいなひそひそ声だ。よっぽど秘密の話なのだろうか。


「だから、この間言った話だよ。女が早く大人になるには、恋をするのが一番いいって話」


 そういえば、そんなことを言っていた。そのときは恋なんて物語の中のものだと思っていたから、今まで忘れていたけれど。


「はい。……それで?」

「だから、リルちゃんの恋の相手だよ。今、好きな人がいるんだろう?」

「……恋? わたしが?」

「背も伸びたし、胸もお尻も膨らんだけれど、なんというか顔つきが変わったんだよねえ。妙にこう、悩ましいというか、少女の色気があるというか。これは恋する女にしか出せない瞳の色だと、あたしは思ったわけさ」


 リルは目を見開いたまま、マダムを見つめる。身体中を突風が吹きぬけていって、息をするのも忘れてしまった。


「……もしかして、自分で気付いてなかったのかい?」


 マダムが、気遣うような表情でリルの背中に手を当てる。


「わたし、わたし……。恋……。そうです。どうして気付かなかったんだろう……。出会ったときからずっと、あのひとが好きだったのに……」


 気付いてしまったら、涙があふれるのを止められなかった。出会った日の胸の痛みも。抱きとめられた日に眠れなかった理由も。キスされたときに思い浮かんだ顔も。全部がシャル先生を好きだと、恋をしているのだと、指し示していたのに。


「あの二人じゃないね。リオちゃんはリルちゃんが気になっているみたいだけど……。ひょっとしてシャル先生かい?」


 はぁ、と涙で熱くなってしまった息を吐いて、うなずく。


「でも……、だめなんです。家族だから、シャル先生を好きになったらいけないんです」


 リオがいなくなって、アークもいつか出て行ってしまって、リルまでシャル先生を家族と思えなくなったら。シャル先生は、ひとりぼっちになってしまう。


「シャル先生は、家族が欲しかった人だから。わたしもそうだったから、分かるんです。だから今のままでいないといけない……」

「伝えるだけ伝えても、いいんじゃないのかい?」

「シャル先生は、優しいから。わたしの気持ちに気付いたらその瞬間、もうわたしを家族とは見てくれなくなると思うんです。きっと、だれにも気付かれないように、気を遣ってしまうから……」

「そんなことないよって言ってあげたいけれど、あの先生を知っていると否定もできないのがつらいところだね……」


 マダムの溜め息を聞きながら、涙をぬぐう。人差し指だけでは足りなかった。


「初恋はだいたい苦い思い出に終わるものだけど、これだけ一途に想っているんだから、なんとかいいようにしてやりたいよ、あたしは。でも、余計なお節介かね……」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。きっと優しい思い出にできると思うから」


 リルだけが、胸の痛みを我慢すれば、気持ちを消す努力をすれば、みんなしあわせでいられる。だから、それでいい。自分の気持ちに巻き込んで、シャル先生につらい思いをさせたくない。


「……恋をしたままでも家族になれる方法だって、ないわけじゃないんだけどねえ」

「え」


 コンコン、と軽快に扉を叩く音がする。


「リル、開けていい? 開けるよ!」


 返事もしないうちに、転がるようにリオが入ってきた。


「あのさ、お茶請けに出してもらったチョコレートがすごくおいしくて、リルにも食べさせたくて――。って、リル、泣いてたの?」


 リオは、チョコレートの箱を差し出す手を引っ込めて、赤くなったリルの目を見ていた。


「ああ、さっき虫が目に入ったんだよ」

「虫? 大丈夫なの? 退治するのにアークを呼んでこようか?」

「呼ばなくていい! というか女の採寸中に入ってくるもんじゃないよ、出ていきな!」

「わ、わっ」


 丸い身体でリオを押し出すと、マダムはばたんと扉と締めた。


「シュミーズ姿になる前で良かったよ、まったく」

「ほんとですね」

「あの子は失恋決定だけど、そのほうがリオちゃんの場合は男っぷりが上がるだろうよ」

「そうなんですか?」

「ああ。年下の男っていうのはそういうもんさ。リルちゃんは踏み台になってやったと胸を張っていればいいのさ」


 その後は、マダムが過去に年下の男性に求愛された話を面白おかしく話してくれたが、シャル先生のことに関しては話せないまま採寸が終わってしまった。マダムが蒸しタオルを用意してくれたので、リオと交替する頃には、ごまかせるくらいの泣き顔になっていたのがありがたかったが。

 ――本当はもっと、話を聞いてもらいたかった気がする。最後にポプリとお茶を渡したけれど、渡し忘れていれば良かった、と思ってしまう。そうすればもう一度、マダムに会いに来られたから。

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