ショッピング
オレは服を試着室に持って入り、カーテンを閉める。
「楽しみにしてるね」
超御機嫌そうな声音で言うものだから、その期待を裏切るとどうなるかは想像に難くない。
とりあえずオレは一着手に持って広げてみた。
真っピンクなヒラヒラした女性服。
出来るならばここで『オレは男だからそんなん着れるかー!』って叫べればどれだけ楽だろうか。
だがここは女の服を扱っている店のようだし、第一オレはコミュ障だ。
元暗殺者の習慣も相まって大声で叫ぶことも出来ない。
というかそんな勇気はない。
だから妥協するしかないのだが、少なくともこの一着は絶対選ぶつもりは無い。
確かに暗殺者だった時は女装をして標的が腰抜けになった瞬間に殺すということをしていた。
しかし、こんな派手なピンクの洋服を着たことがない。
着ていたら目立つし。
そんな訳でオレはピンクの服をわきにどけて、服の山から出来るだけ落ち着いた色の服を引っ張り出す。
そういえば、俺の翼で服が引っかかったりしないだろうか?
今は服に穴を空けずに翼を出したままだが。
この翼には透明化でもあるんだろうか?
「ねえ、まだー? 早くしないと入っちゃうよ。全部着て私に見せてね」
「まだ」
美海に全着着た姿を見せなければいけないのか。
別にこれだけ大量に服があるから、十着ぐらいは着なくてもバレないはず。
オレは改めて手に取った服を見ると、やはりスカートだった。
男だから着たくないという暗殺者の頃は薄かった感情が芽生えてきて、オレは服の山からズボンを探すことにした。
ズボンと思われるものを引っ張っては出し、引っ張っては出していたのだが、すべてスカート。
残り五着になったところで前の世界でホットパンツと言われていた超短いズボンを発見できた。
残りの四着はスカートか上衣で占められているから選択肢はない。
だからオレは下衣をこのズボンに決めた。
後は上衣だがどうしようか。
目の前にある鏡には一見、庇護浴がそそられる少女がお気に入りの服を見つけて来てみようとしたけどだんだん恥ずかしくなってきて着るのを躊躇っている様子が見える。
アホ毛が一本生えたふわふわした髪型で、二重まぶたに灰色の瞳。
儚いと思わせるほどの小柄な体が鏡に写っている。
でもこれがオレなんだよな。
アホ毛は暗殺家業の時、出来るだけアホに見えるようにと人工的に作られたものだ。
アホ毛が生えているからアホってわけでもないと思うのだが。
「兄さん決まった? もう入るね」
「えっ?」
オレが静止の声を上げる前に、カーテンをさっと開けてこの試着室に侵入しカーテンを閉め、ホットパンツを持ったまま固まっているオレに詰め寄る。
「兄さん、どのくらい着たの? まだ服元のままだけど」
「……全部」
オレは美海の怪しむ雰囲気に少しずつ後ろに下がりながら、女装したくないがために咄嗟に嘘をつく。
それを怪しく思ったのか美海はさらに詰め寄り壁ドンと呼ばれる体勢をつくる。
必然的にオレは壁と美海に挟まれることとなった。
「兄さん、もう一回聞くよ? ホントに着たの?」
「………………着た」
なんかバレているだろうなあと少し思って今謝ったら許してくれるだろうと考えたが、それだと女装は確実にさせられるだろう。
実を言うと、既に美海の期待から外れているわけで。
謝ってもそんなに効果はないはず。
だったらいっそ、嘘を突き通して全部着たことにすれば、美海の期待にそうことが出来るし、オレは女装しないままこの店から出ていける。
だから嘘を言ったのだが、もしかしたら早計だったかもしれない。
「そうなんだ、ちゃんと着てくれたんだね。良かった。ご褒美に飴あげるから口を開けて、お兄ちゃん」
オレを呼ぶ時がお兄ちゃんになっているから、平常通りに戻った。
なんで怒られていたかわからないけど、これで一件落着だ。
しかも報酬は甘いものが大好きなオレに飴をくれるとか幸せなことこの上ない。
オレはなんの疑問もなく口を開けた。
瞬間、オレの中に甘いものが広がる。
だけどこれは飴じゃない。
オレの口の中を蹂躙するように動くものが歯や舌に密着しては離れて違うところでまた同じ現象が起こる。
しかもそうされる事にオレの脳に甘い痺れが送られてくる。
オレは頭が働かなくなってきていたが、何をされているのかを確かめるため意識を前方に向ける。
そこにはオレの顔を両手で固定してオレの口に口を密着させて舌を入れている美海の姿があった。
「ん、んんっ!?」
オレは訳もわからずジタバタ暴れるが、竜人になった美海にオレのハチドリの力が通用するはずもなく、無駄に終わる。
