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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第七話 恋に気付いた日
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はじめての喧嘩

「お帰り、リル、リオ。休暇は楽しかった?」


 家に帰ると、シャル先生とアークさんが出迎えてくれた。久しぶりに見る二人の姿がなんだか懐かしくて、家のにおいが落ち着いて、ああここが自分の帰る場所になったんだな、と実感する。


「はい。リオくんのお母さんに、このストールもいただいてしまいました」


 あのあと、お父さんとお母さんにも日記を見せた。リオが立ち直ったことを二人はとても喜んでくれて、お姉さんの思い出もいろいろとリルに話してくれた。やはり、今まではリオのことを気にしてお姉さんの話題を避けていたらしい。

 シャル先生のことも聞いたが、あのときは魔法学校から通達が来る前にシャル先生が家に来たと言っていた。当時はもう森で隠居していたシャル先生が、どうしてリオのことを気にかけてくれたのか不思議だ、とも。

 どのみち、魔法使いでない両親ではリオのことを止められなかったから、病院や警察のお世話になる前にシャル先生が助けてくれたことに感謝している、と言っていた。リオの家では、リオだけが魔法使いらしい。


 帰るときに、お姉さんの形見のストールをお母さんが巻いてくれた。生成りの木綿で、端にぐるりとレースが施してある。今までお姉さんの形見を捨てられずに取っておいたけれど、これから少しずつ形見分けをするつもりだ、と。

 大事な形見をリルがもらってしまっていいのか尋ねたが、「これはお姉ちゃん本人からだと思って」と言われた。きっと一番リルに感謝しているのはお姉さんだからと、泣き笑いのような顔で言われた。リルも泣きそうになってしまって、来年もまた遊びに来ることを約束した。


