表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第二話 師匠な勇者と弟子な魔王

「また、戦争か」

広げた新聞の第一面には、国同士の戦争について書かれていた。

懇意にしている情報屋に頼んで、都の新聞を一日遅れでもらっているんだが、ここ最近は、戦争関連の話題が多い。

魔王がいなくなり、平和になった世界。

人は、魔物による恐怖から解放された。

けれど、それもつかの間の平穏。

今まで居た共通の敵がいきなり消えた事で、行き場の失った暴力が暴走し始めた。

つくづく人間と言う生き物は醜くて仕方ない。

いや、人間自体が醜いんじゃない。

欲に支配された人間が醜いんだ。

麓にある街を見てみれば分かる。

柄の悪い輩は多少いるが、それでも、それも僅かで、それ以外は、ホントに人のいい人達ばかり。

こうして、僕がここで静かに暮らせているのは彼らのおかげでもある。

彼らは欲に取り憑かれてはいない。

取り憑かれているのは、貴族だろう。

そして、己の欲のために、僕達のような下々の人間が苦しむ事になる。

いつもそうだ。

得をするのは貴族達で、僕達平民はいつも苦しみばかり。

僕らばかりが苦労をする。

魔族からの被害だって、僕達平民がほとんどで、貴族なんかは、下級貴族に多少の被害があった程度で、それ以外はのうのうと平和に暮らしていた。

だから、国も本腰をいれなかった。

力の強い魔術師や職業勇者は、常に貴族を守るためだけに、使われていた。

自分の保身のためだけに、彼らを使っていた。

そして、そこから、あぶれた者達が、外に出て、平民を守っていた。

それだって、数が限られているんだから、都市部が大半で、僕が昔住んでいたような田舎の小さな村には、来る事は全くなかった。

次々と田舎の小さな村は潰され、助けを求める声は、ただ虚しく響き渡るだけだった。

そして、今度もそう。

戦争が起きる。

また、税が上がるだろう。

軍備に使うための金を集めるために、僕達平民から搾り取るのだ。

そうやって貴族はますます肥え、平民はますます飢えていく。

止まらない貧困の連鎖。

「ルイさん、せめて笑いましょう?」

読み終えた新聞を畳み、机の上に置くと、アリスがそういう。

「なら、アリスが笑っていないとな?じゃないと、僕は笑えないよ」

だけど、僕以上に悲しそうな顔をしている。

彼女も王。

種族は違えど、王であることには変わりはない。

だからこそ、その選択をしている事を悲しんでいるのだろう。

同じ王として。

「そうですね。私達には生きてる限り、拭えない罪がある。そして、それを償うために生きている。だから、笑わないといけないんですよね?」

「ああ、僕達は強くないといけない。強く生きて、たくさんの人を守らないといけない」

僕達は力を持ってしまった。

大きな力を持ってしまった。

その力はきっと、脅威で危険。

力はきっと新たな力と争いを呼ぶ。

既に、魔王を殺した勇者として、僕の名は、世界中に広がっている。

そして、その人智を越えた力を持つ僕を求める声もまた、広がっている。

兵器としての力を求める声が。

魔王さえも殺した力。

その力を手にした国家は、それだけで脅威になる。

その化け物染みた力を止めるには、一国の軍隊では止められない。

だから、求めるのだ。

世界の覇者になるために。

血眼になって探すのだ。

でも、僕は自分の力をそんなもののために使うつもりは毛頭ない。

僕は、もう決めたんだ。

自分の犯した罪のためを償うために生きると。

生きて、たくさんの人の命を救うと。

僕の力は大きすぎる。

それゆえに、きっと歪みが出来る。

だから、一つの国に、一つの組織にその身を置けば、その途端に世界のバランスが崩れる。

そうなれば、きっとたくさんの人の血が流れるだろう。

どんな綺麗事を言っても、望んでも、きっと血を流さずにはすまない。

けれど、それを僕は望まない。

くだらないと笑われるかもしれない。

