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第四話 Steel Body,Iron Heart 第三章

 正直信じられなくて相手をマジマジ見てしまう。人間そっくりのロボットなんてTVの世界のことだと思っていた。今回の任務を聞いたときも見れば分かる程度、とちょっと思っていた。


「何? 珍しい?」


 そりゃもう。

 ちょっと前までは車が喋るのだって驚いていたし。

 ……そうか。外見でも全然分からないのに、受け答えも人間臭いからか。悪いけど今は彼女の自称くらいでしかロボットってことは分からない。演技かもしれないし、思いこみなのかもしれないし、って考えたらキリがない。

 あ、ちょっと待て。そういえばあたしたちの通信に横入りしていたっけ? そんなことができそうな物を持ってるようには見えない。


「で、どうするのジェル?」

『どうするも何も…… どうやらこちらの保護下に入ってください、なんて言って聞きそうにありませんしねぇ。』

「分かってるじゃないの。」


 ミスティはフフンと小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。でも逆に綺麗すぎるというかなんというか、ちょっと演技じみて見えてしまうのは気のせいだろうか?


「博士からドクターミルビットのことは聞いてるわ。敵じゃないようね。そうじゃなきゃ単なる間抜け。それに元々馴れ合うつもりもないの。」


 さっきの印象が残っているのか、どうも本心とは思えないような気がする。気が張ってる、のかな?


『まぁ、さすがにこちらのカードが足りないのでこの場で、とは考えてませんがね。何をしたいのか分かりませんが、お手伝いできませんかね。』

「お生憎様。とりあえず私の邪魔はしないで、って言いたいだけ。それじゃ。」


 そのままスッと立ち上がって、雑踏の中に消えていく。あんまりにも自然な動きだったので引き留めるのを忘れてしまった。


《追跡かけますか?》

『やってもいいが、すぐにバレるだろうな。彼女のセンサー精度は相当高いらしい。それに……』


 ホーネットの提案に答えるジェルだが、言いかけて途中で「ま、いいか」と言葉を切る。こういう言い方したときは聞くだけ無駄だろうから、まぁ何かあるんだろう、ということだけは憶えておく。


「で、ジェラード。これからどうする?」


 いつの間に戻ってきたのか、大男がさっきまでミスティが座っていた所に腰を下ろす。


『どうするってなぁ……』


 おそらく最大の目的は達成できたのだろう。こういう展開になるのもある程度予想済みだったのかな? まずは本人に会ってみたかったんだろうか。


『よし、今日は解散。』

「は?」


また唐突な。


『正直なところ、これ以上ラシェルを歩かせてもあまり意味がないというか……』


 まぁ、当たりくじは引いちゃったし。


『カイルはもうちょっと暴れさせるとして…… ホーネットに送らせますか?』


 さらりと街の危機を言ってくれたが、帰るにしてもなぁ。


「いや、いいわよ。一人でに帰れるし。」


 せっかくだから少しあちこちブラブラするかな? 新作とか見ておきたいし。

 その旨を告げ、あたしは銀河連合警察A級捜査補佐官から普通の女の子に戻ることになった。



 いつも妖しい笑みを浮かべる店員がいる微妙に馴染みになったブティックへブラリ。ここはちょっと懐に厳しいお店なので実は自分の財布からは出したことがない。


「あらー 今日はラシェル一人? お買い上げはないわねー。」


 クププ、といつも通りの妖しい笑みを浮かべる店員さん。性格は悪趣味だが、メジャーが要らないほどの眼力に服のセンスは超一流。さらに商売上手も超一流なところが恐ろしい。


