転職屋
目の前には明らかにオレらがいた現代よりも更にハイテクな機械が散りばめられていた。
屋敷ぐらいの大きさで、店の看板に『転職屋』と書いてある。
オレと美海は猫のぬいぐるみの墨丸を買ってからも色々なところに誘蛾灯のごとく引き寄せられ、魔道具店や武器屋、教会に薬屋まで様々なところに行ったのだが、ここまで周りから浮いている建物があるとは思いもしなかった。
工場の中を切り取ったような外見をしていて少し入りづらい。
「なんかすごいね。転職どころか改造されそうなんだけど」
「確かに」
建物の上にある巨大な歯車が他の小さな歯車と噛み合い綺麗に見えるが何故か物理的に浮いている。
秘密兵器のようでかっこよく思えるのだが、自分自身が入るとなると話は別だ。
好奇心旺盛だったりする美海もどこか躊躇しているように見える。
「ねえ、そこの可愛いお嬢ちゃん達。転職屋は初めてかい? 良かったらこの僕が案内するけど、どうかな? その後で食事でも」
暫く転職屋の前に突っ立っていたオレらにチャラい男がナンパしてきた。
だが普通のやつとは違い、チャラ男の実力は侮れないと、オレの戦闘における経験によって磨きあげられた勘が告げている。
今は別に気配を消しているわけでもないが、チャラ男の足音が完璧に消えていたから相当の実力者だと判断。
チャラ男の実力はステータスという謎の機能のせいでイマイチ把握しづらいが、恐らくオレと似たような戦闘をしそう。
戦闘というか奇襲に近いだろうが。
「あのすみません。私たちだけで大丈夫です」
「とてもそうだとは思えないけどね。とって食うわけじゃないんだから、そんなに警戒しなくても」
「何が狙いですか?」
「体かな?」
チャラ男にからかわれて無言になった美海が静かに拳を構えタメの動作にはいった。
「冗談、冗談。労働的な意味合いだよ。だからそんなに怒んないで。それに、この提案は僕の善意から来ているのだから受け取ってほしいな」
「分かった」
「お兄ちゃん!?」
美海が焦ってオレを呼ぶがオレ的にはだいぶ得する取引だと思っている。
「食事、奢りで」
「もちろんさ、可愛いお嬢さん。レディーに支払わせるわけにはいかないからね」
オレを女の子と勘違いしていることはこの際置いといて、オレらは転職屋について説明される上に料理までご馳走になれるのはこちらの得にしかならない。
敢えてデメリットを挙げるならば、チャラ男の目的が分からないということだろうか。
オレはチャラ男と呼んでいるが、多分そんなに中身はチャラくないと思う。
どちらかと言うと裏で何考えているかわからないタイプ。
さっき鑑定を使えることを思い出して軽く見たらレベルが85だった。
レベルが上がりやすいのか上がりにくいのかは知らないが、どちらにせよ高いほうだ。
それだけレベルが高いってことは魔物と戦う機会も相当あったはず。
ならば当然冒険者に登録していると見ていいだろう。
そこから推測するに、勧誘という線が一番濃厚だと思う。
まあ、武者修行している若者だったら宛が外れたことになるが。
「ではよろしくお願いします」
美海はチャラ男から心なしか距離を取りながら小さく頭を下げる。
雰囲気からして不満たらたらだ。
オレが後から怒られないといいが。
「じゃあさっそく中に入ろう!」
チャラ男はそんなことを気にすることなく、躊躇する様子も見せずに、堂々と店の中に立ち入っていこうとしていたのでオレ達も慌てて付いていく。
そう言えばチャラ男の名前まだ聞いてなかった。
さっき鑑定で調べたらファブリシオ・エドマンドソンと出ていたからそれが名前だろうけど、いきなり呼ぶと鑑定したとバレる可能性があるから出来るだけあちらから名乗ってほしい。
「すみません、名乗っていませんでした。私は美海、こちらが兄の空です」
「ご丁寧にどうも。僕はファブリシオだよ。それにしても驚いた。こっちの可愛いお嬢さんが男でミウさんより年上とは」
「ブリ、失礼。オレはれっきとした男」
何故か自動ドアだった所を通り過ぎた頃、美海が自己紹介をするという、オレには出来なかった高難易度技術を披露した。
オレを男だと見抜けなかった時点で言語道断だからジト目をくれてやった。
まあこれでチャラ男の名前を遠慮なく呼べるから許してやろう。
「ブリ!? もしかしてそれって僕の名前から取った? 妙に悪意が見え隠れしているように思えるんだけど!」
ファブリシオの真ん中をとってブリ。
我ながらいいネーミングセンスだ。
「ファブリシオさん、すみません。うちのお兄ちゃんが失礼な呼び方をしてしまって」