もったいないと言われるかもしれない。

だけど、それが僕の思い。

ちっぽけだろうとなんだろうと目の前にある幸せを守る。

自分とアリスと麓の街を守る。

それが、僕に出来る償い。

死ぬまで続けないといけない罰。

「だから、今日も稽古お願いしますね?」

彼女は立ち上がると、壁にかけてある棒を手に取る。

さすがは魔王と言ったところか、魔法に関しては、すぐに才能を開花させたが、体術はからっきしなので、今はそれを重点的に鍛えている。

もちろん、十分今の彼女でも相当な力を持っているんだけれど、それで満足はしていない。

更に上を求めている。

力不足で後悔しないために。

どんなに強くても意味がないのだ。

守れなければ。

僕達は一生逃れられない。

強さを追い続けること、戦うことから。

「でやぁぁぁ!!」

彼女の渾身の一撃。

気合の切り落としの一撃。

なかなか鋭い。

魔法によって能力を向上されているから、多少地力の低さを誤魔化してはいる。

けれど、それでも、十分な鋭さ。

「ふっ!」

それを、僕は紙一重で避ける。

早さも鋭さも十分。

けれど、それでも、僕を捉えるには足りない。

回避後、反転して無防備な背中に一撃。

回避など及ぶはずもなく、あっさりとその一撃は入り、崩れ落ちる。

「絶対的強者相手に、自身の渾身の一撃を叩きこもうとするのは間違いじゃない」

倒れこんだ彼女に手を差し出し、起こす。

それに合わせて、今回の勝負の解説。

「攻撃だけに集中して、後先考えずに渾身の一撃を放つ。戦術的に言えば、あまり褒められた事じゃないけれど、どう足掻いても勝てない場合は、賭けに出るのは間違いじゃないし、ただ、一撃を入れる、それだけの事を考えるなら、むしろ理想だろう」

僕と彼女の間には、かなりの差がある。

まずは地力。

基本的な筋力と体力は僕の方が上だし、技術面においても、技のスピード、キレ、威力も上。

圧倒的な差がそこに存在する。

そして、頭。

確かに、彼女は魔王の娘として、かなりの英才教育を受けてきて、知識レベルは相当高い。

逆に、平民出の僕は、必要最低限の読み書きしかできないけれど、この場合はそれは問題ではない。

ここで必要なのは戦闘に関する頭。

今でこそ、僕は『世界最強』なんていう恐ろしくくだらない称号を持っているが、旅に出た頃の僕は、恐ろしく弱かった。

ただの田舎の小さな村の農民だった。

当然、戦闘経験なんてないし、訓練でさえやった事はなかった。

もちろん、最初の内は、身体を鍛える事に専念したし、いきなり実戦をしようなんて思わなかった。

それでも、ある程度鍛えて、頃合を計って実戦をしてみたら、即座に気付かされた。

ただ、鍛えるだけでもダメで、もちろん、技を磨いてもダメ。

しっかりと身体を鍛えると同時に頭も鍛えて、状況にあった闘い方をしなければならない。

そうでなければ、生き残れない、と。

だから、身体を鍛えつつ、実戦を踏みながら、頭も鍛えた。

先ほども言った通り、確かに彼女は僕よりも知識レベルは高いだろう。

けれど、戦闘に関する知識の方は、僕の方が高い。

この二つだけで、既に僕と彼女の間には、歴然の差がある。

そして、その上、復讐として、数え切れないほどの魔族を殺した。

それを誇る積もりはないが、結果として、その経験が、更に僕を有利にする。

数多くの修羅場をくぐってきた。

城内で安穏とした生活をしてきた彼女が、それに届くだけの修羅場をくぐってきているはずもない。

経験と場数の差。

これも、バカには出来ない。

直感が身を助ける事もあるし、経験の蓄積し、頭の中でデータ化する事で、相手の行動を読む事さえも可能となる。

相手の行動を読む、先読みが出来れば相手の攻撃に対して、いくらでも対処できるし、自分自身が先手を取る事も可能。

圧倒的な地力の差がある場合は、そこまで大きく作用する事はないかもしれないが、力が拮抗しているとき、または、多少不利な状態でも、それをうまく利用できれば、勝つ事だって可能になる。

