第七話 勇者の楽は常人には地獄?
長らくおまたしました。
続きです。
ですが、ちょっと短くなりました。
まだ、夜も開けきらない、そんな朝。
その時間に、僕の一日が始まる。
簡単な屈伸運動で身体の筋を伸ばすと、準備運動を始める。
背中には100キロの重り。
それを背負い、山道を走る。
アリスが走るコースとは違う。
彼女が走っているものよりもずっと険しく長い。
トラップも命を奪うような物ばかりで、一歩間違えれば死ぬ。
だけど、それが緊張感を生み出してくれて、訓練としてはちょうどいい。
「うおっと、危ない危ない」
突如反応したトラップを回避し、解除する。
いくら、自分がしかけたものだとは言え、どこでどう反応するかなんては知らない。
完全にランダムに反応するようにしているから、どこでどんな条件で発動するのかなんて、僕にも分からない。
そうでなければ、訓練になりはしないのだが。
「はっ、よっ、よいしょっと」
次々と発動するトラップを回避し、解除し続ける。
さすがに、後半になってくると、全速力と重りのおかげで、かなり苦しい。
それでも、スピードが緩まない辺り、自分の化け物加減が凄まじい。
今、魔王と戦えば、楽に倒せるだろう。
まあ、反則技を使っている辺り、正々堂々とは言えないだろうけど、それでも以前みたいな満身創痍になることはまずないだろう。
「ダークフレイム」
そして、最後の大型トラップ。
僕が到着すると同時に出てくる幻の敵。
それを、闇の炎で燃やし尽くす。
それでおしまい。
息は多少切れているが、まだまだ闇の残る空を見る辺り、そんなに時間は経っていない。
どうやら、自己記録を更新することができたようだ。
今更、力は必要ない。
今の僕に一対一で戦って勝てる相手はいないだろう。
だけど、それでも力が不必要なわけでもない。
むしろ、やりたい放題やっているんだから、いつでも自分と傍に居る人たちを守るだけの力が必要になる。
そして、今はまだ足りない。
今の僕じゃ、守りきれる自信はない。
だから、力が必要なんだ。
僕は、呼吸を整えると、来た道を戻る。
一応、トラップは残っているが、大型のはない。
油断さえしなければ、なんてことないトラップ。
さっさと帰ったら、汗を流して、二度寝をしよう。
呑気で穏やかな日常のために。
「ふあ、眠い」
目を覚ますと、窓の外を見る。
木々の隙間から見える太陽はちょうど真上。
どうやら、お昼を回ったらしい。
随分と眠ってしまったものだ。
「あー、間接が痛いな。もしかして、年か?」
間接を動かすたびにごきりごきりと音がする。
潤いというか、油が足りていないのだろう。
ぜんまい仕掛けも油が足りて居ないときは、こんな感じの音を出していたし。
「油でも注入してみるか?」
「やめておきなさい。そんな事したって、治らないから」
ため息まじりにそういう声が聞こえる。
「分かってるよ。冗談なんだから、いちいち気にしないでよ」
どうやら、いつまで経っても起きないから、クリスが起こしにきてくれたみたいだ。
ただ、すっごく面倒くさそうな顔をしているが。
「まあ、いいけど。起きたなら、さっさとリビングに来なさい。お昼の準備ができてるわよ?」
「うぃ、了解」
更に面倒臭そうな声で続けて言うと、さっさと出て行く彼女の背中にそう返すと、着替える。
さすがに、昼を過ぎて、パジャマはどうかと思うし。
素早く着替え終わると、リビングに入る。
そこには、暖かくて美味しそうなパンとスープと卵料理、サラダボールが置いてある。
誰が作ったのかなんて言う物は明白だ。
「今日は、アリスか、良かった」
思わず安堵の声が出たが、睨まれた。
これも、誰かなんて言う物は明白。
「睨む暇があったら、少しは上達してください。あんな劇物、餓死寸前の前線の兵士だって食べませんよ?」
辛らつな言葉を投げ返す。
しかも、事実なだけに否定できない。
多少、家事はできるようになったけれど、料理はできない。
もう、才能なんて物は皆無なんだろうと理解できるほど、へたくそ。
自分の感性やら勘にしたがって作るから、食べられるものにならない。
一度、出来上がった奇妙なものを恐る恐る一かじりしてみたが、瞬間的に死を覚悟した。
それぐらいの劇物ぶりだった。
「覚えて置きなさい。この屈辱忘れませんわ」
「なら、今すぐどこかに行って花嫁修業でもして来い」
そうすれば、多少ましになるだろう。
ついでに、適当に男を捕まえてくれば、面倒事も減って万々歳だ。
まあ、その相手は確実に死ぬだろうけど。
彼女の劇物のせいか、はたまた、王家関係の人間の手にかかるかのどっちで。
どこまでも他人事なので、僕は知ったこっちゃないけど。
「ルイのために?ルイと結婚するた……」
「分けのわからないことを言わないでください。今度そんな事言ったら燃やします」
アリスが手から炎を生み出す。
それを見たクリスはにやりと嬉しそうに笑っている。
どうやら、またからかっているようだ。
まぁ、これはこれでアリスの会話練習になるから、構わないんだけど、僕をネタにするのはやめて欲しい。
対応に困るし。
「あら、大丈夫よ。ちゃんと結婚しても、貴方も連れてってあげるわよ?馬番の仕事ぐらいならさせてあげるわ」
「燃やす!!」
(ぎゃああああ)
思わず心内で叫ぶ。
完全にアリスの目は本気だ。
