第三話 勇者特製トラップ地獄??
眼下に広がる田園風景。
そして、薄汚い格好をした人間。
それは確かに王宮の者が言うゴミクズと変わらない。
彼らは言う。
『あれは人間ではない、ただ、我々の道具だ。我々に尽くすためだけのいる道具だ』
それを肯定するつもりはない。
けれど、否定もするつもりももちろんない。
確かに薄汚いそれらは、ゴミクズ同然の価値しかないのだろう。
だが、それらによって生かされている私達もまた同じ。
ゴムクズと対して変わらぬ価値しか持たない。
「くだらない、行くぞ」
けれど、そんなことを考えたところで無意味。
そんな事を考える暇があったら、如何にしてあの男を説得するか、それを考えるべきだ。
数々の褒章や出世の話を拒み、一人隠れて隠遁生活。
いや、確か、同居している少女がいるらしい。
妹とは言っているが、既に、家族は全員魔族によって殺されている。
恋人もだ。
旅の途中で浮いた話も何一つなかった。
旅に出た当初ならいざ知らず、旅の最後の方なら確実にいくらでも女が集まってきていたというのに、誰一人として手をつけなかった。
あの男自身、女の狙いを分かっていたのもあるだろう。
冒険者として有名になれば、確実に貴族からの声が掛かる。
実際、数多くの貴族からの誘いの声がかかっていた。
そうなれば、巨万の富とまではいかないにしろ、裕福な暮らしが出来る。
それを狙って、女は群がっていたのだ。
それに気付かない男ではなかったのだろう、全く見向きもしなかった。
しかし、おそらくそれだけではない。
いや、むしろ一番の理由は違う。
復讐。
その一言に尽きるだろう。
なんとも、愚かな話だが、それだけのために力を付け、魔王を倒し、それ以外には興味を示さなかったのだろう。
まぁ、どちらにしろ、女には全く手を付けなかった男だ、ルイ・フェリルは。
けれど、その男の傍にいる娘、名前は確か、アリス・フェリル。
さて、真実は如何なるものか。
「きゃっ」
不意に何かに足を取られ、無様に地面に這い蹲る。
服は泥だらけ。
「殿下、大丈夫ですか!!」
わらわらと集まってくる騎士。
ようやく状況が読めた。
とりあえず、こけたのだろう。
一応、山道を歩くのだから、汚れても良い服を着てきたが、想定の範囲以上の汚れ具合。
というか、泥だらけ。
「構わん、気にするな」
無様な姿を晒し、思わず出してしまった年頃の娘のような声に、苛つきながらも心内に押し込め、立ち上がる。
ザバー
すると、いきなりの局所的な大雨。
いや、違う、水を被っただけだ。
「あの、殿下?」
今度はこわごわとうかがってくる騎士。
命に別状がない事ぐらいは分かっているだろう。
けれど、彼らが心配している事はそんなことじゃない。
私の心内だ。
これだけ無様な姿を晒させられたんだ、不機嫌にならないわけがない。
しかも、ただこけて、泥だらけにするのと、ただ水をかぶせるだけ、だなんていう、人をどこまでも舐めきったトラップなのだ、腸が煮えたぎるほどの怒りを感じても仕方がない。
「気にするな、先へ進むぞ」
けれど、それでも、私は王族の娘。
こんな程度の事で、みすみす心内を表に出すような事は
「ぶっ」
いきなり、目の前に現れた木の板に顔をぶつける。
頭がくらくらする。
「殿下!!」
「静まれ!!」
大丈夫だ、これぐらい、これぐらいの事で、私の心は揺らぎない。
『おめでとう、これで三回連続トラップに引っかかったね。そんなドジな君には、クイーン・オブ・ザ・ドジの称号をあげよう』
いきなり、そんな声が、辺りに広がったとしても、気にしない。
落ち着かせる。
落ち着いている。
『ちなみに、ここのトラップに引っかかるのは、幼児ぐらいだから』
落ち着け。
落ち着くんだ。
落ち着け……
べしゃ。
不意に、頭に落ちてきた泥。
水をかぶったおかげで、多少拭えた泥が、再度付く。
ぷちっ。
「ふふふ、はははは、あはははは、上等よ、やってやろうじゃない!!」
「そろそろ来る頃だな」
席を立ち、愛剣を手に取る。
この小屋に着くまでには、いくつも子供だましみたいなトラップが山ほど仕掛けられている。
基本的には、アリスの修行用なんだけど、一応外敵用でもある。
結界のような物を張っていれば、外敵が入ってきても分かるけれど、広範囲となるとやたらと魔力を食うから、実はあんまり効率的とは言えない。