「大丈夫だよ。全然気にしてないから。むしろ僕のことはフェイとでも呼んでくれ。流石にブリは勘弁して欲しいのだけど」
「嫌だ」
ブリは笑いながら軽く受け流しているから問題ないだろう。
オレのネーミングセンスにケチつけて二人の距離が少し縮まったことには腹立つが。
それにしてもここは事務所みたいな場所にしか見えない。
日本と違うところは部屋の隅の方に魔法陣が書いてあることぐらいである。
「いらっしゃいませ。お客様は転職するということでよろしいでしょうか?」
窓口で待機していた真面目そうな眼鏡をかけた青年がオレ達を客と判断したようだ。
「そうだけど、僕がしておくから説明入らないよ」
「分かりました。ファブリシオさんなら問題ありませんね。では場所だけ案内いたします」
受付の人は部屋の右奥に向かって歩いていったのでオレ達もぞろぞろ付いていく。
今度もまたさっきとは違う自動ドアを通り過ぎると、暫く細長い廊下で左右に沢山部屋があった。
「あちらの十五番の部屋をご利用ください。終わりましたら自動的に待合室まで転移されますので、気をつけてください。それでは良い職業がある事を祈っております」
元いた位置に戻っていく眼鏡の青年を一瞥してから、十五番の部屋にドアを開けて入る。
「軽く地球のテクノロジーを超えてるよね」
「昔の技術?」
目の前にはテレビ画面を巨大化したものが、空中に浮かび上がっている。
この世界の今の技術では外の景色を見る限り到底作れないような物の気がするから、転生者か昔に栄えた文明があったのかのどっちかだろう。
とりあえず転生者が世間一般に認識されているかどうか知らないので、妥当に昔の可能性を言ってみた。
「おおー、くーちゃんよく気がついたねえ! チキュウが何かは知らないけど、これは三大古代遺産のうちの一つであるクラスチェンジシステムだよ。この建物全てがそうなのさ。古代研究者と最先端の魔法技術者が珍しく協力して作られたと言われているんだ」
「クーちゃん、違う。空様と呼ぶべき」
「ははーっ。空様でいらっしゃいましたか。……とはならないよっ! そんな偉い人でもないよね?」
最後にブリがビクビクしながら確認してくる。
流石に偉い人で通すとボロが出まくりそうなので、首を縦にふった。
予想通りブリはノリがいいな。
その勢いで空様とでも呼んでくれれば良かったのに。
まあ、ブリに対して警戒心を解く気はさらさらないが。
「えーと、そろそろ説明してもらってもいいでしょうか?」
ブリと仲良く話していることに嫉妬したのか、美海が水を差すように本来の目的を口にする。
……嫉妬しているよな?
ただ単に聞きたかっただけじゃないよな?
聞きたいけど、返答が怖いから口に出せない。
「あー、ごめんごめん。そうだった。じゃあミューちゃん、《職業識別一覧表》の前に立ってくれる? よく略して《ワコード》と言うから覚えておいた方がいいよ」
ブリはヘラヘラ笑いながら説明する。
ふーん、《ワコード》ね。
そんなことよりも美海の名前をきちんと呼べないやつに、美海を渡してたまるか。
しかもいきなり下の名前を呼ぶか!?
いや、もしかしたら異世界では当たり前なのかもしれない。
やはり図書館には行っておきたい。
知っている情報が少なすぎる。
「ブリ、忠告………」
「立ちましたよ。この後はどうするんですか?」
この建物に入るのに躊躇していた美海が、一旦入ってしまったのも手伝ってこの《ワコード》に興味を持ち始めてしまったようだ。
そのお陰で自然と声が大きくなった美海の声に、オレがブリに文句を言おうとしたのが遮られた。
「お兄ちゃん、何か言った?」
優しい美海はオレに話す機会を設けてくれたようだが、コミュ障たるオレは改めてそうされると話せなくなる。
だから首を横に振っておいた。
「ミューちゃん、そこに手の形に凹んでいる機器があるでしょ。そこに乗せてみて」
巨大なテレビ画面もどきの横にある美海の腰ぐらいの高さの機械の上に、美海が右手を乗せる。
途端に、電源が入ったように画面に美海のフルネームが表示される。
その五秒後にはその表示が消え、七つの職業の名前が映し出された。
「へぇー。<見習い剣士><見習い魔法使い><見習い盾使い><見習い拳士><見習い盗賊><見習い弓使い>までは基本職業と呼べるものだけど、最後の<幼竜>は聴いたことがないなあ。しかも基本職が一気に表示されることなんて滅多にないことなんだよ! これだけでここまで来たかいがあった」