「ん~ ま、いっか。白衣の彼に後で請求回しておくわ。いじりがいのある子の分も付ければ文句はないでしょ?」


 ……ちなみにリーナちゃんのこと。店員さんのお気に入りらしい。何となく気持ちは分かるというか何というか。

 リーナちゃんは自分から服をねだることもないし、服をあんまり選んだことない――というか自分を綺麗に見せようという女の子としての本能にやや欠けるというか――ので、保護者のジェルとしてはあたしかこの店にお任せにしているところがある。基本的にジェルはお金に困っていない――つーか、個人所有で宇宙船持っているしな――ので言われるがままに払っているわけだが、店員さんも別に暴利をむさぼっているわけでもないので、お互い良い関係らしい。

 あたしもそのおこぼれに預かっているわけだが、別に何か強要されるわけでもなし負担になっているわけでもなし(と思う)、でも何を着てもウンともスンとも言ってくれないのは寂しいというか悲しいというか悔しいというか。まぁ、ジェルにそんなこと求めるだけ無駄、ってぇのは分かっているんだけどね。

 あ、そういえば一度だけ自分でも「早まったなぁ」というのを着たときにも何も言わなかったけど、ちょっとだけ顔をしかめていたっけ? 意外と見てるのかなぁ。

 もやもや考えている間にも次々に服を用意していく。確かにこれはリーナちゃんに似合いそうだ。それでも少しでも意識改革をしようと思っているのか、派手目の物や露出の高めの物を加えている。

 露出が高い、っていってもちょっとノースリーブだとか、スカートの丈がちょっと短いとかそれくらいなんだけど。それでもリーナちゃんにとっては結構な冒険なんだよね。


「あとは…… あ、これこれ。この前のスカート、なかなか合わせられるの無かったでしょ? でもこれならどう?」


 ぬぅ、この買わせ上手め。ちょっといいなぁ、と思って買っ(てもらっ)たスカートがあったんだけど、意外と合わせられるのが無くて困っていたんだけど、これならオッケーかも。

 でも…… 相変わらず良い値段だなぁ。自分の財布から出すには軽く躊躇できるくらい。物も良いので妥当だとは思うんだけど。


「大丈夫大丈夫、ラシェルの分はポイントで買ったことにしてるから。」


 曰く、結局ジェルがリーナちゃんの分(たまにあたしのも)を結構買っているので、その分ポイントもたまっているとか。ポイントとか全然気にしていないどころか、会計自体「それでいいの?」ってくらいに言われたまま払っているとか。ちょっと気になって店員さんに聞いてみたら、


「良いお客さんは大事にするのよ~ あの人ブランドとか値段とかそういうくだらないこと気にしないし~」


 ブティックの店員としてはいかがなものか、って発言の気もするが、でもそんなところなんだろう。逆に言うと、良いお客さんにならないような人にはたまにボッてるのかもしれない。


「あ、大丈夫大丈夫。ラシェルは上客よ~ ちゃんと自分を分かって選んでるから。そういう子はアタシ応援しちゃう☆」


 その流し目が怖いんですけど。でもそういう風に言ってもらえるのは悪い気分じゃない。


「でもラシェルはあんまり買ってくれないからねぇ。」


 一介の女子大生には厳しい値段のお店でそんなこと言われても。それでも最近は懐ちょっと暖かいかな? なんだかんだでGUPの捜査補佐官としての給与が出ているし、研究所でご飯食べること多くなったから食費もあんまりかからなくなったし…… もしかして今結構金銭的に恵まれてる環境?

 色々考えている内に店員さんが袋二つ分くらいにまとめてレジを通していた。こっちがリーナちゃん用で、少し小さいのがあたし用かな? 今日はまっすぐ帰るつもりだから研究所に行くのは明日以降だなぁ、とちょっと忘れそうなのが怖いかも。

 でも忘れたところで趣味も身長も、後こースタイルとかが違うからリーナちゃんの服は着られないのよね。あたしの方が若干年上なのにどうして神様は不公平なことしてくれるんだろ……

 で、こういう理不尽さが空回りしちゃうのが当のリーナちゃんが全然意識していないのと、(ねた)んだりするのが勿体ないくらい良い子なのよねぇ。

 一クレジットも払ってないけど、サイン一つで袋を受け取って外へ。そういやぁ、通信機あるんだからジェルに言っておいた方がいいような気もするんだけど、面倒だからパス。ジェルと話しすると八割くらいの確率で無駄に疲れるか口喧嘩になってしまうし。

