ギルド登録寸前
ガタイがいいとは言いづらいけど、少なくとも中背中肉よりは筋肉がある頭の緩そうなオッサン三人がオレ達に絡んできたのだが、あまり怖いとは思わないわけで。
「おっ、ねーちゃん。良く見ると清楚そうで綺麗な顔してるねえ。胸もでかいし、今なら俺たちと一緒に冒険に連れて行って上げてもいいぜ。手取り足取り腰取り教えてやるよ」
「そりゃあいい。別にそこの妹と一緒に来てもこちらとしては全然構わないぜ」
「どっちも俺達を尊敬させるまでガクガク言わせてやるから。早く来いよ」
三人のチンピラ風の冒険者のうちの一人が美海に触れようと手を伸ばす。
—―――胸に向かって。
美海の胸に汚い手で触ろうとするんじゃねえよ。
下等で下品でノミ以下の低脳なゴミクズの分際でよくそんな愚かな所業が出来るものだな。
オレの中の負の感情が爆発すると同時に、オレの冷静な部分が相手を殺せるか、殺せないか一瞬で分析する。
冒険者三人の実力の差、ほぼ無し。
重心の位置と立ち姿から一応剣を扱えるようだが、オレよりは下。
頭の回転は先程の会話より、犬以下。
威圧感はほぼなし。
住人からの信頼度はギルドの周りを見る限り皆無。
腰に帯剣している剣は長剣。
防具の防御力は今のオレの一撃では効かない。
顔面偏差値、平均以下。
そして美海を見る時の興奮度、危険レベル。
――――抹殺対象の条件クリア。
殺すか。
「すみませんが、お断りします。先を急いでますので」
美海は左手で低能なクズの手をパシリと振り払い、右手で殺気がただ漏れになる寸前だったオレの頭を撫でていた。
「はっ?」
手を振り払われた男は呆然と自分の手を見ていたが、それを見ていた仲間が美海に向かって暴言を吐き出す。
もちろんオレは気持ちいいこの撫で方に身をゆだねていた。
「おい、女の分際で俺たちに逆らうってのか。どうやら痛い目を見なければわからないらしいな」
「これだから女は。大人しく股開いて腰を振っとけば、傷つかずに済んだものを。言っておくが、俺たちはCランクだぜ。貴様ら如き初心者に叶う相手ではないからな」
よし、殺す。
こいつらマジで殺す。
美海になんてことを言っていやがるんだ、こいつらは。
お前ら如きが本来なら喋りかけることさえ論外なのに罵倒まで飛ばしてくるとか、もはや言語道断。
オレは再び殺気を出そうとしたが、また美海に止められた。
「兄さん、殺気出しそうになってるよ。後でお仕置きね。でもまずはこの人たちを片付けるから少し待っていて」
美海がオレの耳元に口を寄せて小声で囁く。
「え?」
何で?
オレ何も悪いことしてないのに。
オレを兄さん呼びとか確実に怒っていらっしゃる。
そんなオレの疑問も当然美海に伝わることなく、美海はギルドで剣を抜いてしまっているゴミクズ共に向かって散歩をするように優雅に歩いていく。
他人から見たら美海は雰囲気にあっていて普段通りの姿に映るだろうが、オレからしたら元気ハツラツの美海を知っているので今の光景が異様に見えた。
「死ねやぁぁぁぁぁ!!」
「五月蝿いです」
ゴミクズが美海に剣を振りかざした瞬間、オレは正気に戻って美海が危険な状況にいることに気づき間に合わないと思いながらも全力で美海の元に駆けつけようとしたが、オレはミウの表情を見て立ち止まる。
「うごっ」
次の瞬間、美海のドラゴンの力が上乗せされている拳がゴミクズの腹部に突き刺さって、ゴミクズはギルドの扉を突き破り外へ吹き飛んでいった。
――――やっぱり助けなんて必要なかったか。
美海の表情は剣が迫ってきても、なんの気負いもなかったのだから。
「貴方達も吹き飛ばされたいですか?」
美人が普段見せない無表情を見せるから怖さ倍増である。
「「すみませんでしたー!!」」
残りのゴミクズ共は吹き飛ばされたゴミを置いていって、一目散に逃げて行った。
……マジですか。
僕は美海がここまで出来るとは思っていなかったので呆然とする。
そう言えばこの世界ってステータスで力が決まるんだったっけ?
