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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第六話 リオの過去
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はじめての隠し事

 リルが案内された部屋は、階段を上ってつきあたりにある清潔な小部屋だった。

 場所も陽当たりもいいし、家具もそろっている。もとから客室だったにしてはぜいたくな気がした。もしかして、リルのためにわざわざ空けてくれたのだろうか。


「じゃあ、リルちゃんも夕飯までゆっくりしていてね」

「はい、ありがとうございます」


 お手伝いはいらない、と断られてしまったので、大人しく部屋で過ごすことにした。部屋を観察してみると、リルの部屋とどことなく雰囲気が似ている気がする。家具やカーテン、ベッドリネンが女の子らしいものだからだろうか。

 雰囲気が似ているからだけじゃなくて、この部屋にいるとあたたかいものに守られているような気がして落ち着く。一応シャル先生のポプリを持ってきたけれど、この部屋でならよく眠れそうだ。


「そうだ、勉強しなくちゃ」


 シャル先生は無理しなくていいよと言ってくれたけれど、帰ったときに魔法が下手になっていたら、先生をがっかりさせてしまうかもしれない。

 できれば――、本当にできれば、だけど、予習復習をしっかり済ませておいて、久しぶりに会ったときに褒めてもらいたい。

 家事も店番もないし、暇な時間があってもどうしていいのか分からずに持て余してしまう、というのも本音だが。塔にいた頃は毎日何もすることがなかったのに、半年たらずで生活は身についてしまうんだなあとしみじみ思う。

 書き物机に座って、教科書とメモの束を開く。羽ペンとインク壺は備え付けてあったので、ありがたく使わせてもらうことにする。

 家の中で魔法の実践はできないので、シャル先生は魔法の歴史や薬草学、古代文字の教科書を選んでくれたみたいだ。特に魔法の歴史は小説風の読みものになっていて面白そうだった。


「これから読んでみようかな」


 本を開いてみると、挿絵もあって読みやすそうだ。先生がリルのレベルを考えてくれたのだと思う。魔法の成り立ちも、この国の歴史も、リルにとってはまだまだ知らないことばかりだ。知識欲はもちろんあるけれど、他の目的もある。期待を込めて裏付けを見ると、まだ出版されたばかりの本だった。

 ――もしかしたら、先生が止めた魔法戦争のことも、詳しく書いてあるかもしれない。

 魔法戦争、という単語を耳にしたときの先生はいつも表情が硬かった。先生は思い出したくないのかもしれないし、もし人が傷ついたり亡くなったりする話だったらどうしようと思うと、リルから尋ねることもできずにいた。

 でも、いつかは知ってしまうことならば、知らない誰かの口から聞くより自分の意思で知っておきたい。

 よし、と気合を入れて読み始める。魔法が当たり前にある国の歴史はリルがいた国とはまったく違うもので、冒険小説を読んでいるみたいに面白かった。思わず時間を忘れて読みふけってしまったのだが、途中でどうしても分からない単語が出てきた。辞書は重いのであちらで借りればいいよ、と言われたので持ってきていない。

 リオに、訊いてみようか。機嫌が悪くないといいのだけど。


「リオくん、ちょっといい?」


 階段を上がってすぐの部屋を、遠慮がちにノックする。寝ていたら悪いと思ったのだ。


「……なに?」


 元気がないようにも聞こえるけれど、いつもの調子のリオの声が返ってきてほっとした。


「あのね、本を読んでいたら分からない言葉が出てきたから、辞書を貸してほしいの」


 沈黙。やや置いてから、舌打ちとごそごそ動く音。入っていいのか悪いのか分からないのでそのまま扉の前で待っていると、カチャリ、と扉が開いた。


「……これ、自分の部屋に持っていっていいから」


 ものすごく控えめに開けた隙間から、リオが辞書を手渡してくる。


「あ、ありがとう。じゃあ、しばらく借りるね」


 お礼を言ってすぐに退散しようとすると、珍しくリオから話しかけてきた。


「……あのさ。お前の部屋……」


 そこまで言ってから「なんでもない」と口をつぐむ。


「あっ、やっぱりあのお部屋、いいお部屋だったの?」

「違うけど……。ていうか、何でそう思ったの?」

「何となくあったかい感じがしたのと、陽当たりがいいから」

「ふうん。そうなんだ」


 リオは悲しいような嬉しいような、不思議な顔をしていた。


「汚さないように、大事に使ってよ。――その部屋」


 ただ、その言葉だけ、ふだんのリオとは違う真剣さがあった。


 部屋に戻って、リオの言葉を思い出す。

 大事に使え、とリオは言った。まるで懇願するような響きだった。

 部屋の綺麗さや生活感のなさから言って、ふだんは使われていない部屋だろう。なのに大事にして欲しいということは、思い入れのある部屋なのだろうか。


「以前リオくんが使っていたけれど客間になったとか……? う~ん、違う気がする」


 大事な大事な、触れたいけれど触れられない宝物について話しているみたいだった。リオはあまり自分のことを話さないから、リルもリオのことは今まであまり知らずにいた。聞いてもきっと、リオは教えてくれなかっただろうけど。


