第四話 勇者と情報屋
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
どうぞ、今年もよろしくお願いします。
さて、遅くなりましたが、続きです。
麓の街の表通りを一本中に入った道のやや奥まった場所。
そこには、ちょっとこじゃれた喫茶店がある。
普段の僕は、表通りにある、イルのいる店に行くのだけれど、今日は特別。
純粋にコーヒーブレイクするために、来たわけじゃない。
むしろ、喫茶店なんて言う物はおまけで、その店の奥にある物に用があって僕はここに来ている。
「僕の動向がばれていた、君が喋ったのか?」
店の奥にある隠し扉の中にある一室。
そこに、僕と、一人の男が、卓を挟んで座っている。
彼の名前はセイル。
僕が懇意にしている情報屋であり、その業界ではかなり名が通っている。
「もう、来たのか?仕事の速いな。まあ、それだけ焦ってるんだろうな」
そして、困った事に、僕の事を喋ったのも彼。
当の本人は悪びれることもないが。
「それだけ、彼女の立場は危ういのか?」
けれど、それを責める積もりはない。
いくら名が通った情報屋とは言っても、所詮は平民。
貴族に逆らう事はもちろん、王族となるとまず不可能だろう。
特に、彼女のように王位継承権争いの渦中に居る人間に逆らうのは愚の骨頂だろう。
「ああ、再び戦乱の時期に入った以上、王宮は強い後継者を求めている。けれども、彼女は女だからな。状況はあまり思わしくないみたいだな」
全ての女が弱いわけじゃない。
宮廷魔術師や職業勇者なんかにも女はいくらでもいる。
けれど、王宮ではそんなことは関係ない。
男か女か。
力の優劣はまず間違いなく男の方が上。
例え、彼女が長子でも関係ない。
一応、王位継承権は長子に優先権はあるが、絶対的なものではない。
場面に合わせて臨機応変に変わる、と言えば聞こえはいいが、実質はそのときの王宮やその周りにいる閣僚や貴族達の思惑次第で決まってしまう。
そんななんとも血生臭い世界。
「だから、僕を求めたわけか。自分自身には力がないから、強い力を持った武器を持つ事で力を顕示しようと。困ったものだ」
けれど、巻き込まれた方としてはたまったもんじゃない。
迷惑以外なんでもない。
「まあ、勇者たる者の定めだな。俺が言うのも変な話だが、業を背負う人間は、本人の気持ちに関わらず、罰が降り注ぐからな」
「確かに、君には言われたくないな」
セイルとて、人の秘密なんてものを売り物にしている辺り、褒められた職業ではない。
彼もまた、望まぬ罰が降り注ぐ。
「で、配分はどうする?かなりの謝礼をもらったんだろう?」
だから、これ以上責めるような事はしない。
それをするのは僕ではない。
それに、彼に協力を求めた以上、そこから情報が流れるのは覚悟しているし、そのときの契約とて、しっかりとしている。
「さすがは、王族だな。平民なら一生遊んで暮らせるぐらいの金をもらったよ。貴族はケチだから、出し渋ると思ったが、必死なんだろう羽振りが良かったよ」
これは、意外。
貴族は、良く情報屋を使う。
権力や金のためなら、なんでもするという輩だっている。
そういうやからは、えてして情報屋から情報を集めて、敵対する相手の弱みを握り、潰そうとする。
そのため、より質や信頼性を高い情報を求めるが、その割に羽振りは悪い。
表向きに使う金は派手に使うが、裏向きの金の財布の紐はしっかりと結び、値切ったり、踏み倒したりする輩だっている。
そして、それがまかり通る世界なのだ。
とはいえ、その代わり、そういった輩は、その後取引してもらえなかったり、敵対関係にある人間に情報を流されたりと、最終的には破滅への道を歩む羽目になるのだが。
それに比べると、彼女はまだましな部類だろう。
