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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第六話 リオの過去
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はじめての嘘

「リオくん、ちょっといいかな」


 夕飯の後、部屋に戻ろうとするリオに声をかけた。


「なに? また、分からないところでもあったの?」

「う、うん。そんな感じ……。あの、部屋に来てもらっていいかな」

「めんどくさい……。お腹いっぱいになって眠いし」

「そんなこと言わずに、お願いします」

「……わかったよ」


 嘘を、はじめてついてしまった。こんなに胸が罪悪感でいっぱいになって、ちくちく痛むものだなんて知らなかった。隠し事をしている間の、押しつぶされそうな圧迫感も。シャル先生はこんな気持ちに、ずっとずっと耐えているなんて。

 きっと、リルが頼りないから先生は本当のことを言えないんだ。


「嘘なんて、つかなくてもいいようにしたいのに……」


 シャル先生も、リルも、リオも、みんな。


「え? 何か言った?」

「あっ、ひ、ひとりごと……」


 怪訝な顔を向けてくるリオを無視して、自分の部屋の扉を開ける。「どうぞ」と無理やり作った笑顔で迎え入れると、リオはしぶしぶ部屋の中に入ってきた。


「あの、お部屋、ちゃんと綺麗に使えているかな?」


 リオは部屋の中を、じっとゆっくり見回している。お姉さんの気配を探しているようにも見えた。


「一年も入っていなかったから分からないけど、大丈夫なんじゃない? たぶん」


 震えそうになる声を必死で隠しているリオの気持ちが分かって、リルまで下唇をかんでしまう。我慢していないと自分が先に泣いてしまいそうだったから。


「何、変な顔してるの?」

「えっ、してた?」

「うん。あくびでも我慢してるのかと思った」

「あくび……」


 急に肩の力が抜けてしまったから、こんなときはリオの悪態がありがたいと思う。


「――リオくん、これを見て欲しいの」


 リオの前に日記を差し出す。リオは表紙を一瞥したあと、首をかしげた。


「なに、これ。お前の本?」


 首を振って、リオの手に日記を渡す。


「先にご両親に話したほうがいいか迷ったんだけど、たぶんお姉さんが伝えたいのはリオくんだと思うから……」


 お姉さん、という言葉に、リオがはっとして顔を上げる。驚きと、悲しみが入り混じった表情。大きな瞳はいっぱいになった水桶みたいにゆらめいていた。


「これ、って……。もしかして、姉さんの」


 日記とリルの顔を交互に見ているリオに、うなずく。


「机の引き出しが二重底になっていて、そこで見つけたの」

「あ……あ」


 すがりつくようにリルを見つめるリオの手に、日記の上から触れる。


「リオくん……」

「ダメだよ……、僕、読めない……!」

「どうして」

「怖いんだ! 姉さんは、僕を恨んでいるかもしれないから!」


 恨む? お姉さんは日記の冒頭で、リオのことだけを心配していたのに?


「そんなこと、あるわけないよ」

「お前は何も知らないから、そんなことが言えるんだよ! 僕が姉さんに、どれだけひどいことをしたのか! 僕が……、僕のせいで……」


 リオはわなわなと震えながら、絞り出すような声で叫んだ。


「僕が姉さんを、人でなくしたんだ!」


 リオの身体から、明るい黄色の光があふれる。リオのマナが暴走していると気付いたときには、リルの視界は床一色になっていた。シャル先生のときと同じように、マナを受け取りすぎて倒れてしまったらしい。

 遠くからリオの声が聞こえるような気がする。右手にあたたかなものが触れたので、ぎゅっと握り返す。左手には、固くて四角いものが当たっている。

 

 ――知りたい。

 ――リオの苦しみも、お姉さんの本当の気持ちも。


 意識を手放す前に、胸に下げた魔法石のペンダントが熱くなった、気がした。



 暗闇の中で、翡翠色の光がぽつんと、道しるべのように輝いている。リルは寝起きのぼやけた頭のまま、その光に向かっていた。

 眠いし、身体が重い。もう少し寝ていたいと思うのに、あの光のところに行きたいとも思う。

 行ったら、目覚めないといけないよ。その力を目覚めさせてしまって、本当にいいの?

