レストラン
駐屯所でオレ達は水晶玉に手をかざす。
「問題ないようです。最後にお名前だけをお聞かせください」
「新海美海です」
「……新海空」
水晶玉が何も反応しなかったが、疑われることもなく無事に済んだようだ。
反応していたら捕まっていたのかもしれない。
「お二人共、名前順からして東の方の出身ですね。井出が出身地ですか?」
「はい――」
「違う! 東京出身!」
オレは兵士の試すような目を見て、美海が頷きそうになったのを遮り、本当に元いた場所の名前を答えた。
「まあ、いいでしょう。東京という村は聞いたことがないですが。はい、これが仮通行証です。効果は三日だけなので早々に身分証を作ることをおすすめ致します。
――ようこそナイガリア王国のトアム街へ」
兵士の人に木で出来た身分証を渡され、駐屯所から兵士に見送られた。
「お仕事頑張ってください」
美海は行儀良く笑顔で手を振りながら挨拶をした。
もちろんオレはコミュ障のせいで、俯いて黙ったまま。
手元の身分証を見ると、一見木に名前が掘られた文字が書いてあるだけだが、魔力らしきものが身分証の裏側から発していた。
そりゃあ、掘っただけでは偽造が横行するからそのための対策なんだろうが。
魔力とか今まで触れたこともなかったが、何故か認識できるようになっていた。
「ねえ、さっきのどういうこと?」
美海が聞いてくる質問がよく分からず、僕は首を傾げる。
なんで兵士が門の前に居たかとかだろうか。
「だから私が出身地を誤魔化すために、兵士さんの質問にそのまま返答しそうになったら、お兄ちゃんが遮ったことだよ!」
美海が顔を寄せて少し怒った表情で聞いてくる。
途中で遮られたのが気に入らなかったらしい。
だからちゃんとした理由が知りたいのだろう。
「多分井出という所はない。嘘の村。オレ達を試した」
「要するに、兵士は私たちを怪しいものかどうかを見分けるためにわざと嘘の土地を言って、私達がそれに乗っかるかどうかを試していたってこと?」
オレはコクっと頷いた。
「てことは私達結構危なかったんだね! それにしてもお兄ちゃんはよく分かったね」
「……うん。試す目をしてたから」
「異世界には何気ないところに罠が隠されているんだね。今回はお兄ちゃんに助けられたから今度私が、好きなものを買ってあげるよ」
「ん」
美海は一度駐屯所の所を一瞥して、オレの手を握り歩き出した。
まだ王都とはだいぶ差があるせいなのか、煌びやかなものはどこにも無いが、人々は活発に動き、そこらいっぱいに農作物を育てているところがある。
「お嬢ちゃんたち、旅人かい?」
「そうですよ」
「女二人で長旅とはよほどの事情があるのだろう?」
「いえ、別に私達は――」
「最後まで言わんでもいい。ほれ、これをやるよ」
農家の人がオレ達にトマトを投げてよこした。
……トマトでいいんだよな。
トマトの形をして、実はリンゴの味とかはやめて欲しいんだけど。
「これは?」
「トマトって言うもんだよ。王都の方ではあまり流行っていないようだがな。食べてみろよ。ほどよい酸味があって美味しいぞ」
美海とオレは同時にトマトに齧り付く。
――普通にトマトだった。
特筆すべき点は地球と大差ないほどの美味しさがあったことだろうか。
「美味しい! おじさん有り難う。私たちも何かあげるものないかな?」
異世界に来たばかりのオレ達が何か持っているわけないだろう。
せいぜい金貨程度だが、贈り物としてお金を渡すのはどうなんだ?
「別にええよ。将来アンタらが出世して有名になった時にこのトマトの宣伝をしてくれたら充分のお釣りが来るからな」
「分かりましたー。有名になってこのトマトの礼を返しまーす!」
美海よ、転移者に鉢合わせしないように目立つ行為は辞めておこうと相談していなかったか?