ことごとく罠に引っかかり、口上もぱっとしないし、あっさりと引き返した辺り、小物っぽく思っていたんだが、意外にこれはおもしろいかもしれない。
まぁ、だからといって、彼女に協力する気はやはり毛頭ないが。
「で、配分だが、9:1でどうだ?」
「僕が9か?」
「俺が9に決まってるだろう?」
まぁ、あえて聞いてみたのだが、やはり、僕が1らしい。
「そうか、それは残念だ。君との契約もこれまでだ」
とはいえ、当然そんなもので納得できるわけがない。
「今回彼女がことごとく罠に引っかかるし、あっさりと捕まったせいでアリスにいろいろと手間をかけさせたから、いろいろとお金が必要なんだけど、それじゃぁねぇ?最低でも5はもらわないと、ね?」
「ぼったくりすぎだ!!」
とはいえ、彼も彼で生活がある。
当然、そんなことは許容できるわけもない。
そもそも、情報屋になるような人間は堅気じゃないし、生まれ育った環境も尋常じゃない。
セイルも、その例に漏れることなく、かなり金銭的には苦しい。
だからこそ、譲れない物もある。
「やれやれ、じゃあ、本格的に君とはお別れになりそうだね」
けれど、こちらとて、譲れないものがある。
これから先、どうなるか分からない。
今までどおりに薬師としてやっていける保証だってない。
それを考えるとどうしても、先立つものが必要となる。
というわけで、僕とて譲れない。
「分かったよ、オプションをつける。というか、そもそも、それが狙いで、そんな事を言ってるんだろう?」
けれど、別にそれは金だけとは限らない。
というか、こんな回りくどい事をしたのは、むしろオプションのため。
「そんな事言わなくても、お前の頼みなら聞ける範囲で無償で聞いてやるのに」
「それだと、君に借りを作ったことになりそうだからな。とりあえず、そういうのは、後々のためには作っておきたくないんだ」
彼を信用していないわけじゃない。
けれど、彼にだって生活がある。
僕を裏切れば、それこそ、手段によれば、命を落とすことになる。
右頬を打たれたからと言って、左頬を出せるほど聖人をしているわけでもないし、大切な物を守るためだったら、いくらでも手を汚す。
そんなことぐらい彼だって分かっている。
けれど、僕に守るべきものがあるように、彼にだってある。
そのためには、どうしても僕を裏切らないといけないときがくる。
そのときのために、出来るだけ貸しは作っておきたくない。
それによっては、身動きが取れなくなってしまうかもしれない。
それを未然に防ぐためには、こうするしかない。
「まぁ、それが正しいだろうよ、で、なんの情報が欲しい?」
そんなことぐらい彼も理解している。
苦笑して、先を促す。
お互い因果な商売をしているものだ。
「彼女は諦めたのか、それと、今僕を狙っている連中がどれくらいいるのか、それが知りたい」
見た感じ、あの女は意外としつこそうだった。
簡単に諦めてくれるとは到底思えない。
そして、もう一つ。
彼女以外に僕を狙っている人物がいるのか。
どう考えても、兵器としての僕を求めるのは分が悪すぎる。
しかし、彼女と言う前例がある以上楽観視も出来まい。
「とりあえず、彼女なら諦めてはない。しつこく君の弱点を聞き出してたからな。で、他に狙っているのか、という質問だが、今のところ、君を必要としている国の噂は聞いてない。というよりも、今はどの国でも、自分の国を守る事で精一杯で、そんな事に時間を割いている暇もない」
妥当なところだろう。
とはいえ、まだ、他に参戦してこないだけましだろうが。
さすがに、相手が増えると、捌ききれなくなるだろう。
それこそ、前回は運良く誰も殺さずに住んだが、今度はそれではすまないかもしれない。
かつての魔族狩りの時と同じように、その手が身体が返り血で真っ赤に染まるほど殺さないといけないかもしれない。