 帰りにカフェでも寄ろうかと思ったけど、さっきカイルに付き合って色々食べたのを思い出して止める。さすがに紅茶だけ飲んで帰るのは女の子の本能を考えると不可能に近い。ここは我慢我慢。ただでさえリーナちゃんの料理やお菓子に籠絡されそうになっているわけだし。しかも紅茶ならセバスチャン――ジェルの研究所に何故かいる執事だ――の煎れるのに勝てる物がそうそう無い。

 仕方ない、と一人トボトボとメトロに乗って帰る。あ~ 晩ご飯どうしようかな、とマンションに足を踏み入れた。ちなみに親の関係で結構良いマンションに住まわせてもらっている。とはいえ、飽くまでも一人暮らしの女性用のマンションなのでセキュリティがしっかりしているが、そう広いわけでもない……はず。実家やジェルの研究所とは比較のしようがないし、知ってる友達で一人暮らしってあんまり多くなくて。

 ゴチャゴチャ考えながら入り口のセキュリティを抜けてエレベーターに。最上階とは言わないけど、結構な上階にいるからエレベーターに乗る時間は長い。

 明日はどうするのかなぁ。

 チーン、という毎日聞いている音がして軽いショックと共にエレベーターが止まる。着いたらしい。

 いつものペースで歩けば目をつむっても自分の部屋の前にたどり着く。変化のない日常をちょっと考えさせられる。ドアを開ければ出かけたときと全く変わらない……


 …………

 …………


 いや、ちょっと待って。

 あたし、間違いなくシャワーは止めて出たよ。別に今日は急いでいたわけでもないし、シャワーの音があからさまに聞こえるのに出かけるほどドジっ子属性も持ってない。

 となると次の可能性としては……


「あら、帰ってたの。」


 身体にバスタオルを巻き付け――脱ぐと思った以上にすごいよこの人――シャワーから出てきたのは、さっきあたしたちの前から消えたはずのミスティその人であった。


「…………」


 ここは驚くべきなのか怒るべきなのか、それとも見なかったことにするべきか。


「あ、ラシェルの服だと小さいから他に何かある?」


 見なかったことにしようかなぁ。


「……意外と反応が面白くないわ。」


 えぇえぇ、驚かされるのには慣れているので。ジェルのお陰というか何というか、思ったよりも冷静でいられた。でも感謝をする気は無い。


「ちなみにどんな反応だったら正解?」

「そうねぇ……」


 わざとらしく口元に指を当てて考えるような素振りを見せるミスティ。ホーネットたちジェル特製人工知能搭載のスーパーマシン――自分で言っておいてなんだけど、恥ずかしい言い方だが他に言葉が思いつかない――たちも人間くさいやりとりをする、と思っていたけど、姿まで人間だと本当にアンドロイドなの? と思ってしまう。

 そんな思いが顔というか視線に出てしまったのか、ミスティが見つめ返してくる。おまけにちょっと胸元を強調してくるところなんて計算高い感じがする。


「……惚れた?」

「惚れるかぁ! って、言いたいところなんだけど、そういうの定番すぎて逆に対応に困るかも。」


 醒めた態度で返すと、予想外だったのか一瞬間があって不思議そうな表情を浮かべる。

 ……あ、何となく分かったかも。

 同じような反応を見たことがある。戦闘ヘリのブラックホーネットにはマンションから研究所までよく乗せてもらうが(電話一本で来るから何とも便利なのだ)、移動中に無言というのもつまらないので色々話すことがある。ホーネットのパーソナリティ(性格と言ってもいいかな?)はミドルティーンの男性らしい。ジェルからの聞きかじりだけど、人工知能を一から育てるにしてもある程度の「モデル」があった方がいいらしい。それが設定年齢なり性別なり、というわけだ。