「……あ」


 考え事をしながらメモをしていたから、ペン先が割れてしまった。替えはないだろうかと机の引き出しを開けてみる。

 引き出しの中はがらんどうで、何も入っていなかった。すぐに閉めようと思ったが、違和感を覚えて手を止めた。

 ――引き出しの底の一部だけ、ほんのりあたたかい感じがする。

 手を伸ばして底をさぐってみると、ぱかりと板が外れた。壊してしまったのかと一瞬焦ったが、どうやら二重底の仕掛けになっていたらしい。


「何だろう、これ……」


 二重底に隠されていたのは、一冊の本。ノート、かもしれない。表紙を見ただけでは分からなかった。

 こんなに厳重に隠されているなんて、もしかしたら子どもに見せたらいけないような本なのかも。前に泊まった人が入れたのだろうか。

 ちょっとドキドキして、読んではいけない、と思いながらも好奇心を抑えることができなかった。おそるおそる、一ページ目を開く。

 整った、手書きの文字が目に飛び込んでくる。瞬きするのも忘れて釘付けになってしまった理由は、その内容だった。


『今日、流行り病にかかっていることが分かった。私はもうすぐ死ぬかもしれない。私がいなくなっても、弟のリオはちゃんと立ち直ってくれるだろうか』


 これは、日記。それもおそらく、リオのお姉さんの。

 他人が読んでいいものではない、と、震える手で日記を閉じた。日記を元通り引き出しにしまっても、まだ心臓がばくばくしている。

 リオにお姉さんがいたという事実。今日リルが会っていないということは、日記の通り彼女はもう――。

 リオが「大事に使って」と言った意味が分かって、泣きそうになる。この部屋はお姉さんの部屋だったんだ。

 ご家族は、リオは、この日記のことを知っているのだろうか。リルが読んでいい内容ではなかったけれど、彼女の心残りがリオのことならば、この日記の目的はきっと。

 コンコン、と扉がノックされ、身体が大げさにびくっと動いてしまった。まるで、今までいけないことをしていたみたいに。


「そろそろ夕飯だから、下に降りてこいってお母さんが」

「うん、分かった。ありがとう」


 リオの声を聞いて余計に心臓の音がうるさくなる。リオに言ったほうがいいだろうか。いや、それとも先にご両親に?


「リルちゃん、どうしたの? フォーク持ったまま固まってるわよ」


 夕飯の席で、何度もお母さんに心配された。日記のことを気にしすぎてぼんやりしていたらしい。


「ご、ごめんなさい」

「よその家に来るのは初めてだって言っていたから、緊張しているのかな?」


 お父さんが優しく気遣ってくれる。自分だけがお姉さんの日記を読んでしまったのが、なんだかとても心苦しい。


「初日だものねえ。でも、リルちゃんもこれからしばらく滞在してくれるんでしょう? だんだん打ち解けてくるわよね」

「おねえちゃん、明日もいるの? あそんでくれる?」


 口の周りをトマトソースで赤くした妹が、期待で目をきらきら輝かせている。 


「うん、もちろん。いっぱい遊ぼうね」

「やったあ! お人形あそびしようね!」

「お人形があるの? わあ、楽しみだなあ」


 リルは十年前までの子どもの遊びしか知らないから、妹のほうがある意味先輩である。なんだか、こちらが遊んでもらっているかたちになりそうだ。


「うん! 昔ね、おねえちゃんが持っていたぶんとね、ふたつあるの」

「え、お姉ちゃんって」


 お母さんが、はっとしたように妹を見る。お父さんは必死で表情を変えないようにしていて、リオは――。こわくて、そっちを見られなかった。


「リルおねえちゃん、のぶんのお人形もあるんだよね」


 お母さんのこわばった声を聞いて、妹は何も分からずにっこり微笑む。


「うん、そう。だから貸してあげるね」

「そっか……。ありがとう」


 リルが納得したように微笑み返すと、ほっとした空気になる。

 お母さんもお父さんも、お姉さんのことはリルに知られたくない、もしくは話題に出したくないみたいだ。

 ちらっと横目でリオを見ると、うつむいて、ぎゅっと下唇をかんでいた。見えない責苦に必死で耐えているみたいに。

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