それが回避できただけでも収穫だろう。
それに、残っているのは、小物然としている彼女だけ。
これなら、いくらでも対処のしようがある。
「で、君は教えたのかい?」
「教えたさ。まぁ、無意味だろうけどね。レイオンの弱点は一つだけ、彼女だけだろう?」
「その名は捨てた。今の僕は、ルイ・フェリルだ」
かつての名前。
父がつけてくれた名前。
けれど、それは、捨てた。
もう、そんな資格などないから。
優しかった父、暖かかった母。
彼らがつけてくれた名前。
いつも微笑んで、僕の傍に居てくれた恋人。
彼女が呼んでくれた名前。
だけど、だからこそ、もう使えない。
もう、僕の手は誰の手も掴めないほど汚れてしまっているから。
ただ、粛々と罪を背負い、罰を受けないといけないから。
だから、幸せをその身体一杯に受け止めるために、それを願ってつけられたその名は、もう僕は使えない。
「はいはい、悪かったよ。というか、話の腰を折るなよ」
「……悪い」
とはいえ、こうしていちいち過剰反応するのも悪い癖だ。
「まぁ、とりあえず、俺が知ってるルイの弱点はアリスだけ、そう言っておいた。だからと言って、彼女をどうこうしようとしても無駄だとも言っておいたがな」
そういった彼は薄く笑う。
「常にルイの傍にいる彼女をまさか拐して人質にする事なんて、そもそも彼女の実力も、世界最強に師事している時点で並大抵の物じゃない。そんなのを相手にするなんて、現実的とは言えないからな」
彼には、アリスの正体は言っていない。
基本的に、人型をしている魔族を区別する事は出来ない。
もちろん、魔族との戦闘を数え切れない程してきた僕になら可能だが、そういう経験をしたことのない人間には分からない。
何一つとして変わらないのだ。
その恐ろしい程の力以外は。
けれど、それでも、彼女が僕に師事している事はもちろん、その力の程も教えている。
実戦経験もなければ、僕に比べるとまだまだ足元にも及ばない彼女だけれども、防御だけに専念すれば、並大抵の人間にはまず負けない。
基本的に彼女に対する訓練も、それを念頭に置いている。
彼女の力は何かを奪うための力ではない。
何かを守るための力で合って欲しい。
だからこそ、守る事に特化した力を持った彼女なら、負ける事はない。
そして、その間に僕が駆けつければいい。
それだけでいい。
それだけで、彼女は守れる。
それゆえに、僕の弱点は彼女ではあるけど、隙はない。
守るために、全てを賭けている。
たった一人の家族のために。
「情報ありがとうよ。それだけ聞ければ十分だ。今回の配分はなしでいいさ」
「すまないな」
彼はそれを聞いて苦笑する。
確かに契約はしている。
けれど、それを行使する気は、それほどない。
そもそも、そこまでお金に困っていない。
薬師として働いてきた貯蓄がかなりある。
普段質素なものばかり食べているから、貧乏そうに見えるが、それは明日がどうなる身か分からないから、そのときのために貯蓄をしているから、そうなるだけで、貯蓄だけでも、かなりの額になる。
それだけ、質の高い薬を作っていたのだ。
「気にするな。今の僕と君は一蓮托生、お互い切っても切れない縁だからな」
けれど、それだけでは、やはり足りない。
やはり、彼の情報収集力が必要になる時がある。
だからこそ、僕らは一蓮托生。
業を背負うもの同士、今同じ場所に居る限り、一人だけが逃げる事は出来ない。
「それじゃあ、また今度。元気でな?」
片手を上げ、そういうと、部屋を後にする。
そして、途端に明るくなる視界。
ずっと薄暗いところに居たため、急に明るいところに出たせいで眼がくらむ。
けれど、だからと言って、そんな事で隙を見せる事もない。
「ケーキとお茶はおいしかったかい?」
テラスでのんびりお茶を楽しんでいる少女、アリスに問いかける。