 誰かが問いかけてきた気がした。


 いいの、もう決めたことだから。


 そう答えて、翡翠色の光の前に立つ。遠くからでは分からなかったが、光の中には扉があった。扉の向こうからは、明るい黄色のマナと、澄んだオレンジ色のマナの気配がする。きっと、ひとつはリオのマナで、もうひとつは――。

 扉を開ける。暗闇の中にふたつの光が満ちて、リルは目を覚ました。


「ごめんね、リオ。一緒に街にお出かけする約束してたのに」


 ベッドに身を起こした少女が、リオに話しかけている。歳の頃はリルと同じか少し上くらい。リオを少女にしたらこんな感じかな、と思うくらい似た容姿の、優しげな少女だった。


「いいよ、そんなの。それより、ゆっくり休んで」


 リオの声は今より少し高く、見た目も幼い。表情や口調は、今とは違って素直でのびのびとしていた。


「……ありがとう」


 少女が横になると、リオは毛布を整えた。目を閉じた少女の顔を心配そうに覗きこんでいる。少女はぱちりと目を開けると、いたずらっぽく笑った。


「もう。風邪うつしちゃうから、リオは自分の部屋に行きなさい」

「わかった。早く良くなってね。……姉さん」


 リオが後ろ髪を引かれるように出て行ったあと、少女は激しく咳き込み始めた。


「……風邪じゃないって、リオにはいつまで隠しておけるかな」


 ぜえぜえ、と苦しげに息をつく少女の背中をさすろうとしたけれど、リルの腕は少女の身体をすり抜けてしまった。部屋にあった姿見の前に立ってみるけれど、鏡にリルの姿は映っていない。

 ――ここはきっと、過去の世界。以前シャル先生が、「訓練すれば物や場所に宿った記憶も読み取れるようになる」と言っていたから、日記か部屋に宿った記憶なのだろう。

 やがて少女が眠りにつく。リルがほっとして部屋の扉を開けると、そこにも同じ部屋がつながっていた。


 少女の姿はやつれ、つややかだった金色の巻き毛もぱさついている。先ほどは半袖だったリオが長袖を着ているから、ここはさっきより時間の進んだ過去の世界。

 ごほごほ、と少女が重たげな咳をすると、押さえた手が赤く染まった。


「……もう、長くはもたないかもしれない」


 コンコン、というノックの音と共に聞こえたのは、「姉さん、起きてる?」というリオの声。少女はあわてて両手をベッドの中に押し込んだ。


「起きてるわよ。入って大丈夫よ」


 遠慮がちに扉を開けて入ってくるリオ。少女はけなげにも、リオの前では笑顔を作っていた。


「母さんが、あまり姉さんの部屋に行ってはダメだって」

「リオにうつしたら大変だもの。今年の風邪はたちが悪いから」

「……ねえ、本当に悪性の風邪なの? こんなにずっと治らないなんて、おかしくない? 違うお医者さんに、もっとよく検査してもらったほうが」

「大丈夫よ。食欲もあるし、元気だもの。リオは心配しすぎ。来年から魔法学校に入学するんだから、もっとしっかりしないと」

「うん……。でも僕、魔法学校になんて行きたくない。みんな寮に入らないといけないんでしょ? 姉さんと離れるなんて嫌だ」

「私は魔法使いじゃなかったから、お父さんもお母さんもあんなに張り切って準備してくれてるじゃない。そんなこと言ったら二人とも卒倒しちゃうわよ」

「だって……」

「それまでには風邪を治して、休みの日には学校まで会いに行くから。だからリオもお勉強を頑張って?」

「……うん、分かった」


 リオは少女に促されて部屋を出ていく。リルも一緒に扉の外に出ると、また世界が変わった。

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