そして無抵抗になったオレにどんどん快楽が押し寄せてきて目の焦点が合わなくなってきた。
とうとう意識を手放す寸前までいったとき、ようやく美海がちゅぽんという音を出しながら唇から離してくれた。
「ごちそうさまっと。嘘つくお兄ちゃんが悪いんだよ。今の間に全着着させますか。お兄ちゃん、バンザイして」
「…………ああ……ううう」
よく分からないまま、言われるがままにバンザイをする。
「次は足を上げてね」
オレはまた言われた通りにする。
「似合ってるね。次はこれかな? またバンザイしてね」
オレの意識がぼんやりとしたままこのやり取りが続き、気づいた時には全てが終わっていた。
「お兄ちゃん、この中でどれが一番だった?」
意識が戻ったオレは当然着せ替え人形になっている間のことは覚えていないので直感ですぐに選択する。
時間をかけるともう一度着せ替えショーになりそうだったから。
いつの間にか元の服装に戻っていたのはノーコメントで。
「これね。私は会計に行ってくるからそこで待っててね」
「うん」
美海がカーテンを閉めて店員さんのいる方に向かったことでオレに考える時間ができる。
考えるのはどうしても先程のキスになってしまう。
とうとう兄妹で一線を越えてしまったが、そんなことを考える暇もなくオレは完璧に堕とされた。
だって好きな人にあんな快楽を叩き込まれたらもうどうしようもないから。
甘い匂いに甘い味、そして甘い雰囲気にオレはくらくらしてしまった。
それにあのキスはオレを着せ替えさせるというのもあったのだろうが、異世界に来たんだから兄妹であることを考慮しないとも主張しているように思える。
それはオレとしては嬉しいし、拒むことはない。
ただ残念なのは、オレがファーストキスではない事だろうか。
昔、暗殺対象の変態オッサンにファーストキスをあげてしまったからな。
だいたい昔のオレはキスなんかいちいち気にしてもいなかった。
流石に本番でバレる前に殺害してオサラバしていたから、美海とのディープキスが初めてだが。
……キスもう一度してくれないかな。
「お兄ちゃーん。服買ってきたから着ておいてね。その服の山を私が片付けるから。本当は全部買って帰りたいんだけど、その荷物を持てないからしょうがないよね」
そう言い放った美海は再びカーテンを閉めて、服を元のあった場所に戻しに行った。
「ダサくはないはず」
とりあえず美海が置いていった服を着てみる。
「猫耳?」
鏡には白いTシャツを着、薄い青のホットパンツを履いてその上から黒色の猫耳フードのパーカーを羽織ったオレがいた。
上半身の露出の低さに比べて下半身は太股から茶色のブーツまでは全て素肌が見えている。
このブーツは美海に合コン行く時に似合うから履いていった方がいいよと言われたから、履いているやつだ。
流石に戦闘する時にブーツだったら走りにくいから、靴も戦闘用に買い換えた方がいいかもしれない。
まあオレの場合は戦闘しないで逃走か暗殺のどちらかだと思うが。
改めて鏡を見て、多分この猫耳パーカーは獣人用に作られたんだろうなと思いながら、何となく猫のポーズをとってみた。
「にゃあ〜」
絶妙に似合っているのがまたオレの精神をゴリゴリ削ってくる。
ついでにこの際最後までやってしまえと思って声まで真似てみた。
「お兄ちゃん、ちゃんと着……た?」
しゃーと開けられたカーテンから顔を覗かせた美海が、オレの恥ずかしいポーズを見て固まってしまう。
「ち、違う!」
オレは咄嗟に否定したが何が違うのかオレ自身にもよく分からない。
「……可愛い。首輪を繋いで飼ってもいいかな?」
「えっ?」
一瞬、喉元を手でゴロゴロとやられているシーンを想像して飼われてもいいかもと思ったが、頭を横にブンブン振り変態思考の邪念を吹き飛ばす。
「嫌」
「少し残念。まあ結婚したら、いつか尻尾も付けてあげるから期待しといてね」
その尻尾はどこに付けるんだと聞かない方がオレのためにもいいだろう。
「じゃあ地球から着てきた服を売ってから、転職屋を目指そう」
「おー、お?」
そう元気よく言った美海につられてオレも拳を上にゆるりと突き出す。
合コンに着ていった服を売るのは少し抵抗があるけれども、まあお金になるんだったらいいだろう。
「お待たせー」
すぐにお金を手にして戻ってきた美海はいつの間にか着替えていた。
上衣は青く、下衣は黒のミニスカート、その下はハイニーソで覆われていて、靴はオレと何故かお揃いのブーツ。