むしろ、原始的なトラップを仕掛けておいて、そのトラップが発動した時に、こちらになんらかの信号を送らせる方が、よっぽど効率的。
まぁ、僕自身の趣味でもあるんだけれど。
やっぱり、日々の潤いも必要だろう。
最初のトラップに引っかかってから、ずっと監視用のカメラも飛ばしているんだけれども、どこの国の貴族かは知らないが、ことごとく引っかかっている。
なんというか、そこまでドジな奴も初めてみる。
最初の頃こそ、挙動不信にも見えるぐらい慎重に周りを見てたのに、ふと気を抜いたと思った瞬間、ずっこけて、そこから後は雪崩式。
次々引っかかって、挙句に逆ギレ。
まぁ、貴族なんて物は面子を気にする生き物だから、ここまでバカにされたら、そりゃ、もちろん、怒らない方が難しいだろうが、一応女性なんだから、もう少し淑やかにしてもらいたい。
「僕は行くけど、アリスはここでお留守番ね?もしかしたら、殺さないといけないかもしれないから」
「……はい」
立ちかけた彼女に、そういって牽制する。
彼女自身も僕の傍にいたいのだろうが、ここから先は、遊びじゃない。
おそらく、アリスの正体まではばれていない。
けれど、直接会うとばれる可能性もある。
もちろん、人と変わらない姿をしているんだから、ばれる可能性だって低いが、それでも出来るだけ危険は回避しておくべきだろう。
それに、やはり、彼女には、僕が誰かを殺すところを見せたくはない。
僕自身、出来るだけ戦わずに終わりたい。
けれど、それが無理なら戦うしかないし、最悪殺す事まで考えないといけない。
だけど、彼女はまだ、それに慣れていない。
あれから、剣の稽古はしている。
けれど、一度として実戦はさせていない。
これからも、させるつもりはない。
過保護と思われるかもしれない。
けれど、僕は彼女に手を汚して欲しくない。
そのまま綺麗なままで居て欲しい。
外に出ると、小屋全体に結界をはる。
これで、侵入されることも、僕の攻撃の余波を受けることも、そして、彼女が出てくることも出来ない。
「ようこそお客人。随分薄汚れていますね?」
それを確認してから、向き合う。
最後の最後で木のつるにつるし上げられている貴族の女性と騎士達。
「これが、客に対しての礼儀なのかしら?」
「まぁ、招かざる客に対しての礼儀なら、適当なんじゃないんでしょうか?」
そう言いつつ、拘束を解く。
「死にさらせ!!」
途端に、女とは思えない口汚い言葉を吐くと、突進してくる。
貴族の令嬢と言うものに夢見すぎたのだろうか。
いや、でも、アリスは、淑やかだったような気がする。
ひょいと回避すると、足をかける。
「きゃ」
可愛らしく悲鳴をあげると、ずっこける。
おそらく、相当の美貌を持った女性なのだろうが、今のその姿は泥だらけで見れたものじゃない。
「こ、ころ、殺してやる!!」
再度の突進。
やっぱり、口汚い。
これが、本性なのだろう。
元々、誰の下にも付く気はないが、こんな人格なら尚更考えられないな。
再度、ひょいと回避すると、今度は腹部に拳を一撃。
ホントは、女の人の腹部を殴る事なんてしたくないんだけど、この際は仕方ない。
一発で、後遺症なく気絶させるにはこれが一番なのだ。
頭部だと下手したら死ぬし、下手しなくても、ねじがぶっ飛ぶかもしれないし。
だからと言って、魔法を使うのも魔力の無駄遣い。
今の時代省エネなんだよね。
無駄なく生きていきましょう。
失神してる女の首根っこを掴んで、引きずるように小屋の中に入る。
「お、おい、殿下が連れ去られたぞ!!」
「くそ、どうする、殿下の御身が危ない!!」
「……てか、その前に俺らはどうするんだ?」
「……放置?」
騎士達を放置して。
まぁ、小屋自体小さいから入りきらないから仕方ないんだけど。
「とりあえず、ものすっごく薄汚れて汚いから、洗ってあげて?しばらく起きないだろうし」
中に入ると、気絶しているデンカとやらをアリスに渡す。
たいしたレベルじゃないとは思っていたが、あまりにもお粗末過ぎる弱さなので、アリスと対面させたところで気付かないだろう。
「はい、分かりました」
頷いた彼女は、デンカを引きずって浴室に消えていく。
どこか、嬉しそうだ。
なんだろう、もしかして、アリスにはそういう趣味でもあるのだろうか?