ゴミクズ共が去って行った後には俺たち以外にも他の冒険者が沢山いるのに静かになる。
「「「うおおおおおおおおおっっっっ!!」」」
それも一瞬のことでたちまちギルド内は大騒ぎになった。
「あのねーちゃん、スゲーな」
「あのハゲガリを一発で吹き飛ばしたんだぜ。確かあいつCランクとか言ってたよな」
「確かに言ってたな。じゃあ、そこのねーちゃんはCランク以上の実力の持ち主という事か」
美海の実力を褒める者。
「よっしゃぁぁぁ! ハゲガリとチビリとデブヤンが撃退されたぞ! これで少しは俺たちの鬱憤が晴れる。あいつらに今まで散々Cランクとかほざきやがって。俺達からひたすら搾取していたからな」
「これでギルドからの信頼度も底辺を突っ切ったはずだから、もう被害を受けることはないと考えていいだろう」
「あの女の人には感謝しないとね。お友達になれないかしら?」
「やめとけやめとけ。お前じゃ実力と顔が釣り合わねえよ」
「何ですって!?」
美海の行いに感謝する者、友達になりたい者。
「あいつらは何者だ? あんなに強いのなら小耳にぐらいは挟んだことがあるはずなのだが」
「ハゲガリが初心者と断言していたがとてもそうは思えないな。それにあの強さは種族によるものか」
「少なくともBランク以上だとは思うが」
「新たな伝説が生まれるかもしれんな」
「否。最低でもSランクは超えていないと伝説にはならんだろう」
「ERランクなら問答無用で伝説が付いてくるけどね」
「あんなの無理決まっているだろ。単独で古代龍を倒すのがクリア条件だぜ」
「どちらにせよ、我々には関係ないだろう」
「それもそうだな」
冷静に観察する者。
「けっ、素人が生意気に目立ちやがって。俺たちの方が何十倍も経験を積んでるっての」
「どうせ魔道具でも持っていたんだろ。前の新人なんてそれで一気にDランクまで駆け上がったんだからな」
「ああ、そんなのもあったな。結局審査中にバレてギルドから永久追放されたしな」
「まあ、俺たちはあの娘が失敗して奴隷に身を堕とすその日までじっくり眺めてみようじゃないか」
美海を嫉妬や欲望の目で見る者。
最後のグループはオレが後でこっそりと始末することにする。
どのグループも内容はともあれ、誰もが美海に注目していた。
何気にオレに気づく人もいたけど、この人たちは要注意人物だ。
オレは巻き込まれないように気配を軽く消していたから、それを見破るってのは実力者なはず。
もしかして殺気が漏れた一瞬のうちに気づかれたのかもしれない。
「兄さん。今はギルドに登録するのが先だから、あっちに行こう」
「……うん」
まだ兄さん呼びだから、怒りは継続しているようだ。
今オレが謝っても、その原因がわかっていないんだからむしろ逆効果になりそうなので、面倒事は後に回すことにした。
「すみません。ギルドに登録したいのですが」
「分かりました。こちらの獣皮紙に氏名、種族、性別、年齢、得意武器、職業をお書き下さい。文字が書けないのであれば、私が代筆致しますが如何しましょう?」
「大丈夫です」
美人な受付嬢が獣皮紙と鉛筆をカウンターの上に置く。
それにしてもこのカウンター、どう考えてもオレに悪意を持っているようにしか見えない。
オレの身長が低いのも悪いのだろうが、オレが背伸びしてやっと目の位置にカウンターの水平面が見えるぐらいの高さなのだ。
そこで美海は獣皮紙に必要事項を記入していたがある所でピタリと手が止まった。
「この職業というのは冒険者と書くのですか?」
「職業というのはステータスに載っている方の職業です。例えば、剣士や魔術師、格闘家などから勇者まで多種多様にあるのですが、ご存知ありませんか?」
「すみません。分からないです」
美海は職業というものがステータスに載っていなかったから困惑しているのだろう。
オレのステータスにも載っていなかったし、何か条件でもあるのだろうか。
それとも転生者は除外されるのだろうか。