あの軽薄な笑みが崩れるぐらい嬉しいらしい。
と言うか何気に美海との距離が縮まっているような気がする。
「……あの近いんですけど」
「ああ、ごめん。見たこともない職業だったからつい興奮しちゃって」
ブリの息が美海の髪にかかるぐらいまで接近していたから、もしこれで美海が赤面でもするような事があれば直ぐにでも攻撃を仕掛けるところだった。
ブリよ、美海が少し引いてくれてて良かったな。
「職業って何かメリットがあるんですか?」
「言ってなかったかい? 簡単に言えばその職業に必要な能力値がアップするんだよ。例えば、<見習い剣士>は攻撃力や素早さが上がったり、剣を扱いやすくしたりする。逆に全く使わないとと言ったら語弊があるけど、大体は使わない魔力や精神力は上がりにくくなっている。君の<幼竜>のことは知らないから、流石に教えられないよ」
画面を凝視していた美海が結構重要な質問をして、それをサラリと答えたブリに思わず腹を立ててしまう。
オレの物知り的なかっこよさを美海にいせられないじゃないか。
「お兄ちゃん、可愛いー。思わず押したくなるよね」
「ぷしゅー」
気づかないうちに頬を膨らませていたオレは、美海に指で口の中の空気を押し出された。
「で、どれを選ぶんだい? 決まった時は《ワコード》の左側にある機器に触れながら君のなりたい職業を念じて終了。もっと詳細が知りたかったら同じように念じれば、《ワコード》にそれが表示されるから」
美海はブリの説明を聞き終わる前にもう職業を決めてしまっていた。
「ええっ!? もういいのかい!? 一回決めれば取り消すことは出来ないんだよ」
ブリは額に手を当てて、あちゃーと言いそうな表情を浮かべているけれど、本来美海は思考型じゃなくて直感型だ。
しかも大きく外れることは無かったりする。
「何?」
「<幼竜>だよ。なんかレアそうだったから勢いで選んじゃった。えへっ」
――――可愛いっ!
じゃなくて、最低でも<幼竜>の詳細が見た方が良かったと思うんだが。
「むぅ。何か文句でもあるの? そんな悪い子にはこうしてやるっ」
「ぴゃっ!」
いやらしい笑みを魅せた美海がオレの翼を鷲掴みにした。
同時に脳に甘い痺れが発生し、意図せずにオレの口から変な声が出てしまう。
「こっちはどうかなあ?」
「にゃっ!」
今度は優しい手つきで羽根をそっと撫でられる。
またしてもオレの喉が勝手に振動を出した。
「オホン。クーちゃんの方を済まさないかい? それに君たちは翼を納めないんだね」
「翼を?」
「納める?」
オレと美海は同方向に首を傾げる。
やっぱり気が合うみたいだ。
「まさか知らないのかい? 普通は生まれた時から出来るらしいんだけどなあ」
ブリは少しオレ達を怪訝な目で見つめてたけど、それで分かることは何もなく諦めたようだ。
「翼を体の中に入れる収納器官というものが有翼種族には備わっているそうなんだ。その袋があるイメージをして念じたら収まるらしいけど、これ以上は人間だから詳しいことは言えないんだ」
説明されている間も美海に頬ずりされていた。
すべすべしている肌が擦られるのって気持ちいいし愛でられるのは大変嬉しいんだけど、普通はオレが愛でる側ではなかろうか。
それはともかくもう一度触られたらたまらないので、ちょっと癪に障るがブリの言う通りに翼を収納する。
「ああー」
美海が残念そうにオレを見つめてくるけど、流石にこれは譲らない。
弄ばれるのは一日一回で十分なのである。
そんな美海もさらっと翼を収納したが。
「やっぱり知ってたんじゃないの?」
ブリにため息をつかれた。
そんなブリを無視してオレは《ワコード》と呼ばれる画面に視線を向けながら右手を機器に置く。
美海が終わって暗くなっていた画面が再び光を取り戻した。
そして職業が表示される中で気になったのが一つあった。
「今度は<見習い付与師><見習い僧侶><見習い剣士>が基本職だね。それに<暗殺を極めし者>も凄いよ! <~を極めし者>は最上級職なんだ。レベル百まではレベル二十毎に職業がランクアップしていくけど、最上級職業はたしかにレベル二百にならないと無理だったはずだよ。もうこれで決定でいいんじゃない? 後の<見習いぬいぐるみ使い>は初等魔法学園の生徒が遊びに使うものだからやめておいた方が妥当かな」
ペラペラ喋っているブリの言葉に一切耳を傾けるまでもなく、片手で抱きしめている墨丸を持っている時点でもう決まっている。
オレは墨丸を右腕に移して左手で機器に触れて念じた。
――――<見習いぬいぐるみ使い>をくれ、と。