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冒険者カード

「お兄ちゃんは何を取ったの?」

「<見習いぬいぐるみ使い>」

 早速尋ねてきた美海に対して丁寧に返答する。


「お兄ちゃんってぬいぐるみ好きだったっけ?」

「微妙に好き?」

 何でもかんでもぬいぐるみが好きなわけではない。

 主に暗い色で癒されるような外見のぬいぐるみなら好きなのもいるっていう程度。

 その点で、黒色で子猫を形どった墨丸はオレの好みのドストライクだったりする。


「何、その答え方? お兄ちゃんはたまによく分からない返答するよね、もう」

 今度は美海が頬をぷくーっ、と膨らませて怒っているふりをしていた。

 子供っぽくて可愛いんだけど、ブリが近くにいるところで迂闊にそんな表情をしないで欲しい。

 もしブリが美海を襲ってめがけてきたらどうするんだよ。

 まあ、その時は俺の全てをもってブリを消し去るが。


「それじゃあ、用事も終わったし改めてギルドに出発だー!」

「……おー」

 元気いっぱいに拳を突き上げる美海に対して、オレはすぐに風で吹き飛ばされそうな弱々しい拳を突き上げるのだった。


「いやいやいやいや、何呑気にほのぼのとした会話を続けてるのさ。ちょっと待って! えっ、なんで<見習いぬいぐるみ使い>を取ったの!? それ本当に使えないジョブなんだよ!」

「ブリうるさい」

 そう何人も入れる場所じゃないところで、大声で叫ばれると、音が反響していつもより音が大きくなる。


「ああ、ごめん。……じゃなくて、過去でも最高レベルまで持っていった人も役に一番役に立たなかったと歴史書にまで載っているほどのゴミ職! しかも遊ぶために取得した子供でさえ次の転職で他の職に変えるのが当たり前になっているんだよ! それをッ、それをッ――」

「どうどう」

「落ち着いてください、ファブリシオさん。お兄ちゃんも何か考えがあってのことでしょうし」

 ……考え?

 たまたま手元にぬいぐるみがあり、《ワコード》に<見習いぬいぐるみ使い>の表示が出ていたから、ぬいぐるみが有効に使えるのならこれで、というノリで決めたので、ぶっちゃけると考えもないもあったもんじゃない。

 ブリが懸命にオレのアホさを伝えようとしているところ悪いんだけど、ブリはオレと関係ないよな?

 それに転職って一回決まると後はもう変更出来ないんじゃなかったっけ?

 それなのに次の転職で<見習いぬいぐるみ使い>を変えられるのか?


「――――っ。……ごめん。少し取り乱してしまったかな。お詫びにって言うか元から決まっていたことだけど夕食は奢るよ」

「ファブリシオさん、ありがとうございます」

「僕もギルドに行くから一緒に行くよ、二人共」

「はい」

 ブリに質問したかったけど、すき無しの激しい言葉のやり取りにタイミングを掴めなかったオレは少しだけ悶々とした。

 そもそもコミュ障のオレが立派な質問はできそうにない。

 ……絶対に図書館らしきところに行ってやるからな。




 ※※※




 場所は変わって酒場と併設されているギルドに再び舞い戻ってきた。

 所々酔っぱらいが倒れていたりするが、問題ないだろう。

 あるとすれば、美海に汚らしいものを見せてしまうことと臭いこと。

 まあ、そのうち慣れるだろうけど。


「ああっ! 先ほどのお二人さん。無事に転職は済みましたか?」

 これからオレ達の担当になるらしいエレナさんが転職に行く前よりも多少砕けた口調で確認してきた。


「はい、終わりました」

「それでは、こちらの方に職業をお書き下さい。それと私に敬語は不要ですよ。冒険者の方は大抵敬語なんて使いませんから、使われるとこちらも緊張してしまって」

「分かりまし……分かった。今度からは自然体で話すね」

 エレナさんがちょっと前に書いた職業以外記入されている獣皮紙をカウンターの上に置く。


「オレのも」

「大丈夫。ちゃんとお兄ちゃんのも書くから。お兄ちゃん、ちっちゃくてカウンターの上に届かないからね」

 オレの欄にも書くように美海にお願いする。

 それにちっちゃい言うな。

 身長140センチは平均身長だ。

 みんなをハンマーで縮めれば何とかなる。


「え!? まさかとは思いますが、そちらのかわいらしいお嬢さんは男だったりするのですか?」

「当然」

 エレナさんの顔に驚愕の二文字が張り付いているが、断言しよう。

 誰から何処からどんなやつから見てもオレは男にしか見えない、と。


「あー。よく間違われるんだけど、お兄ちゃんは正真正銘男だよ。何なら触ってみます?」

「い、いえ大丈夫です。この記入要項の中に性別の欄がないのは男性と女性の差を差別しないように初代ギルドマスターが考えて作ったものらしいのですが、今回は完全に裏目に出てしまいましたね。……それに年齢もほぼ詐欺じゃないですか」

