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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第七話 恋に気付いた日
22/38

はじめての誘い

「だいぶ涼しくなってきたし、二人も休暇から帰ってきたばかりだし、明日はお店を閉めて街へ行こう」


 いつもよりは簡単な夕食を食べながら、シャル先生が言った。今日のメニューは、リオのお母さんが持たせてくれたパンとりんごのクラフィティ、お土産にたくさんいただいたトマトソースをかけただけのグリルチキン。


「それはいいが、涼しくなってきたことと何の関係があるんだ?」

「リルの冬服を作らないといけないだろう? リオも、去年の冬服は小さくなって着られないだろうし」

「ああ、人間には衣替えがあるんだったな。忘れていた」

「羽毛のアークがうらやましいよ。私はオーガスト先生のところへ寄るから、アークはリルたちに付き添ってくれるかな」

「別に付き添ってくれなくても、僕一人でリルのこと守れるし。前みたいなことにはならないよ」


 リオがトマトソースをフォークで丁寧にすくいながら、口をとがらせた。


「リオ。リルと二人きりになりたい気持ちも分かるがな、子どもだけだと品物を売ってくれない店もあるんだぞ? リオの好きなカスタードパイ、買えなくてもいいのか?」

「えっ、そうなの?」


 リオはしばし考え込んだ。なんだか、カスタードパイと自分を天秤にかけられているようで、リルは少しそわそわしてしまう。


「分かった、アークも一緒でいいよ。リルに甘いものを食べさせてあげたいし」


 これはお菓子に勝利したと言っていいのだろうか。自分が勝っても面倒なだけなのだが、なんだか複雑な気持ちになるのは否めなかった。


「三本の針のマダムに会うの、久しぶりです。シャル先生、お店のポプリを持っていってもいいですか? そろそろ、香りも薄くなってきた頃だと思うから」

「そうか、半年前にポプリを買ってくれたんだったね。いいよ、身体があったまるお茶も一緒に持って行ったらどうかな。これから寒くなるし」


 薬草や生姜をブレンドした新作のお茶は、休暇に行く前に先生と完成させたものだった。本格的に冬が来る前にたくさん準備をして、少しでも魔法道具でみんなの手助けをしたいと思う。


「そうします」


 半年前、自分が着るべき服じゃないとべそをかいていたリルが、マダムの服を毎日着て過ごせている。今のリルの姿が、マダムには見えていたのだろうか。マダムの期待を裏切らない姿に成長できているだろうか。


「せっかくだから、みんなで新作のお茶、味見しませんか。わたし、淹れてきます」


 リルの気持ちがなんでも分かっているような人生の大先輩は、今のリルを見て何と言うんだろう。楽しみなような、少し怖いような気持ちがして、沸騰したお湯がぼこぼこと泡を作るのを、じっと見つめていた。



「アークっ、いつものカスタードパイの店、期間限定でミートパイ出してる!」

「アークさん、前に買った瓶入り飴のお店ってどこだったかな。なくなってしまったからまた買い足そうと思って」

「あそこの生絞りジュースの店、行列できてる! きっとおいしいんだよ! 僕、並んできていい?」

「子どもが二人いると騒がしいんだな……。子を持つ親の大変さが分かった気がする」


 恒例の、三本の針に着くまでの出店巡りだが、今日はアークだけがぐったりしていた。


「アークさん、大丈夫ですか?」

「ああ。リルもさっきから大人しいが、疲れたか?」

「お腹がぱんぱんになって眠くなってしまって……」

「そうか。リオ、俺はリルとベンチに座っているから、並んできてくれるか? あ、ジュースはみっつ頼む」


 アークは歩道の端に備え付けられたベンチに座ると、リオに小銭を渡した。


「うん、分かった!」


 リオは元気に走っていくと、行列の最後尾に並んでそわそわし始めた。ひょこひょこ顔を覗かせて、店員が果物を絞っている様子を見つめているのが可愛らしい。


「リルも座れ。日陰になっているから休んだほうがいいぞ。服が汚れるのを気にしているなら、ほら」


 そう言うと、アークは巻いていたスカーフを外し、ベンチに敷いてくれた。


「あ、ありがとう」


 アークはどこでこんな紳士的な振る舞いを覚えたのだろう。鳥の世界でもエスコートは常識なのだろうか。


「あの、アークさん。さっきのお店の店員さんに、何を渡されていたの?」


 ミートパイを買った店の若い女性が、アークにぽーっと見惚れながら何か紙切れを渡していたのを、先ほど見てしまった。この姿のアークはかっこいいからいろんな人が振り向くけれど、何かを渡されたのははじめてだ。