実際、僕が魔王に勝てたのは、先読みが出来たからこそでもある。

頭の方は、ほぼ同等だったが、地力は、やや彼の方が上だった。

いくら、僕が死ぬ気になって鍛えようとも、やはり、どうしても魔王には届かなかった。

とはいえ、元々、人間と魔族の間には、地力にそうとうな差があるのに、並ぶまでではないが、それに近いレベルに押し上げられたというのは、十分評価できるのではある。

けれど、それでも、やはり足りなかったのには違いなかったし、実際劣勢で、かなり苦戦した。

それでも、最後に勝てたのは、経験の差だった。

僕は復讐として、自分でも数え切れないほどの修羅場をくぐり、殺してきた。

それに比べ、多少の戦闘経験はあれど、それでも圧倒的な地力を持って、相手を叩き潰してきた彼は、ぎりぎりの闘いなんて物は、あの時が初めて。

いくら、彼が僕よりも強いと言ってもそれは紙一重、実際の上部では、状況次第ではどう転ぶかは分からない。

現実に、僕は、直感と先読みを駆使して闘い、勝利を得た。

それだけ重要なのだ、生死を賭けた闘いの中では。

そして、それだけの経験を持つ僕とそれを持たない彼女。

勝負にならないほど、あっさりと決まってしまうのは、当然だろう。

だからこそ、長期戦にするのは無意味。

長引かせたところで、ジリ貧どころではないし、僕と彼女ほどの差があれば、彼女が例え長期戦を狙ったとしても、あっさりと勝負は決まってしまうだろう。

どう足掻いても、僕と彼女では勝負にはならない。

だからこそ、唯一可能性としては、はっきり言って零とは言わないが、限りなく零に近い確立ながらも、勝算が残る方法が、攻撃一点のみに集中しての捨て身の渾身の一撃。

それしか残っていない。

だから、それは間違いではない。

「それでも、まだまだ能力不足だな」

間違いではないが、残念ながら、今の彼女では、その行為自体も無意味。

今の彼女の能力では、どれほど攻撃一点の身に集中して捨て身の渾身の一撃を打っても届かない。

あまりにも差が大きすぎる。

「何度も言っているけど、今は焦らずゆっくりと基礎を作って行こう?僕だっていきなり強くなったわけじゃない。じっくりとまず身体を作ってからだったんだよ?」

だからこそ、今の彼女には、基礎が必要なんだ。

僕だって、最初はずっと基礎ばっかりだった。

悲しみや憎しみなんかに狂いそうになりながら、心が暴走して基礎をすっ飛ばして、自分の感情のままに剣を振るって、殺してやりたいという気持ちを抑えながら、鍛えていた。

「う〜、でも、基礎ばっかりやっても、戦えないじゃないですか」

「基礎がなくても、こうしてあっさり負けてるだろう?」

「うっ」

彼女の気持ちも分からないでもないが、現実はそうなのだ。

どんなに実戦をこなしても、地力がなければ、勝てやしない。

「それに、眼に見えて分かりにくいかもしれないけど、鍛えたら鍛えた分だけ強くなるんだよ?少しずつだけどね」

それこそ、下手に技術だけを叩きこまれた相手ぐらいなら勝てるぐらいには強くなる。

何事も基礎が大事。

基礎がある程度できてから、初めてその一つ上のステップに行ける。

「というわけで、バーベル上げをしようか」

そういうわけで、彼女の前に、どんとバーベルを置く。

僕が昔使っていた奴で、重さは30キロほど。

「うっ……」

彼女が見て分かるほど嫌そうな顔をしている。

まぁ、彼女が基礎を嫌がる理由はこれだろう。

基礎訓練は地味な上にきつい。

彼女だって、最初はこれよりも軽かったが、バーベル上げを意気揚々となっていた。

けれど、彼女自身が、どんなに決心しても、そうやすやすと続けられるものではない。

特に、目標が曖昧だとなおさらだろう。

僕自身、これを使っていたときは、復讐と言う明確な目標があった。

けれど、今の彼女は、大切な人を守るため、という目標はあるが、自分で言うのも恥ずかしいが、今の彼女には僕が全てである。

こっちに来て、長いが、それほど大切だと思える人は僕以外いない。

その僕だって、彼女に守られなければならないほど弱くはないし、僕を彼女が守っている姿を彼女自身思い描くのも難しい。

そうなると、目標は曖昧になり、やる気は出ないし、意思は弱くなる。

特に、彼女はいくら魔王とはいえ、幼すぎる。

魔族は人間に比べれば長寿な生き物で、歳を取るのが遅いとはいえ、今の彼女は、可愛らしい外見に相応しく、僕よりもずっと若い。

今年で14歳。

それほど、子供というわけでもないが、大人というわけでもない。

不安定なところはあるだろうし、元々王城で安穏として暮らしてきていたのだ。

彼女がどんなに魔王としての責務を果たし、罪を償おうと決心したところで、やはり若さは出る。

誘惑に負けてしまう。

とはいえ、僕自身、それを否定するつもりはないし、それでいいと思っているけれど、それでも、ここは年長者として、自分が発した言葉に対する責任を取らせる意味を持って、厳しく接しなくてはいけない。

