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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第六話 リオの過去
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はじめてのキス

「おいっ! 起きろよっ! ……くそっ、どうしたらいいんだよっ!」


 耳元で、リオの声が聞こえる。頬には、ひんやりとした床の感触。どうやら現実世界に戻ってきたみたいだ。


「しっかりしろよ! ……リルっ!」


 ぼんやり霞む意識に、自分の名前が飛び込んでくる。リオが初めて呼んでくれた、リルの名前。

 むくっと起き上がると、リオはほっと息をついて、そのあとぎょっとした表情になった。リルが泣いていたからだ。


「ちょっ……。なんで泣いてるんだよっ。どっか打って痛いとか?」


 首を横に振ると、リオは困ったようにリルの泣き顔を見つめていた。


「リオくん。……お姉さんは、リオくんのことを恨んでなんていないよ」

「……なんで、お前にそんなこと分かるんだよ」

「見て来たの。お姉さんと、リオくんのこと」

「は……? どういう……」

「胸に手を当ててみて」


 リルはリオの手をとり、重ねたままリオの鼓動の上に置く。


「オレンジ色の光が、お姉さんのマナだよ。お姉さんが旅立つ寸前、リオくんに残したの。魔法使いじゃなかったから、かすかな光かもしれないけれど……。見えるでしょう?」


 集中して目を閉じていたリオが、何かに気付いたようにはっと目を開けた。


「これ……ほんとに?」

「うん。あったかいでしょう? お姉さんは大丈夫だよ、リオくん」


 リオは身体を折り、自分の胸をかき抱くようにして、涙を流した。


「姉さん……。ごめん、ごめんね……。ありがとう……」


 リオはやっと、本当の意味でお姉さんの死を悲しめたのだと思う。過去の世界で慟哭していたときとは違う、自分のための涙が、静かな雨のように降り続いていた。


 そのあと。遠慮して部屋を出て行こうとしたリルをリオが引き止め、「一緒に日記を読んでほしい」と子犬のような表情でお願いされたため、ベッドに腰掛けて二人で読むことになった。

 お姉さんのことを思い出して人恋しいのか、リオはリルにぴったりとくっついたまま離れなかった。

 お姉さんの日記には、リオや家族のことばかり書いてあった。家族に心配をかけてしまうのがつらい、リオのことが心配。自分の病気への恨み言、泣き言はひとつも書かれていなかった。


「強くて、優しいお姉さんだったんだね」

「……うん」


 リオが治癒魔法を使った日のことも、詳しく書いてあった。急に痛みがとれてびっくりしたけれど、病状自体は変わっていないと感じたこと。このままだと、いつかリオが後悔して自分を責めることになるかもしれない。でも、自分はとても幸せだったこと、リオのことが世界で一番大切で大好きだということを忘れないで欲しい、と書いてあった。


「僕に、立派な魔法使いになって欲しいって」

「リオくんはもう、なってるよ。前にわたしのこと助けてくれた」

「あれは……。怪我が心配っていうより、自分のためだったから……」

「こわくても、魔法を使ってくれた」

「それは、そうだけど」

「お姉さんがなって欲しかったのは、きっと今みたいなリオくんだよ」

「……そうだといいな」


 リオがリルの手に触れる。ぎゅっと握り返すと、リオは驚いた顔でこちらを見てきた。「あ、あのさ」とちょっと照れくさそうな様子で話を切り出す。


「さっきさ、過去の記憶を見てきたって言ったよね」

「うん」

「どのあたりまで見たの?」

「シャル先生がリオくんを迎えに来たところまで」

「それ、ほとんど全部だよね。僕のダメなところ、全部見てきたってことだよね」

「ご、ごめんなさい」

「違う、怒ってるんじゃなくて」


 リオは、うう、と唸りながら頭を抱えている。


「――リル、あのさ」


 リオが身体を横に向けた。ベッドに座ったまま、向き合う恰好になる。


「リオくん、わたしの名前呼んでくれたの、二回目だね」

「さっきの、聞こえてたの」

「うん」

「ごめん、今まで。年上なのにお前なんて呼んで」

「気にしてないよ。リオくんのほうが先輩なんだし」

「……そっか。それでさ」


 リオの顔が、赤い。リオのまわりの空気も、吐息も、熱っぽい。


「うん」

「僕さ、リルのこと好きみたい」

「……ほんとに? ありがとう」


 今までそっけない態度をとられてきたリオに、好きと言ってもらえるのは嬉しかった。でもリオの真剣なまなざしが、リルの考えている“好き”とは違うよ、と訴えている。


「僕、頑張って来年には魔法学校に入学できるようにするよ。そしたらさ、僕と付き合ってくれる?」

「えっ? 付き合うって?」

「だから今キスしてもいい?」


 何が「だから」なのか分からない。


「だ、だめっ!」


 キス、がどういうものなのかは、なんとなく分かっているつもりだ。でも初めてのそれは、まだ大事にとっておきたいと思う。リオではなく、別の誰かのために。


「何で? 僕のこと嫌い?」


 うるんだ瞳で迫ってこられると、思わず身体を反らしてしまう。


「嫌いじゃないけど、リオくんは家族だもの」

「弟としか思ってないってこと?」

「うん」


 リオはがくっと肩を落とした。


「はっきり言い過ぎ。まあ、それくらい分かってたから諦めないけど」


 リオはそう言って、リルのおでこにすばやくキスした。


「あっ」

「このくらい許してよね。家族にだってするでしょ」


 そうなのだろうか。確かに小さい頃、お母さんが寝る前にしてくれたような気がするけれど……。なんだか、うまいことリオに言いくるめられてしまった気がする。


「よ~し、あと一年頑張ってやる! 勉強も、リルを落とすのも。一つ屋根の下なんだから、遠慮しないからね」


 リオが生き生きしている。立ち直ってくれたのは嬉しいのに、まっすぐ向けられた“好き”の気持ちが苦しいのは、どうしてなんだろう。キスされたときに、シャル先生の顔が浮かんでしまったことも。

 この休暇が終わったら、新しい毎日が始まりそうな気がする。変化してしまった気持ち、気付かなった気持ち、目覚めてしまったリルの魔法。今まで後回しにしていたことに向き合わなければいけない秋になる。

 そのときリルたちは、もとの場所に立っていられるのだろうか。

 秋のはじまりの切なさは、少し大人になった切なさと似ていた。

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