オレは美海の決意をした面立ちを見て、目立たないことを諦めた。
まあ、容姿からして美海は目立ってるんだが。
「おじさん、まったねー」
「悪い奴らに襲われないように気をつけろよ。良かったらまたトマト買いに来てくれや」
「はーい」
美海は元気よく農家のおじさんと別れの挨拶をして、まだまだ遠い城が見える方に真っ直ぐ歩いて行く。
オレはおじさんに向かって小さくお辞儀をしてから、美海の後ろをついていった。
しばらく歩いていると、人の行き来が激しくなっている通りに入った。
そこで店を田舎者みたいに見渡しながら進んでいると、くぅーと美海のお腹がなる。
「空腹?」
「……うん。お腹がすいちゃって」
美海は顔に紅葉を散らしていた。
「あそこ」
「あの店は何屋さんかな? とりあえず言ってみようよ」
オレが指差したのはナイフとフォークが看板に描かれていてるが、何を主に売っているのか分からないような店だった。
美海も同じことを思ったようだ。
――カランカラン
右に曲がり、その店の扉を開けると酒場っぽい雰囲気を感じたのだが、どこかお洒落なような気もした。
人はちょくちょくいて、楽しそうに話しながら食べているのに、全体としてはうるさく感じない。
少し不思議に思いながらも、ここは日本とは違って『いらっしゃいませ。何名様ですか』とは聞かれることは無さそうなので、オレ達は空いている席に座ることにする。
テーブルの上に置いてあるメニューを見たら、見事に知らない料理しかない……ということは無く、むしろ知っている料理しかなかった。
どうやら、食文化は日本に征服されたようだ。
しかもメニューにはほぼ全ての麺類が揃っていると言っても過言ではないほどの種類が載っていた。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「私はパスタで」
「ラーメン」
猫耳の頭に付けている店員がオレ達に注文を伺いに来た。
オレはもちろん大好物なラーメンで。
「分かりました。べノスさーん! パスタ一つとラーメン一杯入りましたー!」
「はいよ!」
厨房の奥から大きいな声が返ってくる。
「店員さんは名前なんて言うのですか?」
「あたし? あたしはリタよ」
「私は美海です」
「固い固い。もうちょい砕けて話そうよ。本来ならあたしが敬語を使う立場なんだから」
「それじゃあ、これでいい?」
「いいよいいよ。よろしくね」
「うん。早速だけど耳触らせて!」
「えっ?」
美海が気軽に口に出した途端、リタの顔が赤面した。
「ミウのエッチ! 男の子ならまだしも女の子にそんなこと言われるなんて。……でも悪い気分じゃないかも」
「え?」
美海は何のことだかわからずに混乱していたが、耳を澄まして聞いていたオレはリタの小言までハッキリと聞こえてしまった。
リタはオレの恋のライバルになるかもしれない。
そう思ってオレはリタを威嚇するように睨みつける。
「ええと、あの、ごめんね。耳を触ったらいけないとかあるの?」
「いや、えーと、親しくなりたいですという意味があるんだよね」
「でもさっきエッチって言ってなかった?」
「そうだっけ? 覚えてないや、あははは」
この人、今誤魔化したな。
目が少し泳いでいた。
元暗殺者のオレの目を誤魔化せると思うなよ。
後で図書館とかに行って猫耳に関することを調べないと。
猫耳でこれなら尻尾は触ると取り返しのつかないことになりそうだ。
「だったら私、触ってリタと親密な関係になりたいなあ」
美海は手を伸ばしてリタの猫耳に触れようとしていたのを、オレは捕まえて阻止した。
「触る、ダメ」
「どうしたの? もしかして、くーちゃん妬いちゃった? かっわいい」
嫉妬したのは紛れもない事実なので否定はできない。
「この娘は?」
耳に触られるのを邪魔されたからか、若干美海にバレない程度に不機嫌そうな顔がこちらを向いた。
「私のお兄ちゃん。可愛いでしょ?」
「…………えっ、お兄ちゃん? あたしの聞き間違いかな? どう見ても妹にしか見えないんだけど」
「兄だ」
この外見は、オレの生まれた暗殺者の村では男も色仕掛けができるように色々と改造されたりしているから、こんな姿が大勢いた。
オレは何も改造手術を行われずにこれだけど。
こんなに身長低いのもオレだけだったけど。
まあ、受けるごとに激痛を伴う改造手術を受けなくて済んだのはよかった。
「うそ……。ていうか兄妹にしては種族違うと思うんだけど」
「まあ、ドラゴンと鳥だしね。色々事情があるんだよ」
「それにしてもさっきからあたしを凝視しているけど、どうしたの?」
これは挑戦か?