「もしかしてまだ転職屋に入ったことがないのでは?」
「テンショクヤ?」
また美人な受付嬢も美海の返答に困惑しているようだ。
一方、こちらもテンショクヤというものがどういうものなのか分からない。
「すみませんでした。てっきりあれだけお強いのですから転職屋には何回も足を運んでいるものだと。少しお持ちください」
受付嬢は奥の方に引き篭もり、しばらくガサゴソあさっていたかと思うと、紙を手に取っままこっちに戻ってきた。
「これが地図なのですけれども、このギルドから出て右に曲がり真っ直ぐに行かれると雑貨屋が見えると思いますので、その隣が転職屋というところです。詳しくはその店の店員に聞いてください」
受付嬢は地図を出して美海に教えていたのだろうけど、オレからでは紙の厚みだけしか見えなかった。
オレは一回だけジャンプすると、日本よりは乱雑に書かれている地図がちらっと見える。
「丁寧にありがとうございました。また来ます」
「いえいえ、こちらこそ。私はエレナと申します。恐らくこれから先、貴方達の担当になると思いますのでこれから宜しくお願いします。それと一旦こちらの紙は預かっておきますので、今日中にもう一度来ていただけると有難いです」
「分かりました」
「では良い職業になれるといいですね。そちらの小さくて可愛らしいお嬢さんも」
やっぱり気づかれていたか。
たまに意味深にオレに視線を寄越すから薄々わかってはいたんだが。
この受付嬢、侮れない。
オレらはギルドを出て、説明された場所へ向かう。
…………はずだったんだが、どうにも日本には存在しなかった珍しい店をあちこち目移りしているうちに、入りたくなってしまった。
美海も同じ気持ちのようで、オレに催促してくる。
「兄さん。あの店に行こう」
美海はオレに手を差し伸べてきたので、オレは好きな人の意向なので逆らうことが出来ず、手を繋ぐ。
手を繋げたことが何気に嬉しい。
こうしてなんの店かも確認せずにオレは浅慮に美海は自分と同じ考えをしていると思い込んでいた。
それに気づいた時には既に店の中に入り込んでしまっていた。
オレはこの店が何を売っているのか目に移った瞬間、嫌な予感がして逃げ出そうと体を即座に反転させ、陸上選手もかくやという程にキレッキレのダッシュを切ったはずなのに、美海からは逃げきれず、スピードに乗る前に腕を掴まれてオレの逃走劇は終わってしまった。
「兄さん、どこに行こうとしてたの? まさかここから逃げようなんて思ってないよね」
「……思ってない」
「そう、だったらいいの。ごめんね勘違いして。じゃあ試着室で待っててね」
音符マークが語尾に付きそうなほど、ご機嫌な美海に対し、オレはどんどん絶望に苛まれていく。
美海は服を取りにオレとは違う方向に探しに行った。
今なら逃げるチャンスなような気がするけど、全く逃げられる気がしない。
嗚呼、美海がまだオレを兄さん呼びであることをもっと考えるべきだった。
オレは大人しく、ピンクのカーテンがかかっている試着室に着いて美海を待つ。
しばらくして、美海は両手に大量の服を持ってこちらに接近してきた。
周りの客もちょっとその量にひいているが全く気にした様子がない。
「兄さん、もってきたから早速試着してくれる?」
「……違うのがいい」
「兄さん、何言ってるの? 兄さんに拒否権はないんだよ。これはギルドでやった事のお仕置きなんだから」
これがただの男性用の服だったら、オレは何も言わずあるがままを受け入れていただろう。
しかし、美海が持っているのはフリフリヒラヒラした女性服。
そう、この店は女性専用の呉服店なのだ。
「はい、兄さんどうぞ」
笑顔で差し出される服にオレは恐怖と不安と羞恥心を持って、それを睨みつけた。
さながら、自分の趣味ではないエロゲーを友達に無理矢理買わされる時のように、巨大な敵を倒すが如く。
どちらも経験したことはないが、オレは覚悟を決めた。