血生臭い話を彼女に聞かせるわけにはいかないが、遠いところに一人で居させるわけにもいかない。
だから、こうして、表のおまけの喫茶店で時間を潰してもらっている。
「はい。お話は終わったんですか?」
「まあね。そろそろ帰ろうか?楽しい訓練が待ってるしね」
「うっ」
その言葉を聴いた瞬間、お茶を楽しんで居た時の幸せそうな笑みは消え、愕然とするアリス。
まぁ、彼女にしてみれば、楽しい訓練と言うよりも、地獄の訓練と言ったほうが正しいんだろうが。
それでも、僕が守れないとき、そのときのために、彼女には力をつけてもらわないと困る。
せめて、耐久マラソンを無傷で帰ってこれるぐらいになってもらう。
そのとき、初めて、実戦形式で彼女を鍛えられる。
僕の攻撃を見る事が出来るぐらいにはなっているはずだから。
「さあさあ、レッツゴー」
「ルイさんってば、絶対Sだ。しかも、かなりのドSだ」
だから、どんなに嫌われようがどうしようが構わない。
彼女のそんな言葉も無視して、僕達は帰途へと着く。
僕達の帰る場所へと。
ルイさんの後を追って、喫茶店を出る。
ルイさんがここに来る時。
そのときは、いつも考え込むような表情をしている。
たいていは、何か問題が起きたときに来ている。
今日は、あの女の人。
かなり位の高い人だと言う事は分かった。
そして、その狙いがルイさんだと言うことも。
どうしてだろう。
どうしてルイさんは静かに暮らせないのだろう。
確かに、ルイさんは罪を背負っている。
たくさんの何の罪もない魔族を殺した。
それは、すごく重い罪。
だから、一生をかけて償わないといけない。
だけど、だからと言って、こんな安らぐ暇もないのはやりすぎじゃないだろうか。
たくさんの魔族を殺したように、たくさんの人達も救った。
偉業を成し遂げた人でもあるのだ。
ならば、少しぐらいの救いがあってもいいと思う。
こんな、辛い立場に追いやらなくてもいいじゃないか。
なのに、世界はそれを許してくれない。
ルイさんをどこまでも追い詰める。
ルイさんの事を苦しめる。
だからこそ、私が守る。
何の力もない私だけど、それでも守ってみせる。
ルイさんが少しでも幸せになれるように、少しでも安らげるように、私が頑張る。
頑張って、幸せにしてみせる。
だからこそ、私は強くなりたい。
ルイさんまでとは言わないけれど、それでも、ルイさんの足手まといにならないぐらいには絶対に強くなる。
なってみせる。
「じゃぁ、今日は50キロの重りを背負って耐久レースだよ、ファイト」
けれど、それも一瞬に萎えそうになる言葉を聴いた。
帰ると同時に、言われた言葉。
強くなるために、辛い努力をすることはやぶさかじゃない。
それぐらい頑張らないとルイさんに追いつけないのも分かってる。
分かってるけど……
こんな地獄の特訓なんか、出来るわけがない。
絶対に無理。
鬼だ。
絶対に、この人鬼だ。
というか、鬼じゃすまない。
そんな生易しいものじゃない。
「ほら、頑張れ。重りが増えた分、道のりは短くしてるんだからさ」
そう言って、ルイさんはルートを示す。
それは、確かに短くなっている。
なっているけれど……
絶対に無理。
結局、かなりきつい距離であることには変わりない。
そもそも、未だに私は、前段回の耐久マラソンも終わってないのに。
その状態で、これをさせるとはいかに。
そして、私と同じ重りを背負っているくせ、余裕綽々で笑いながら話しつつも、併走しているルイさんは、本当にどこまで超人なのだろうか。
私なんか、もう足ががくがくなのに、全然平気そうだ。
「ほらほら、制限時間以内に帰らないと、またペナルティだよ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、いつものごとく、山中にて私の絶叫がこだまするのであった。