 前に一度、あたしとリーナちゃんのどっちが可愛い? と聞いたことがある。まぁ、見事に慌てたこと慌てたこと。さすがに操縦まで疎かになってちょっと怖かったけど。

 つまり、ある程度データの揃ったこと……それこそ「定番」なやりとりには強いが、想定外の事態に対しては改めてデータ検索や計算をしなければならないらしく、「人間」よりわずかに反応が遅れてしまう、らしい。

 もし彼女が今のやりとり通りの性格なら、多少イレギュラーな対応をされたところでサラリと受け流せるはずだ。


「ま、まぁ、惚れられても困るしね。」


 もしかして「本来」の性格も違う?

 まだ二十年も人生過ごしてないあたしに悟られるようなら、よほどの正直者らしい。……って、そうか。あのジェルとは正反対な人の良さそうなピートさんの育てたAI(ひと)だ。性格が悪いはずがない。

 さて、そこまで分かったところでどうしよう?

 彼女がとりあえずこちらの元に来るつもりはないらしい。ということは何か「理由」があるのだろうか?


『誰かの理由を知りたくなったら、まずはその人になってみるのですよ。』


 ジェルの言葉が無駄に脳裏をよぎる。おっと無駄じゃない。なるほど、なってみるのか。

 今の状況を考えよう。おそらくピートさんの手引きでサイバークロン社から逃がしてもらった。でもきっとピートさんの意図から外れてまだポートタウンに留まっている。それは何のため?


「……ピートさんが危険なの?」


 ピクッ、とミスティが反応する。次の瞬間、彼女はあたしに掴みかかっていた。


「な、なんであんたが博士のことを名前で呼んでるのよ!」


 うわー。知らなかったことまで分かったかも。そうよね、ずっと育てた異性のAI(こころ)。育てた方だって育てられた方だって……ってことかも? それこそピートさんが彼女を「逃がした」のもそれが原因なのかもしれない。


「分かった。」

「え?」

「とりあえずジェルたちには内緒にして欲しい、ってことでOK?」

「う、うん……」


 こちらの意図がつかめないのか、探るような目を向ける。


「個人的に言うと、あの変態科学者を巻き込んだ方が結果は派手になりそうだけど、少なくともあなたとピー……コリンズさんの安全は間違いないわよ。」

「それは無理。」


 思いっきり断言されてしまった。


「データがないもの。判断のしようがないわ。現時点の情報で博士を救うには単独行動が一番確率が高い。」


 そしてあたしに目を向ける。……どうでもいいけどそろそろ服着ない? 風邪(かぜ)……はそういやぁひかないのか。


「このマンションのセキュリティは高い方だし、私が潜伏することによる住人――つまりラシェルに対する危険も回避できるようだし、しばらく使わせてもらうわ。」


 いや、今何かとてつもなく物騒な言葉を聞いたのですが。分かっててミスティがニヤリと笑みを浮かべる。


「迷惑をかけるつもりはないわ。」


 すでに十分迷惑になっています。

 そう言いたかったけど、何となく彼女の目が無理しているように見えて言葉が出なくなる。予想以上に状況は厳しいのかもしれない。

 となるとなおさら身の安全はどうにか保証して欲しいんですが。


「……あれ? 気づいてない?」


 どんな顔をしていたのか鏡を見てないので分からないけど、ミスティがあたしを見て今度はふふん、と笑う。


「あなた、守られてるわよ。」


 へ?

