第一話 他称勇者と魔王
うららかな昼下がり。
穏やかなティータイム。
「よう、色男。また、可愛い彼女を連れてデートかい?」
それを邪魔する野暮な男。
彼の名前は、イル。
今、お茶をしているお店のウェイターなんぞをしている。
「いつも言ってますが、妹です」
僕は、そんな野暮な男の言葉をため息混じりに返す。
もう、何度も何度もした会話。
正直、みみたこ状態。
事あるごとに、僕と彼女をくっつけようとする。
お互いの気持ちを考えずに。
「イルさん?お仕事はいいんですか?」
「え?」
真向かいに座ってる少女―アリスがそう言った。
店内からは、店長らしい人のイルを呼ぶ野太い声が聞こえている。
今は昼時。
一番忙しい時間帯に、こんなところで油を売ってたら、それは怒られてしまうだろうよ。
「今、戻ります!!」
そう言って、慌てて戻るイル。
「ふふふ」
それを観た僕達は、二人して笑った。
いきなりだけど僕の名前は、ルイ・フェリル。
薬売りなんかをしている。
僕の作る薬は、効果が高く、そのためわざわざ都から買いに来るほどの上得意さんがいるほどで、割と暮らし振りは豊かなほう。
そして、一緒に居る妹。
本当は、血は繋がってないし、それどころか種族も違うんだけど、説明が今の情勢じゃ出来ないので、今のところは妹と言うところに落ち着いている。
彼女の本当の名前は、アリス・セナイシス・クゥ・ウェリザリウス。
今は、強大なので、アリス・フェリルと名乗っている。
そして、魔族。
僕は人間。
だから、種族が違うというわけ。
そんな僕達が一緒に暮らしている理由はただ一つ。
贖罪。
僕は、彼女の父親を殺したから。
彼女は、自分の同胞が快楽のために殺戮を繰り返した事を知らずにいたから。
彼女の父親は魔の者の王。
要するに魔王。
彼は、同胞が行う殺戮を嘆きながらも、止められずにいた。
故に、魔の者の王として、代表として戦い、その命を散らした。
その思いを継ぎ、彼女もまた、魔の者の王として戦い、死ぬつもりでいた。
そして、僕は、それを救いたいと思った。
僕が魔王を殺したのは、復讐のため。
家族と恋人を殺され、怒りと悲しみのはけ口を求めた僕は、魔族を憎み、復讐する事を誓った。
それが、彼らの望みかどうかも分からないまま、復讐する事を誓った。
そして、最後の到着点は、魔の者の王だった彼を殺すことだった。
魔王を殺せば、終わると思っていた。
けれど、魔王を殺した後、その手に残ったのは、何もなかった。
ただただ虚しくて、空虚だった。
そして、何も変わらなかった。
不安はあった。
いや、おそらく、気づいていたんだと思う。
魔王を殺したところで、何も変わらない事は。
魔王を殺しても、他の魔族は、己の快楽のために人を殺すであろう。
平和には決してならない。
自分が行った事。
それは、決して無駄だとは思わない。
けれど、だからと言って、意味があったとも思えない。
結局は、僕の我侭で、自己満足。
自分の悲しみから逃げるための口実だった。
そして、その口実が原因で、一人になった彼女。
いくら、同胞が原因で起きた事で、それの責任を取らなければいけない立場だったとしても、僕が彼女の居場所を奪ったことには変わりはない。
だから、これもまた、僕の我侭で、自己満足だが、彼女を救いたかった。
守ってやりたかった。
「はぁぁぁああっっ!!」
気合の一閃。
彼女の全身全霊の一撃。
けれど、それを僕は、あっさり紙一重で交わすと、足を引っ掛ける。
ど派手にこける彼女。
「うぅー、また負けました」
これで、彼女の172連敗。
通算は1勝172敗。
とはいえ、その1勝も、不戦勝のような物。
僕が、わざと負けた、と言った物だし。
最初の勝負は魔王城だった。
それが、出会いだったわけでもあるのだけれども、魔王を殺した僕は、虚無感を抱えていた。
生きる気力も意味も何もなく、ただその身を血で汚して、虚しさだけしかなかった。
だから、死ぬつもりだった。
魔王城にある塔の屋上から飛び降りようと思っていた。
そのときに、彼女は現れた。
温室でぬくぬくと育てられた彼女は、当然実戦経験どころか、剣を持った事さえなく、身体は震え、戦うということ自体に恐怖感を抱きながらも、復讐のために剣を持ち、僕と対峙した。