別に彼女の恋愛にそれほど口を出すつもりはないが、種族を越えるのはいいとしても、性別を越えるのはどうかと思う。
ちゃんと教育した方がいいのだろうか?
そこらへんは、かなり考えどころだが、今はとりあえず横においておこう。
今は、あの女の立場の事。
デンカと呼ばれていたが、おそらくは殿下。
となると、一国の王女、いきなり大物の登場だ。
家紋が大鷲だったところからも、おそらく今住んでいるこの国の王女。
まぁ、王族にそこまで詳しくないから、誰なのかまでは分からないが、それでも、多少面倒な相手ではあるだろう。
それでも、やっぱり、手を貸すつもりは毛頭ないけれど。
もし、力付くでもと考えるなら、やはり殺すしかないだろう。
殺し殺されの世界が嫌でここに隠居しているのに、結局、僕はどこまでも、付き回される。
それが、僕の罪なのだろうが、やはりやるせない。
僕はただ目の前にある幸せを守りたいだけ、それだけなのに。
「ベッドに寝かしつけときました」
「ありがとう」
浮かびそうになった悲哀の表情をすぐさまに打ち消す。
アリスに心配かけかねない。
彼女を労い頭を撫でる。
子供扱いかもしれないけれど、以外と彼女もこれを喜んでくれる。
母親はすぐに死に、父親も公務で会う事がままならなかった。
後宮で呑気に暮らしていたとは言え、それでも寂しかっただろう。
親に甘えられなかったのだから。
だから、今、少しでもいいから、甘えさせてあげたい。
「今日は、これからの稽古も無理だから、今日は夕食にしよう」
キッチンに立つと、夕飯の準備をする。
これから、また、一気に状況は変わるだろう。
だからこそ、せめて、今、この瞬間だけは、平穏であって欲しい。
そう願う。
「つつつ、あの男、思いっきり入れられたわ。もう少し女の扱い方を考えなさいっていうのよ」
よろよろと起き上がる。
焦点がまだ定まっていないせいか、視界はぼやけているようにも見える。
「おはよう。と言っても、夜だけどね」
まぁ、割かし、完璧に入ったんだから、仕方ない。
ダメージが回復するには多少の時間がいったのだろう。
ちなみに、騎士達は、送り返した。
いつまでも、外につるして風邪でもひかれたら、たまったものじゃない。
「身体の調子はどう?一応、回復魔法はかけておいたし、どぶねずみのように小汚かったから、アリスに頼んで、湯浴みはさせておいたけど」
「……どぶねずみ……小汚い……」
かなり、カチンと来ていているようだが、事実だから仕方ない。
「で、時間の無駄だから、本題に行こうか。君の目的は何?」
それに、いまいち彼女の方は理解しているとは言い難いが、一応こっちのほうが立場としては上なのだ。
下の物がいちいち上の物のすることに腹を立てて文句を言うものじゃない。
それこそ、そんなもの貴族世界では常識のはずだ。
「何故、まだ、戦争なんかをしていない、ヘイムダルの王女がわざわざ僕のところまで来た?」
それに、ずっと気になっていた事。
何故、戦争をしていないヘイムダルの王女が、僕を必要とするのか。
自国も戦争に参加しようとでも言うのだろうか。
確かに、今、ヘイムダルの傍にある二国間で戦争が起きている。
かなり長期戦となっており、国は疲弊しており、今つつけば、やり方次第では二国を取りこめるだろう。
けれど、戦争には建前が必要だ。
何故、戦争に参加するのか、その明確で正当な理由が。