「はい、頑張って行こう、ファイト」

それに、やはり、今は力が必要だろう。

戦争が始まりつつある。

もしもの可能性はずっと低いと思っていたが、どうにも甘かったらしい。

人間同士での戦争が始まるのは予想していた。

けれど、僕という兵器を求める国家はないと考えていた。

確かに、僕を手に入れれば、それだけで十分に脅威になるだろう。

今更、謙遜したり、自分の力を過小評価をするつもりはない。

よほどの事がない限り、確実に勝利を手にする事は難しくはないだろう。

けれど、僕を手に入れるには、そうとうな労力が必要になる。

僕が地位や名誉、権力、金にさほど興味がない事ぐらいは、ある程度理解しているはずである。

もし、そんなものがいるのなら、とっくの昔に堂々と『勇者』として表舞台に立っているはずである。

けれど、実際はそれをせず、ひっそりと隠居しているのだから、そんなもので釣れるとはまさか考えていないだろう。

そうなると説得するのは、かなり難しいと考えるはずである。

だからと言って、力付くで手に入れようとしたとしても、一国の軍隊と同等の力と言うのは言いすぎだが、国の軍の一個中隊ぐらいの戦力ではある。

それを力付くで、しかも生きたまま捕らえる必要がある。

かなりの戦力が必要になるし、捕らえたとしても、力付くなのだ、素直に頷くとは到底思えない。

そうなれば、戦力を割いた分だけ損をする。

それを考えると、あまりにもリスクが大きすぎる上に、あまりにも分が悪い。

そのような状況下で、僕を必要にするとは思えなかった。

けれど、現実には、僕を求めている国の声が数多くある。

その全てではないだろうが、いくつかは僕を探そうとするだろう。

もちろん、僕だってそう簡単に見つかるつもりもないし、見つかったとしても戦争の道具になるつもりもない。

けれど、僕と一緒にいるのだ、きっと彼女を巻き込んでしまう事は必至。

だからと言って、別れるのは論外だし、彼女だって承知しないだろう。

僕には僕の、彼女には彼女の誓いがある。

だから、もし見つかった時、その時は、せめて彼女には自分自身を守れるぐらいの力は持っていて欲しい。

僕自身がどんなに強い力を持っていたとしても、力は万能じゃないし、絶対的でもない。

必ず守れるという事なんてありえない。

彼女自身が自分の身を守られるぐらい強くなるしかない。

その手伝いも、『彼女を守る』内の一つのはずだ。

ただ、分かりやすく守る事が全てではない。

こういう形の守り方だってある。

「う〜、無理!!」

何度か、あげようとして失敗、それを繰り返して、ついに断念。

まぁ、50回連続は確かに、今の彼女にはきついだろう。

一度二度あげるのは、苦ではないだろうが、それを連続で何度もとなると、苦しくならないはずがない。

モチベーションが高ければ、もう少し粘るだろうが、目標が曖昧な彼女にそれを求めるのは難しいだろう。

もちろん、今の現状を事細かに教えてやれば、彼女のモチベーションも多少なりはあがるだろうが、未だ確証がないのに、余計な事は言えない。

言って彼女を不安にさせたくないし、それに何より、昔の僕のように無理をして欲しくはない。

もし、いい方を間違えて、彼女を追い込ませるような事になった挙句、僕がしたようなかなり無茶のあるやり方で身体を鍛えるような事をされては、目もあてられないし、既にそれをやった僕が止められるわけもない。