「うん? ああ、これか」


 アークは思い出したようにポケットから無造作に紙切れを取り出した。くしゃくしゃになったそれを、丁寧に伸ばしていく。


「……手紙みたいだな。時間とどこかの店の名前が書いてあるから、ここに来てくれという誘いだろうな」

「えっ、お誘い? 行くの?」

「脂肪も適度についていて健康そうだったし、毛艶も良かった。悪くない女だったから、一晩くらい遊んでも文句は言われないだろ」

「そ、そうなんだ……」


 アークの女性を見るポイントは少し常人とずれているような気がしたが、問題はそこではない。一晩。遊び。つまり正式なお付き合いではなくて、女性のほうもそのつもりだということ。大人になるとそういうこともあるというのは本で読んで知っていたが、実際に目の当たりにすると心臓がばくばくしてしまう。自分が誘われたわけではないのに。


「ショックを受けたような顔をしているのは気のせいか?」

「う、ううん。アークさんが大人の世界を知っていたからびっくりしただけ」

「俺は大先生よりも長く生きているぞ、たぶん」

「そうなんだけど……。そういう意味じゃなくて……」

「悪い、子どもには刺激が強かったか」

「う~ん、それもあるけれど……」


 今まで、アークは人間の世界から超越したところで生きていると思っていたから、普通に女性と恋愛をして、お付き合いをするかもしれないと思うといろいろな実感が沸いてきたのだ。


「リオくんが魔法学校に入学して、アークさんも結婚ってことになったら、家の中が寂しくなるなって思ったの」


 アークは一瞬真顔になったあと、豪快に笑い始めた。


「リルは面白いことを考えるな。俺はどこにも行かねえよ」

「でも、いつかあるかもしれないでしょう?」


 遊びだと言っていたが、その中で素敵な人に巡り合うかもしれない。


「そうだな。俺が結婚するとしたら、一緒にシャル先生の使い魔になってくれる鳥を探して、(つがい)になるときくらいだろうな」


 番。鳥の夫婦をそう呼ぶことは知っていた。アークのお嫁さんになる鳥が家に来てくれたら、リルもシャル先生も寂しくないし、家族が増えるのはとても嬉しい。

 ただひとつ、リルには気になることがあった。


「あの……、訊いてもいい? アークさんは、人間の女性と鳥の女性だったら、どっちが好きなの?」

「知性が同じだったら種族は問わないな。俺は人間の女だったらわりと何でもイケるが、鳥に関しての好みはうるさいぞ」

「そ、そうなんだ」

「気になるなら詳しく教えてやってもいいが、リオが戻ってきそうだからまた今度な。あいつは妙に潔癖なところがあるから、さっきの手紙のことは内緒にしておいてくれ」

「うん、分かった」


 リオが両手にみっつ、なみなみとジュースが入ったコップを持って走ってくる。


「お待たせ! オレンジとりんごと白ぶどう、どれがいい?」


 跳ねた滴が顔にかかったらしく、鼻の頭がオレンジ色に染まっていた。


「俺はどれでもいいぞ。リオから選べ」

「じゃあオレンジもらうね。リルは?」

「じゃあ、りんごで……。並んでくれてありがとう、リオくん」

「べつに、当然だし」


 お礼を言って受け取ると、リオは赤くなってそっぽを向いてしまった。こういう反応は懐かしくてなんだか落ち着く。


「うんうん、リオは紳士になったな」

「アークはからかっているだけだろ!」


 リオは頭をなでる手を振り払おうとするが、アークが避けるほうが早かった。そのまま本当の親子のようにじゃれ合う二人を見て思う。

 少なくとも、来年。リオが魔法学校に入学したら、今の家族のかたちは変わってしまうんだな、と。そしてそれを一番寂しく思うのは、リルではなくシャル先生かもしれないと。

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