「確かに、今は戦争はしていない。けれど、議会の決議で戦争に参加が決定した。その勝利の確実性のためにお前が必要なのだ」
「建前はどうする?まさか、何も言わずにしかけるつもりか?」
そうなれば、他国からの笑い物だ。
一気に世界の敵とみなされ、他国の攻撃目標になる。
「建前なんぞ、いくらでも、作れる。なんなら、自国付近でいつまでも行われる紛争が、自国の経済に影響を与えているため、それを殲滅せんために参加するとでも言えばいいわけだからな」
「その程度で……」
確かに、二国のせいで、多少経済に悪影響が出ている。
ちょうど海を背にし、眼前には戦争している二国。
国境付近は治安が悪く、陸路で行商に来るものはまずいない。
海路もあるが、戦争をしている国周辺の海もまた、治安が悪くなり、海賊なんてものも出てくる。
当然、ヘイムダルの王都付近では、そんなことはないが、遠くなればなるほど、治安は悪くなる。
そのため、わざわざ危険を冒してまでこようとする行商は少ない。
そのせいで、物流が遮られ、貿易が出来ず、多少経済が疲弊している。
しているが、
「そんなもの、貴族にしか関係ないはずだ。民には無関係だろう?」
そんなものに直接打撃があるのは貴族ぐらいで、多少の経済の疲弊、というよりも、貿易商の疲弊は、平民の生活にはほとんど関係ない。
「そうだ。だが、それでも、理由には十分事足りる。それが、政治だ」
まだ、うまく身体が動かせないのだろう、身体を起こしただけの姿でそういうが、けれどそれでも彼女の貴族然とした姿は変わらない。
「目の前に今格好の獲物がある。それを手にしない手はなかろう?」
笑う。
目の前にいる女は笑う。
見下すように。
あざ笑うかのように。
「くだらない」
だから、僕も笑う。
見下すように。
あざ笑うように。
「結局、自分の欲のために動いているだけだろう?だったら、それを他人を巻き込むな。戦争をやりたければ、勝手にやれ。けれど、僕達を巻き込むな」
彼女の価値を、欲を否定はしない。
僕にはそれをする資格も権利もない。
ただ、笑うだけだ。
「僕は、君達を否定することも肯定することもしない。戦争がしたければすればいい。僕達に火の粉が降りかかるようだったら、対処はするけれど、そうでないなら、どうでもいい。勝手に好きなだけすればいい」
人それぞれ望む物は違う。
それを否定したって意味はない。
僕はただ自分が守りたい物を守りたいと思うから、だから、守るためならいくらでも戦う。
僕は僕と僕の大切な人が幸せならそれでいい。
僕にはそれぐらいしか守れないから。
そして、彼女達は、僕とは違って、多くの物を望むんだろう。
たくさんのものを望むんだろう。
元々持っているものがたくさんあるから。
腐るほどたくさんのものをもっているから。
だから、もっと欲しがる。
そういうものなのだろう。
それは、僕から見たら、憐れなものだけれど、彼女達には違うのだろう。
だから、否定はしない。
「帰ってもらおうか?そちら側のいい分は十分に分かったからね」
それでも、やはり受け入れられない。
僕の信条とは反する。
だから、交渉は決裂。
まぁ、最初から交渉する気も毛頭なかったんだが。
久しぶりの更新です。
遅くなってすみません。
しかも、次回もいつになるか分からない。
そんな感じです。
うーん、忙しいってたいへんだww