本気で燃やすつもりだ。
即座に、転送の魔法を使うと、二人を外に出す。
とりあえず、家を燃やされたらたまったものじゃない。
こんなことのせいで燃えたら、せっかくの新居がもったいない。
特に、今のベッドはふかふかでお気に入りなんだから、何が何でも死守しなくちゃいけない。
『デスフレイム』
「外れ〜」
「むきぃぃぃ!!」
そろりそろりと窓の外を見る。
すると、そこには、修羅の如く魔法をぶっ放しているアリスと、それをするりするりと避けているクリスの姿がある。
本気で、殺す気で、しかも落ち着いて戦えばアリスの圧勝だろうけど、怒りで冷静さどころか我を忘れてしまっている辺りのせいで、当たらないのだろう。
まあ、さすがに当てられても困るが。
後が残らない程度にやってくれるのが一番だ。
よし、今度それを教えておこう。
さすがに、元一国のお姫様を傷物にするわけにはいかないし。
そろそろ手加減と言う物を覚えるころだろう。
そうじゃないと、ちゃんと戦えないし。
戦わせる気はないけれど、望みどおりの展開になってくれる現実ではないし。
そのときのために対処はしておくべきだろう。
僕はため息を吐くと、特訓プランを考え始める。
そして、浮かんできたのは二つ。
一つは、かなり厳しいけれど、早く見に付ける事が出来る。
もう一つは、時間はかかるが、それでも安全にできる。
この前の事を考えると一刻も早く、彼女自身戦えるだけの能力を身につけさせなければ行けない以上、前者の方法の方がいいだろう。
けれど、その方法はどうしても手口がえぐい。
僕自身もやったことのある方法だけれども、身体に覚えこませる手段だけに、身体にかかる負担はとてつもなくでかい。
それを果たして彼女にもやらせていいものか。
とはいえ、既に答えは出ている。
「はいはい、そんな危なっかしい喧嘩はそこまでだよ」
すっと二人の襟元を掴むと、持ち上げる。
「ルイ、これは女の戦いなの、邪魔しないで!」
「はいはい、分かったから、一旦落ち着いて。とりあえず、今みたいに無茶苦茶なやりかたでやれるわけがないだろう?ここは冷静になっていたぶるようにやりなさい」
「恐ろしいことを平然と言わないでちょうだい」
「だったら、いちいちアリスをからかわないでください」
クリスが文句を言うが、自業自得、彼女がからかうから、こういうことになるのだ。
「僕個人としても、ぜひとも彼女の事をいたぶってもらいたいだけど、暇じゃないから、ここまでね。アリスには、僕からのプレゼント」
「ふぇ!?あ、えっと、今日は、ちょっと休みたいなぁ、とか思ったりみたりして?」
「で?」
「頑張ります」
彼女は、泣きそうな顔をして、そういう。
足掻くだけ無駄なのに、やっぱり嫌なんだろう。
確かに、僕の特訓方法はえげつないから、嫌がって当然なんだけど、もう少しやる気に鳴って欲しい。
それに、別に、今回はえげつないほうでやるわけだし。
さすがに、あれを彼女にさせるわけにはいかない。
廃人になられかねないし。
「さあ、レッツゴー」
僕は、アリスを連れて、山の奥に向かった。
胸一杯に夜の空気を吸い込む。
家の中では、恐らくルイがアリスにマッサージをしてやっているところだろう。
アリス曰く、鬼のような特訓を受けたらしい。
実際に、受けている姿を見た事がないから、なんとも言えないが、ぼろぼろでまともに動けない様子を見ると、そうとう辛い特訓だったのだろう。
とはいえ、ルイは、まだまだ楽なほうだとは言っていたのだが、それはいったいどんなレベルなのだろうか。
想像するだけでも恐ろしい。
まさしく人外。
まぁ、それぐらいじゃないと魔王には勝てなかったんだろうけれど。
もう一度胸一杯に空気を吸い込む。
ここに来てからは、よくしている。
城ではそんなことができなかったし、やっても無駄だった。
一人になれる場所なんてなかったから、そんなことをやってみたところで爽快感はない。
一人で静かにやるからこそ意味があるのであって、そばに誰かが居られてのでは、意味はない。
本当に、思い出すだけでも、王宮での生活は良かったものではない。
確かに、生活に困る事はなかったが、自由はなかった。
下々の人間は、王族を羨ましがるが、私には理解できない。
確かに、死ぬ事はない。
餓死したりする事はないだろう。
けれど、その代わりに、生き物ではなくなる。
自由意志が何一つとして許されないのだ、それは生き物ではない。
ただの人形だ。
その人形として生きていかないといけなくなる。
それが、生きていると言えるのだろうか。
私には、どうしても言えるとは思えなかった。
だから、どうしてもそんなにいいものだとは思えなかった。
むしろ、こうして呑気にしている方が幸せだ。
文句を言われたり、すっごく辛らつな事を言われたりもするけど、自分で考える事は許されているし、対等の立場で物も言える。
王族の位のおまけについているような私の人格ではなく、ただ私の人格だけを見て、言いあえる。
それがたまらなく楽しい。
やはり、ここに来たのは正解だったようだ。
ただ、王族として、国の道具として生かされているよりもずっとずっといい。
今、私は満たされている。
目を閉じてもう一度思いっきり空気を吸うと、私は家の中に戻った。
次回の更新予定は、すみません、未定です。