 ま、まあいい。

 未だに少し疑念が晴れないのかオレをじっーと見てくる受付嬢だが、そんなに男に見えないだろうかと言いたくなる。

 確かに暗殺者の時、一度もバレたことはないが、素でも男と勘違いされることは暗殺者の里では考えられなかったんだけどな。


「これでいいかな?」

 記入欄を埋めた美海がエレナさんに渡す。


「ええ、問題ありま――――って、<見習いぬいぐるみ使い>っ!? その大丈夫なんですか!?」

 再びエレナさんがオレを向いて、大きな声で驚いた。

 だよなあ、と依頼の紙が貼り付けてあるところで無関係を装いながらもオレ達の話を盗み聞きしていたブリが感慨深げに頷いているのを見て腹が立ったので、ナイフでも投げようと懐に手を伸ばすが、異世界召喚のせいで衣服からナイフなどの凶器が消えていたので、結局どうすることも出来なかった。

 後で武器も買わないと。

 武器が無いことを意識し出すと、落ち着かなくなってそわそわしてしまった。


「心配しないでもお兄ちゃんなら何とかやっていくから。それよりエレナさんの声に周りの人が反応しちゃってるんだけど」

「あっ、すみません。直ぐにカードを作りますので、その間に説明いたします」

 エレナさんの大声に周りに人がざわつく。

 まあ、オレの職が<見習いぬいぐるみ使い>だから今ので完璧に見下された。

 オレが気配をより強く消すと、徐々に騒ぎが談笑に戻っていったが。


「基本ギルドは誰でも加入可能で、よく制限が緩そうだなと思われるのですが、序列というものが存在します」

「序列ですか?」

「はい。序列とは別にランクというのもありまして、強い順にS、AからGであり、一番弱いGでは一位から十億位とほぼ無制限になれるのですが、上のクラス例えばSなどは一位から十位までしかありません」

「その一位というのはGとSの一位だったら全くの別物?」

「はい。Sの一位略してS1と呼ぶのですが、それはSの中で一番強いということですし、G1はGの中で一番強いということです」

「序列はどうやって上げるの?」

「依頼の達成率や実力、品格、人格、礼儀、賢明さなどはギルド側が一方的に決めさせてもらいますが、ご自身よりも上の序列の人にギルドの試合上で勝っても序列は上がります」

「序列は毎日変更する?」

「一ヶ月に一回です。人数が多いので用意するのにそれぐらいの時間が必要なのです。あっ、カードが出来ましたのでご確認ください」

 説明といってもランクと序列のことしか言っていないがそれでいいのか、ギルド。

 エレナさんから渡されたカードには真っ白なカードの裏にG187315という文字が。

 こっそりと美海のカードを見ようとするが地味に身長が足りない。

 それに気づいた美海はクスクス笑いながらカードを見せてくれた。

 どうやら美海の順位はオレより一つ上であるようだ。


「えーと、私はGの187314位という事だよね?」

「はい、そうなります。後ランクが上がりますと、ギルド関連の店はランクに応じて割引していただけますので是非上を目指してくださいね」

「うわぁー、大変そうだけど頑張ろうね。お兄ちゃん」

 カウンター越しに会話していた美海が、これからの事に思いを馳せているのかワクワクした顔をオレに向ける。

 一緒に頑張ろうと言ってくれた美海の言葉にオレが反対するわけもないので、当たり前の如く頷いた。


「G、割引は?」

「ありません。ギルドに加入しただけで割合すると、そのために登録する人が出てきますので納得してください」

 ギルドの初心者のGランクは案の定優遇などはされないようだ。


「ERランクは?」

「ERランクですか。確かに存在しますし、割引は全額なので実質様々な施設を無料でご利用いただくことも可能なのですが、ほぼなれることはありません。ERランクは一位から三位までしか設けられてない上に、高難易度の依頼しか受けられなくなります。当然Sランクよりも断然強いので、ERランクの人に会ったら世界破壊兵器だとでも思って接してください。実際それができるだけの力を彼らは持っているのですから」

 エレナさんが険しい顔をしながら言った。

 それにしても世界を壊すほどの力か。

 それほどの力を持った人が世界に三人いる時点で、割と多いと思うのはオレだけだろうか?

 でも冒険者のトップを美海が目指しているのであれば、オレもならないわけにはいかないな。


「規則は?」

「あちらの依頼提示版の横に貼ってありますので気になったのならご覧ください」

「良い宿、オススメは?」

「それなら、ぬくぬく亭という宿屋さんが、ギルドを出て右側を真っ直ぐにいったら見つかるはずです。ご飯が美味しい上にベッドもふかふかで、更に良心的な価格だから良いと思いますよ」