ここで美海が取られそうだからと正直に言うと、美海のオレに対する好感度が下がりそうだし、何も言わなかったらそれはそれで不自然だ。
どう返したものか。
「おーい、リタ! 喋ってねえで、パスタ一つとラーメン一杯出来上がったから取りに来い!」
「はーい。ちょっと待っててね」
リタはパタパタと厨房に向かって小走りで行く。
「ねえ、この後どこに行こうか?」
「ギルド」
「あっ、とりあえず身分証を作らないといけないもんね」
オレは向かいに座っている美海の言葉に頷いた。
「お待たせー。パスタにラーメンだよ」
目の前にドンと置かれるラーメン。
量がやばい。
大盛りのさらに倍した量だ。
流石にこれは食べきれる気がしない。
美海の方も大きな平べったいお皿に、山のようにパスタがのっている。
「流石にこれは食べきれないんだけど……」
「何言ってんのよ。ミウとーー」
「空」
「――クーはこれから冒険者になるんでしょ。冒険者ならこのぐらい軽々と食べないと」
「盗聴?」
「違うよ。たまたまあたしの耳に入ってきただけ。まあ、最初のうちは残してもいいからとりあえず食べてみて。べノスさんの料理は美味しいから」
厨房の方からちょこっと顔を出して、頭を下げている人がべノスさんだろうか。
あれは多分、部下が失礼なことをしてすみませんってところだろう。
オレもお仕事頑張ってくださいの意を込めて頭を下げる。
べノスさんは手をグッジョブの形に変えていたから大丈夫だな。
「美味しい!」
「……うまい」
早速、食べてみたら何故この場所が満員にならないのかと思うほど美味しかった。
オレの語彙力が足りないせいで人並みの感想しか言えないのが残念でしょうがない。
美海もどんどん山のパスタを消化していっている。
「ご馳走様でした」
「ごち」
予想通り、全部は食べきることは出来ず当分は食べずに済みそうなほど腹が膨れたが十分満足できる味だった。
「ねえ、ミウたちはもうギルドに行くの?」
「うん。いつまでもここにいても邪魔になるだけだしね」
「そんな事ないよ! だからもうちょっと……」
「そんな捨てられそうな子猫の目で見られても。明日も来るから大丈夫だよ。それでお代はどのくらいかな?」
「銀貨二枚です」
「はい、どうぞ。じゃあまた明日」
美海はリタの手に銀貨三枚を手渡して、ドアを開ける。
「ミウ、銀貨一枚多いよ」
「それはチップだからね。次回もサービスたっぷりとよろしく」
「サービス……」
リタは頬に両手を添えながらだらしないほどに顔が緩んでいた。
何を想像していることやら。
オレ達は再び喧騒がする通りに戻り、ギルドに向かった。
「ここがギルドかな?」
「多分」
オレ達はそこから一歩踏み出して、人の波に逆らわず進んでいると最初に見えたのは剣と杖が交差している看板がある冒険者ギルドだった。
とりあえず入ってみようと扉を開けると、酒と男と少々の血の臭いが鼻に直撃して思わず涙目になる。
「……くさっ」
しかもオレ達を見極めようとする目線やこいつ誰だ? と言わんばかりの視線も少々不愉快だ。
逆の立場だったらオレも同じことするだろうけど。
正面に受付、その後うしろに上に登る階段があり、左にある掲示板に獣皮紙に書いてあるクエストが貼ってあり、右側は酒場となっている。
正面の受付嬢は全員十代後半から二十代半ばぐらいで美人。
左には依頼を物色している冒険者。
右には昼間から酒を飲みながら自慢話を語っている冒険者。
これぞ、まさしくファンタジー。
そう感慨に耽っていたオレ達に近づいてくる輩が三人。
「お嬢ちゃんたち、ここは遊びに来るところじゃないんだぜ」
「そうそう。俺達は真面目に仕事をやっているんだ」
「お遊び気分だったら、帰って母ちゃんの乳でも吸ってな」
「「「ギャハハハッ」」」
そう吐き捨てて大声で下品に騒ぐ三人の冒険者を見て、オレはオレ達が依頼人だったらどうするつもりだったんだろうと思っていた。