「そうか。とても良くしてもらったんだね。私からもお礼の手紙を書いておくよ」

「リオは、どうしたんだ? 帰ってきたときからずっともじもじして」


 いつもだったら横から軽口を入れるはずのリオが、何かを言いかけてやめる、を繰り返している。


「ああ、うん。……あのさ」


 口ごもっていたリオが、顔を赤くしながらシャル先生とアークに向き合った。


「僕、リルのこと好きになったから。それで、来年魔法学校に入れたら付き合ってもらう約束した」

「えっ、そうなのか?」

「や、約束はしてないっ」


 シャル先生とアークが呆気にとられた顔でこちらを見てくるので、あわてて首をぶんぶん振った。


「僕が勝手に決めた。振られたけど、魔法学校に入ったらもう一度告白する予定だから」

「リ、リルが、リオを、振ったの……!?」

「振られたけど、キスはしたよ」

「キ……!?」

「リオ。お前、やるな」


 シャル先生は真っ赤になって口元を押さえている。アークはひゅ~っと鳥の鳴き声を出してリオを褒め称えていた。


「おでこだからっ! 家族なら普通だって、リオくん言ったじゃないっ」

「そんなこと言ったっけ」


 言った。確かに言った。だからあのときは怒らなかったのに。こんなことをみんなの前で言われたら、明日からどうやって普通に生活していいか分からない。


「――謝ってっ! わたしたちは弟子としてここにいるんだから、先生に迷惑かけないって約束してっ! じゃないと、リオくんのこと、嫌いになるからねっ!」


 足元をだんっ! と鳴らしてリオを睨みつけると、二人と一匹の時間は止まっていた。沈黙の中に、リルの荒い息の音だけが聞こえる。


「……リルが怒った」

「初めてじゃないか? リオ、素直に謝ったほうがいいぞ。こうなると女はこわい」

「ご、ごめんなさい……」


 リオに怯えた目で謝られてはっとした。これじゃ、子どもの癇癪と同じだ。昔、弟と喧嘩したときの怒り方と、ちっとも変わっていなかった。


「わ、わたしも、怒ってごめんね……。でも、お願いだから今までどおり普通に接してほしいな」


 こんなの、急にリオが知らない男の子になってしまったみたいで、不安だ。


「分かった。リルがそういうの慣れてないって気付けなくてごめん」

「う、うん」


 確かに慣れていないけれど、慣れていたらいいという問題ではない。ともかく、リオは了承してくれたみたいでほっとした。


「仲良くやれよ、若いお二人さん」

「アークに言われなくたって仲良くするし」

「あれだけリルにつっかかってたリオが、成長するもんだなあ」

「それは僕だって後悔してるんだから、言わないでよっ」

「まあ、シャル先生だって弟子二人が仲良くなるのは嬉しいだろ?」

「……う、うん。そうだね。喧嘩されるよりはいいかな……」


 シャル先生はほんのり顔を赤くしたまま、まだ戸惑っている様子だった。目を合わせてもらえないのが悲しくて、ずいっと教科書を先生の前に突き出した。


「――シャル先生。借りていた教科書、ありがとうございました」

「ああ、うん。読み終わってないのがあったらまだ持っていていいけど……。もしかしてリル、全部読み終わったの?」

「やることがなくて、つい……」


 魔法の歴史の教科書を最後まで読んでも、魔法戦争のことに関しては、リオに聞いたくらいの情報しか載っていなかった。歴史的には大きな出来事であるはずなのに、どうしてだろう。


「休んでいいって言ったのに」


 シャル先生が困ったような笑顔を浮かべたので、リオが間に入ってくれた。


「先生、怒らないでよ。リルはうちの妹と遊んでくれたり、母さんの買い物に付き合ってくれたり、息抜きもちゃんとしてたし」

「怒っているわけじゃないよ。思っていたより読むのが早かったからびっくりしただけ」

「それならいいけど……」

「リル。まさか全部読むと思ってなかったからびっくりしたよ。勉強を頑張ったのは偉いけど、今日はゆっくり休むこと」

「はい……」


 シャル先生に頭をぽん、と撫でられた。シャル先生に褒められたい、という目的は半分叶って半分叶わなかった。シャル先生はリルに休暇を楽しんで欲しかった。リルは、休む時間が減っても勉強して褒められたかった。気持ちがすれ違っていたこと、シャル先生の気持ちをよく分かっていなかったことが悔しかった。


「あ、リオくん。お母さんから預かったお肉、アークさんに早くあげないと」

「そうだった、早く食べないと傷んじゃう。いい骨付き肉が手に入ったから料理してみたんだってさ。アークにお土産だって」

「リオのお袋さん、いい人だな。会ったこともないのに」

「うち、昔カナリヤ飼ってたから。母さん、鳥好きなんだ」

「リオ。お前、まさかペットの鳥だとか説明してないよな?」

「使い魔って言ってあるけど、うちの家族は魔法使いじゃないからよく分かってないのかも」

「……今度ちゃんと説明してくれ」


 リオとアークが台所に向かった隙に、シャル先生の袖をつかむ。


「――シャル先生、話したいことがあります」

「分かった。リルの部屋に行こうか」


 何も言わなくても、二人きりで話したいとシャル先生は分かってくれた。なんとなく離したくなくて、部屋までずっとシャル先生の袖をつかんでいたが、シャル先生はリルを見て微笑んだだけで何も咎めなかった。ホームシックになっていたと思われたのかもしれない。


「リル、リオの家で何かあったの? 私の顔をずっと不安そうに見ていたから」


 部屋の扉を閉めると、シャル先生は心配そうにリルの顔を覗きこんできた。


「えっ……。リオくんにも気付かれてしまいましたか?」


 普通にできていたと自分では思っていたのに。先生の目はごまかせないのだろうか。それとも、先生の前だからリルが自分をごまかせないのだろうか。


「それは大丈夫だと思うけど、リオには話せないこと?」

「いえ、リオくんは知っています。でも、私が不安に感じていると、リオくんが責任を感じてしまうかもしれないから……」

「リル、心配しないで。大丈夫だよ」


 シャル先生は腰を折って、リルと目線を合わせてくれた。リルの背が伸びたとは言え、男性の中でも長身なシャル先生とは、頑張っても埋められない差がある。

 身長だけでなく、シャル先生はいつもリルの目線に立って考えてくれた。だから、シャル先生の翡翠色の瞳に見つめられると、不安も迷いもぜんぶ、さらけ出してしまいたくなる。