 ぬくぬく亭か。

 ゆったり休めるところだったらいいが。

 ぶっちゃけ、最低美海が襲われない程度の防犯があればとこでも良かったりするが、年頃の女の子である美海はそうはいかないだろう。

 とりあえず行ってみてからのお楽しみとするか。


「ありがとう。明日もまた来るから宜しくね、エリナさん」

「ええ。こちらこそよろしくと願いしますね、ミューさんにクーさん。ではお気をつけて」

「……また明日」

 エレナさんに挨拶をし終えた美海とオレは受付から離れギルドの外に出る途中で待ち構えていたブリに捕まった。


「食事しに行く約束をしていたよね。丁度お腹が空く頃だろうから、今から行っても大丈夫かい?」

「いいですけど」

「よし、じゃあ決まり。美味しい店まで僕がエスコートするよ」

「よろしくお願いします」

 嬉しさと少々の劣情を目に宿していたブリは意気揚々とギルドを出て案内し始める。

 ――美海の手を取って。


「……死ねばいいのに」

 ブリに聞こえないようにボソッと呟く。

 都会よりは遥かにマシな人混みの中で迷わないように手を繋ぐのは一理ある。

 そしてオレは美海の横にいるだけで満足だから、一見何の問題もないのだが、一つだけ納得出来ないものがあるわけで一言で言わせてもらうと。


「何、人の妹に欲情した目を向けているわけ? しかも美海の手を堪能するかのように手をニギニギさせやがって」

 誰にも向けた言葉ではないので、コミュ障は発揮されずに饒舌に喋ることが出来た。


「どうしたの? お兄ちゃん体調でも悪い?」

 オレはフルフルと首を横に振って否定する。

 どうやらブリに怨嗟の念を送っていたせいで、無意識のうちに暗い雰囲気になっていたらしい。


「本当に? 無理しなくても良いんだよ」

「大丈夫」

 俯き気味になっていたオレの顔を憂うような表情で覗いてくる。

 ぱっと顔を上げると、唇が付きそうなぐらいの超接近距離だった。

 オレの顔に熱が集まり出すが、なんとか自制心を働かせてバレないように心を落ち着かせる。


「ここですよ、お嬢様方。この国でも上層に位置するほどの美味さで有名なベルソルートという店さ」

 ブリとは縁が無さそうな高級感あふれる店。

 光も費用を一切考慮してないようにふんだんに使われ、夕方頃になって来た今から真価を発揮し出すのだろう。


「いらっしゃいませ。お客様は何名様でしょうか?」

「三人です」

「ではこちらへ」

 ブリが人数を答え、ウエイトレスさんが白いレースが引かれたテーブルに案内してくれた。

 しかも椅子を引いて美海が座るまで待っている姿は同考えてもオレ達にとって場合違いに映っていしまう。


「ご注文がお決まりになりましたら、こちらの魔道具に魔力を流してお呼びください」

 地球の呼び出しベルの代わりに、ここでは魔道具が使われていた。

 テーブルの上にある手のひらサイズの立方体に自分の手をかざせば、待機しているウエイトレスさんの耳に呼び出し音が届くようになっているらしい。


「僕はこれにしようかな。君たちはどうするんだい?」

「私はこれでお願いします」

「これ」

「ミューちゃんは遠慮しないで、もっと高いものを頼んでも構わないよ。逆にクーちゃんは遠慮がなさすぎじゃないかな!? お金足りるか心配になってきたんだけど」

「……オレの金じゃないし」

 メニューの中で一番高い物を選んでやった。

 値段は一万ポロルなのだが、イマイチ高いのかどうかは分からない。

 でも数字が大きいのだから高いのだろう。


「兄さん。そんなもの頼んだらファブリシオさんに迷惑かかるでしょ」

「でもイヤラシイ目で見てた」

「それとこれとは話が別。ファブリシオさんがどんなに変態でも一応礼儀として遠慮はしておかないと」

「あの、ミューさん? 聞こえてるのですが……。後、なに頼んでも問題ないよ。これでも僕は稼いでいるからさ。むしろじゃんじゃん食べちゃってよ」

 怒りモードの美海の言葉で少しダメージを負ったブリ。

 そんなブリでも奢ってくれるだけでかっこよく見えてしまう。

 なんとか美海の説教を回避したオレはみんな注文が決まったらしいので、立方体の魔道具に手を触れた。


 ――――ピンポーン


「はい、お伺いいたします」

「じゃあ、このフルコースと…………」

 ブリが代表してオレ達の食べたいものをウエイトレスに伝えていく。

 すべて聞き終わったウエイトレスは厨房の中へと消えていった。


「実はこの店に連れてきたのは、頼みたいことがあったからなんだ」

「何ですか?」

 ウエイトレスの大きめの胸をチラチラ見て鼻の下を伸ばしていたブリが、急にキリッとした表情に変わったから笑いを堪えるのに少し苦労する。

 美海は素直でいい子なので真面目に対応していた。


「君たちを僕の所属しているクラン、『太陽の道』に入ってほしいんだ」

 ブリの本題はやっぱりそれだったか。

<見習いぬいぐるみ使い>を取ったオレまで誘われるとは思っていなかったが、<幼竜>

 というレアな職を取った美海が誘われるのは不自然なことではない。

 オレは普通に嫌なのだが、果たして美海はどうするのだろうか。

 オレは美海から離れる気は無いので、美海の決めた行動に従うのみだ。

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