日記16
母の死
母が死んだ。
糖尿病の治療を拒んで多臓器不全で死んだ。
私は母が死んだ事で実家に戻り、通夜に参加していた。
下の弟が狼狽していた。
「俺が悪いんだ。小遣いだと千円渡してしまったから…」
母は糖尿病の治療のために入院したのだが、病室で喫煙を繰り返し、どこの病院も入院を拒んでしまって自宅療養していて、そして死んだ。
「母さんを密葬したい。」
父がふざけた事を言った。
「何をふざけた事を言っているのだ!」
私は父に怒りを向けた。
私はすぐに自衛隊に連絡を入れて、内線で所属している部隊の小隊長に連絡を入れた。
「わかった。何日だ?…そうか。落ち込むなよ。」
小隊長の電話は切れた。
会場の予約やら何から何まで、父に丸投げした。
葬儀当日
葬儀は行われ、私の母の葬儀参列者は自衛隊の制服で、緑色の軍団が40%ぐらいになっていた。
小隊長が話しかけて来た。
「お前大丈夫か?気を落とすなよ。」
不意に話しかけられて私は心が顔に出てしまった。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
笑顔で返してしまったのだ。
やってしまった。
母が死んだ事を喜んでいるのがバレてしまった。
そう思ったが、小隊長は「やっぱり無理している」と両手で私の肩を掴んで「しっかりしろ」と言ってくれた。
勘違いしてくれて助かったと思った。
結局葬儀をやった事で黒字となり、「墓が立てられそうだね」という話をしていたら、来訪者が来た。
「お母様と話がしたいのですが。」
変な人が来たと思って、母は亡くなったと伝えると、仰天したような顔で去って行った。
それから数人の人が同じように来た。
同じような態度で帰って行った。
不思議に思ったが、葬儀が終わり、私は彼女の家に戻った。
数日後、遺産相続放棄の紙に署名しろと父から電話があった。
どうやら母には莫大な借金があり、その借金がの額が、墓どころか家が建つような金額であり、それをどうにかする方法は、相続放棄しかないという話になった。
そこで私は母に対して初めて涙が出た。
「クソババア!」と。
結局、墓は立てられず、近所の寺に母の骨壷を
預かってもらうことになった。
2017.7.29 土曜日 平成29年