 一瞬、間抜けた声を出しそうになって、これ以上ミスティの前で醜態をさらすのもアレなので、その辺はどうにか誤魔化す。

 そしてすぐに思い当たった。

 さっきも言ったとおり、ホーネットを電話一本で呼びつけることが何度かあるわけだが、最初に呼んだ頃よりも最近は来るのが早くなったような気がする。いつもいつもジェルの研究所から飛んできているものだ、と思っていたけど、もしかして。あ、そういえば今日もあたしの頭上にいたっけ。

 あたしが視線を上げたのを見て、ミスティも同じように顔を上げる。


「あ、ちなみに今は近くにいないようよ。周囲を監視しているようね。……そして部屋の内部まで探査の目は届いていない。」


 天井を射抜くような視線。一瞬見せた感情を感じさせない瞳は、まさに機械仕掛けの冷たさを感じた。


「さすがに私生活にまで立ち入ってはいないようね。……だから下手にペルソナなんか持たせるから面倒なのよ。ま、おかげで付け入る隙があったわけだけど。」


 後半二つは独り言だったのかはっきり聞こえなかった。一つは何言ってるかよく分からないし、最後のは聞かせるつもりもなかったようだ。

 今のを整理すると、とりあえず監視ってほどじゃないけど、ホーネットがつかず離れずあたしについているようだ。でも部屋の中までは見てないらしい。もし見ているようだったらジェルに思いっきりパンチだ。

 ジェルの話だとホーネットのセンサー能力はチーム・グリフォン随一だと。ここは高層階なので、外から見られる心配は無いなんて思っていたけど、ヘリのことまでは想定してなかったなぁ。ジェルのやることだから、その気になればあたしがいかに頑張ろうとも赤裸々な姿を見られるわけで。……ホーネットの良心に今後も期待しよう。

 ゴチャゴチャ考えても仕方がないのはいつものことなので、とりあえず少しでも生産的な方向に目を向けることにする。


「で、」


 まずは聞いてみた。


「いくつか聞きたいこと、というか確認したいことがあるけどいい?」

「答えられることならね。」


 てゆーか、そろそろ服着ない? バスタオル一つのままでポロリとかされても嬉しくないし。


 質問を吟味する時間を作るために、今日買ってきた(あたしは一クレジットも出してないが)服からリーナちゃんの分を取り出す。

 おとなしめの服でミスティには似合わなそうだけど、その中でも比較的合いそうな物を取り出す。


「ふ~ん、ラシェルには…… あ、サイズが違う。この大きさだとアイリーナの分?」


 ま、いっか。と服を受け取ってまたバスルームへ。目の前で着替えを始めなくてよかった。……きっと色々悔しいだろうし。



「ちょっと地味かしら?」


 それもあるけど、ちょっと十七歳のリーナちゃんと、外見二十代半ばのミスティだとやっぱり服の感じが、ねぇ? あんまりハッキリ言うと角が立ちそうだけど。

 その視線が通じてしまったのか、ミスティが苦い物を食べたような顔をして、洗濯機の中で回っているスーツの様子を見に行く。まだしばらくはかかりそうだ。


「まぁ、いいわ。ところでラシェル、晩御飯は食べたの?」


 あきらめたのか、いきなりこんなことを言い出した。そういやぁ、お腹をすかせて帰ってきたんだっけ。何か買ってこようかと思って忘れてたな。家に何が残っているかは覚えてないけど、こんなことさえ無ければ晩ご飯も終えて、それこそシャワーを浴びてノンビリしていたはず。


「どうやらまだのようね。宿代、って訳じゃないけど何か作るわ。」


 エプロンは無いのね、とか呟きながらキッチンに入っていく。あ、そういえば……


「何よこれーっ!!」


 悲鳴というか怒号というか。ま、まぁ、あたしも一応お嬢様育ちというか、その、ね?

 ドスドスと足音が聞こえてきそうな勢いでミスティが戻ってくる。


「ラシェル! あなたそれでも女の子なの?! 干渉しようとは思わないけど、家事がどうとか以前の問題でしょ!」


 はい、そうです。最近、家で何か調理した覚えが無いし、出来合いの物は食べたらゴミ箱にポイ。……そう言えば前にキッチンに立ったのはいつだったかな?