助言ならいくらでも出来るが、その人の行動が他人に迷惑をかけていない限り、僕には止める事なんて出来ない。

それこそ、僕が復讐と言う名の虐殺をして回っていたようなことでない限りは。

だからこそ、言えない、言うわけにはいかない。

「はいはい、んじゃ、次はランニングね?さぁ、行こうか」

「お、鬼!?」

バーベルを片付けると、今度は重りを彼女に背負わせる。

今度は、これを担いで、山頂まで行って帰ってくるランニング。

重りの重さは10キロ、山頂までは20キロほど。

要するに40キロのマラソンと言う事。

まあ、彼女が僕の事を鬼と呼ぶ気持ちは分からないでもない。

「はいはい、鬼ですよ〜、鬼ですから、厳しく行きますよ〜。はい、スタート。制限時間は日が落ちるまで」

けれど、そんな事は躊躇せずに、スタート。

自分でも、かなり無茶な事をさせているのは十分理解している。

僕自身も、このトレーニングレベルに達するまでには、それなりに時間を要した。

まぁ、二ヶ月ほどで、マスターはしたけれど。

やはり、モチベーションの高さは、大事と言うことだろう。

「ふぇぇ」

彼女は既に、半泣き。

まあ、モチベーションがそれほど高くないんだから仕方がないだろう。

けれど、心は、彼女の言う通り、心を鬼にしなくちゃいけない。

自分勝手だろうが、なんだろうが彼女には強くなってもらう。



「うぅ〜、死んじゃう。絶対に死んじゃうよ」

結局、制限時間内に到着できず、ペナルティの筋トレをする羽目になった彼女は、稽古終了と同時に、その場に倒れこむ。

まあ、なんだかんだ言っても頑張っている方だろう。

実際、僕がやっている稽古は、はっきり言って非人道的。

どこの国の軍隊だろうと、それをやらせたら、どんなに粘っても、数日でやめていくだろう。

バーベル上げなんかは、まだ多少は楽だろうが、ランニングはそうじゃない。

急傾斜な上に、舗装されてはおらず、更にコース上には、たくさんのトラップと地獄のアトラクションがある。

一兵卒の軍人じゃ、続けるどころか走破することも不可能だろう。

それを、制限時間内に到着できなかったとはいえ、しっかりと走破し、その上、なんだかんだと文句を言いつつも続けているのだ、そんな彼女を頑張っていないとは言えない。

求める物を高くしているから、彼女が随分情けなく映るかもしれないけれど、それは勘違いと言う物で、実際の彼女は本当に良く頑張っている。

「はいはい、その程度の事で死んでたら、僕もとっくの昔に死んでるって」

とはいえ、昔の僕に比べればやはり、雲泥の差ではあるが。

朝起きて、バーベルを持ち上げた後、山頂往復ランニングをして、更に筋トレして、お昼の小休止、その後、もう一度山頂往復ランニングをした後、今度は100キロのバーベルを連続100回上げして、30キロの重りを付けた剣で素振り300回などなど、数え切れないほどの無茶をしてきた。