「何があったのか、話してみて」

「はい……」


 リルはベッドの上に座り、シャル先生は椅子に座って向かいあった。リオの家で起きたことを、たどたどしく話していく。思い出してつらくなってしまう場面もあって、言葉が出てこなくなったりもしたが、シャル先生は急かしたりせずにじっと待っていてくれた。


「そうか、過去の記憶が……」

「シャル先生は、わたしが望まなければ魔法は成長しないって言っていました。でも、わたしはあのとき、リオくんの過去を知りたいって、望んでしまったんです。だから……」

「リルは、自分がリオの過去を覗いてしまったことを、後悔しているの?」


 後悔? いや、そうではなかった。リオの過去を見たこと、リオのお姉さんの遺志を伝えられたことに後悔なんてなかった。


「――いいえ」

「じゃあ、怖いことは何?」

「……怖い?」 


 そうか、自分は怖がっていたのか、と気付く。魔法を成長させてしまったこと、それによって周りの人や自分の心が傷ついてしまうことを、リルはとても怖いと思っていたのだ。


「これから先、こういうふうに人の過去を無断で覗いてしまうかもしれない……。それが知りたくないことだったら、とても怖いです……」

「それについては、大丈夫だと思う」


 シャル先生は腰を浮かせると、リルのペンダントを指差した。


「リル、過去の記憶を見る前に、魔法石のペンダントが熱くなったと言っていたね?」

「はい」

「魔法石はね、持ち主が強く望んだときに、その身にためこんだ魔力を貸してくれる性質を持っているんだ。質のいいものほど効果が強いとされているね」

「そうだったんですか?」


 だからオーガストはわざわざ高価な魔法石をくれたのかもしれない、と思った。つまり、まだ魔力のコントロールがうまくできないリルを心配して、だ。


「うん。ここで大事なのは、魔法石は迷いや恐れがあるときにはその効果を発揮しないということ。だからね、リル。リルの魔法は、リル自身が知りたくないことはリルには見せないと思う」

「でも……。もしうっかり、知りたくないことを知りたいと思ってしまったら?」


 シャル先生が知られたくないことを、もし一瞬でも知りたいと思ってしまったら。その気持ちに魔法が同調してしまったら。リルはシャル先生の過去や心を覗いてしまうかもしれない。


「リルはもっと自分を信用してもいいと思うよ。こんなに人の気持ちを大事にできる子が、ついうっかり、で人の心を覗いてしまったりしないと思う。リルはちゃんと、今までも魔法を制御できていたのだから」


 シャル先生がリルを信用してくれるほど、リルはリル自身を信用できていない。まだ魔法が未熟だから? ううん、シャル先生への気持ちがどんどん変化していって、そのうち本当に知りたいと思ってしまうのが怖いんだ――。でもそんなこと、シャル先生には言えない。


「いろいろ心配かもしれないけれど、もし何か不安があったらそのつど相談して? ひとつひとつ解決していけば、きっと大丈夫だから」

「はい」

「今回のことは、リオのマナが暴走してリルが気を失ったこと、日記と部屋、そしてリオという三つの要素が合わさったこと、魔法石の補助……。いろんな偶然が手助けして起きたことだと思うんだ。こんなことはそうめったにないだろうし、私も気を付けて見ておくから、リルはあまり心配しないように」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、私はリオにも話を聞いてくるよ。魔法学校の入学についても、やる気になってくれたみたいだし」


 過去の記憶で、シャル先生はリオが入学資格をもらえるまで弟子になるよう言っていた。リオがもし魔法学校に入学できて、この家から出ていくことになったら、シャル先生は寂しくないのだろうか。


「ああ、リル。大事なことを言い忘れていた」


 部屋から出ていく前に、シャル先生は振り返ってこう言った。


「リオを救ってくれてありがとう。リオを立ち直らせてくれたのは、リルの力だよ」

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