表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第五話 魔法使いの戴帽式
15/38

はじめての儀式

「えっ、戴帽式(たいぼうしき)?」


 白身魚のパン粉揚げにトマトソースをかけたもの――を切り分ける手を止めて、シャル先生が驚いた声を出した。


「そうだ。聞いたところこの娘は十六歳だと言うじゃないか。本当は十五歳ですませるものなのに、どうせお前は何も考えていなかったんだろう」


 今夜のオーガスト先生はワインも飲まずに黙々と食事をとっている。よほど午後の店番が疲れたのかもしれない。今度こそ、アイスクリームが溶ける前に食べてもらえそうで、リルは嬉しかった。


「そう、なんですけど……。あれは魔法学校の学校行事じゃないんですか?」

「便宜上学校でやっているだけで、どこでやってもいいんだ。官僚だったのにそんなことも知らないとは……」

「すみません……」


 リルが口を挟む暇もなく話を進めていく二人だが、実は何も分かっていなかった。リオもアークも「ふーん」という顔をしているので、魔法使いにとっては常識なのだろうか。

 オーガスト先生が大きなため息をついて、シャル先生がうなだれた隙をねらって訊いてみる。


「あの、戴帽式って何ですか?」

「ああ……、そうか。君はあの国の出身でないから知らなくても当然だな。戴帽式というのは、魔法使いにとっての成人の儀式だよ」

「毎年一回、その年に十五歳になる生徒を集めて行われるんだ。昔は三角帽子を授与されていたから戴帽式という名前らしいよ。時代遅れということで廃止になって、今は男子生徒はバッジ、女子生徒はペンダントが配られているね。戴帽式が終わると、一人前の魔法使いとして認めてもらえるんだ」

「うむ。大人として、人のため、国のために魔法を使うこと、魔法使いとして清廉潔白に生きることを誓う行事だ。魔法使いにとっては、とても大切なものなのだよ」

「わたし、一人前って認めてもらっていいんでしょうか」


 リルはまだ、魔法使いとして生き始めてから数か月しかたっていない。教科書だって一年生のものを使っているし、一人前だなんてまだまだ先な気がする。


「いいんだ。君の心構えや授業態度を見ていて私がいいと決めたんだから、堂々としていればよい」

「――はい」

「良かったじゃねえか、リル。確か大人の立会人が二人必要なんだろ? シャル先生と大先生でちょうど二人だ。遠慮しないで甘えちまえばいい。俺はたぶん人間の大人にはカウントされないからな」

「僕はあと三年先か。僕のほうが先輩なのに先を越されるのは微妙だけど、三年なんてどうせすぐ経つし」


 様子を伺っていたアークとリオが後押ししてくれる。


「ほら、リオも構わないと言ってる」

「そんな言い方はしていないだろっ」

「二人とも、ありがとう。オーガスト先生も、シャル先生も」

「私の気が利かないせいで気付けなくてごめんね、リル。大事なことだったのに」


 シャル先生が申し訳なさそうに頭を下げたので、あわてて首を振った。


「わたしも知らなかったことなので、仕方ないです」

「じゃあ早速、明日の晩に行うということでいいかね? 場所は居間でいいだろう。広さ的には充分だ」

「あ、明日? 準備とか間に合うんですか?」

「私が間に合わせる。転送魔法で必要なものを送ってもらうように、今の学長に頼んでおいた」

「……理事になってから、そうやって無茶な頼みばかりしているんでしょう。今の学長の苦労がしのばれます」

「権力というものは都合よく使わないと意味がないからな」

「明日……」

「君も、それでいいな?」


 急なことだけど、ずっと緊張しているよりはいいのかもしれない。リルが返事をすると、オーガスト先生は満足そうに頷いた。


「それに、あまり長いこと留守にしているわけにもいかないからな。戴帽式が終わったら私は帰ることにするよ」

「そうですか……」


 シャル先生は複雑な顔で、アイスクリームをぺろりと平らげるオーガスト先生を見ていた。明日はドキドキと寂しさが一度にやってくる日になる、とリルは思った。



 宙に浮いた数えきれないほどの蝋燭が、居間を幻想的に照らしていた。リルは丈の長いローブに着替えて、燭台を持っている。

 テーブルを使ってこしらえた祭壇の向こうには、待ち構えているオーガスト先生の姿。


「リル、緊張してる?」


 いつもと違う、たくさんの装飾があるローブに着替えたシャル先生が、隣から声をかけてくれる。戴帽式の準備が終わってからずっと、想像以上の神聖な雰囲気にのまれていた。


「手と足が、いっしょに出そうです」

「大丈夫。私もずっと隣にいるからね。リルはオーガスト先生の言葉に返事すればいいだけだから」


 シャル先生が、燭台を持っていないほうのリルの手をとる。血の気が引いて冷え切ったリルの手に伝わる、ぬくもり。苦しいほどに脈打っていた心臓が、だんだんと落ち着きを取り戻してきた。


