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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第五話 魔法使いの戴帽式
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はじめての昔話

 その日の授業は、オーガスト先生も手伝ってくれた。シャル先生がリルの魔法を見ている間、リオの授業をしてくれたのだが、リオはオーガスト先生がまだ怖いらしく「はい」「いいえ」しか喋らなかった。ふだんは傍若無人なリオが借りてきた猫のようになって魔法も失敗している姿はさすがにかわいそうで、途中からリルの授業に替わってもらった。

 オーガスト先生の教え方は厳しくはあったが、説明などは分かりやすかった。シャル先生とはまた違う方向で優秀な先生なのだと思う。

 シャル先生は授業になるといつも通りの様子で安心した。オーガスト先生は時折シャル先生の姿をじっと見ていたが、授業に口を挟む様子はなかった。


 夕食は、オーガスト先生の好みに合わせて魚料理にした。レモンを添えたムニエルと、きのこと温野菜のサラダ。デザートはりんごのコンポートに、魔法で冷やしたアイスクリーム。いつもと比べると薄味であっさりしているメニューだが、リルはこのくらいでも充分だった。リオは物足りない様子で料理していたが。


「シャルル。国に戻ってくる気はないのか」


 ナイフを上品に動かしながら、オーガスト先生が尋ねる。髭にソースがついてしまわないかそわそわしながら見ていたのだが、オーガスト先生は「髭が長い人の食事」のお手本のように器用に食べていた。


「すみません、その予定はありません。何度もお答えしていると思いますけれど」

「そんなに魔法道具店とやらが楽しいのかね」

「まあ、はい。今は弟子もいますし」

「弟子なら私の学校で面倒を見てもいいと言っている」

「……それは」


 シャル先生が言い淀むと、オーガスト先生は空になったグラスにどぼどぼとワインを注ぎ足した。オーガスト先生のために新しい瓶を開けたのに、もうなくなってしまいそうだ。


「オーガスト先生、お酒はそのくらいにしておいたほうが……」

「何か言ったかね?」

「いえ……」


 オーガスト先生はシャル先生の忠告を無視してグラスをあおった。


「だいたい、魔法学校を主席で卒業して、せっかく私の口ききで国の官僚になったのに、何の相談もせずに勝手にやめおって……」

「そのときはすみませんでした。でも、もう自分が国のためにできることはやり尽くしたと思ってしまって」

「魔法戦争を阻止して、英雄になったからかね」

「そうだけど、そうではないです」

「お前の話は昔から要領を得ないのだよ。能力があるのに国のために使わないなど、不利益以外の何物でもないだろう」

「ここにいても、人のために魔法を役立てることはできます」


 オーガスト先生がイライラしながら指でテーブルを叩くたびに、飲むペースが早くなっている。とうとう、ワイン瓶の中身がなくなってしまった。シャル先生はほとんど飲んでいないので、一人で一本開けてしまったことになる。


「シャルル。酒がなくなった」

「あの、オーガスト先生。本当にそれくらいにしておいてください。強いわけじゃないんですから……」

「うるさい」


 リオが不安そうにこちらをちらちらと見てくる。


「あ、あの。ごめんなさい、もうワインはないんです。あとは、料理に使う用なので」


 これ以上飲ませてはまずい、という空気がシャル先生から伝わったので、オーガスト先生がキッチンを探す前に牽制させてもらった。


「そうか、ならば水で問題ない」


 そう言われたので、グラスに水を注いでくる。オーガスト先生が指をひょい、と持ち上げると、グラスの中身がワインに変わった。


「えっ」

「ちょっ」


 シャル先生と同時に声をあげてしまった。アークは何がおかしいのか知らないがゲラゲラ笑っているし、リオはもう泣きそうな顔をしていた。オーガスト先生一人が平然とした顔でぐびぐびと魔法製ワインを飲み干している。