それに比べると、まだまだ可愛いものだろう。

まぁ、それをさせる気も、毛頭ないんだが。

「……化け物」

「はいはい、化け物で結構。さあ、さっさと浴室に行って汗を流しておいで。出てきたら、マッサージをしてあげるから」

彼女の言う通り、自分でも自分がどれだけ化け物染みているのかは良く分かる。

そんなものに、彼女をするつもりはない。

あくまでも、ぎりぎり厳しいレベルで止めておく。

まぁ、そのぎりぎりもたいがいありえないほど厳しいのだが、この際、それは気にしないでおく。

彼女には化け物にはなって欲しくない。

彼女は、今、どんどん可愛らしくなっている。

初めて会ったときとは見違えるほど、性格が丸くなっている。

今では、普通に街にいるその年頃の少女と全く変わりはない。

周りの誰もが、彼女がまさか魔王だなんて思っているはずもなく、普通の女の子として接している。

僕はそれでいいと思う。

未来はきっと、辛いだろう。

絶対に、魔王としての責務を果たさないといけない時が来るだろう。

けれど、せめて、そのときが来るまでは、普通の女の子でいさせてあげたい。

どんなに苦しい訓練を受けた女の子だったとしても、最後の一歩を踏ませなければ、それはただの少女。

僕が、復讐のために、その一歩を越えたがために、化け物に成り下がってしまったような事を彼女にはさせたくない。

狂ったように鍛え、闘い、殺した。

そんな事を、彼女にはさせたくない。

「んじゃ、行って来ます」

着替えを持った、彼女が浴室に向かう。

それを、確認すると、早速夕食の準備。

今日は、彼女の稽古に付き会ってたから、当然夕食の準備なんか出来てはいない。

彼女のペースにあわさず、さっさと帰っていれば、いくらでも作れてはいたが、さすがにそれは忍びない。

いくら、ここらいったいが僕のフィールドとは言え、全く安全と言うわけではないし、彼女自身稽古で疲れている、何が起きるか分からない。

一応、名目師匠としては、目を離すわけにはいかない。

それに、今こうして、彼女が汗を流している間にいくらでも作れるから、別段慌てることでもない。

「ふむ」

食料庫の中身を見る。

「今日はごちそうとしますかね?」

思わず、笑いを一緒にこぼしながら、そう呟く。

彼女は本当に頑張ってる。

特に、今日はあっさりばっさりと負けた上に地獄の猛特訓。

かなり疲れているだろう。

多少労ってやるのも悪くないだろう。

むしろ、労ってやらなくちゃいけない。

飴と鞭は上手に使い分けないとね。

厳しいだけじゃ、嫌われかねないし、踏み出させかねない。

せっかくの同居人で、家族。

失うにはもったいなさすぎるし、誓いにそむく。

「うっし、腕によりをかけて、作りますかね」

なんて言った所で、僕の腕と材料じゃ高が知れている。

だから、ここは別のところに力を入れておこう。

もちろん、いつも以上に豪勢な物を作るけど、それ以上に、もっと大切なものを加える。

僕から彼女への愛情。

なんて、ちょっと気持ち悪いかな。

でも、それはそれで悪くないだろうし、言わなければ分からない。

彼女も頑張ってることだし、僕も頑張りますか。

たった一人の家族のために。



「で、情報はどれくらい集まった?」

「勇者レイオン・カスリムは、今は、ルイ・フェリルと名前を変え、地方の田舎街ルクイドの傍にある山の中で、薬売りとして生計を立てつつ、少女と暮らしているそうです」

「その情報の信用度は?」

「かなり、高いようです。都でも薬師のルイ・フェリルの名前は有名ですから、いくらでも情報は集まりました。彼自身、かなり高い知識を持ち、それに合わせて複雑なエンチャントをしているようですし、その薬師としてレベルは、この国の医局の者よりも高いようです。このレベルの人間はまず居ません。勇者レイオン・カスリムでなければ」

「そうか」

思わず、笑いが漏れる。

どうやら、手に入れた情報の確実性は高いらしい。

勇者が医療に詳しい事は、まずない。

特に、下々の人間が蔑称で言う『職業勇者』ならなお更だ。

そんなものを覚える暇があったら、自分自身を鍛えるか、貴族に媚を売るかだ。

医療の事なんかは、それの専門に任せておけばいい。

そう考えるのが大半だ。

けれど、勇者レイオンは違う。

自分自身を鍛える事だけでは飽き足らず、たくさんの人間を救うために、独自に薬を開発したりと、医療にも力を入れていた。

その技術は、なんとも情けない話だが、この国の医局の専門家以上のものを持っている。

本当に、化け物だ。

魔王を殺すだけの力を持ち、人を救う医療の技術も持つ。

これを化け物と呼ばずになんと呼ぶ。

だが、それが、今回は、その化け物に取っては、仇になったようだ。

多少、質を悪くすればばれなかっただろうが、どうせ偽善者面で正義感を振りかざして、救える命はいくらでも救うなんていうお粗末な心構えで、どんどん作ったのだろう。

自分の居場所を見つけてくださいと言っているような物だ。

「なら、そのルクイドとやらに行くか」

ならば、行ってやらなければなるまい。

そこに、兵器があるのだ、使わない手はあるまい。

兵器は使ってこそ意味がある。

戦争のために使ってこそなのだ。

「ふん、勇者レイオン・カスリム。どれほど甘い人間なのだろうな」

まぁ、人のためだと言って、医療にまで手を染める勇者だ、砂糖菓子レベルの甘さの人間には違いないだろう。






ようやく、三人目が出て来ました。

出て来ましたけど、すっごく性格悪そうです。

てか、悪いです。

この三人目も一応主要登場人物。

まぁ、後からどんどん増えてくるかもしれませんがね。

ちなみに、これは、多少シリアスが入りますが、基本出来るだけコメディっぽくします。

なので、あしからず。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