「はい。もう、だいじょうぶです」

「じゃあ、進もうか」


 居間の端から端まで、裾を踏まないようにゆっくり歩く。リルの動きにあわせて燭台の炎が揺れる。ため息をこぼすだけで、消えてしまいそう。

 なんとか祭壇まで無事に進み終えると、オーガスト先生が大きく頷き、大きな巻物を読み始めた。大事な言葉だと思うのだが、難しくて何を言っているのかよく分からない。


「オーガスト先生がリルを一人前の魔法使いとして認めます、ということを仰々しく言っているだけだよ」


 シャル先生がこっそり耳打ちしてくれる。


「――汝、魔法使いリル」


 急に名前を呼ばれて、燭台を落としそうになってしまった。


「はい」


 声が震える。


「魔法使いとして、世のため人のために魔法を使うこと、自らのマナに恥じない魔法使いであることをここに誓うか?」

「――はい、誓います」

「よろしい。ならばこの蝋燭に火を移しなさい」


 祭壇の横に備え付けられたキャンドルタワーに、リルの燭台の火を移す。オーガスト先生が指をぱちんと鳴らすと、一斉に残りの蝋燭に火が灯った。


「今ここに、一人前の魔法使いが誕生した!」


 みんなの顔が、橙色の炎にやさしく照らされている。シャル先生も、「こんな時くらいは」と人間の姿になってくれたアークも、リオも、みんな拍手をしてくれた。


「それでは、記念品を授けよう」


 翡翠色の石が嵌められた銀製のペンダントが、リルの首にかけられる。首にかかるささやかな重みとひんやりした鎖の感触で、やっと実感が伴ってくる。


 ――わたし、ちゃんと魔法使いになれたんだ。人の役に立てる魔法使いに。

 視界がぼやけて、蝋燭の炎が二重に見える。シャル先生が、頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「シャル先生、わたし」


 この空間が消えてしまう前に、どうしても伝えたいことがあった。リルがあの日からずっと、言いそびれていたこと。


「魔法使いになれてよかった。生きていてよかった。素敵なことも、嬉しいことも、ぜんぶシャル先生が教えてくれました。あのときわたしを助けてくれて、ほんとうに、ほんとうにありがとう」

「リル……」


 シャル先生の頬に、涙がひとすじ流れた。その涙の意味は、リルには分からない。でも、とてもあたたかい涙だと思った。


「……私こそ、ありがとう……」


 先生は涙の跡を隠すように、リルを抱き締めた。まるでリルのほうが、シャル先生を抱き締めてあげているみたいだった。



「ほんとうに、帰っちゃうんですか? せめて明日の朝でもいいのに」


 戴帽式を終えて、居間をもとの姿に戻した頃には、オーガスト先生は荷造りを終えていた。


「この余韻のまま帰りたいと思ってな。あまり先延ばしにしても余計帰りにくくなるだろう」


 移動用の魔法陣も、すでに玄関の前で光っている。


「俺は大先生のこと、わりと好きだぞ。リルは懐いているみたいだから、また来てやってくれないか」


 すぐさま鳥の姿に戻ったアークが、オーガスト先生のトランクの上に止まっていた。


「ああ、今度来るときにはお土産を持ってこよう。君には人間用でいいのかね? それとも鳥用か?」

「鳥用でお願いしたい」

「ぼ、僕も……。オーガスト先生の授業、とてもためになりました」

「うむ。これからも精進するように。三年後の君の戴帽式も、忘れないでおこう」


 では世話になった、と言い残して魔法陣に進み出たオーガスト先生のローブを、


「――オーガスト先生!」


 シャル先生が思い切り引っ張った。


「なんだ、シャルル。転びそうになったではないか」

「あの、本当に、お身体には気を付けて。お酒も飲みすぎないようにして、あんまり周りの人にわがままを言わないでください」

「分かっておる。お前は最後まで余計なことしか……」

「……それから!」


 シャル先生が拗ねたような顔でオーガスト先生の言葉を遮る。その耳はわずかに赤く染まっていた。


「私が訪ねるのを忘れた月には、あなたから会いに来てください。……お父さん」


 最後の言葉を聞いたオーガスト先生からは、この前とは比べものにならないくらいの湯気が出ていた。オーガスト先生から目を逸らしたままのシャル先生からも。


「本当に、難儀な親子だ」


 アークとリルは顔を見合わせて、にっこり笑いあった。



「そういえば、リルがもらったペンダント、石が翡翠色なんだね」


 オーガスト先生を見送ったあと、シャル先生はやっと石化魔法から解けたみたいに、ぎくしゃくした動きからもとに戻った。


「はい。これって石になにか意味があるんですか?」

「その人のマナの色に合わせて色を選ぶらしいよ。私も翡翠色だったんだ。リルとはマナの色が同じだね。――よく見せてもらってもいいかな」


 首にかけたまま、ペンダントトップをシャル先生の手に載せる。


「ん……? この石って」


 しげしげと観察していたシャル先生が、何かに気付いて眉根を寄せる。


「何か変ですか?」

「いや……。バッジもペンダントも、人によって種類は違っても、だいたい同じランクの魔法石を嵌めるものなんだけどね。リルのこれは……」

「なんだ? あの大先生、ばれないと思って安いものをよこしたのか?」

「……その逆。この魔法石、ちょっと口に出すのがはばかられるくらい、高価なものだよ……」

「ええっ」


 驚きの声をあげた瞬間、ペンダントの重みがずん、と増した気がした。


「リル、大先生に孫デレデレ魔法をかけちまったみたいだな」

「育ての親の新しい一面を見るのって、ちょっと複雑だね……」


 そう言うシャル先生の新しい一面も、今回でだいぶ見た気がする。

 オーガスト先生はたくさんの置き土産を残していった。離れて暮らす家族への、寂しさと愛しさ。リルの、魔法使いとしての矜持。気持ちを素直に言葉にすることが大切だということ。――そして、シャル先生の涙。

 きっと、その意味が分かるときが来る。それも、遠くない未来に。

 シャル先生と同じマナ色の魔法石が、きらりと輝いた気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