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20XXの人間失格者  作者: 来栖総一郎
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手帳4-5

人殺(ひとごろ)しの子(こ)

退院(たいいん)してから家(いえ)に戻(もど)ると、父(ちち)の仕事(しごと)仲間(なかま)が、日曜(にちよう)の昼間(ひるま)から私(わたし)の家(いえ)のリビングで酒(さけ)を飲(の)んでいた。


「おじさん、腕(うで)に絵(え)があるんだね。」

私(わたし)は初(はじ)めて刺青(いれずみ)を見(み)て、酔(よった)った父(ちち)と共(とも)に飲(の)んでいる、父(ちち)の仕事(しごと)仲間(なかま)に声(こえ)を掛(か)けた。


「おまえ!年上(としうえ)に対(たい)してそのクチの利(き)き方(かた)!殺(ころ)すぞ!」

父(ちち)が捲(まく)くし立(た)てた。


「兄(にい)さん、いいじゃないか。これぐらいの子(こ)は、これぐらいのクチの利(き)き方(かた)で丁度(ちょうど)いいよ。」

刺青(いれずみ)の入(はい)ったおじさんは、私(わたし)の口(くち)の利(き)き方(かた)を気(き)に入(い)ったようだった。


「なあアンちゃん。この絵(え)を見(み)てどう思(おも)う?」

おじさんは上着(うわぎ)をがばっと脱(ぬ)ぐと、見事(みごと)な桜吹雪(さくらふぶき)の刺青(いれずみ)が背中(せなか)に入(はい)っていた。

初(はじ)めて生(なま)で刺青(いれずみ)を見(み)た。

圧倒(あっとう)された。

ふふん、と言(い)いながらシャツを羽織(はお)るおじさんは続(つづ)けた。


「おじさんは時代(じだい)劇(げき)が大好(だいす)きでな。その中(なか)でも悪(わる)い奴(やつ)を懲(こ)らしめる刺青(いれずみ)奉行(ぶぎょう)のアレが大好(だいす)きなんだ。」

私(わたし)は「ほえー…」と続(つづ)ける言葉(ことば)も無(な)く、呆気(あっけ)に取(と)られていた。

おじさんは更(さら)に酒(さけ)を煽(あお)り、上機嫌(じょうきげん)で時代(じだい)劇(げき)の好(す)きな役(やく)を演(えん)じていた。


好(す)きな事(こと)を語(かた)る刺青(いれずみ)のおじさんは、とても楽(たの)しい人(ひと)だった。


「しっかし、アニキのほうが凄(すご)いんだぜ。アンちゃん。」

役(やく)を演(えん)じきって、酒(さけ)が回(まわ)っているおじさんは続(つづ)けた。


「何(なん)たって悪(わる)い奴(やつ)を、本当(ほんとう)にぶっ殺(ころ)しちゃったんだからな。」

ぎくりとしたのは父(ちち)だった。


「ふん、あんな程度(ていど)で死(し)ぬのが悪(わる)いんだ。」

父(ちち)は人(ひと)を殺(ころ)した事(こと)を否定(ひてい)しなかった。


私(わたし)の耳(みみ)が変(へん)でなければ、私(わたし)の頭(あたま)が変(へん)でなければ、父(ちち)は過去(かこ)に人(ひと)を殺(ころ)したという情報(じょうほう)になるのだが、そう聞(き)こえたのだが。


私(わたし)は耳(みみ)を疑(うたが)った。

同時(どうじ)にこれは夢(ゆめ)なのではないか、などとも思(おも)った。


「裁判(さいばん)の時(とき)に手錠(てじょう)をカチカチやりながらニヤニヤしてたアニキは最高(さいこう)だったわ。」

おじさんはヒザを叩(たた)いて大笑(おおわら)いしていた。


それ以降(いこう)、父(ちち)はずっと黙(だま)っていた。



「人殺(ひとごろ)しの子(こ)」

この言葉(ことば)が私(わたし)の頭(あたま)の中(なか)を回(まわ)り、めまいがして、トイレで嘔吐(おうと)した。


私(わたし)の血(ち)は汚(よご)れている。

生(い)きていてはダメな人間(にんげん)だ。

「父(ちち)は人殺(ひとごろ)し」その言葉(ことば)が頭(あたま)に回(まわ)り、私(わたし)は三日(みっか)間(かん)熱(ねつ)を出(だ)した。


私(わたし)が社会(しゃかい)の汚物(おぶつ)だと感(かん)じたのはこの辺(あた)りだ。

人殺(ひとごろ)しの子(こ)は幸(しあわ)せになってはダメだ。

私(わたし)は将来(しょうらい)に絶望(ぜつぼう)を感(かん)じていた。


後(あと)で知(し)った事(こと)だが、父(ちち)は酒(さけ)の席(せき)で暴(あば)れまわるクソみたいな奴(やつ)がいて、それに我慢(がまん)できずにブン殴(なぐ)り、その殴(なぐ)りつけた相手(あいて)が、結果(けっか)死(し)んでしまった。

そういう話(はなし)だったと聞(き)いた。


父(ちち)の罪名(ざいめい)は傷害(しょうがい)過失(かしつ)致死(ちし)なのだが、当時(とうじ)の私(わたし)は過失(かしつ)致死(ちし)も殺人(さつじん)も同(おなじ)じに感(かん)じていた。


私(わたし)はそれから脱力感(だつりょくかん)が抜(ぬ)けず、抜(ぬ)け殻(がら)のように学校(がっこう)生活(せいかつ)を送(おく)る事(こと)になった。

2017.7.28 金曜日 平成29年

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