「――オーガスト先生! さっきから謝っているじゃないですか! いい加減にしてください!」


 シャル先生が、テーブルを思い切り叩きながら立ち上がった。


「あなたは昔から酔っぱらうと説教が長いんですよ! いつも長いけど!」


 リルとリオはびっくりして先生を見上げていたが、オーガスト先生はそれに対抗するように立ち上がった。バランスを崩した椅子が大きな音を立てて倒れる。


「お前こそ、いつもは大人しいくせに急に沸点に達するのはやめろ!」

「あなたに対してだけです! だいたい、私から訪ねて行くから家には来ないでくれって、あれほど言っていたじゃないですか!」

「毎月顔を出せと言っているのに、忘れたお前が悪い!」

「先月だけじゃないですか!」

「いつもすぐに帰ってしまうだろう!」

「オーガスト先生がお説教しかしないから!」


 いつも穏やかなシャル先生が、大声を上げている。なんだか、仲がいいのか悪いのか分からない会話だ。


「あ~あ。親子喧嘩が始まっちまったな」

「親子喧嘩っていうか、これもう子供の喧嘩じゃん……。僕もう付き合っていられない。今日は疲れた」

「ああ。あとは俺とシャル先生で面倒見るから、リルとリオは部屋に戻ってな」

「うん……」


 喧嘩の仲裁に入るアーク。オーガスト先生の皿には、手つかずのデザートが残っている。溶けてしまったアイスクリームを見て、自信作を食べてもらえなかったことを残念に思った。



「リル、リオ。さっきはごめんね」


 お風呂に入ってリオの部屋でゆっくりしていると、シャル先生が訪ねて来た。


「オーガスト先生は大丈夫なんですか?」

「うん。酔いが回って寝てしまったよ」


 シャル先生はふう、と息をついてリルの隣に腰かけた。オーガスト先生とだいぶ激しい口論をしたようで、声がかすれていた。


「部屋のことも、ごめんね」

「いえ、居間からこのソファを運んでもらったし、大丈夫です」


 ふかふかのソファをぽんぽん叩く。大きいので、寝るのに不自由はない。


「僕はこいつと一晩中一緒なの、けっこうしんどいけど」


 ベッドに座って本を読んでいたリオが不機嫌な声を出す。お風呂上がりなので、巻き毛がまっすぐになっておでこに張り付いている。


「わたしは平気だけど……」

「お前と違って繊細なんだよ、人がいると眠れないんだ」

「ごめんね、二人とも。私の部屋に泊まってもらえれば一番良かったんだけど」

「それは無理だって分かってるから、いい」


 もしリオの師匠がオーガスト先生だったら、こんな物言いはできないだろう。シャル先生は苦笑して頭をかいた。


「シャル先生が怒るところなんて初めて見ました」

「はは……。恥ずかしいところ見せちゃったな。あの人、もういい年なのにお酒を控えないから心配なんだ。ここに来ると気が緩んで飲みすぎてしまうみたいだから、あまり来て欲しくなかったんだけど」

「シャル先生は、オーガスト先生のことが大好きなんですね」


 それには答えずに、シャル先生はソファにもたれかかっていた身体を起こした。


「……私の両親は早くに亡くなってしまってね。そのときに引き取ってくれたのが、当時の学長であるオーガスト先生だったんだ。ちょうど、リオくらいの歳のときだね」


 シャル先生も親がいなかったなんて驚いた。リルの場合は亡くなったわけじゃなく引き離されただけだが、シャル先生がリルを家族と言ってくれた意味がすごく重く感じた。


「魔法に関しても生活に関しても厳しかったし、まったく優しくしてくれなくてね。当時は毎日泣いていたなあ。私も子供だったし」


 じっと、シャル先生の言葉の続きを待つ。リオも本を閉じてシャル先生の話に聞き入っていた。


「何度も家出して、両親と住んでいた家まで歩いて行った。そのたびオーガスト先生が連れ戻しに来てね。どんなに夜遅くにこっそり抜け出しても、絶対に見つかった。オーガスト先生は優秀な教育者だったけれど子供が好きなようには見えなかったから、どうしてこんな面倒な思いをしてまで毎回探しに来るのか、当時は不思議だったよ」

「今は、分かるんですか?」

「……うん。分かる気がする」


 指を組んで、遠くを見つめるシャル先生の瞳は寂しそうだった。


「オーガスト先生はオーガスト先生なりのやり方で、ちゃんと私のことを愛してくれていた。不器用な人だから分かりづらいけれど、今だってきっと、オーガスト先生の中で私は子供のままだ。あの日泣いていた私の手を取ってくれたように、オーガスト先生はずっと私から目を離さないでいてくれているんだ……」


 シャル先生がオーガスト先生の話をするときと、オーガスト先生がシャル先生の話をするとき。ふたりとも同じ瞳をしていることに気付いた。


「オーガスト先生は、寂しいんじゃないでしょうか。シャル先生が遠くに行ってしまったみたいで」

「え? 移動魔法で一瞬で来れるのに?」

「そうじゃなくて。住んでいる場所じゃなくて。何て言うか……」

「――うん、分かるよ。そうか……。そうなのかもしれない」


 シャル先生は、記憶のかけらを探すように、じっと考え込んでいた。

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