「エプロンが無い時点で危惧きぐはしたけど! ……ああもう。」


 興奮していた自分に気づいてガックリ肩を落としてキッチンに戻る。すぐに水音とカチャカチャ食器を洗う音が聞こえてきた。水音が止まると、今度は何かを物色するような音にボヤきや愚痴めいた声に変わる。

 それでも十分ほどでパスタを盛った皿を手にミスティが戻ってきた。どこか疲れたように見えるのは気のせいにしておこう。


「……美味しい。」


 そして悔しいことに彼女の腕はプロ級だった。リーナちゃんも料理上手だけど、そういう意味では「プロ」にはなれない。あの子は「誰か」のために作るのであって「不特定多数」相手に作るには向いていないからだ。

 その点、ミスティは十分シェフとしてやっていけるだろう。そう思わせるほどの手際の良さだった。それに美味しいし。

 あ、でもちょっと塩が甘めかな? もう少し塩を効かせた方が…… あ、もしかしてそういうこと?


「でも気持ち薄味なのはコリンズさんの好み?」


 ボン、という音が聞こえそうな勢いで目を見開きいきなり機能停止する。


「な、な、な、」


 あ、復活した。


「何言ってるのよ! わ、私のデータベースがそうなっているだけで……」


 そこで言葉を切って、視線を固定させたまま止まってしまう。

 止まっていたのは瞬く間であったけど、彫像のようにピクリとも動かない様子は違和感を抱くのに十分だった。

 今まで人間くさい人間くさい、なんて思っていたけど、こういう姿を見ると人じゃないんだな、と思ってしまう。

 さっきもピートさんの名前を出したときも、あたしの予想通りの反応だったけど、顔は全く赤くならなかった。勝手な想像だけど、顔を赤くする「機能」はあったとしても、自分の意志に反して赤くなったりすることはないんだろう。う~ん、ジェルならもっと上手に説明できるんだろうけど、あたしじゃこれが精一杯。


「それはともかく、」


 あたしが考え事している間にコホンと咳払いで誤魔化そうとするミスティ。別に今突っついたところで優位に立てそうにも無いので、いつかの切り札に取っておく。……きっと役に立たないけど。


「聞きたいことはいいの?」


 あ、ちょっと忘れてた。でもフォークを止めて色々聞くのもアレだし、まずは食べてからにしよう。冷めると勿体ないし。

 あたしの気持ちが通じたのか、やや呆れ顔ながらもどこか優しい笑顔で食べ終わるのを待ってくれる。


「片づけるわ。」


 言い方は素っ気ないが、皿を手に取るとキッチンに戻り、洗いながらお湯を沸かしているようだ。すぐに紅茶の香りが漂ってくる。


「紅茶はあまり入れたこと無いから自信ないけど……」

「あ、おいし。」


 ジェルの研究所にいる執事のセバスチャンには敵わないけど――まぁ、あそこは茶葉もうちみたいな安物じゃないし――それでも丁寧に、美味しく飲んでもらおうという「気持ち」が感じられる。……あ、これでも一応お嬢様だった(いや、今もそうか)から、って理由になってないけどそういう気持ちがこもっているかどうか何となく分かるのよねー