そしてなんかよくわからないが緑のマントをバサッと羽織っている。
これは似合っているよ、とでも言った方がいいのだろうか。
オレから見て似合っているかどうかよく分からないのだが。
用が済んだので、外に出るとそろそろ日が沈みそうな時間帯に近づいてきていた。
「じ、時間が経つのは早いねー」
美海は目を明後日の方に向けながら白々しく言う。
いや、誰のせいだよ。
まあ、オレが悪いことしたせいなんだろうけど。
「なんでオレ、お仕置きされた?」
そういえば、まだ理由を聞いていなかった。
「だってお兄ちゃん。殺したら犯罪者になるよ。分かってる?」
あっ、そうか。
幼い頃の習性がつい出てしまったのと、異世界に来て何となく地球よりも命が軽いような気がして、つい殺気を出してしまったことを言っているのか。
でもあれは美海に絡んだゴミクズ共が悪いんであってオレは悪くないはず。
いや、美海を助けようとして犯罪者になって美海に迷惑をかけるのは助けたうちに入らないか。
「それにこの世界はステータスが絶対なんだよ。お兄ちゃん、それも考慮してた?」
「忘れてた」
そうだ、この世界は攻撃を数値化してどれだけ損傷するかで傷がつくのだった。
でもスキルとかも絡んでくるから厳密にはもっと複雑なんだろうけど。
それにしてもオレよりも美海の方が順応性が高い。
オレはまだ地球の常識が通用するものだと心のどこかで考えてしまっていたのに、美海は異世界の仕組みまではいかなくても法則に則って考えているから、素直に尊敬できる。
「全く、本当に私がいないとダメなんだから」
美海は言葉とは裏腹に心底嬉しそうだ。
オレは兄としてその言葉は受け入れられないが。
「視線」
「あー、確かにみんなこっちをよく見てるね。でも日本でもあった事だよね?」
道を行き交う人々の大半の視線がこちらを一度は向ける。
黒髪美少女の美海を当然見ている人が多いし、オレの方を向いている奴もいる。
オレを見ているやつは認めるのは癪だがオレの外見から考えると、ロリコン確定。
でもはっきり言ってそんなことは日本で体験済み。
元暗殺者からすれば注目されるのは嫌なのだが、問題は遠慮の無さだろうか。
日本人はチラチラ見てくる程度だったが、こいつらは遠慮なくジーと見ている奴が多い。
本当に落ち着かない。
とりあえずオレは美海を取られないように周りを威嚇していたのだが、とある店にオレの視線は吸い寄せられた。
「欲しいもの見つけた」
美海の服をちょんちょん引っ張って、目当てのものを指で指す。
「そういえば買ってあげるって約束だったね。いいよ。それにしてもお兄ちゃんにしては可愛いものを選んだね」
「うん」
後々から二十歳にもなってこれを買うのはどうなんだろうかと思ったが、直感的に閃いたものなので、今更変えるのも嫌だった。
「すみません。これ一つ下さい」
「銀貨二枚よ」
「はい」
店の女の人に今度はきちんとした額を美海が支払い、商品をオレに渡してくれた。
後、お金の残高はどのくらいなんだろうと思いながらもオレはこの商品をゲット出来たことが嬉しい。
ついでにオレのポケットには金貨五枚と碌でもない神様から貰ったまま使っていない状態で残っている。
今までのものは全て美海に支払ってもらっていることに気がついて、次に行くと思われる武器屋で使おうと決心した。
「随分、御機嫌だけどそんなに欲しかったの?」
オレは無言で頷く。
「名前はもう付けた?」
「墨丸」
二頭身で目が黄色で毛が黒色の猫のぬいぐるみを抱いてオレは決めたのだ。
由来は毛が黒くて、目が真ん丸だから。
額にカッコよく手裏剣のマークらしいものが付いていたけど、それは無視で。
オレより先にカッコイイを身につけているのがなんか癪だからだ。
オレなんて未だにカッコイイ部分がない。
可愛いしか言われたことないし。
まあ別に今は念願のぬいぐるみが手に入ったからいっか。
「お兄ちゃんがそれでよければ別にいいんだけど」
美海はその名前はどうなんだろうと言い出しそうな表情をしていたのだが、オレはそれに気づかず、珍しくスキップしながら転職屋を目指した。
道がわからないから結局、美海を待つハメになったけど。
石貨:一円
鉄貨:十円
銅貨:百円
銀貨:千円
金貨:一万円
白金貨:十万円
黒金貨:百万円
虹金貨:千万円
あくまで参考程度です。
後、主人公の空の一人称は本来『オレ』なのですが、たまに『僕』や『俺』と書いているのはただの書き間違えです。すみません。
読んでくださりありがとうございます。