戦いのイロハも知らぬ彼女。
ただ、恐怖からの脱却のために剣を持ち、僕に突進して来た。
あまりにも稚拙な攻撃。
だけど、僕は、避けなかった。
絶望から逃れるべく死を望み、彼女の復讐を叶えるために避けなかった。
それが、彼女が持つ唯一の1勝。
とはいえ、彼女はそれを1勝とは考えていないだろう。
戦いとも呼べぬものだったのだから。
その後、腹に剣を突き立てられた上に、自分から投身自殺を図ったのだが、彼女に救われ、今こうしているわけなのだが。
「まあ、これでも、世界最強だからな。そう簡単には勝てないさ」
そう言いつつも、自分の言った言葉に内心で苦笑する。
世界最強。
そう、僕は確かに世界最強。
魔王を倒した僕は、自分から名乗り出れば、『勇者』と呼ばれ、貴賓並の扱いを受けるだろう。
下手したら、王族の仲間入りだってありえたかもしれない。
けれど、僕自身はそれを望まなかったし、なりたくもなかった。
他人から観たら、それは偉業なのかもしれないだろう。
忌み嫌われ、憎しみの対象である魔族。
それの王を倒したのだ、偉業以外でもないだろう。
けれど、僕には違った。
魔族を、魔王を殺した事。
それは、僕にとっては、ただの純然たる罪だった。
僕は、正直、自分でも数え切れないほどの魔族を殺した。
深い深い奈落の闇に突き落とされてしまったほど殺してきた。
そのおかげ、とでも本来は言うべきのだろう、今、目立って何かを起こす魔族は居ない。
それを行ってきた全ての魔族を、と言っても過言じゃないほど、ほとんどの魔族を殺した。
手は、身体は深紅に染まり、心はどんどん淀んで行く。
今、自分がしている事が正しい事なのか、分からなくなるほど、苦しかった。
だからこそ、それを偉業だとは思えなかった。
特に、魔王城にいる魔族達を殺したときなんかは、そう思った。
彼らは、何一つとして、殺されるような事はしていなかった。
ただ、魔王を守っていただけだった。
けれど、僕は、ただ魔族と言う理由で殺した。
何の罪もない彼らを殺したのだ。
それを罪と言わずに何と言うのだろうか。
罪としか、言えぬだろう。
例え、誰かが、それを否定しようとも、僕はそれを罪だと思い続ける。
だから、それを誇る事なんて出来ないし、ましてや、自分を『勇者』だなんて思えない。
ただ、力だけを持つ、愚かな『世界最強』。
それだけだ。
「さあ、そろそろ夕飯にしようか?」
見上げた空は茜色に染まっている。
隠れるようにして住んでいる僕達の家は山の中。
日が落ちたら一気に冷える。
風邪を引かないためにも、早めに入っておいたほうがいいだろう。
それに、僕自身、動き回って腹ペコだ。
旅をしているときは、一食どころか、二三日、何も食べなくても、多少水分さえ取っていれば、我慢できたけれど、今じゃもう無理。
素直に朝昼晩とお腹が空く。
まあ、あの時は気が昂っていたし、無意識の内にそういう感情をセーブしてしまっていたんだろう。
そういう意味では、僕も多少大人しくなったんだろう。
逆に言えば、鈍った、という事なんだろうけれど、もう争い事なんてせずに、静かに暮らす分には、それでちょうど良いだろう。
彼女を鍛えているのも、もしもの時のためで、そのもしもだって、起こる可能性はかなり低く、彼女自身の気を紛らわせるためでしかない。
ただ守られるだけではなく、自分自身と、それと誰かを守れる力を手に入れるために、そのために彼女は剣を持っている。
「今日は、寒くなってきたから、パンとクリームシチューだよ」
席に座っている彼女の前と自分の前に器を並べると、僕も自分の席に座る。
元々がお姫様だった彼女は当然家事は出来ない。
彼女の希望もあって、少しずつ教えてはいるが、まだまだ先は遠く、やはり僕が家事の一切を仕切っている。
「ふふ、おいしいです」
差し出したクリームシチューを彼女は幸せそうに食べている。
魔王城に居た頃は、もっといいものを食べていたはずだろう。
きっと僕が食べた事もない程のおいしいものばかりのはずだ。
けれど、そう言っている彼女は、本当に幸せそのもので、嘘偽りは何一つとして見えない。
だから、彼女がそう言ってくれるのが嬉しくて、幸せで、僕自身も食べているものが何倍もおいしく感じる。
だけど、それは決して特別なことじゃなくて、むしろ懐かしい事。