 それこそ、色々思惑があって見かけ上はにこやかに対応していても、出す物に暗い怨念おんねんこもっていたり~ってあるのよね。味は最高で最低、よくあるのよ。


「飲ませたい人がいる、って味。コリンズさん、大丈夫なのかな……?」


 ふと口に出した言葉にミスティが硬直する。とりあえず聞きたいことは思いついた。


「現状を教えて。こっちは表向きの話と、ジェルの予想しかないから。」

「教えてもあなたには何もできないわ。」

「知ってる。」


 そんなことない、なんて否定するのを予想していたのか、あたしの答えに意外そうな顔をする。


「……じゃあ、教える意味は尚更ないじゃない。」


 ちょっと絶句してから頭を振る。


「そうね。単なる一般人が知っても意味ないと思う。でもね、」


 さっき用意しておいた物を開く。


「これでも銀河連合警察(GUP)のA級捜査補佐官だし、自称宇宙最高の科学者の知り合いよ。あたし自身、何もできないとしても完全に無力じゃないわ。」


 手にした捜査官手帳を見せる。少し強ばった顔の写真の上に、正三角形を上下に組み合わせた金色のマークが輝く。

 あ、いかん。ちょっと手が震える。


「……他力本願ね。」


 さっきよりも呆れたような顔。

 そりゃそうよ。あたしはほんの数ヶ月前まで何も知らない女子大生だったわけだし。ジェルのような無駄な天才でもなければ、ヒューイみたいな銃の腕も、カイルみたいな怪力も無い。それこそリーナちゃんみたいな……出生の秘密もない。

 そんな何にもないあたしだけど、それでもできることはあった。それどころか一人の女の子を守ることができた。まぁ、最後はジェルに助けてもらったんだけど。

 でも助けた女の子の無事な姿を見て、あのとき逃げなくて良かった、と心底感じた。自分は無力だ、からは何も生み出さないのだ。


「言って得も無ければ損も無いんでしょ? じゃあ、いいじゃない。」

「今度は詭弁ね。」


 好奇心という訳じゃないんだけど、情報を得ておきたかった。ジェルは勿体ぶるし、カイルは細かいことを気にしないから、あたしも概要はともかく、詳しいことはあんまり分かってないんだなこれが。

 分かっているのは目の前の彼女がピートさんが丹誠込めて育てたロボットだ、ということ。ただピートさんの意図と、会社――サイバークロン社の思惑が違っていただろうということ。その違いがどれほどだったのか知らないけど、ピートさんがミスティを逃がそうと思うほどだったのだろう。

 サイバークロン社は逃げたミスティに追跡者を放ち、一方ピートさんはGUP、しかもジェルのいるチーム・グリフォンを介入させて事態はさらに大事に、ってとこだ。


「分からないのはサイバークロン社が何を企んでいるか、ってことよね。」


 ジェルは完全人型のロボットの「用途」について話をしていたけど、実際にお目にかかると人間と全く区別ができない。彼女に何ができるのか……

 むぅ、とあたしが考え始めたところで、ミスティもまた難しげな顔をしていることに気づいた。聞いてもいいんだろうか?


「ねぇ、」

「……何?」

「ミスティ、って何ができるの?」

「…………」


 あちゃー、やっぱ答えづらいこと聞いちゃったかも。しばらくあたしの顔を穴が開くほど見つめてから、ふぅ、とため息をついてミスティがゆっくり口を開いた。


「私の機能は情報収集に特化してるわ。簡単に言うとスパイね。」


 詳しいことは端折るとして、通信傍受や隠密行動、そして表の顔として秘書としてのスキルに長けているそうだ。


「それと、」


 シュ、と何かが擦れるような音がすると、座っていたはずのミスティが消えて、あたしの首筋に何かが触れた。次の瞬間にはまた目の前に戻っていた。


「この運動性能と……」


 もう一度、さっきとは違うシュッという音とともに、彼女の手首から細い金属……いや、刃が生えた。

 驚いて息を飲むあたしに自虐的な笑みを浮かべるが、とても力ないものだった。


「こんなものもついちゃってさ、どう考えてもそれ以外の目的もあるわよね。」


それこそ「女の武器」を使ってでも近づいて、サクッとかしたり、それこそドカーンなんてやり方もある。……考え出したら気分が悪くなってきた。


「そういうことよ。」


 不意にミスティの口調が冷たい物になった。


「私は暗殺や破壊工作を目的として作られた機械。存在自体違法で許されたものじゃないのよ。だから……」


 目を伏せ、声が震える。


「これ以上私に関わらないで。」


 そんなミスティの言葉とは裏腹に、あたしのやる気は一気に燃え上がる。任せて、なんて言えないけど、ミスティもピートさんも絶対どうにかしてみせる! ……できる範囲で。

ストックが尽きました

えーと、別の何かあります。作者のページを見てください。

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