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魔法道具店のラプンツェル  作者: 栗栖ひよ子
第一話 塔の上の魔法使い
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はじめてのお客様

 少女がひとり、目を閉じて微笑んでいた。

 塔のてっぺんにある小さな部屋。石造りでひんやりしていて、子ども部屋くらいの大きさしかない。家具と言えるものは、がたついたベッドと年季の入った椅子ひとつ。

 訪れてくる人もいない、食事は一日一回だけ。本は頼めば少しだけ与えられたが、絵本か児童書ばかりだった。

 そんな部屋に、少女は十年以上も閉じ込められていた。


「……あ、終わっちゃう」


 薄暗い部屋に、ぽつりと少女のつぶやきが零れる。少女は目を開き、少しだけ瞳を曇らせた。


「今日はもう、おしまい。続きはまた明日」

 

 真っ黒な足の裏をぺたぺた這わせながら、窓に近付く。ほとんど光も入らない小さな窓。


(――もう少し、聞いていたかったな。窓に近付けばまだ聞こえないかな)


 そっと、窓枠に手をかけて背伸びをする。外側に格子がついているから身を乗り出せない。わざわざ格子を付けてくれなくても、間違って窓から落ちたりしないのに、と少女は思う。

 目を閉じ、耳をすませるけれど、聴こえてくるのはかすかな風の音だけだった。


「やっぱり、何も聞こえない。……けど」


 空は晴れているし、そよ風は、どこかで咲いた花の香りを運んできてくれる。その香りで、そうか、今は春だったんだわと思い出す。


「今日も、いい日。だからきっと、明日もだいじょうぶ」


 スープだけの食事にパンがついていたら、いい日。鳥の歌声が聴こえてきたら、とってもいい日。今日は、春の訪れを感じられたから、すごくすごくいい日だ。それに、楽しい会話も聞けた。


「明日はあの話の続きが聞けるかな。……聞けるといいな」


 少女の一番の楽しみは、街の人の会話を聴くこと。塔のまわりには誰も近寄らないから、ふだんは鳥の声しか聴くことができない。でも、気持ちを落ち着けて集中すると、遠くにいる人の声まで聴くことができた。

 どういう仕組みなのかは分からない。本を読んでもそんなことができる人は出てこなかったから、自分がここに連れてこられた理由と関係があるのかな、と何となく感じている。


「やっぱり、魔法、なのかな」


 この国では、魔法使いは罪人である。数十年に一人しか現れない魔法使いは、生まれてくる前に悪魔と契約したと信じられており、魔力のある者はすべて幽閉されてきた。

 少女も幼いころ、魔力があると分かった段階でこの塔に連れてこられた。魔法が使えないように結界が張ってあると説明されたし、そもそもどうやって魔法を使うのかも分からないから、魔法使いだと言われても自分ではぴんとこない。

 もし、これがほんとうに魔法なのだとしたら。


「これはそんなに、悪い力なのかな……」


 街の人たちの会話は毎日違っていて、毎日楽しかった。外で遊ぶ子どもたち、思い出話をする老夫婦。お店の人とお客さんの世間話。たまにケンカもするけれど、次の日に仲直りしていると安心した。

 一日に、数時間だけ。結界のせいなのかもしれないけれど、それ以上は疲れてしまって集中力がもたなかった。

 そんなひみつの時間は少女に幸せを与えてくれた。人を感じることができたから、今までひとりぼっちでも生きてこられた。

 しあわせ。それはきっと、甘くてとろける、キャンディーみたいなもの。実際に食べたことはないけれど、本を読んでどんな味か想像している。


(そう、わたしにとって魔法はきっと、キャンディーとおなじ)


 いつまでも口の中に残る甘さといっしょ。街の人たちの会話は、夜寝る前までずっと、少女の胸をぽかぽかとあたためてくれた。


「……っくしゅん」


 くしゃみが出て、身体がぶるっと震える。しばらく風に当たっていたら、腕に鳥肌が立っていた。夕方が近づくと、布一枚のワンピースでは少し寒い。

 今日はもう、毛布をかぶっておとなしくしていよう。そう思ってベッドに向かうと、


「――おい」


 低い声が聞こえて、少女は窓を振り返った。

 窓枠に器用に止まっているのは、しっぽの長い茶色い鳥。どう見ても格子のすきまより大きいのに、どうやって入ってきたのだろう。

 少女が鳥をしげしげと眺めていると、またさっきの声が聞こえてきた。今度は、さっきよりもだいぶ、不機嫌そうに。


「おい。あんただよ、あんた。俺の声は聞こえてるか?」

「えっ……。わたし?」

「そうだよ。まったくのんびりしたお嬢ちゃんだな」

「ええと、しゃべっているのは、鳥さんなの?」


 まさかとは思ったけれど、ここには少女と鳥しかいない。声も、どうやら鳥から聞こえてくるようだ。

 少女が問うと、鳥は鉤爪のような嘴を開き、羽を大きくばたつかせた。風が巻きおこって、少女の長い髪を後ろにさらってゆく。


「ああ、俺だよ」


 鳥がしゃべるのは、普通のことだっただろうか。そんな疑問よりも、久しぶりに誰かと話せたことが嬉しかった。


「鳥さんは、わたしとお話しに来てくれたの?」

「いいや。俺はお嬢ちゃんを迎えに来たんだ」

「迎え? ……どうして?」

「俺の仕えている先生が、お嬢ちゃんの力を必要としている」

「わたしの力、って」

「魔法だよ。知らなかったとは言わせないぞ」

「魔法……。やっぱりわたし、魔法使いなんだ」


 その言葉は、胸の真ん中にすとんと落ちてきた。「魔法使い」じゃなく「罪人」としか呼ばれないこの国で、はじめて自分の輪郭がくっきりした気がした。


「どうだ? こんなところにずっと閉じこもっているより、俺と一緒に行かないか?」


 それはとても魅力的な申し出に聞こえた。この鳥と一緒に行けば、ひとりぼっちじゃなくなる。今まで聞くだけだった会話の中に、自分も入れるのかもしれない。


「でも、そんなことをしたら、この国の人が困る」

「なんでだ」

「わたしがここにいることが、わたしが唯一人の役に立つことだって、言われてる」

「そんなこと、あるわけない。お嬢ちゃん、あんた自分の立場が分かっているか? あんたが生きていてもいなくても、この国の連中は変わらない。いなくなっても、厄介払いができたと喜ぶだけさ」


 鳥の吐き捨てるような言葉に、身体がびくりとこわばる。


「ここで死ぬまで誰とも会わずに一人ぼっちだぞ、それでいいのか?」

「わたし……」

「ここにいるより人の役に立てることが、外にはたくさんあるんだぞ! それを知りたくないのか?」

「鳥さん、わたし……!」


 少女が鳥の羽に触れると、見えない圧力に吹き飛ばされた。尻餅をついた少女が鳥を見上げると、そこにはさっきまでの茶色い鳥はいなかった。


「ああ、外が騒がしくなってきた。どうやら塔の門番に気付かれたみたいだな。――と、ああ、すまなかったな、急に元の姿に戻ったから吹き飛ばしてしまった」


 嘴を使って起こしてくれるのは、さっきまで会話していた低い声の主に間違いない。でもその姿は、少女のベッドがまるまる乗ってしまうくらい大きくなっていた。


「ほら、急ぐぞ。背中に乗れ。一緒に行くんだろ?」


 少女が登りやすいように、うやうやしく足を折って翼を縮めてくれる。


「――行く。連れてって、鳥さん」


 少女が告げると、鳥は黒くて丸い目を細めて笑った――気がした。


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