まだ、家族と恋人が生きていたとき。
家族や恋人と食べた食事は、いつも美味しくて、幸せだった。
その場の空気が暖かくて、穏やかで、本当に楽しくてしかたなかった。
それを、今、僕と彼女は感じているんだろう。
家族としての繋がりを、血や種族の壁を越えて、当たり前のように感じているんだと思う。
「ごちそうさま」
彼女は、そう言って、食器を片付ける。
片付けは彼女の仕事。
まだまだ夕飯を任せるのは足りないけれど、それぐらいは十分に出来る。
そして、その間に、僕は繕い物。
修練で破れた服なんかを繕わなくちゃいけない。
これも、まだまだ彼女には任せられない。
針仕事も、これはこれで難しいわけだし。
ほつれている裾や、破れたズボンを、ささっと繕っていく。
これは、旅の時に何度もやってきたことだから、手馴れた物。
お金持ちの貴族や、『職業勇者』だったら、いくらでも新しいものを買えただろうが、ただの村人出身の僕はいつも貧しく、食べるものにも困っていたぐらいだから、当然、服も完全にだめになるまで、着続けないといけないわけだから、当然の仕事だった。
「むー、ホント、ルイさんって、何でも上手ですよねぇ。なんだか、自分が女の子として恥ずかしいですよ」
いつの間にか、洗い物を終えて戻ってきたアリスが、後ろから覗きこんでいた。
「まあ、これは慣れだから仕方ないよ。アリスも、慣れたら、出来るようになるさ。だから、慌てずに一つずつ覚えていこう?」
僕はそう言いながら、そんなアリスの頭を撫でる。
器用な彼女は、どんどん吸収して行っている。
いきなり言った事を全て完璧にこなしてしまうほどではないが、しっかりと聞いて、ちゃんとそれを理解をしている。
だから、いざ実践となっても、慌てず騒がずに出来るし、分からない事はしっかりと聞いて、少しずつながら、自分の物にしていく。
生徒としては、なかなか優秀だろう。
「それは、分かってるんですけど。でも、やっぱり、いつまでもルイさんにおんぶに抱っこじゃ悪いですし」
そして、常に忘れない向上心もあるのもいい。
本当に優秀な生徒だ。
僕にはもったいないぐらいの。
「その気持ちだけで嬉しいよ。さあ、繕い物も終わったし、そろそろ眠ろうか?」
繕い終わった彼女の服をしまうと、立ち上がり、ベッドルームに向かう。
今日も一日お疲れ。
さっさと寝て、休養をしないといけないだろう。
特に、いつもいつも頑張って身体を鍛えている彼女なんか、身体を労ってやらないといけない。
「う〜、なんだか、はぐらかされてるようにしか思えませんけど、仕方ないですね。寝ましょうか」
彼女もしぶしぶながら付いてくる。
まあ、彼女自身も自分が疲れている事を分かっているんだろう。
良く寝て良く食べて良く動く。
それが強くなる一番の近道だと言う事ぐらい彼女だって分かっている。
決して無理はしない。
二人して同じベッドにもぐりこむ。
元々、一人用の小屋だったから、ベッドは一つしかない。
買いたそうかとも思ったんだけど、やめて置いた。
やめた理由は、いくつかある。
いくら、多少豊かだとしても、金持ちというわけでもない。
使えるお金は少ない。
だけど、何よりも、一番大きな理由は二つある。
「おやすみなさい」
彼女は、そう言ってぎゅっと抱きついてくる。
彼女は、夜、一人では眠れない。
彼女の住んでいる世界は、環境も何もかもががらりと変わってしまっている。
それが不安になり、恐怖と変わり、そして悪夢となる。
うなされ、起きて、恐怖で眠れなくなる。
だから、こうして、一緒に眠っている。
一人ではなく、二人であれば、悪夢も見ないし、怖くもないし、不安もない。
安心して眠れる。
そんな可愛い妹の頭を撫でる。
今の僕のたった一人の家族。
大切な妹。
僕と彼女が同じベッドにいるもう一つの理由。
それは……
「おやすみ」
僕はそう言って、彼女を抱き締め返す。
やっぱり、僕も一人が寂しいって事。
誰かの温もりを感じていたい。
そういうことなんだ。
とりあえず、プロットも何もありません。
完全に行き当たりばったりで書く気満々の小説です。
ですが、まあ、見捨てないでやってください。
後、とりあえず、更新は……
たぶん、不定期です。
なので、毎日更新、なんていうのは期待しないでくださいねぇ。